拾った王子って餌とかなに食うの?
どうしてだろう。温かいものが、目に込み上がって来るのは。
男性と一つのコタツを囲むなんて、何年ぶりだろう。だめんずの元彼とスッパリ別れてから、かれこれ五年だから、まあ、五年だわな。
目の前の甘いマスクの彼は、悲しそうな顔をしたまま、上品な持ち方でスプーンを使って、カレーを食べてる。
カレーを。
ええ、そうです。私が泣きそうなのは、別に目の前で私のビーズクッションに座って、コタツに入ってる男性が、イケメンで金髪碧眼の外国人さんで眼福だからとか、甘いマスクでアンニュイな雰囲気素敵、長らく彼氏いない人間が良いのかしらこんなシチュエーションってときめいてるから、といった理由ではありません。
彼が私が楽しみにしていたカレーを食しているからです。カレーを! 二日目のカレーを! 豚肉の角切りをごろっと入れた、ぷりたつ大き目具材が蕩ける二日目のカレーをな!
それからおまけに、イケメンな彼は軍服でマントの王子様な仮装をしていて、コタツの傍らには彼の愛剣だという鞘に収められた剣がある。おまけにこの自称王子様とはさっき会ったばっかりで、王子様が座ってらっしゃるビーズクッションは、言うなら私の王座なわけで、つまり、王子死ね。
カレーをお召し上がりになりながら、王子がポツポツと話す身の上話の内容はこうだ。クーデターを起こしたという宰相から逃げるため、異世界へ転移出来るとかいう禁術を使ったらしい王子は、その魔術は本来なら偉い魔術師が特別なときにだけ使う物だったから、そこそこの力しか持ってなかった王子には上手く扱えず、この世界の誰かがあちらの世界から王子を引っ張ってやらなきゃこちらの世界には来られないようになってて、私が引っ張ってやらなきゃ、時間切れで今頃は宰相のお仲間に殺されてたんだってさ。へー、では死んでしまえば良かったのに。
成り行きで王子を芋の如く、こちらの世界によっこらしょと引き抜いてしまった私は、近付くパトカーの音を聞いて不審者の自称王子を、お手手繋いで自宅へ連れ帰ってしまった。そしてこの惨状です。
馬鹿馬鹿、私の大馬鹿。何故、あのとき、パト公に王子を突き出さなかった? まあ、理由は簡単なんけどね。聴き取りとか? 取り調べとかさ、めんどくせえしだっりいじゃん? 早くパラダイスへ帰宅したかったのよ、彼氏も待っていることだし。冷蔵庫だけどな。
で、帰宅して部屋の中へ連れ込んだ途端、王子の腹がなったわけよ。王子は無言で、青い顔してるし、空腹による貧血なんじゃね? って思った私は、仕方なく冷凍ご飯をレンチンして、二日目のカレーを温めて、提供して差し上げたわけです。
優しいでしょう、私。王子もいつまでもカビ生えそうな鬱な顔してないで、私の優しさに感謝して、早く帰れば良いんだ。ハロウィンなんだし、どこかの仮装軍団と合流すりゃ良い。そうだ、いいから、私の知らないどこかへ帰ってくれ。なるべく遠くへ帰ってくれ。帰れ帰れ帰れ帰れ。
帰れと念じていたのが伝わってしまったのか、王子がすみませんと謝ってきた。何故だ。私は微笑みを絶やしていないというのに。強面の営業の金田さんすら、私の優しい聖母の微笑みを褒めたと言うのに。
貴様、何が不満なんだ、いや、理由はいい。早く食って帰ってくれ。
「見ず知らずの、異世界の貴女に命を助けて頂いたうえ、家に連れ帰ってもらって食事まで頂いて.....この御恩は必ずお返しします」
王子はカレーを平らげるとそう言って頭を下げた。頭下げる習慣のある国の方なんですね、そうですか。しかもちゃんとビーズクッションの横で正座してますし、そういうのは感心する。だが、黙るのはダメだ。早く帰らなきゃならんのだぞ、君は。
カレーの皿を見つめたまま、動かなくなった王子に、私は仕方なく聞いた。
「で、王子はこれからどうするんですか?」
青い顔のままの王子は、しばらく考える素振りを見せた後、答えた。
「.....無事に逃げられたら、仲間が連絡をしてくる手筈になっています。それを待ちます」
仲間がいるんですね。ははあ、もちろん、マトモな方々ですよね? そう聞きたいのを堪えた私は、笑顔のまま対応した。で、待つってどこで?
「恩人に対して図々しいことを承知でお願いします! しばらくの間、どうか私をここに置いて下さい! 宰相は既にこの世界に気付いて、もう追っ手を送り込んできているはず.....今外に出るのは危険だし、この家は汚くて隠れるのにも、小さくて結界を保つのにも丁度良いんです、お願いします!」
この図々しいにも程がある王子、今失礼なことさらっと言わなかったか。汚いとかなんとか。
ちょっと流石に文句を言って追い出そうと思った私は、頭を下げ続ける王子の大きな身体が震えているのに気付いてしまった。大の大人の男が、プルプルとじいさん婆さんかチワワみたいに震えてる。
思い返してみても、私は本当にこういうのがダメだった。
冷蔵庫くんだって、ちょっと小さめの使い易いのを買う予定が、古道具屋さんの片隅で、傷があるからってだけで、売れ残って処分寸前になってたのを、引き取っちゃったし、浮気魔の元彼なんて知人からどうしようもないから面倒見てくれって頼まれて、本人見たら放っておけなくて付き合っちゃって? 過去に拾った捨て何とかは数え切れないほどだ。
この人だってさ、なんかきっと訳ありなんだろうよ。捨て王子とか、可哀想過ぎて、今更放っておけないっつーの。だから、パラダイスを穢されたことや、カレーの恨みは忘れることにしよう。
「いいですよー。でも、こちらの生活ペースは崩しませんし、少しの間だけでお願いしますね」
聖母の微笑みで答えた私を見上げて、王子の顔色がやっと戻った。おお、笑った顔、けっこう可愛いじゃないか。ま、ちょっと変な成人男子を飼うと思えば、良いや。追い出すのめんどくせえし。
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