第50話 一縷の望み

 渡瀬さんとの電話を切ったあと、時刻を確認すると夕方の5時前であったので、紳に電話をしてウォルソンの事務所に来てもらうことにしました。

「紳、親父のことが分かったぞ」

「渡瀬さんから、連絡があったんですか?」

「うん、詳しくは会った時に話すわ。いま谷九やねんけど、来てくれるか?」

「はい、もうすぐ終わりますから、すぐに行きます」

 紳を待っている間、これから誰と、どういう話をすればいいのかを考えることにしました。

 父を殺した犯人が分かった以上、木村さんに話さないわけにはいきませんし、もし、名古屋の地上げに横槍を入れることが出来るとして、資金を用意するのにどれくらい必要なのか見当もつきませんが、おそらく滋賀のお父さんが搔き集めても、この前の話から予想して10億から15億が限度でしょうから、それ以上となるとやはり木村さんに頼るしかありません。 

 しかし、もしも木村さんに話した場合、東興物産の社長に必ず報復に向かうでしょう。

 生き証人であったA氏が亡くなった以上、死人に口無しで立件するのは困難ですし、証拠が無ければ大義名分が立たないのですが、木村さんにとって確たる証拠などは二の次で、昔から信頼している渡瀬さんの証言のみで、必ず仇討ちに走るでしょう。

 もし、木村さんが報復として東興物産の社長を的に掛けて殺害した場合、様々な伏線と過去の経緯から木村さんが警察に逮捕される可能性は非常に高く、もしも本当に逮捕された場合、県人会は解散に追い込まれ、リニアを含めたウォルソンの全ての事業が頓挫するだけではなく、東新総業の土地は永遠に手に入らなくなり、用地買収の失敗と竹下会長が木村さんとつながりを持つ背景を知ったJRが手を引くことによって、近江精工所は倒産に追い込まれる可能性が出てきます。

 しかし・・・ 

 築き上げたものが全て失うことになろうと、木村さんはヤクザなので、そんなことは百も承知で、必ず報復に走るでしょう。

 先ずは中国の実業家を殺害して、東興物産の社長に思う存分恐怖を味あわせたあと、地獄の果てまでとことん追い詰め、そして最後は確実に殺害するでしょう。

 理屈や屁理屈を超えて、それがヤクザの恐ろしさなのです。

 よく考えてみると、木村さんにしてみれば、自分の存在を知っていながら近江精工所に手を出したということで、完全に舐められていると解釈するでしょうし、今回の用地買収の失敗を知った時点で、父の死とは関係なく、東興物産の社長を狙うかもしれません。

 逆に東興物産にしてみれば、100億からの金を動かしている以上、既に二人を殺害しており、たとえヤクザが相手でも引くに引けない状況となっているのでしょう。

 だとすると、もしも私が大阪インペリアルホテルの再建をしたことで、インペリアルホテルの近藤が臍を曲げてしまい、名古屋の土地を東興物産から買い取らないと言い出したら・・・

 ということは、もしかすると竹然上人が言っていた切り札というのは、大阪インペリアルホテル自体のことではないかと考えられないでしょうか?

「・・・・・・」

 しばらく考えてみましたが、やはり切り札となりえるとは到底思えませんでした。

 近藤にしてみれば、大阪インペリアルホテルを倒産させることが出来なくて、煮え湯を飲まされている思いかもしれませんが、そんな感情でひっくり返せるほど、インペリアルホテルにとって名古屋への進出は、社運を掛けた一大プロジェクトのはずなので、今回は腹の中にそれらの感情を押し込めて収めてしまうでしょう。

 もしかすると、一段落して暇になった時に、坂上と東興物産を差し向けて、また違う方法で仕掛けてくるかもしれないと思ったとき、紳が到着しました。

「おつかれさん、コーヒー飲むか?」

「お疲れ様です。はい、いただきます」

 私は給湯室に行って、コーヒーを入れてソファーに腰掛けている紳の前に置いた後、私も腰掛けて話し始めました。

 話している間、紳はカバンからノートを取り出し、メモを取りながら時々質問し、私が全て話し終えたあと、自分が取ったメモを読み返し、険しい表情でしばらく黙り込んでいましたが、

「もし、名古屋の地上げに食い込むことが出来て、莫大な資金が必要になった時以外は、奈良のお父さんには黙っておきましょう」と言いました。

「やっぱり、お前もそう思うか?」

「はい、渡瀬さんと話を合わせて、僕らが会長のことを調べていたことを隠して、全く無かったことにしてもらって、もし、名古屋の地上げも無理で、対抗手段が無くなったとしても、近江精工所の用地買収の失敗は、少しでも先が見えてから報告しましょう」

「そんなん、隠してたことがあとでバレたら、どえらいことになるねんぞ」

「でも、今の時点で報告義務を怠ってることに変わりは無いから、どっちにしても既にどえらいことになっていますし、せめてJRの部長と話をして、その反応を見てからでないと、今の時点で奈良のお父さんに動かれたら、本当に取り返しがつかないじゃないですか。

 だから、報告するのは手持ちのカードが全て無くなった時にした方がいいでしょう。それからやったら、こっちも全て失ったとしても諦めがつくじゃないですか・・・

 とにかく、明日の名古屋の調査に全てが掛かってますから、僕と圭介さんも一緒に名古屋に入りましょうよ」

「そうやな、そうしよう」


 翌日、朝の6時過ぎに紳と一緒に名古屋へ向かい、8時に到着しましたので、駅前のファミレスに入って朝食を摂りながら時間を潰し、9時前に渡瀬さんに電話を入れて合流することにしました。

「私は今、名古屋の法務局に入ったところですから、先に調べ始めておきますね」

「はい、こっちもすぐに向かいます」

 ファミレスを出た後、名古屋城の二の丸公園の前にある法務局に到着し、不動産の登記係りに行きまして、渡瀬さんを見つけて軽く挨拶したあと、渡瀬さんが申請して、既に手にしていた不動産の登記事項証明書と公図を、実際の住宅地図と照らし合わせて地上げの状況を確認していきました。

 驚いたことに東興物産は、この地上げのために5社ものダミー会社を使い、その内の3社は名古屋の住所となっていたので、少し調べただけでは絶対に背景が分からないように細心の注意を払っていたことが判明し、渡瀬さんの調査がてこずったことが理解できました。

 地上げを行っている場所は、名古屋駅から南東に向かって、少し離れたところに位置し、雑居ビルや老人ホーム、細かい商店などに混じって、小規模のマンションや住宅などが点在する地域で、全体の区画はおよそ20000㎡と、大型のホテルを建設するのには十分な広さを有しておりました。

 東興物産が使い分けていた5社が所有する土地を蛍光ペンで塗りつぶしていき、すべて塗り終わった時に、一区画だけぽっかりと塗りつぶされていない空白の場所が残りましたので、私たちは色めきだってその場所の位置を住宅地図で確認すると、どうやら老人ホームとなっていることが分かり、所有者を調べてみますと、老人ホームの場所を現住所とした個人の名前になっておりましたので、

「これや!」

 と、渡瀬さんが大きな声で叫び、渡瀬さんが興奮したのを初めて見ましたので、私と紳は非常に驚いてしまいました。

「圭介さん、これで逆転できるかもしれませんよ! すぐ現地に行きましょう!」と言って、取るものもとりあえず法務局を出て、私と紳は車を法務局に置きっぱなしにして渡瀬さんの車に同乗して現地へ向かいました。

 移動中、渡瀬さんが私と紳に語った地上げの確認方法は、もしも老人ホームなら、自分の父を入所させたいという話を取っ掛かりにして調べるということでした。

 現地に到着し、地図通りに実際に老人ホームが建っておりましたので、私と紳は一縷の望みを渡瀬さんに託し、

「渡瀬さん、お願いします」と言いました。

「わかりました、待っててください」と言って、渡瀬さんは車から降りて老人ホームの中に入っていきました。

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