第7章 インペリアルホテルの逆襲

第52話 豚頭狗肉(とんとうくにく)

 しばらくして進とピロシが戻ってきまして、二人はリビングの隅に置いていた自分たちのカバンを開けて、それぞれ中からノートパソコンを取り出して元の場所に座り、パソコンを開いて電源を入れた後、

「圭介さん、大阪インペリアルホテルの地下の宴会場を、僕と進に貸してもらうことは可能ですか?」と、ピロシが訊ねてきました。

(急になに?)と思いながら、

「ホテルの地下の宴会場?」と聞き返しました。

「はい、このまえの話では、今のところ使用しないということだったので、僕と進に貸してもらいたいんですよ」

「別に、貸すのはいいねんけど、何に使うの?」

「はい、インペリアルホテルを叩きのめすのに使いたいんですよ」

「!!!」

 私は非常に驚きながら、ピロシの顔を見た後、進の顔を見ましたが、二人とも真顔で、どちらかと言えば真剣な表情をしておりますので、ふざけて冗談を言っている訳ではなさそうです。

「インペリアルホテルを叩きのめすって、地下の宴会場を使って叩きのめすってことか?」

「はい、進と二人で色々と考えまして、インペリアルホテルを地獄の底に、確実に叩き込む方法を思いついたんですよ」

「そう、アニキ! 私とピロシで考えた、すごい作戦があるの!」

「?・・・・」

 私は意味が全く分からず、紳と千里とマリの顔を見ましたが、みんなも同じく、訳の分からないといった頓狂な顔をしておりました。

「その、すごい作戦って、どんな作戦?」

「はい、先ずは圭介さん、沖縄料理のチラガーってご存知ですか?」

(なになに、なんの話?)と思いながら、

「チラガーって、豚の頭のことやろう?」と答えました。

「はい、そうです。それと、僕と進は大学の時に、韓国に旅行に行ったんですけど、その時にソウルの市場の中で、犬の肉を食べたことがあるんですよ」

「イヌのニク?」

「はい、正確には『犬鍋』っていう料理なんですよ」

「そう、ピロシと一緒にワンちゃんを食べちゃったの!」

「????」

(こいつら、頭がおかしなったんか?)と思いましたが、

「その、豚の頭と犬の肉が、インペリアルホテルとなんの関係があるの?」と訊ねました。

「はい、それを今から説明させてもらいますけど、その前に圭介さん、大阪インペリアルホテルって、インターネットでインペリアルホテルで検索したら、本家のインペリアルホテル大阪よりも上の、一番上に表示されることはご存知ですか?」

「いや、知らんけど、そうやったん?」

「はい、おそらくホームページを立ち上げた時期が本家よりも古かったので、今でも一番先に表示されていると思うんですけど、そのことが原因で、こんなエピソードがありまして、僕と進が日曜日にホテルに入った時に、何組ものお客さんが本家のインペリアルホテル大阪と間違えて入ってきまして、友だちの結婚式とか、企業の新製品の発表会とか、医師会の会合に来た医者とか、みんな、うちのホームページを間違えて見て来た人たちだったんですけど、僕と進はホテルのマニュアル通りに、本家の行き方を印刷した紙を渡して、謝りながら間違いですよって説明したんですよ」

 私は少し驚いて、

「それって、ホテルのマニュアルになるくらい、本家と間違える人が多いってこと?」と訊ねると、

「うん、そうやで。特に日曜日と祭日は間違えて来る人たちが多いから、注意してくださいねって教えられた」と、千里が言いました。

 すると紳が、

「だから、どうしてもインペリアルホテルは名称を取り戻したかったんでしょうね」と言いました。

「僕と進は、お客さんに迷惑掛けて申し訳ないと思ったんですけど、それって本家のインペリアルホテル大阪にも迷惑を掛けてるってことになりますよね?」

「確かに、本家も迷惑に思ってるやろうな」

「それで、僕は進と色々考えて、どうせやったら、もっと迷惑掛けたら、どえらいことになるやろうなっていうことに気づいて、ある作戦を思いついたんですよ」

「!・・・」

 私は彼らが何を思いついたのか、おぼろげながらに見えてきましたので、すぐに紳に目を向けると、

「圭介さん・・・ じっくりと聞きましょう」と、私よりも頭の回転が数倍も速い紳は、何かの確信を得たように、目がギラギラと異様な輝きを帯び始めました。

「それでその作戦なんですけど、いま世界中で大流行のピコ太郎の動画で、サングラスのネタのトントンっていうのがあるんですけど、先にピコ太郎の動画を見て下さい」とピロシが言うと、進がパソコンの画面をこちらに向けて、ユーチューブの動画を流し始めました。

 変な格好をしたおっさんが、サングラスを使って、なにやら訳の分からないことをしておりまして、見終わったあとに、

「これが、いま流行ってるの?」と訊ねてみました。

「はい、本当はこの前に出した、ペンパイナッポーアッポーペンっていう動画がすごいことになったんですけど、とりあえず今のトントンっていうのをちょっとパクりまして、こんな写真を撮ってみたんですけど」と言って、今度はピロシが自分のパソコンを操作して、画像を見せてくれました。

 チラガーという沖縄料理の豚の頭に、サングラスを片目だけ掛けて、口には火の点いたタバコを咥えさせ、その豚の口から出されたコメントとして、

『トントン わし、うまいで』という言葉が添えられておりました。

「・・・・・」

 なんとも言えない、おぞましい画像であったのですが、ピロシはまたパソコンを操作して、違う画像を表示しました。

 可愛い小型犬のポメラニアンの画像であったのですが、そのポメラニアンのコメントとして、

『わしも、うまいで』という言葉が添えられておりました。

「僕と進が思いついた作戦っていうのは、ホテルの地下の宴会場で、チラガーと犬鍋を販売することで、名付けて羊頭狗肉じゃなくて、『豚頭狗肉作戦』です!」

「とんとうくにくさくせん?」

「はい、今見てもらった画像をうちのホームページに乗っけて、大々的に宣伝したら、どうなると思います?」


「!・・・・」 


「うちのホームページを本家とそっくりに作り変えて、住所と連絡先を消してしまって、いかにも本家がチラガーと犬鍋を販売するかのようにしてしまったら、世界中の愛犬家と動物愛護団体から、インペリアルホテル大阪だけじゃなくて、本家本元のインペリアルホテル東京にも、

『世界のインペリアルホテルは、豚の頭と犬を食わせんのか!』

 って、とんでもない抗議が殺到するでしょうから、どえらいことになってしまうでしょう?」

(こいつら・・・ こんなこと考えとったんか)という思いと同時に、(もしかしたら、これがじっちゃんが言ってた切り札か?)と思いました。

 千里の原田家が裁判で勝ち取った、『大阪インペリアルホテル』という名称に、このようなとんでもない利用価値があったとは・・・

「圭介さん、実行してもいいですか?」

「アニキ! やろやろ! まずはインペリアルホテルの近藤ちゃんを、血祭りに上げてあげようよ!」

「圭介さん、こいつら凄いですよ・・・ やりましょうよ!」

 私は竹然上人が言っていた言葉を思い出し、

「!」

 たった今、その意味が分かりました。

『芸は身を助く』の、もうひとつの意味が、進とピロシが私を救ってくれるという、『ゲイはmeを助く』と分かったのです。


「よし、やるぞ! 反撃開始じゃ!」

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