第47話 兆し

 様々な思いを胸に抱きながらリビングに戻りますと、すでに金庫屋は帰った後でした。

「さっそく明日、金庫を持ってきてくれることになったよ」

「そう、思ってたよりも早かったな」

「うん、午前中に持ってきますって言ってた」

「わかった。これで安心して眠れるな」

「うん、ありがとうね」

 と言いつつも、もしかすると、それらの宝石類も手放さなければならないようになるかもしれないと思いました。

 キッチンに行って二人でコーヒーを飲んで、気分を落ち着かせた後、頭の中はまだ混乱したままであったのですが、

「じゃあ、今から仕事に行ってくるね」と言って、椅子から立ち上がりました。

「うん、いってらっしゃい」

 千里に見送られて自宅を出て駐車場に到着し、車に乗り込もうとした時に、紳から電話が掛かってきました。

 そのまま車に乗り込んで電話に出ますと、

「圭介さん、東新総業に朝から何回も電話してるんですけど、誰も出ないんですよ」と、紳が言いました。

 もしかすると東新総業は、名前だけのペーパーカンパニーで、実体のない東興物産のダミーかもしれないと思いながら、

「そうか・・・ とりあえず渡瀬さんに調査は依頼したから、引き続き電話をしてみてくれ」と言ったあと、渡瀬さんと話した内容を紳に伝えました。

 珍しく紳も非常に驚いた様子で、

「会長とインペリアルホテルが、深い関係にあったということですか?」と言いました。

「いや、まだ調査を始めたばっかりやから分からないけど、根拠のないことなんか一切言わない渡瀬さんのことやから、おそらく間違いはないやろう」

「そうですよねぇ・・・ とりあえず僕は、引き続き東新総業に電話を掛け続けますから、何か進展があったらまた連絡します」

「うん、わかった」

 電話を切った後、車を出発させて改装中の大阪インペリアルホテルに寄りまして、進とピロシを連れて米原に向かいました。

 道すがら、二人にこれから行う仕事の内容を説明した後、大阪インペリアルホテルの改装工事の進捗状況を聞きました。

 改装工事は問題なく進み、今は電気の配線のやり直しを行っていると、助手席の進が話した後、

「アニキ、ホテルの地下の宴会場は改装も何もせんと、そのまま放置するの?」と、訊ねてきました。

「うん、ホテルを建てた当初は、千里のお爺さんが和食のレストランをしてて、そこそこ評判も良かったらしいねんけど、なんせ場所が悪いし、難波の駅周辺が栄えてからは客が減ってしまって、今度は宿泊客用の宴会場にしてんけど、その当時は田舎の方から大阪見物をしにくる人がおった時代やから成り立ってたけど、今はあそこで何をしても成功しないやろうから、ほっとくしかないやろう」

「じゃあ、もし何か良いアイディアがあれば、自由に使ってもいいっていうことなんですか?」と、後部座席のピロシが訊ねてきましたので、

「そりゃあ、良いアイディアがあったらの話やけど、あんな所で何をしても上手く行くとは思えんけどな」と、答えました。

「うん、わかった。ピロシと二人で何か考えてみるね」

 この時、私は地下の宴会場のことなど、頭の片隅にも入っておらず、そんなものがホテルに存在していたこと自体も忘れ去っていたのですが・・・

 途中、いつもの吹田サービスエリアで昼食を摂って再び出発し、米原へは午後の1時前に到着しましたので、もう一度吉川さんの自宅を見に行き、もしかすると看板が掛かっていたのは夢ではなかったかと、馬鹿な期待をしながら到着すると、やはり夢などではなく実際に立派な看板が掛かっておりましたので、否応無く現実に引き戻され、そのまま車を北に向けて走らせて、大津地方法務局の長浜支局に行きました。

 進とピロシに不動産の調査方法を教えながら、吉川さんの土地を確認すると、東新総業によって4月の下旬に移転されていたことが発覚しました。

 ということは、やはり今回の事件は、大阪インペリアルホテルとは全く関係が無く、ずっと以前から計画されていたということが明らかとなったと思った時、

「!」

 あることが思い浮かびました。

 もしかすると、東興物産にしてみれば、今回の用地買収の仕返しとして、或いは対抗手段として、私が大阪インペリアルホテルの再建に乗り出したと思っているのではないか、ということが思い浮かんだのです。

 偶然にも時期的には合致しますし、普通であれば再建などしない案件なので、向こうは向こうで、私が何らかの意図や目的があって、大阪インペリアルホテルの倒産を妨害してきたと思っているのかもしれません・・・

 しかし・・・ 実際の所は大阪インペリアルホテルの再建に表も裏もなく、純粋に千里のお父さんを助けるためであり、どの角度からどう考えてみてもホテルの救済が対抗手段や切り札となるとは考えられませんので、もし、効果があるとすれば、意味の分からない再建を行ったことによって相手は警戒し、真意を探り始め、裏を取るまで下手に仕掛けてこないといった、一時の時間稼ぎくらいの効果でしかなく、それも時間の経過によってやがてメッキは剥がれ落ち、何の意味もない再建をわざわざ金を掛けて行った馬鹿共、という結論に達するでしょう。

 気を取り直して法務局を出た後、予ねて挨拶をしていた地元の司法書士事務所に行きまして、用地買収に於ける不動産の移転に関する登記の手続きを正式に依頼したあと、石井さんの喫茶店に行きまして、私が来れない場合は進とピロシのどちらかが代わりに来れるようにと顔合わせを済ましました。

 全ての作業を終えて帰り道、ピロシに運転を任せて、私は今までの経緯を簡潔に短くまとめて二人に話しました。

「じゃあアニキ、私のパパもピンチっていうことやんね?」

 私は渡瀬さんに、一縷の望みを託しながら、

「そうやな、でも戦いは今始まったばっかりやから、勝負は下駄を履くまで分からないって、昔から言うやんか。だから、これからが本当の勝負っていう感じやな」と、希望的観測を述べました。

 すると、終始無言で運転をしていたピロシが、

「圭介さん、僕は何の役にも立たないでしょうけど、僕に出来る事は何でもしますから、遠慮なく言ってくださいね」と、とても静かな口調ですが、彼の内に秘めた気概を感じ取り、

「うん、ありがとうな。頼もしいわ」と言いました。


 こうして進とピロシは、私が気づかない間に、着々と成長を続けていきました。

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