第41話 説教

 翌日、県人会への出席が二日後と迫った中、私は両親の墓前に入籍を報告した上で、仕事を辞める話をするということにして、千里を騙して連れ出し、流清寺に向かいました。

 竹然上人には事前に連絡をしておりません。そんなことをしなくても、千里が手に負えなくなったことで、私がいつ、どのタイミングで会いに行ったとしても、竹然上人には必ず会えることが分かっているからです。

 そして、千里には竹然上人のことを詳しく話していません。事前に何か話せば、警戒して行かないと言うかも知れませんし、話したところで信じてもらえるとも思っていないからです。

 自分で撒いた種とはいえ、ここまで千里が私の身を案じてくれることを有難いと思う分、自分の力でなんとか千里を納得させ、普通の状態に戻すことができない不甲斐なさと悔しさを痛感しました。

 そんな思いを抱きながら、先ずは心斎橋の大丸に行きまして、お供え用の供物を買った後、寺のみんなへのお土産として神戸プリンを買い、竹然上人には個別に、大好きな大阪の池田市の銘酒『呉春』を、未成年の珍念にはベルギー産のチョコレートを買い、午後の1時過ぎに大阪を出発して、流清寺には2時半に到着しました。

 いつものように竹林の前に車を停めて降りた後、この時間帯は珍念が竹林の掃除をしていることが分かっていたので、

「お墓参りの前に、先に珍念を捜そうか」と言いました。

「うん」

 二人で流清寺の名物となっている竹林の散策路を歩き、千里が普通の状態であれば、私の両親がデートを重ねていた思い出の場所として、二人を偲ぶ思い出話のひとつもできるのですが、私たちは終始無言で歩き続け、軽く左にカーブになっている先で、掃き掃除をしている珍念を発見しました。

「こんにちは、圭介さん、千里さん。よくおいでくださいました」

「こんちは、珍念」

「高橋君、こんにちは」と、元気のない千里が力ない挨拶をしたあと、突然の来訪にも珍念は驚きもせず、

「もうそろそろ到着されるということで、上人はさきほどから客間でお待ちですよ」と言いましたので、やはり竹然上人は私と千里が来ることを知っていて、待っていてくれてたのでしょう。

 珍念に買ってきたお土産を渡して、一緒に台所に運んだ後、千里と二人で客間の襖を開けて中に入りました。

 竹然上人はいつものように、ローテーブルの座布団に座っておりましたが、わざわざ立ち上がって私たちを迎えてくれました。

「初めまして、千里と申します。どうぞ宜しくお願い致します」

「初めまして、住職の竹然です。よう、おこしくださいましたなぁ。

 ささ、そこに座っておくれやす」と言われましたので、二人で座ろうとすると、

「圭介はんは、外で待っといてもらいましょか」と言われました。

 千里が不安な表情で私を見つめてきましたので、

「大丈夫、じっちゃんは初めて会う人には、いっつもこうやって一対一で話をするから、心配しなくてもいいよ」と言って、安心させようとしましたが、千里の表情を見る限り、私の言葉などあまり効果はないことが分かりましたので、あとは竹然上人に全てを任せるしかありません。

 不安げな千里を残し、後ろ髪を引かれる思いでしたが客間を出た後、台所の椅子に座って待つことにしました。

 千里にしてみれば、ただ墓参りに来ただけと思っていたはずでしょうから、まさか自分ひとりで、しかも初対面の竹然上人と話をするとは思っていなかったので、余計に不安を覚えているのでしょう。

 とにかく千里が、早く元に戻ってほしいと願いつつ、台所に到着すると、珍念がお茶の用意をしておりましたので、

「珍念、ごくろうさんやな」と声を掛けて椅子に座りました。

「いえ、こちらこそお土産をありがとうございます。ところで圭介さんは、ここでお待ちになるのですか?」

「そうやで。じっちゃんに追い出されてん」

「・・・・・」

 珍念は無言でお茶の用意を終えた後、私の目の前のテーブルにお茶を置き、

「千里さんは、お体の調子が悪いのですか?」と訊ねてきました。

「なんで? そういう風に見えた?」

「いえ、千里さんが元気を取り戻すために、もうすぐ圭介さんと一緒に来られると上人が仰られましたので、ご病気か何かと思いまして、心配していたのです・・・」

「心配してくれてありがとうな。それでな、ちょっと色々あって、千里は病気じゃなくて、元気を無くしてるだけやねん」

「そうなのですか・・・・ それで、どことなく圭介さんも元気が無かったのですね。でも、上人とお話をすれば千里さんは元気を取り戻すでしょうから、そしたら圭介さんも元気になられますよね。それでは、私はお茶をお持ちして参ります」と言って、珍念は台所を出て行きました。

 珍念の言ったように、私も竹然上人に任せておけば大丈夫なことは分かっているのですが、どのような話し合いが持てれているのかが気になり、気分を落ち着かせるためにお茶を飲みました。

 しばらくすると珍念が戻ってきて、

「圭介さん、私はまだ掃除の途中なので、終わりましたら戻って参ります」と言って、勝手口から外へ向かいました。

 一人ぼっちとなってしまい、何もすることがなかったので、お茶を飲んだ後に勝手口から外へ出て、車の中でタバコを吸いました。

 今ごろ千里は、竹然上人に心配しすぎだといって説教されているのでしょうか・・・

 それとも、どうしたら私が仕事を辞めるのかと相談しているのでしょうか・・・ 

 やはり、どの角度からどう見ても仕事を途中で投げ出すことなどできませんし、もうすぐ始まるであろう、東興物産、インペリアルホテルの近藤、そして坂上との戦いに向けて、どうしても私は神経をすり減らすでしょうから、是が非でも千里に元気を取り戻してもらわなければなりません。

 そんなことを考えていると、珍念が掃除を終えて戻って参りました。

 私は珍念の所へ行き、時間つぶしで何か話しかけようかと思いましたが、珍念も忙しいでしょうし、それに気の利いた冗談を言う元気が無かったので、そのまま車の中でタバコを吸って待ち続けることにして、車のエンジンを掛けてCDのスイッチを入れ、リピート再生にしたままのビリージョエルの、

『Got to Begin Again』を聴いて、父のことを思い出しました。

 おそらく父はこの歌を、今の私のように一人で何かを考えている時に聴いていたのではないかと・・・ ふと、そう思いました。 

 父が殺されたことを知り、紳と一緒に東京へ駆けつけるために新大阪駅に向かっている途中、ラジオからニュース速報が流れてきて、父は日本最大の暴力団の金庫番で、北都興産は日本最大の総会屋と、キャスターは原稿を読み上げておりましたが、木村さんの組は日本最大などではありませんし、北都は総会屋などではなく、父は一度も他社の株主総会などに出席したことはありませんし、社員も誰一人として総会屋の真似事すらしたことがなかったので、紳が怒ってラジオのスイッチをCDに切り替えた時、この歌が流れ始め、私は母が亡くなった時以来、久しぶりに涙を流しました。

 やはり、私は父の死の真相を明らかにするために、戦わなければなりません。

 おそらくもう、戦いの火蓋は切って落とされているような気がしました。

 いずれ、もうすでに戦端が開かれているということが、何らかの形で浮き彫りになっていくことでしょう・・・

 そんなことを考えていると、勝手口のドアが開いて珍念が現れ、続いて千里と竹然上人が出てきましたので、私は車から降りてみんなの元へ行きました。

「圭介はん、えらいお待たせしましたな。千里はんはもう、なんの心配もいりませんから、今度は若くて綺麗なお母さんを連れて遊びに来ておくれやす」

(なにを暢気なこと言うとんねん!)と思いましたが、

「今度ね、上人様が私と母に、精進料理をごちそうしてくれることになったの」と、千里がとても機嫌が良さそうなニコニコ笑顔であったので、

(良かった・・・元気が戻って)と、ホッと一息ついたとき、寺の入り口から巨大な黒塗りのベンツが2台、境内に侵入してきまして、私のプリウスの隣に停車しました。

「圭介はん、申し訳ないけんども、私は今から絶対に負けられない戦いが始まりますさかい、後は千里はんの言うことをよう聞いて、あんじょうきばっておくれやす」と言いましたので、私たちは竹然上人と珍念に、後は墓参りを済ませて帰ると挨拶しました。

「そうですか。ほな、はばかりさんどっせ」と言って、竹然上人はベンツから降りてきた老人たちを、珍念と共に出迎えに行きました。

 やがて一行は書院へと消えましたので、私は今度、書院に隠しカメラの設置を本当にしようと、一瞬だけ真剣に考えた後、お供え物を持って千里とお墓参りに行きました。

 お墓の掃除を終え、お供え物をして線香を上げてお祈りをし、私は入籍を報告した後、千里が元に戻ってくれたことを感謝し、これからも色々とあるでしょうが、二人でがんばって行きますので、どうか見守ってくださいと報告してお墓参りが終わったとき、

「この世の中で、圭介を救えるのは私だけしかいないねん」

 と、千里が言いました。

「俺を救う?」

「そう。もし、圭介が私と出会ってなかったら、これから圭介はボロボロになってるとこやってん。

 だから、圭介のお父さんとお母さんが、圭介を助けるために私を捜し出して、それから圭介の元に私を導いてくれたんやで!」

 おそらく、竹然上人からそう言われたのだろうと思いながら、

「そうなん・・・」と言いました。

「そうやで! だから、私のことを大事にせぇへんかったら、圭介はお父さんとお母さんに罰を当てられてしまうねんから、お墓の前でちゃんと誓って!」

 確かに千里の言うとおり、もしも千里と出会っていなければと思うと、想像すること自体を自主規制してしまうくらい、今の私には考えられないことなので、

「うん、わかった。これからも一生、千里を愛し続けて、大事にしていくからな」と、墓前で誓いました。

「千里を、じゃなくて、千里だけをやろう?!」

「うん、千里だけを愛し続けます!」

「よし! じゃあ、とりあえず圭介、私はお腹が空いた!」

(ほんまに元気が戻って良かった?・・・ 前よりもっと我が侭になってんちゃうん?・・・)と思いながら、

「なにが食べたい?」と訊ねました。

「らーめん!」

 ということで、千里がすっかり元気を取り戻してくれたことで、私も自動的に元気を取り戻し、帰り道にあるラーメン横綱の一乗寺店に寄って、私は彩ラーメンの大盛りを、千里は味玉ラーメンを注文し、久しぶりに笑顔の食事を楽しむことができて、本当に良かったです。

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