第46話 敵を知り、己を知れば・・・
大津の自宅に到着し、応接室に通されて3人で話し始めたのですが、巻き起こされた事象があまりにも単純明快すぎて、こちらの対応策も横取りされた土地を向こうの言い値で買い取るという以外に、何も思い浮かびませんでした。
「買い取るのはいいけど、どれくらいで言うてくると思う?」
「・・・・」
お父さんの問いかけに、紳も私も答えることができませんでした。
私たちが吉川さんに提示していた金額は、相場の2倍近い一億8千万円だったので、東新総業は吉川さんに私たちの話を反故にして、即決で売ることを決意させただけの金額で買い取っていると思われ、おそらく2億から3億の間ではないかと想像されます。
したがって、東新総業が私たちに買い取らせる金額は、その倍以上と覚悟しなければなりません。
しかし、幾ら金を払ってでも必ず買い取らなければならないという、私たちが置かれた苦しい立場や、取得できなかった時の悲惨な状況などを考慮した場合、東新総業がいくら上乗せして吹っかけてくるのか想像できないのです。
「お父さん、いまウォルソンが所有してる、親父が残してくれた収益物件を叩き売ったら、おそらく15億くらいにはなるやろうから、それで決着をつけるわ」
「何言うてるねん! あのな圭介、今回の事はお前の責任じゃなくて、わしの責任なんや! どう考えても、うちの社内に、それもこの合併の話を知ってる幹部連中の中に、情報を流してた裏切り者がおるとしか考えられへんから、責任はわしが取る。おそらく10億くらいで収まるんやったら、高い授業料やと思って、会社の内部の引き締めに入るわ」
お父さんの言ったとおり、今回の事件は相当内部事情に詳しい人間の手引きによって引き起こされたことは明白なのですが、犯人探しなどしている場合ではありませんし、これからの動きを相手に察知されないようにすることの方が肝要であると思った時、
「いや、そんな金額では済まないと思いますよ」と、紳が言いました。
「紳君、それは10億以上か、それとも15億以上で言うてくるっていうことか?」と、お父さんが訊ねると、紳はとても深刻な表情で、次のように語りました。
「はい、おそらく最低でも20億以上で言うてくると思いますよ。その理由として、もし、20年前の乗っ取りの失敗の伏線で、今回の事件をやらかしたんだったとしたら、その時に東興物産が出した損失の20億円が最低金額になるでしょうし、この20年間にその20億円を回して、生じたであろう利益のことまで考えるんやったら、もしかしたらその倍を要求してくる可能性も考えられますよ」
「・・・・・」
はっきり言って、私の全財産を処分しても、とてもじゃありませんがまどえる金額ではありません・・・
事の深刻さを再認識し、全身の筋肉が弛緩してしまったように、何者かによって体の内側から力を奪い取られているような錯覚を覚えました。
「とにかく、いま僕たちがここで幾ら想像しても、なんの解決にもなりませんので、明日さっそく僕が東新総業に電話をして、向こうの様子を窺いますから、話はそれからにしましょう。
それから圭介さんは明日、渡瀬さんの所に行って、東新総業の裏取りと、東興物産が今抱えてるどんな小さな案件でもいいですから、それを調べてもらって、何か反撃できるようなネタが見つかるかも分かりませんから情報を集めてください」
ということで話がまとまりました。
私と紳は夕食を一緒にと、お母さんから誘われましたが、とてもじゃありませんが食欲などありませんし、気まずい思いで食事をするのが嫌だったので、明日からの準備が忙しいと言って、そのまま自宅に戻ることにしました。
大津インターから名神高速に乗りまして、日曜日なので郊外に出かけていた車の帰宅時間と重なったため、高速は軽く渋滞しておりました。
私は千里に電話をして、まだ少し時間が掛かるのでマリと二人で食事をしていて欲しいと言って電話を切りました。
渋滞は茨木まで続いておりましたが、そこからは流れがスムースになり、私も紳も食欲は無かったのですが、何も食べないわけにも行きませんので、いつものように吹田サービスエリアに寄りまして、レストランで食事をしながら、渡瀬さんに話す内容を打ち合わせました。
「あのな、前に渡瀬さんに言われた通りに、東興物産と和解するっていう方向で考えてみることはできひんか?」
「圭介さん、それは大阪インペリアルホテルに限ったことで、近江精工所とは別で考えないといけないし、向こうは和解なんかする必要性が全くないんですから徹底的にやってきますよ。
おそらく、大阪インペリアルホテルのこともあるし、東興物産は相当頭に来てるはずやろうから、どっちにしても僕らは戦うしかないんですよ!」
「戦うって・・・ どうやって戦うねん・・・」
「それは、今は何も思いつきませんけど、諦めない限り何か方法は見つかりますよ。とにかく今は渡瀬さんの調査に期待するしかないんで、明日の話はお願いしますね」
「うん、わかった」
「それで、その後なんですけど、圭介さんは進とピロシを連れて、法務局の長浜支局に行って、二人に仕事を教えながら、吉川さんの土地が東新総業に移転されているのかを確認して、それから前に挨拶をしに行った米原の司法書士事務所と、石井さんに会いに行って、二人を顔合わせだけしておいて、いつでも僕らの代わりに動けるようにだけしておいてくれますか」
「そうやな、そうしておいたほうがいいな」
ということで明日の予定が決定し、レストランを出て自宅に戻りました。
吹田からは全く混んでいなかったので、自宅には1時間弱で到着し、千里とマリは私の自宅にいることが分かっておりましたので、紳と一緒に我が家に入りまして、私と紳は勤めて明るく振舞い、4人で軽くビールを飲みながら雑談をしたあと、二人は自宅に戻りました。
千里と一緒にお風呂に入ったあと、疲れていたのでそのまま寝室に行きまして眠ろうとしたのですが・・・
やはり、神経が高ぶっていて中々眠ることができず、いつもとは逆に私が千里の胸に顔を埋めて眠ることにしました。
「どうしたの? 帰ってきてから元気がないみたいやけど、仕事で何か大変なことがあったの?」
「ううん、別に何もないねんけど、千里の心臓の音を聞いてたら落ち着くねん」
「そうなん・・・ それやったらいいねんけど、なにかあったら正直に全部話してね。じゃあ、おやすみ」
「うん、ありがとう。おやすみ」
もう一度お休みのキスをしたあと、もう何も考えずに千里の心音を聞きながら眠りました。
翌日の朝、9時前に進に電話をして、昼からピロシと一緒に滋賀へ向かうと話したあと、9時になって米原の司法書士事務所に電話をして、打ち合わせを兼ねて社員の顔合わせを行いたい旨を伝えた後、石井さんにも同じ話をして、夕方までには到着しますと伝えて電話を切りました。
その時、インターフォンが鳴りまして、依頼していた金庫屋が到着しましたので、リビングで千里と一緒にパンフレットを見ながら説明を聞き、金庫を選んで後の対応を千里に任せ、私は自室に行って渡瀬さんに電話を掛けました。
電話はすぐにつながり、挨拶を交わした後、
「所長、いま話は大丈夫ですか?」と、本題に入りました。
「大丈夫ですよ。いま出張で東京に来てるんですけど、どうしたんですか?」
「東京ですか!ちょうど良かったです。実はね、」
渡瀬さんに全てを話しました。渡瀬さんは私の話を聞きながら、メモを取っておりましたので、そのメモに書かれた私からの依頼の内容を復唱した後、
「圭介さん、以上でよろしいですか?」と、確認を取ってきました。
「はい、所長、それでお願いします」
「・・・・・」
渡瀬さんはしばらくの沈黙の後、
「やっぱり、圭介さんは東興物産と戦う運命になってたんでしょうね」と言いました。
「そうですね・・・ でも、どうやって戦っていいのやらで・・・」
渡瀬さんはまたしばらく間を置いた後、
「あのね、圭介さん、なんで私がいま東京にいるのかって言うたら、実は東興物産のことを調べるために来てるんですよ」と言いました。
(!)
私は驚きながら、「それって・・・ 誰かに依頼されて東興物産の調査をされてるんですか?」と訊ねました。
「いえ、誰かの依頼とかじゃなくて、私は自分の意思で調査をしてるんですけど、もしかしたら、会長が殺された本当の理由が分かるかもしれないんですよ」
(!・・・)
私は非常に驚き、
「やっぱり、近江精工所の時の恨みで、東興物産が絡んでいるっていうことですか?」と訊ねました。
「はい、それもあるんですけど、実はね、全ての鍵を握っているのは、おそらくインペリアルホテルだった可能性が高いんですよ」
「えっ!・・・ インペリアルホテルがですか?」
「はい、私は圭介さんから大阪インペリアルホテルの依頼を受けて、インペリアルホテルのことを調べて圭介さんに報告したじゃないですか。それで、私の勘なんですけど、会長がインペリアルホテルに泊まってみたいって仰ったことも気になっていましたし、どうもまだ裏に何か隠されてるような気がして、インペリアルホテルの近藤のことを徹底的に調べて、それから今度はインペリアルホテル自体を調べている途中なんですけど、まだ調査を始めたばっかりなので、確証を握ったわけじゃないから詳しく説明する事はできませんけど、もしかしたら会長は、インペリアルホテルとも深い関係があったかもしれないことが分かってきたんですよ」
「えっ! 親父とインペリアルホテルがですか?」
「はい、おそらく関係があった事は間違いないということで、それを今、必死に追いかけてるんですけど、ここで調査は一旦中断して、先に東新総業を調べて、すぐに報告しますから、会長の事はもう少し時間を下さい」
「はい、わかりました。じゃあ、親父のほうもこっちの依頼ということで、引き続き調査をしてくれるんですね?」
「いえ、会長のことは私にとっても弔い合戦ですから、圭介さんの依頼じゃないですよ。でも、絶対に真相を突き止めて、すべて分かった時点で報告しますから、今回の近江精工所の件も含めて、一緒に戦いましょう。では、今から調査に入りますね」
「はい、よろしくお願いいたします」
渡瀬さんとの電話を切った後、深く瞼を閉じました。
(インペリアルホテルと親父が?・・・)
頭の中が混乱し、その後の言葉が見つかりませんでした。
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