第56話 アメとムチ
翌日の朝、滋賀のお父さんから連絡がありまして、JR東日本の部長との会合が、先方の都合で2週間ほど延期となったという、こちらにとっては吉報が入りました。
とにかく今、私たちにとって一番必要なのは時間であり、少しでも多くの時間を稼いで、その間に近江精工所の用地買収を完成させることが最優先課題なのです。
米原の用地買収さえ無事に終了すれば、あとはどうとでもなるというもので、リニアの奈良県での取りまとめは、県人会の結束によって妨害されることは不可能ですし、大阪インペリアルホテルの経営も、紳のおかげで金融機関との契約も無事に終了し、お父さんの箕面の自宅は綺麗な状態に戻すことになりましたので、あとは全力で東新総業の土地を取り戻すのみなのです。
時間的に余裕が出来たということで、ある考えが思い浮かび、少しだけ方向転換して作戦を実行することにしました。
思い浮かんだ作戦というのは、実にオーソドックスなアメとムチを使い分けるというもので、今回のように複雑な事情が絡み合っている場合には特に有効で、一旦攻撃の手を緩めて相手に考えさせる間を与えておいて、次に何を仕掛けてくるのだろうという恐怖を味あわせ、それから一気呵成に攻めていくという戦法です。
ということで、まずは今行っている、豚頭狗肉作戦は諸般の事情を考慮し、チラガー犬鍋はやむなく販売を中止しました、とホームページで告知しました。
すると、世間の反応は中止したら中止したで、なぜ販売を中止するのか、食べるのを楽しみにしていた、といった問い合わせが殺到し、中には販売を中止してもいいが、豚がしていたサングラスを詳しく教えて欲しい、あの口の周りが黒い犬の名前を教えてほしい、などといった訳の分からない問い合わせなどもあったりしまして、あらためて世の中には色んな人たちがいるのだなと思いました。
インターネットの普及によって、目の前に世界中の情報が溢れすぎているため、世の人々の関心が薄れていくのも早く、2日後には一時ほどの電話が鳴りっぱなしという状況が落ち着きまして、3日目には電話の掛かってくる本数が極端に減り、世間の関心事に対する熱しやすくて冷めやすい、ということを身を以って体感することが出来ました。
この間、もしかするとインペリアルホテル側から、販売を中止してくれてありがとう、とか、2度とこのような騒ぎを起こさないで欲しい、といった何らかのアクションがあるかと思い、期待しながら待ちましたが、何の連絡もありませんでした。
おそらく、あちら側もクレーム対応が落ち着いているものと思われますので、ホッと一息ついたところで安心し、じっくりと今回の騒動の経緯を考えた結果、私たちが鳴りを潜めてしまったのは嵐の前の静けさで、次に何かを仕掛けてくる前触れだろうという恐怖を味わってもらうことにして、あと3日間は何もせずに大人しくしていることにしました。
やはり、どう考えても必殺技の変態ファッションショーは、こちらもかなりのリスクを負うことになりますので、できれば避けたいというのが本音なのです。
もし、本当に告知してしまった場合、参加資格に対する年齢制限や性別の不問、審査方法や審査基準などといった、具体的な問い合わせが殺到することが予想され、それらの対応に追われることは必至で、やるからには中途半端なことはできませんので、人員を増やして設備や会場の充実を図るといった、ソフトとハードの両面で不慣れな作業を行うことになりますので、どう考えても全て対応できるだけの体制を整えることは困難であります。
進とピロシは大学時代の友人を動員し、SNSの様々なアイテムを利用して、どうやら大阪インペリアルホテルとインペリアルホテル大阪が揉めているということを世間に伝え、ファッションショーの本当の会場は難波の大阪インペリアルホテルなのですが、当日にインペリアルホテル大阪に乱入した者には敢闘賞として賞金が授与される、といった情報を流して、大混乱を巻き起こす構想を抱いております。
しかし、もしも実際に実行してしまった場合、全裸にコートを羽織るだけといった
以上のような理由で、みんなで話し合った結果、
「じゃあ、考えたら別に変態ファッションショーなんかしなくても、またチラガー犬鍋を販売しますとか、今度は愛猫家も敵に回して、本物の猫鍋を販売しますっていう告知だけでも、十分な効果があるっていうことですよね?」
と、ピロシが紳に訊ねると、
「まぁ、はっきり言うたら、それだけで十分すぎるほどの効果は見込めるわな」と紳が答えました。
すると、進が目を輝かせながら、
「じゃあ、前から考えていたんやけど、ただの饅頭に干しブドウを乗っけて、その上からカルピスの原液をぶっかけたセクシー饅頭っていうのもあるし、私的に一押しなのが、剥いたバナナの先っちょに練乳をぶっかけて、セクシーマジカルバナナっていうのもあるし、ジャンボフランクフルトにホワイトソースをぶっかけて、セクシーうまい棒っていうのはどう?」
「・・・・・」
と、あくまで白い液体に拘った進の意見は聞き流して、もう少し様子を見るということになりました。
翌日、ホテルの改装工事が無事に終了し、お父さんを含めてみんなで点検と視察を兼ねてホテルに集合しました。
追加で改装を依頼していた地下の宴会場も、小劇場のようにリニューアルされ、予算と工期の関係から客席などは無く、小さな舞台を設置しただけのチープな造りであったのですが、進とピロシは大学の演劇部時代から、自分たちの劇場を持つことが夢であったということで、喜びも一入ひとしおであったのでしょう、とても感動しておりました。
私はお父さんと修理されたエレベーターに乗って最上階に行き、そこから各階の部屋を見て回り、リニューアルされた部屋の点検を行い、4階に来た時にお父さんの携帯電話が鳴りました。
携帯電話のディスプレイに表示された、相手方の情報を見たお父さんは、非常に驚いた様子で、
「圭介君、坂上からやわ!」
と、表情を一変させました。
「!!!」
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