02


      〇


 魔物がのさぼる街並みをそそくさと歩く私でした。


 やはり魔物ばかりの街にて堂々と歩いてしまうのは自殺行為に他ならないように思えたのです。

 たとえばこの状態で「お菓子をくれなきゃ悪戯するぞ」などと言われてしまったら目も当てられません。お金(キャンディ)を持っていない私はいったい何をされてしまうのやら。


「…………」

 ひとまずお金(キャンディ)を調達せねばなりません。

 しかし一体どうすればいいのでしょうか? この魔物まみれの街で、ごく普通の人間たる私を雇ってくれる場所があるとも思えません。それに、強引な手法で金を強奪しようものなら、魔物たちの餌食(食欲的な意味で)になってしまうやも。


 万事休すでした。

 いきなり万事休すでした。

 というか何故に冒頭からピンチに陥っているのか。

 全財産をこの国の通貨に換えてしまう私の迂闊さに業腹でした。万死に値する。


「おなか減った……」

 道の端でお先真っ暗な現実に頭を抱え、そんな状況下でも食料を要求してくる胃袋にうんざりする私でした。


「……だいじょうぶ?」悩みに悩む私の目の前に、女性が立っていました。「あなた観光客?」


 私が頷くと、彼女は「そっかぁ」と会得がいったように軽く手をたたきます。「こんなところで座ってたら駄目よ? 悪い奴らに金を巻き上げられるかも」

「…………」

 裏路地に入ればたぶん悪い魔物がごまんといますし、大通りも然り。そして道の端にいてもダメなのですか。安息の地などないということなのでしょうか。まさにここは地獄です。


 私は立ち上がり、女性を見つめます。

 黒のローブに三角帽子といった、魔法使いらしい格好をした女性です。胸元にはコサージュもなければブローチもなく、ただの魔導士――つまり魔法使いの中でも最低ランクの種――であることが伺えます。

「あたしはリサ。ちなみのこの格好は仮装」

 おっと魔導士ですらなかった。


「どうして魔法使いの格好なんかしてるんです? そういう趣味ですか」

「まあ趣味でもあるけど……」軽く笑みを作って、リサさんは手に持った籠を持ち上げます。「これのためよ。お金を稼ぐには仮装しなきゃだもの」

「仮装するとお金が稼げるんですか……?」

 困惑に眉をひそめる私。

 彼女も怪訝な表情を浮かべました。

「……もしかして何も知らずにこの国に入ってきたの?」

「まあ――そんなところです」


 私は手に持っている籠を持ち上げて見せます。キャンディがいっぱいに詰め込まれた彼女のものと違って、私の籠の中身は空っぽでした。

 リサさんは軽くため息を漏らして、私の手をとりました。

「馬鹿ね。予備知識なしでこの国に入ったら痛い目しか見ないのよ――ちょっと来なさいな」

 そして彼女は私の手を引いて歩きます。


 無一文の私はされるがままに彼女について行きました。

 あわよくばキャンディの一つでもくれないかなと思いました。

 文無しですし空腹ですし。


      〇


「お菓子をくれなきゃ悪戯するぞ――っていう言葉はね、この国のこの日の決まり文句なのよ」

 広場のそばにあるゴミ箱の陰から、そこにたむろしている魔物たちを観察しながら、リサさんは言いました。「ここにいる皆やたらと気合の入った格好をしているでしょう? 気合の入った格好を褒め合うために、この行事は執り行われているのよ」


 彼女は語ります。

『お菓子をくれなきゃ悪戯するぞ』

 と声を掛けられたとき、もしも自分よりも相手のほうが優れていると思うのならば、お菓子を渡さなければならない。自分のほうが優れていると思うのであれば、悪戯をされればいい。


 とのことでした。

 つまり国家公認かつあげ。

 なんなんですかこの治安の悪い行事。やだ怖い。


「それつまり声を掛けられたら強制的にお金を払わなきゃいけないってことじゃないですか」誰が好き好んで悪戯をされるというのか。

「そんなことないわよ? ほら、あそこを見て」リサさんは広場を指さします。


 殴り合いが起きてました。

 狼男が二人、周囲に出来上がった人だかりがまるで見えていないかのように互いに派手に動き回り、牙で咬み合い、爪で切り合っていました。


「…………」なんですかあれ。

「もしも例の文句で話しかけられて、断ったらああなるの。どちらが優れているかを実力で決めるのよ」

「…………」だからなんなんですかこの治安の悪い行事。「つまり殴られるか金を払うかの二択ということですか――相手は魔物ばかりですし、話しかけられたら終わりですねこの行事」


 私がため息を漏らすと、彼女は首をかしげました。

 何言ってんのこの子。とでも言いたげです。


「魔物なんているわけないじゃない。あなた本当に何も知らずに来たのね」

 彼女は肩をすくめます。「もしかしてあそこにいる男たちが本物の魔物とでも思ってる? まったくおめでたいわね――」

「……どういうことで?」

「あれ全員仮装してるだけの人たちよ。魔物なんて一人もいないわ」

「…………は?」

「だから、つまりね、この国は魔物が蔓延る国なんかじゃなくて、みんなが仮装してお互いの衣装の出来を自慢し合っている国なのよ」

「…………」


 つまり私は魔物の格好をしているだけの普通の人に金(キャンディ)を強奪されたと。

 ほほう。

 へー。なるほどなるほど。

 業腹です。万死に値する。



「ところであなたはどうやってそこまで稼いだんですか」

「え? 『お菓子をくれたら悪戯してあげるゾ☆』って言ったら喜んでくれたわよ。ほんと男ってみんな馬鹿」

「いたずらは」

「縛って放置プレイしてあげたわ」

「あなた天才ですね」

「案外ちょろいわよ。男ってみんな馬鹿だし」

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