第8話悶絶

心臓の鼓動が単調に続く。

小さな衝撃音。

(杏子)「うっ」


再び心臓の鼓動が続く。

小さな衝撃音。

(杏子)「うっ」


寝返りをうつ音。

心臓の鼓動が高まる。

大きな衝撃音。

(杏子)「キャッ。助けて!」


駆け足音近づく。

(婦長)「柴山さん!大丈夫?」

(杏子)「大丈夫じゃありません。助けてください。

背中にズキンと来るんです。とても怖いんです」


(婦長)「よしよし分かった。今先生が来るからね。

我慢するのよ柴山さん。背中さすってあげるから、ほら。

我慢するのよ」

(杏子)「う・・・ううう(泣く)」


(杏子のN)「今回は長引きそうだ。あの苦しい検査が続くのか

と思うと気が重くなる。子ども達はどうしてるのかな?」

遠くで子ども達の声。

(子ども達)「きょうこせんせーい!」


(杏子のN)「今日転院になった。検査が前の時より厳しい。

医師の対応も微妙に違う。もう、助からないかも?」


遠くで父と母の声。婦長の声。

(婦長)「今日はお元気そうですよ」

(父)「そりゃどうも。ほんまじゃ。ははは、元気そうじゃ。かあさん果物」

(母)「起きとるんね杏子?ハア顔色がようなって。これ食べないけんよ」


(杏子)「ありがとう、おかあさん」

紙包みを開ける音。

(父)「今日は元気そうじゃの、杏子」


(杏子のN)「父の表情がさえない。何か私に隠している。

父は何かを知っている。気丈に振舞う父と母。見舞いに来ても

まともに顔を見れない。必死で笑顔を作っている」


点滴の音が単調に響き続ける。

杏子の寝息。

心臓の鼓動が徐々に高まる。

するどい衝撃音。

(杏子)「キャッ!」


跳ね起きる音。

(杏子)「(大きな息遣い)ふう、ふう」


(杏子のN)「薬で今までの発作が薄められてその分毎日ズキンと来る。

とても背中が痛く背骨が熱い。助けて若林さん。一人で死ぬのがとても怖い」


ブザーの音。あわただしい足音。

(婦長)「柴山さん発作。モルヒネ用意して」

(看護婦)「はい」

(婦長)「先生は?」

(看護婦)「すぐ来られます」


駆ける足音。ドアを開ける音。

ベッドのきしむ音。

(杏子)「痛い痛いとても背中が痛い。助けて若林さん!

助けて!何も悪いことしてないのに。なにも・・ああ、痛い痛い」


(医師)「そっち抑えて。もっと強く。そう、そのまま。モルヒネ!」

(婦長)「はい!」

(医師)「少しレベルを上げよう」

ベッドの音静まっていく。

(医師)「もう、かなりきびしいな」

足音が遠のいていく。


(杏子のN)「私は絶対若林さんのことが好き。退院したら

結婚して欲しい。早く帰ってきて。プロポーズしてあげるから」


(若林のN)「この頃から発作が頻繁に起き、モルヒネの量が

増えて、杏子は狂おしくなってきた」


(杏子のN)「きょうは私達家族でピクニックに行ってる夢を見

ました。小学生の子どもが二人、もちろん登町小学校の生徒ですよ」


ブザーの音。

(婦長)「柴山さん発作!」

駆け足音が遠のいていく。


(杏子のN)「痛い痛い。夜中も眠れません。体中が痛くてどうしようも

ありません。今若林さんはどのあたりを旅してるんですか?お便りください。

3年間は長すぎます。約束しましたね、お便り待ってます」


ここから心臓の鼓動が不気味にリズミカルに響いてくる。

衝撃音が一定の間隔を置いて徐々に大きくなりながら入る。


(杏子のN)「痛い痛いほんとに痛い。体中の骨が酸に侵されているみたいです。

父も母も涙を一杯ためて見守ってくれています。私はいつも必死で笑顔を作って

きました。もうこの痛みには耐えられません。父母が帰ると私は思い切り叫びます。


『死にたい!殺して!早く殺してーっ!』」


心臓の鼓動と衝撃音がリズミカルに流れている。


(杏子のN)「とげの毒が体中を回っています。生きる命の力が負けそうです。

若林さんの力を信じています。時々ふと我に帰って痛みが全くない時があります。

(狂おしく)必死で手紙を書きましょう!私が愛した人は若林治君!大好き!


私の先生なんですよ。両手で私の手を握り締めて、がんばれ杏子!お前は僕の妻だ!

結婚しよう!かっこいい若林君。賛成の方手を挙げてください。学級委員の若林君

大好きです!私をお嫁さんにしてください」


鼓動と衝撃音が大きくなり少し早まる。


(杏子のN)「12月に入りました。きっと手紙が来ます。

絶対来ます!私は直感で分かるのです。えいっと指を鳴らすと

ポストに手紙が入って輝いているんですよ」


鼓動と衝撃音さらに早まる。


(杏子のN)「手紙はまだでしょうか?間違って京都に

送ったのでは?広島の住所は知ってるはずなのに」


鼓動と衝撃音急激に高まる。


(杏子のN)「もうだめ!私死ぬ。手紙はまだですか?

必ず来ます。絶対来る!父に噛み付きました」


鼓動と衝撃音、最高に達する。


(杏子のN)「ああ、もうだめ。何がなんだか分からない。

手紙来てるはずよ!お父さん見てきて!」


鼓動と衝撃音ぴたりと止む。

遠くから駆ける足音が近づいてくる。

声が近づく。


(父)「(大声で)杏子!若林さんからの手紙が来てたぞ!」

手紙を開ける音。

(父)「ほら、若林さんからの航空便だ!」

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