第44話 宣戦布告

二日後に行われた奈良の県人会は、千里が専務理事の妻として、さすがは立命館の文系出身といった立派な挨拶をしてくれたおかげで恙無つつがなく終了し、様々な団体の代表の方たちから就任と結婚のお祝いの言葉を頂きました。

なかでも木村さんからはサプライズなプレゼントとして、

「圭介、専務理事の自宅が大阪やったら具合が悪いやろう。結婚のお祝いに、今から奈良市内に家を建てるから、できあがったら千里さんとそこに住みなさい」

と、家をプレゼントしてもらうことになりました。

「それから千里さん、これから専務理事の奥さんとして、いろいろと忙しくなるやろうから、分からないことがあったら、うちのお母さんとよう相談して、圭介を立派な人間に育ててやって下さいね」

「はい、お義父さん、ありがとうございます。一生懸命に努力いたします」

「千里ちゃん、披露宴の時の着物とドレスは私が作ってあげるから、何も心配しなくてもいいよ。それとね、あんたに良く似合いそうな真珠のネックレスとか、指輪とかいっぱいあるから、今からお家に行って、気に入ったものは全部あげるから持って帰りね」

「はい、お義母さん、ありがとうございます」

といったような具合で、千里は木村さん夫妻に一目で気に入られ、帰りに木村さんの自宅に寄りまして、私は木村さんの秘書と、来週に奈良のホテルで行われる、JR東日本の部長との初めての顔合わせに関する報告をした後、これから建ててもらう自宅について、簡単に説明を受けました。

千里はお母さんから両手に抱えきれないほどの、宝石や貴金属類をプレゼントされて、それらを入れて持って帰るのに、高級バッグを3つもついでにプレゼントされておりました。

 帰り際に木村さん夫妻がわざわざ玄関まで見送りにきまして、

「圭介、竹坊(進の父)の一人息子が、お前のところにおるんやろう?」と訊ねてきました。

「うん、うちで働いてるよ」

「どうや、使い物になりそうか?」

「・・・・」

 私は一瞬、なんと答えようかと迷いましたが、

「うん、まだまだ世間知らずやけど、色んなゲイを持ってるから、先が楽しみやで」と言いました。

「そうか、芸達者やったら大丈夫やな。もし、使い物になれへんかったら、うちに連れて来いよ」

(むりむりむりむりむりの、もうひとつおまけに絶対むり! 俺も一緒に殺される~!)と思いながら、 

「うん、わかった。じゃあ、お父さん、お母さん、帰るよ、おやすみなさい」と、帰りの挨拶をしました。

「お義父さん、お義母さん、ありがとうございました。では、失礼致します」

「千里ちゃん、なにか困ったことがあったら、すぐ私に言うておいでよ! それと、がんばって早く私に孫の顔を見せてね!」

「はい、お義母さん、がんばります。おやすみなさい」

 帰りは木村家お抱えの個人タクシーに乗り込みまして、私は何度も利用していたので道の説明をしなくて済みました。

 タクシーが走り出してすぐに、

「圭介・・・ これどうしよう?」と、千里はもらったばかりの貴金属類を指差しました。

 自宅に置いてある母の形見と合わせると、いったい幾らになるのか想像もつきませんので、

「金庫を買うか、銀行の貸金庫を開設して、そこに入れておくか、どっちかにしようか?」と訊ねました。

 千里はしばらく考えた後、

「じゃあ、悪いけど金庫を買ってもらっていい?」と言いましたので、私は明日、取引のある金庫屋に電話して、早速手配すると言いました。

「うん、ありがとうね」と言った後、千里は朝から緊張の連続で、相当疲れているのでしょう。

 私の手を握り締めて、深く瞼を閉じました。

「お疲れさんやったね。家に着くまで寝ときよ」

「うん、おやすみ」

 千里を休ませている間、私は明日からの予定を頭の中で整理してみることにしました。

 明日の日曜日、朝から紳の自宅に行きまして、本日行われた県人会での議事録をまとめた後、専務理事となった私に全てを委任するといった内容が記された、各団体の代表と買収予定地となっている地権者らの委任状と同意書の整理をして、JR東日本の部長へ手渡すためのコピーを作成する予定となっているのです。

ホテルの改装工事は進とピロシに全て任せておりまして、彼らなりに現場監督と打ち合わせをしながら、問題なく進めておりますし、マリは束縛と独占欲の強い紳の要望で、自宅に待機しながら何かあればいつでも動けるような、一種の軟禁状態となっておりまして、今のところマリも凶暴な本性を現さずに、犬のくせに借りてきた猫のように、猫を被って大人しく振舞っております。

 そんなことを考えている間に、クラウンのロイヤルサルーンの特別仕様タクシーの乗り心地のよさに、いつのまにか私も眠ってしまい、運転手さんに起こされた時は自宅に到着しておりました。

 代金はいつも木村さんが支払ってくれるので、運転手さんにお礼を述べた後、いつものようにチップとして一万円を手渡してタクシーを降りました。

 自宅に戻り、千里が宝石類を整理している間、私はお風呂を沸かして速攻で自室に行き、机の中の元カノとの写真をコンビニの袋に入れてキッチンの大きなゴミ箱の中に放り込み、宝石の整理を終えた千里と二人でお風呂に入りながら、本日を振り返りました。

やはり、千里のように度胸があって、機転の利く頭の良い女性でなければ、とてもじゃありませんが私の妻は絶対に務まらないということを改めて認識し、感謝の印として風呂上りにマッサージをしてあげることにしました。

「ほんとにいいの?」

「いいよ、早く横になって」

 千里をベッドに仰向けに寝かせた後、腕や足を揉み解していると、

「!」

 ネットで見たAVの『人妻マッサージシリーズ』を思い出してしまい、思わず(これは、立派な犯罪やけどやってしまうやろうなぁ)と、自分の妻なのですが、異常な興奮を覚えてしまいました。

「はい、今度はうつ伏せになって」と言って寝返らせた後、黙々と太ももを揉みながら、悶々とした気持ちを着々と蓄積し、

「ちょっと、なんでパジャマのズボンを脱がせるのよ?」

「いや、パジャマの上からやったら滑ってやりにくいねん」と、変態マッサージ師と同じような台詞を吐きながら、千里のパンツが私の大好きな薄いブルーのシンプルなデザインのやつであったので、形のいいお尻がプルプルと揺れるのを見ていると、どうにもこうにも辛抱堪らんようになってしまいました。

「きゃっ! なに? マッサージしてくれるんじゃないの?」

「いや、体の内側から揉み解さないと、本当の、痛っ! ごめんなさい・・・・

でも我慢できひんねん!」

「も~ぅ! やめろ変態!」

「だって、奈良のお母さんも早く孫の顔が見たいって、痛い!」


 翌朝、朝食を済ませ、金庫屋に電話をして明日の午前中に自宅に来てもらうように手配をした後、千里と一緒に資料を抱えて10時に紳の家へ行きました。

 朝の挨拶で、マリの顔を見た瞬間、久しぶりに『メェ~』と鳴きそうになりましたが、辛うじてマトモな挨拶を交わした後、紳と私はキッチンのテーブルで資料の整理をすることになり、マリと千里は奈良のお母さんからもらった宝石を見ると言って、上の階に上がりました。

 紳と二人で集中して、先ずは議事録を作成した後、紳がJR用の資料として要点をまとめて短く作り直している間に、私はコピー機で同意書と委任状をコピーしてまとめ上げた時、紳も作業を終えて、プリントアウトした資料に目を通して、全ての作業が終わりました。

「紳、お昼はどうする?」

「そうですねぇ、みんなで何か食べに行きましょうか?」

と言ったとき、私の携帯電話が鳴りました。

 電話は石井さんといって、近江精工所の移転先の用地買収に協力してくれている地権者の一人で、買収予定地で喫茶店を経営されている方で、近江精工所の新しい工場内で喫茶店を出店するという条件で、用地の売却に応じてくれた方です。

「はい、おはようございます、北村です」

「おはようございます、石井です。日曜日なのにすみませんな」

「いえ、どうかされたんですか?」

「いや、あのね、なんか意味はよく分からないねんけど、とりあえず連絡したんですわ」と、少し慌てた様子が、何か異変が起こったということを物語っているようでした。


 近江精工所の移転先となる買収用地の地権者は全部で6人なのですが、一名だけ仮契約を交わせていなかった、吉川さんという方がおりまして、50代のトラックドライバーで、買収予定であった土地の面積は、吉川氏の自宅及びその周辺の敷地面積3500㎡と、地権者の中では一番狭い面積でありまして、吉川氏は土地を売るのを渋っていたわけではなく、昨年の6月に父が亡くなり、先祖伝来の土地であったので、できれば父の1周忌以降に仮契約を締結したいということになっていたのですが・・・


 石井さんの話によると、

「今ね、買い物に行こうと思って、吉川さんの家の前を通った時に、家に大きな看板が掛けられてるから、ちょっと停まって見てるんですわ」

「看板ですか?」

「はい、管理物件っていう看板が掛かってて、東新総業とうしんそうぎょうっていう会社の名前が書いてあるんやけど、これって、北村さんの会社と関係あるんですか?」


(あかんっ!・・・ やられた!)


と思いました・・・

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