第49話 死の真相
翌日の昼過ぎ、渡瀬さんから連絡が入り、やはり東新総業は東興物産のダミー会社で、それも重要な案件の時にのみ使用する、社長直轄の精鋭で組織された特別な部隊であることが判明しました。
「精鋭部隊ですか・・・」
「はい、それだけ近江精工所の件は、東興物産の面子をかけた勝負ということなんでしょう。それで、色々と探りを入れてみたんですけど、今のところ東興物産は目立った動きは控えているようなきらいがありまして、近江精工所のことに集中しているみたいですね」
「そうですか・・・ じゃあ、反撃するネタは期待できないということなんですね?」
「そうですねぇ、引き続き調査してみますけど、あまり期待はできないと思っておいてください」
(やっぱり無理やったかぁ・・・)と気落ちしましたが、
「はい、わかりました」と答えたあと、私はインペリアルホテルと父の関係についての、紳の見解を渡瀬さんに話してみました。
「さすがは紳君ですね。8割くらいは正解で、残りの2割を今から調べるんですけど、ここからが一番難しい作業になると思いますから、何か分かった時点で連絡しますね」
「はい、よろしくお願いいたします」
その翌日からの3日間、何の動きも無いまま実務だけをこなすことに終始し、用地買収は東新総業の土地を残して無事に近江精工所へと移転の登記を申請し、後は補正を経て登記の出来上がりを待つだけとなり、JRの部長との初会合も滋賀のお父さんが入院したことによって延期したのはいいのですが・・・
肝心の東新総業との連絡は一向につかないまま、こちらが最も避けたい長期戦の様相を呈してきました。
おそらく東興物産は、大阪インペリアルホテルへの不可解な介入が功を奏しているのか、それとも私が自分の首を自分で絞めているだけなのかもしれませんが、今のところは接触を拒否しておりますので、このまま膠着状態が続くと、根を上げるのはこちらの方で、おそらく向こうの戦法は兵糧攻めの持久戦に持ち込み、こちらが干上がった所で総攻撃を仕掛けてくるものと思われます。
このままでは無駄に時間が経過するだけですし、JRの部長との会合もこれ以上引き伸ばすことができないということで、私の方から東興物産に白旗を上げて降参する以外に、事態を打開することが出来ないと諦めかけていた時、待望の渡瀬さんからの連絡が入りました。
渡瀬さんは開口一番、
「圭介さん、会長の死の真相が明らかになりましたよ」
と、とても落ち着いた声音で、はっきりと言い切りました。
「!・・・」
渡瀬さんは私が言葉に詰まり、何も話せなくなっていることを察して、静かな口調でゆっくりと話し始めました。
遡ること今から20数年前、全ての発端はやはり近江精工所の乗っ取り阻止から始まったのですが、当時の東興物産は近江精工所以外にも重要な案件を抱えておりまして、その案件というのはインペリアルホテルとの共同で、ホテル事業の中国の上海への進出と、名古屋への進出計画でありました。
その頃すでに、インペリアルホテルの近藤と坂上は昵懇の関係であったのですが、坂上の紹介で近藤は東興物産の社長と知り合いとなり、その後に関係を深めていき、インペリアルホテルの中国と名古屋への進出の前捌きを東興物産が坂上と共に引き受けることになったのですが、思いもかけない不測の事態が発生し、計画の練り直しを迫られることになってしまいました。
その思いもかけない出来事というのが、大阪インペリアルホテルの名称の裁判であったのです。
近藤の失脚によって計画が暗礁に乗り上げ、坂上と東興物産は新しく総務部長に就任したA氏に接触を試みるも、A氏と近藤は元々犬猿の中であったようで、坂上と東興物産との接触を拒み続け、計画は頓挫するかに思えた時、A氏が中国と名古屋への進出に向けた前捌きを東興物産から、ライバルである私の父に乗り換える方針を固め、父との接触を試みたそうなのです。
「それで、親父はインペリアルホテルの仕事を引き受けたんですよね?」
「はい、会長は引き受けたんですけど、インペリアルホテルの要望で、全て極秘に進めてほしいということだったんで、圭介さんと私を含めた会長の側近の誰一人として、このことは知らなかったということなんですよ」
その後、父は東興物産らの妨害を避けるために、私たち側近にも極秘で全く新しいチームを結成して中国に派遣し、発展目覚しい上海での調査を開始したのですが、日本と中国の政権交代によって日中関係が悪化し、ホテルの進出計画は一時中断を余儀なくされてしまったのでした。
そうして父は、中国に派遣していたチームを呼び戻し、今度は名古屋の前裁きに取り掛かったのですが・・・
「インペリアルホテルはリニアの開通を見越して、名古屋への進出を決めたんですけど、会長が調査に入った時点で、東興物産はダミーの別会社で用地買収に取り掛かっていて、この時既に80億円以上の資金を投入して、地上げはある程度の目途が立っていたみたいで、それを北都にひっくり返されたら、東興物産は面目丸つぶれになるだけでは済まないことになりますからね」
「確かに、近江精工所の20億円と合わせたら、100億円以上の金が動いてることになりますから、どんなことしてでも親父を排除しようとしますよね」
「・・・・・」
渡瀬さんはしばらくの沈黙のあと、
「そうですね・・・」と言って、続きを話し始めました。
「それで、会長を襲った実行犯の方なんですけど、これは裏を取ってないんで真偽はなんとも言えないんですけど、会長はインペリアルホテルの中国の進出を、東興物産が使っていた政府関連の実業家のルートと対立していた、共産党幹部の大物政治家のルートを使って前捌きをしようとしていたみたいで、この時に会長は中国の実業家の恨みを相当買っていたようで、その実業家が差し向けた殺し屋だったんじゃないか、ということらしいですね」
「じゃあ、直接の原因は、その中国の実業家の恨みっていう事ですか?」
「いや、やっぱり東興物産が深く関わっていると思わざるを得ないんですよ。
その理由はね、会長が亡くなられた後、インペリアルホテルの総務部長のA氏は定年前に退職してますから、次は自分の番やと身の危険を感じて手を引いたと思うんですけど、そのA氏は退職したあとに交通事故で亡くなってますから、おそらく口封じで殺された可能性が高いでしょうね」
「えっ! じゃあ、二人も殺したということなんですか?」
「さきほど圭介さんが言ったように、100億以上の金が動いていることを考えたら、やりかねんでしょう」
「・・・・・・」
私は改めて、世の中で最も厳しい『利害』という掟を頭の中に叩き込まれ、再認識させられたという思いと同時に、そのような連中と果して自分が戦えるのであろうかと、言葉に出来ない不安と恐怖を抱きました・・・
「それでね、東興物産は既に取得している名古屋の土地を、行く行くはインペリアルホテルに買い取ってもらうことになってるらしいんですけど、地上げはまだ全部終わってないということなんで、私は今からこの足で名古屋に入って、すぐに調べることにしますね」
「はい、了解しました」
「圭介さん、もしも地上げに食い込めることが分かったら、すぐに手を打ちますから、資金の方をいつでも投入できるように準備だけしておいてください。では、また連絡します」
「はい、よろしくお願いいたします」
私は無神論者なので、今まで一度も神頼みをした事が無かったのですが、
(親父、頼む! 仇を討つために、名古屋の地上げに食い込ませてくれ!)
と、亡き父に初めて祈りました。
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