壁ドンでぶち壊された静かな朝

 想像して見て下さい。

 朝、目が覚めてカーテンを開けたら、あいにくの雨で、会社に行くのだるいなって憂鬱になったとき、床に美形の金髪王子がさり気なく転がっている生活を。

 素晴らしい是非王子を手に入れたいと思った素敵なあなた! ぜひこちらまでお電話を! 今なら、無駄に重くて長い王子の愛剣もお付けして、たったのゼロ円で王子が手に入りますよ!

 っていう、捨て王子を売り捌く宣伝を考えながら、出窓の前のベッドで正座していたら、目に入れないようにしていた、目の下に隈作った王子が、おはようございますって床から笑いかけてきた。軍服の上衣を脱いだ彼は真っ白なシャツ姿で、爽やかこの上ない。

 あははは、なにこれ、何の冗談かしら? 何故私のパラダイスに金髪碧眼の王子様が? 目を細めて思わずふって鼻で笑いたくもなる。つーか、笑うしかねえよな、拾っちゃったの私だし。現実逃避したくて、あの後は即就寝したけど、現実って思ったよりも早く戻って来るんだね。笑いだした私につられて、王子もキラキラのエフェクト付きで笑い出したからか、部屋の中が明るくなった。爽やかだなー王子。歩くレフ板かってくらい、くっそ眩い。洗剤のCMかよ。目が痛えし泣けてきたぞ、なんで私、捨て王子とか拾っちゃったんだ。

 王子からしたら鳥小屋のような我が家(翻訳ミスだななんだか知らんが王子が本当にそう口走りやがった)での我々の睡眠事情は、コタツの側に置いたベッドの上で私が掛布団のみで寝て、王子はコタツを取り囲むように体を曲げて毛布にくるまって寝る、そんなスタイルで定着しそうだ。

 起きてすぐ、体操みたいなのを始めた王子を横目、朝食の支度のために台所へ向かった私は、冷凍クロワッサンをトースターで解凍がてら焼いた。王子って珈琲飲むのかなって考えながら、今度はお湯を沸かそうとしていたら、王子が「凄い魔術ですね。私にも何か出来ることは、ありませんか?」って聞いてきたので、じゃあサラダ用の野菜でも切って貰おうと、これを切って下さいってレタスを手渡したら、何を思ったか抜刀しやがった。

「ぎゃああああ!」

 冷蔵庫くんの独壇場に、私の絶叫が響く。はらはらと私の前髪が何本か床に散った。

「えっ、あの.....切れましたよ」

 間の抜けた声でそう言った王子は、すでに剣を鞘に収めて、刻まれたレタスが入ったボールを持ってる。

「う.....うおおおおすげえけどうっぜえ! レタスに一々抜刀とか大道芸か! レタスは手で千切れやしかも洗ってねえだろ王子いい!」

 王子は翻訳が上手くいかないとかぼやいて、キョトンって顔を僅かに傾げた。きょとんじゃねえ! こいつ、さては極度の世間知らずだな!

「ああそうですよね! 王子様ですもんね! 王子ってスプーンよりも重いもの持ったことがなかったりされます?」

「? いえ、.....また翻訳の間違いかもしれませんが、力仕事を任せて頂けるのでしょうか? 馬ぐらいなら簡単に持ち上げられますよ」

「うるせえ持ち上げんなや!」

 心底不思議そうな顔で私を見下げて来る王子に、再び文句がてら常識というものを教えてやろうと胸倉を掴もうとしたら、壁ドンされた。

「.........あっ」

 真顔の王子と暫し見つめ合う。ドンってされた衝撃から立ち直るのに五秒くらいかかった。先に動き出したのは王子だ。

「今の音は.....」

 目を丸くした王子が壁を指す。

 そう、今の壁ドンは、ドンはドンでも、少女漫画の如く、王子に壁ドンってされて、ドキッとしたとかいう壁ドンじゃなく、左隣の住人である絶滅危惧種のちんぴーらさんに、向こうの壁をドンってされて、ヒヤッとする壁ドンだ。

 朝からうるせえって事でしょうね。いやあ生きててすみませんでした。壁越しに「うるさいんじゃわれ! 何かあったんなら警察呼ぶぞ!」ってがなり声も聞こえた。何かあったんならって所がみそだ。ちんぴーらさんは、奇抜なファッションを好まれるだけの、ごく普通の心優しい会社員だ。すみません大丈夫ですと壁越しに返事をしておいた。

「もういいから、レタス洗っておいて!」

 出勤の時間が近付いていたし、水道へ邪魔な王子を追いやったら、今度は「水はどちらから汲み上げられているのですか? はっ、まさか水の高位精霊と契約をされているのでは?」とか何とか興奮し出したので、これ以上ちんぴーらさんに御迷惑をお掛けする前に、ケツに一発、蹴りをお見舞いして黙らせた。

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