第57話 転落
(来たか!)という思いと同時に、(なんで?)と思いました。
私は連絡があるとすれば、インペリアルホテルの関係者からだと思っておりましたので、あまりにも意外すぎて非常に驚きましたが、
「お父さん、出てみてください」と言いました。
お父さんは電話に出て、なにやら話しておりましたが、
「ちょっと待ってくださいね」と言って、電話の通話口を手で押さえて、
「今、坂上は大阪にいるらしいねんけど、今から私に謝罪したいって言ってきて、それから是非とも圭介君にも会いたいって言うてるよ」と言いました。
「・・・・」
私は少し考えましたが、
「じゃあ、今から会いましょうって話してください」と言いました。
お父さんは再び話し始め、坂上が新大阪駅にいるということで、私たちが新大阪へ向かうと話したのですが、出来れば誰もいない所でゆっくりと話がしたいと坂上が言いましたので、大阪インペリアルホテルに来てもらうことにしました。
とりあえず点検作業を中断して、お父さんと私は一階の事務所に行き、ソファーに座って工事費の見積もりと請求書に目を通していた紳と三人で、これからのことを打ち合わせることにしました。
私が紳に、今から坂上が訪ねて来ると話すと、紳は少し緊張した面持ちで、
「坂上が来るっていうことは、決着を付けに来るっていうことでしょうね」と言いました。
「やっぱり、坂上やったら使いっぱしりなんかせぇへんから、ある程度の結論を持って来たっていうことか?」
「はい、そうとしか考えられないですね。東興物産とインペリアルホテルが結論を出して、坂上に交渉を託したんでしょう。もし、交渉の結果次第で、答えを持って帰るような使いっぱしりなんか、坂上は絶対に引き受けたりしないでしょうからね」
確かに紳の言うとおり、坂上がインペリアルホテルと東興物産を結びつけた張本人であることを考えると、両社の意向を託されて、しかも話し合いの結果の
「どういう話になると思う?」とお父さんが訊ねてきましたので、私が何か答えようとした時、紳が先に口を開き、
「おそらく、こちらにとって有利な内容の話になると思いますよ。じゃないと、わざわざお父さんに謝罪なんかしないでしょうし、お父さんに謝罪するっていうことは、向こうがこちらに礼節を尽くして、何かお願いしたいことがあるっていうことだと思いますよ」と言いました。
(おっしゃるとおり)と、いつものことながら、紳の分析能力の速さと高さには、舌を巻く思いでありました。
どういう話し合いになるのか分かりませんが、紳はタブレットで次の作戦を見せるつもりのようで、画面を開いてチェックを始めましたので、私は地下の劇場に行って、進とピロシに4階から1階までの部屋のチェックの引継ぎを頼み、今から坂上が来ることを話しました。
「アニキ、大丈夫?」
「大丈夫やで。おそらく今日で決着がつくと思うわ」
「じゃあ、もしかしたら豚頭狗肉作戦が利いたっていうことですか?」と、ピロシが訊ねてきましたので、
「うん、おそらく相当効果があったと思うよ。まだどういう決着になるのか分からないけど、とにかく二人ともありがとうな」と、お礼を言って事務所に戻り、坂上が到着するのを待ちました。
紳が入れてくれたコーヒーを飲み終わり、地下の劇場についての話題を話し始めた時に、事務所内の来客を知らせるチャイムが鳴り、坂上が大阪インペリアルホテルにやってきました。
紳が立ち上がって、事務所のドアを開けて坂上を迎えに行きまして、ほどなく二人で事務所に入ってきました。
私とお父さんもソファーから立ち上がり、坂上はまずお父さんにきちんとした挨拶を交わした後、名刺を取り出しましたので、私と紳も名刺を取り出しながら坂上の前に行きますと、
「初めまして、坂上です」と言って、坂上が先に名刺を差し出してきましたので、私は名刺を受け取った後、
「初めまして、北村です」と言って、名刺を差し出し、続いて紳も名刺交換を行いました。
濃いグレーのスーツ姿の坂上は、おそらく50代と思われ、身長はやや高く細身で、やはり超一流の事件師だけに、目付きさえ鋭くなければ、外資系の証券会社の役員といった雰囲気の男でした。
「原田さん、数々の非礼をお詫びいたします。申し訳ございませんでした」と、頭を下げてお父さんに謝罪した後、
「北村さん、沢木さん、時間をとっていただいて、ありがとうございます」と、私たちにも頭を下げましたので、私と紳も軽く頭を下げたあと、6人掛けのソファーにお父さんと坂上、お父さんの正面に紳が座り、私は坂上の前に座りました。
「私は前置きが苦手ですし、お互いにお互いの内情は分かり合っていると理解していますので、私が訪れた理由を単刀直入に話しますけど、それでよろしいですか?」
お父さんが私に目で合図を送ってきましたので、
「はい、それでよろしいですよ」と答えて、これからは私が主体となって坂上と話すことにしました。
「私が話したいのは4つありまして、先ず一つ目は、昨日、インペリアルホテルの緊急役員会議が開かれまして、近藤は懲戒解雇になりました。なので、こちらが今から提示する条件を納得していただけたら、今までのことは全て水に流して、インペリアルホテルへの攻撃を即時に中止して頂きたい、というのが一つ目です。
そして二つ目は、東興物産が横取りした滋賀県の土地を、大阪インペリアルホテルの名称に関する全ての権利と交換して頂きたい、というのが2つ目です。
そして、3つ目と4つ目の話は、いま話した2つの話を説明した後で話しますので、一つ目の話に戻りますけど、よろしいでしょうか?」
坂上は落ち着いた雰囲気の見かけによらず早口で、しかも話の内容が多岐に渡っているので、もしかすると聞き漏らしているのではないかと不安を覚えましたが、隣に紳がいるので、ここは大船に乗ったような気持ちで、
「はい、どうぞ」と、自信を持って答えました。
「では、インペリアルホテルが提示した条件というのは、一つ目と2つ目の話と連動しているのですが、攻撃を中止して、大阪インペリアルホテルの名称に関する全ての権利を、5億円で買い取らせてほしいということです。
そして、その5億円とは別に、東興物産が横取りした滋賀県の土地を、無償でそっくりそのままお返ししますので、そちらが用地買収で用意されていた約2億円と合わせると、そちらの利益は7億円ということになりますし、東興物産は滋賀の土地を3億円で取得していますから、もしも東興物産から買い取るということを考えると、実質的には8億円以上の利益ということになりますね」
「?・・・」
私は話が複雑すぎて、いまひとつ理解していなかったので、助けを求めて紳の顔を見ますと、紳が小さく頷いて話し始めました。
「坂上さん、お話の内容はよく理解できたのですが、なぜ、東興物産は無償で滋賀の土地を手放すことになったんですか? こちらはその土地を、20億円で買い取れと言われても仕方がないと思っていたので、それを無償で手放すということが理解できないんですけど、どういった理由があるのですか?」
「それは、東興物産が決めたことではなくて、私がこれから先のことを考えて、私の判断で滋賀の土地をお返しするということを決めました。
その理由として、まもなく東興物産は空中分解しますから、これから話す3つ目と4つ目の話で、是非とも北村さんの協力が必要なので、これから先に色々と協力をして頂くための交換条件として、滋賀の土地のことを考えて頂ければ理解してもらえると思うのですが、どうでしょうか?」
「!」
私は非常に驚きながら、
「東興物産が空中分解するというのは、どういう意味なんですか?」
と、坂上に訊ねました。
「はい、実は東興物産の森田社長は、2日前に海外に逃亡しまして、森田は逃げる前に、私に東興物産の全ての権限を譲りましたので、実質的に東興物産の実権を握っているのは私なのです」
と言って、経緯を話し始めました。
東興物産は5年ほど前から経営が苦しくなっておりまして、その理由は名古屋の用地買収が進まず、100億からの資金が10年以上も塩漬けになっていたこともあるのですが、最も大きな理由として、メインの事業であった貸金業の、利息の過払い請求で大きな損失が発生したことでありました。
今から20年ほど前から貸金業の合併による淘汰が始まり、中小規模の多くの貸金業者は大手のサラ金グループに吸収されて淘汰されていった訳ですが、東興物産の場合は貸し金の残高が大手に匹敵するほどに巨額であったため、大手でさえ飲み込むことが出来ずに孤軍奮闘していたのです。
しかし、その後に始まった出資法と利息制限法の差額を遡って請求することが裁判で認められた、いわゆる利息の過払い請求問題に東興物産は直面しました。
大手のサラ金グループは、あろうことかメガバンクの傘下に入るという、一昔前までは考えられないようなとてつもない離れ業で難局を乗り切ったのですが、東興物産はどこからも支援を受けることが出来ずに、自社内のグループで損失の補填をしなければならなくなってしまったのです。
過払い請求によって、東興物産は屋台骨を揺るがすようなダメージを受けてしまい、手間取っていた名古屋の用地買収も追い討ちを掛けた結果、既に取得していた名古屋の土地を担保に、資金を調達することになってしまったのですが、そんな苦しい内情が発覚すれば、インペリアルホテルは三行半を突きつけて手を引き、用地買収でせっかく掛けた梯子を外されてしまいますので、東興物産は名古屋の土地を買収するのに使用していたダミー会社を、用地ごと後から買い戻すという、とてもリスキーで複雑な方法を使って資金を調達し、難局を乗り切ろうとしました。
しかし、貸金業での失敗は想像以上にダメージが大きく、その後も東興物産は先細りを続け、虎の子である最後の資金を使って、近江精工所に対して起死回生の勝負に出たのですが・・・
私たちから思わぬ反撃を受けた結果、インペリアルホテルが調査に乗り出し、近藤を問い詰めた結果、元々はどうでも良かった大阪インペリアルホテルの名称問題が引き金となって、今回の大騒動となってしまったことが発覚し、近藤はクビとなりました。
次に、名古屋の用地買収が、東興物産が自社の資金繰りに利用したことによって、インペリアルホテルが買い取るはずであった当初の買い取り価格を遥かに超える金額にまで膨れ上がっていることが判明し、東興物産はインペリアルホテルから正式に、名古屋の用地買収から手を引くと通達されてしまったのです。
それによって、最後の地権者であった老人ホームとの契約条項の中に、特別事項として記された、
『当該の跡地に、インペリアルホテルが建設されることが前提条件である。』
ということが履行できなくなってしまい、万事休した東興物産の森田は後の処理を坂上に託し、名古屋の用地買収で使用するはずであった資金を持って、海外に逃亡してしまったのです。
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