第3話 クール妹です


 昔から面倒見がいい方だとよく言われた。

 多分、親父に似たのだろう。親父はいつまでたっても人を助けることをしていて、それを職として世界中を飛び回っている。

 やること成すこと無茶苦茶で俺は“クソ親父”なんてことも口にするが、心の底では尊敬はしているのだ、一応。

 ――……だからだろうか、他人にお節介を焼くようになってしまったのは。

 元々、人間嫌いだった妹にちょっかいを出しまくったのが今に思うと始まりだったのかもしれない。

 いろんな人に関わって、そしていろんなことがあって、だから俺は今のようになって。

 そうして秋穂さんとはじめて会った時も何かやらかした気がする。

 確か俺が秋姉って呼んで、それで秋姉は……――

 

 

「――あ、起きた。おはようハルくん」

「……秋姉?」

「……っ! は、はははハルくん、今なんて――」


 暗闇の世界が終わり、ぼやけた視線の先には秋穂さんがいた。

 何か夢を見ていたような気がするが、変なことをつい口走っていたか?

 そのせいで、どアップにある秋穂さんの顔がとんでもないことになっている。

 …………あれ、どうして秋穂さんの顔がこんな近くに?

 というか近いとまずいといいますか、首元がぬくぬくしているといいますか、どう考えても膝枕してもらっているといいますか、これ普通ならすっげぇ役得なのに俺の場合はまずいといいますか!?

 

「せ、せっかくの膝枕なのにす、すすすすみまままま」


 飛び跳ねるようにして膝枕から脱出した俺は、生まれたての小鹿のように足をガクガク震わせる。

 情けない、すごい情けないよ俺!

 そんな失礼な態度をとったにも関わらず秋穂さんは優しく微笑んでくれた。

 ああ、マジ女神! これがさっきの変態と同一人物だなんて誰が想像できるのかと俺は以下略。

 

「んー、もうちょっと膝枕堪能してくれても私は構わないんだけど、ハルくんの病気さんは難敵だねぇ。でも寝顔をたっぷり堪能させてもらったから満足満足」


 えへへ、と両手合わせて満面の笑みを浮かべる女神様秋穂さん

 今ほど俺は自分の体質を呪ったことはない、この体質さえなきゃ太腿の柔らかな感触を堪能できたかもしれないというのに……!!

 

「ハルくんの寝顔はばっちり写真とったし、今日はこれで……ふへへへ」

「……」


 ああ、女神っての撤回でお願いします。やっぱここにいたのは変態さんでした。

 今にも鼻歌を歌いそうなほどに機嫌のいい秋穂さんは立ち上がると、腰を抜かして座り込んでいる俺の方にゆっくりと近づいてきた。

 俺の顔色を窺いつつ、近づき過ぎないように気を使ってくれているのがわかる。

 ギリギリの範囲を掴んだ秋穂さんはその場で中腰になり、目線を合わせてじーっと俺の瞳を見つめた。

 そのですね、その姿勢になると大きな胸が強調されていろいろと反応しちゃうといいますか、襟元の隙間から見える谷間に目をもっていかれます。

 でも思うんですよ俺、この隙間から胸見ないやつとか男を廃業するべきだと!

 

「ふふーん、ハルくんの視線が熱いな~」

「な……っ!? いや、その、え、えーっと何も見てません!」

「その言い分はちょっと無理があると思うよ。まぁ~私も分かってってやってるんだけどね」


 秋穂さんはそう言って可愛い舌を覗かせて悪戯っぽく笑う。

 してやられた!? と顔を真っ赤にした俺を見た秋穂さんは満足したのか、背を伸ばし口元に指を当てて今度は色っぽく微笑んだ。

 

「ちなみにだけど下着も凄いゾ」

「……」


 ………………土下座すれば見せてくれるかな?

 たとえ変態でも相手はとんでもない美少女だ、誘惑されたら堕ちてしまうのも容易いものだと俺は思います。

 

 

「はいはい、そこの変態はこれ以上兄様の純粋な心を弄ばないでください。刺しますよ?」


 と、堕落しそうになった俺の意識は聞き慣れた声に引き戻される。

 声のした方を見ると駄妹から“いつも”のクールな妹に戻ったエプロン姿の楓夏が、呆れた様子でこっちを見ていた。

 キャミソール一枚から装備を換装し、エプロンの下にアニメ柄のTシャツと、ホットパンツというラフな格好。口にはチュッパチャプス。

 料理中なのでおさげテールからポニーテールに変更した姿は先ほどまでの駄妹とはまるで別人だ。

 

「ねぇ、楓夏ちゃんって二重人格なの? それとも別人?」

「気持ちはわかるけど、こっちが普段の楓夏」

「どっちの妹も兄様を思う気持ちは変わりませんけどね」


 へぇ、そうなの? と驚いた様子の秋穂さん。

 まぁ無理もない、さっきまでの楓夏は家族しか知らない一面だからだ。

 普段の楓夏はしっかり者の優等生で通っている。

 小柄な体格とおさげテールの髪型から“小動物のような可愛らしい子”というイメージを持たれやすいが、実際は行動力のあるアグレッシブな女の子だ。

 そもそも学園では俺のことを『兄様』とは呼ばず『兄さん』と呼ぶし、運動神経よし学力よしの人気者、頼れる優等生ということになっている。

 “駄妹”になるのは家限定、それも発作のように暴走するだけであって(それでも大変だけどな!)、 家でも普段はまともだ。じゃなきゃ、俺はとっくに家から出てる。

 

「あと、何の理由もなく兄様に触れないでください」

「あははは~、うーん、ハルくんの病気以外にも難敵がいるみたいだねぇ」


 まともな状態でも、ちょーっとブラコンと過保護が玉に瑕だってお兄ちゃん思うのよ!

 なんて俺の気持ちを余所に、楓夏は鋭い視線で秋穂さんを見たあとに料理の支度に戻った。

 既にバチバチし始めた二人を見て思わず嘆息する。

 これからしばらく一緒に住むのにこれで大丈夫なんだろうか、という一抹の不安が残った。

 


 夕食を終え、のんびりとテレビを見る。

 そんなありふれた光景だが、今日はいつもと違う。

 テレビを見る俺と、そんな俺を見る秋穂さん。楓夏が風呂に入っているので二人きりの時間が訪れていた。


「……」

「えへへへ」

「……えーっと」

「ん、何にかなハルくん?」

「俺の顔見て楽しいですか? 面白い番組やってますよ」

「私にとっては楽しいよ、すっごく楽しい」


 冗談を言っている様にも見えず、笑顔でそう答える秋穂さん。

とても無邪気な笑みにこれ以上何も言えず、ちょっと恥ずかしいのを我慢して俺はテレビに意識を傾けた。

 ……って、集中できるわけないけどな!

 横目でチラッと秋穂さんを確認するたびに視線がぶつかる。

 多分、俺の顔は今、真っ赤になっているはずだ。耳まで熱い。

 秋穂さんみたいな綺麗な人に好意を向けられて嫌な気分になる男はいないと思うが、どうしてこんなにも好かれているのか正直わからない。

 昔会ったとしても、それから何年も会っていない間柄だ。正直、俺にちょっかいを出して楽しんでいるだけなのかもしれない、そう思う方が現実味ある。

 あるにも関わらず、嫌な気分がしないのは、

 

「ハールくん」

「なんですか?」

「本当にハルくんがそこにいるんだな~って思ったらつい呼んじゃった。えへへ」


 この笑顔が嘘に思えないからだろう。

 もし、これが嘘の笑顔なら俺は女の人を信じられなくなるな。

 

 

 ――……だからこそ、こうなるかもしれないという予想をしておくべきだった。

 秋穂さんの変態っぷりも冗談でもなんでもないということを。

 


 夜中、喉が渇いた俺は水を求めてキッチンに足を運んでいた。

 冷蔵庫からミネラルウォーターを取りだし、コップに注いで一飲み。

 たまたま視界に入った時計の針は一二時を指していた。

 そろそろ寝るかな、明日も早いし。そういえば、秋穂さん今日から家に泊まるけど、学校とか大丈夫なのか?

 こっちは夏休み目前とはいえ、明日も絶賛授業だからなぁ~、もし秋穂さんがもう休みに入っているのなら羨ましい。

 なんてことを考えながら、用事を済ませ、来た道を戻る途中にその声は聞こえた。

 

『……く……んっ』

「……?」


 何の音だ?

 気になった俺は足を止め、聞き耳を立てて集中する。

  

『……ル、くん……あ……ハル……くん』

「…………」


 聞こえてきたのは艶めかしい声と俺の名前。

 途切れ途切れに聞こえるその声はとても生々しく、熱を帯びている。聞いていてゾクゾクする艶めかしい声に意識を完全に奪われてしまった。

 ……ってヤバいヤバい! これって、その|あれ(・・・)だよな? あれしてるんですよね?

 興奮気味な自分自身を落ちつかせ、情報を整理する。

 声の主は秋穂さんだ。聞こえてくる方向も客室であり今日何度も“ハルくん”と呼ばれているんだ、間違いない。

 これってあれか? 聞こえた上に名前を呼ばれた張本人としては据え膳食わぬはなんとやら、という奴なのでしょうか!? エロ同人のように!

 

「いかんいかん、落ち着け、落ち着け俺」


 そうだ、落ち着いて考えるんだ俺。

 たとえそうだとしても、俺は自分自身の悲しき宿命(ただの体質)のせいで触れることさえ厳しい、無理に決まっている。

 それに聞き間違えているという可能性もある。いや、そうに違いない! 秋穂さんがちょっかい出してきたから都合のいい幻聴が聞こえてきただけだ。

 発散してないから溜まっているんだ俺も! そんな時にあんな綺麗な人と接するからこんなことになる。

 

「……だから、こうして確かめに行こうとするのは必然であると俺は俺自身に聞かせるのであった」


 と、小声で言い訳をしながら秋穂さんの部屋の前に移動。物音立てず、息を殺して中の様子を窺う。

 今の状況、妹に見られでもしたら言い訳できないと思うが今はそれどころじゃないの! こんな状況で冷静になれる男なんていないんだっつーの!

 部屋の前で屈み、いざ確認タイム! 

 ――――……と思ったその時、ドアがゆっくりと開いた。

 

「……ハルくんの匂いがしたと思ったらそこにハルくんがいた」

「は、はははは、ど、ドーモ、アヤシイモノジャナイデスヨ?」


 開いたドアから姿を現したのは当然、秋穂さん。

 俺ってそんなに匂うの!? という感想はさておき、顔を出し秋穂さんに視線を奪われた。

 頬に赤みがさし耳まで真っ赤にしている表情は、はじめて見る一面。

 不覚にも今の状況を忘れてしまい、可愛いなこの人と思ってしまうのも仕方ないと思ったり。

 当の秋穂さんと言えば恥ずかしそうに頬をかき、目を泳がせてゆっくりと口を開いた。

 

「き、聞こえたかな?」

「……な、何も聞こえてませんよ?」

「ハルくんは嘘つけないタイプだよねぇ、顔に書いているよ。……うわあああ」


 秋穂さんは恥ずかしさのあまり、頭を抱えて座り込む。

 まぁーそうなりますよね、俺も妹に見られたら死にたくなりますし!

 と納得しつつも、この気まずい状況を作ったのは俺なのでこっちもこっちで頭を抱える。

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