第39話 事業計画

 入籍に伴うプライベートのイベントが落ち着き、ホテルの改装工事も懸念されていた妨害などもなく順調に進み、今のところ金融機関との話し合いも順調に進んでおります。

 この間、私と千里は結婚の報告を兼ねて、ウォルソンの株主となっていただいたスポンサーの方たちと、関係者の皆様方への挨拶回りなどで、少しだけバタバタとしておりましたが、最後にメインスポンサーである進の両親への挨拶に向かう前、私は進に、カミングアウトのことをどうするのかと話をしました。

「じゃあ、アニキからパパとママにお話してくださいよ」

「そんなこと、できる訳ないやろう! それでなかっても、たまにお母さんから電話が掛かってきて、進はちゃんとやってますよって言うてんのに!」

 ということで、進の両親にはまだしばらく内緒にするということで話がまとまりまして、

「圭介、どうせ来るんやったら、みんなでお酒を飲むから一泊してから帰り」

 というお母さんの要望で、本日は千里と泊まり支度をして、滋賀県大津市の進の実家へ夕方の6時前に到着しました。 

 両親と一緒に、竹下家で20年以上お手伝いさんをしている、京都出身の料理上手な孝子さんという、初老の小柄な女性が出迎えてくれました。

「初めまして、千里と申します。どうぞ、宜しくお願い致します」

「初めまして、進の父です。よう来たね」

「初めまして、進の母です。こちらこそいつも進がお世話になってるみたいで。

 いやぁ~、それにしても進から聞いてたけど、ほんまに綺麗な娘さんやねぇ!

 圭介が一目惚れしたんがようわかるわ!」

 私の美的感覚が少しおかしいのか、私はみんなが褒めてくれるほど、千里が一見で人目につくような美人だとは思っておらず、どちらかと言えば紳が言っていた、匂い立つような美しさ、もしくはえも言われぬ美しさという、古い言葉でしか表現できないような、とても古風な面立ちと思っているのですが、本人は天下の森高以上だと思っておりますので、この思いは誰にも告げずに墓場まで持って行くことにします。

 早速ダイニングに案内されまして、ピロシの実家から仕入れた、お土産の『越乃寒梅』をお母さんに手渡した後、孝子さんが作ってくれた京風の懐石料理をいただきながら、千里はお母さんから馴れ初めを含めた様々な質問攻めに遭い、私は本来であれば、ウォルソンの初仕事になるはずであった、近江精工所の移転に伴う用地買収の話を、お父さんとすることにしました。

 近江精工所は現在、滋賀県内に4ヶ所の工場を展開しておりまして、生産性の向上や工場間の移動や輸送コストなどの効率を考えて、以前から一ヶ所にまとめようと話が持ち上がっていたのですが、何しろ広大な敷地を必要とするため、移転の話が進まなかったのですが、今回、草津と米原の間にあった、大手食品加工会社の工場が関東に移転することに伴い、その工場の跡地と周辺の用地を買収することができれば、近江精工所の念願であった効率化を目的とした移転を行えるということで、お父さんは工場の跡地を、私は周辺の用地の買収に取り掛かっていたのですが、私の方は紳の助けもあって、一通りの目途は付いていましたが、肝心の工場の跡地の買収に手間取っておりまして、ウォルソンの事業も止まったままになっていたのです。

「圭介、もうすぐ工場が手に入るから、周りの方はまかせたぞ」

「うん、お父さん大丈夫やで。一ヶ所だけ正式に書面は交わしてないけど、別にトラブってる訳じゃないから、まかせといて」

 千里は一目でお母さんに気に入られ、

「千里ちゃん、あんた、着物の訪問着を持ってるか?」

「いえ、持っておりません」

 ということで、千里は京友禅の訪問着を買ってもらうことになりました。

「千里ちゃん、生地から選んで仮縫いとかもあるから、何回か京都に来てもらうことになるけど、別にかまへんやろう?」

「はい、大学は立命館だったので大丈夫です。ありがとうございます」

「お母さん、京友禅って、何百万もするようなやつ、買うつもりじゃないやろうな?」

「あんたの嫁さんにええのん着させて、なんで文句言われなあかんのよ! 私は娘が欲しかったから、今日から千里ちゃんが私の娘やねん! 私は昔から娘に、着物を買ってあげるのが夢やったんよ。

 ほんまに、進が娘やったら良かったのに」

「・・・・・」

 私は千里と顔を見合わせ、(進は娘やで)と思いましたが、今度は千里と目と目を合わせて、

(目と目で通じ合う~♪ た~しかに~ ん~ ホモっぽい~♪)ということは内緒にしようと合図を送りました。

 会席料理は進み、メインの但馬牛のサイコロステーキの後、滋賀県名産の『鮒寿司ふなずし』を肴に、ビールから日本酒に切り替えた頃、

「圭介、再来週にJR東と西の担当課長と、今度は初めて責任者の、東日本の部長も一緒に奈良で食事をすることになったから、いろいろと用意しとけよ」と、今後の私の経済人としての人生を大きく左右する、とても大切な話をお父さんが切り出してきました。

「うん、分かった。JR東日本の部長がわざわざ出向いてくるっていうことは、本格的に始まるっていうことやなぁ」

「そうや、工場の移転もそうやけど、お前にとっては、何が何でも成功させなあかん大仕事やから、がんばれよ!」


 ウォルソンのこれからの事業計画として、JR東日本がメインとなってJR西日本と共同で推し進めている、いわゆる国家プロジェクトであるリニアモーターカーの、名古屋から新大阪間の延伸事業で、奈良県内に於ける用地買収に伴う様々な前捌まえさばきと、そこで発生するトラブルの解決というのが、今後のウォルソンのメインの仕事となっていくのです。

 なぜ、何の実績もないウォルソンで、しかも若造の私に白羽の矢が立ったのかと言うと、進の父が近江精工所のメインの取引先であるJR側に、強力に後押しをして尽力してくれたこともありますが、裏に隠された本当の理由は、私の父が、リニアの通る奈良県の出身であったからです。

 奈良県は歴史が古いだけに昔から特殊な地域で、行政の力が及ばないアウトロー的な、いわゆる合法・非合法を問わず大小さまざまな団体が地域ごとに根強く権勢を握っており、用地買収は一筋縄ではいかないという背景がありまして、私の父は生前、事業が成功したあと、奈良県内の合法・非合法を含めた様々な団体と結びつきを強くし、県人会を発足して初代の会長に就任し、高速道路の開通や、古寺の復興、観光誘致など、様々な形で地域の発展や振興に巨額の私財を投じて尽力しましたので、各団体のトップから絶大な信頼を得ていたというのが裏にありました。

 私の父は、リニアが京都ではなく奈良を通ることを早くから察知していて、父と竹下会長が相談した結果、進に後を継がせないことにした近江精工所の後継者を、取引先のJR東日本から呼び寄せて、その人物は現在、近江精工所の社長に就任しており、行く行くはJRの傘下に収まろうというほどの、JRとの結びつきを強固にしたあと、JR側にリニアの窓口を設けさせると同時に、来る用地買収に向けて奈良県人会を発足したという、父の約四半世紀に渡る先見の明によって計画された、壮大な事業であったのです。

 元々は父が年齢的に考えて、北都興産でする最後の大事業となるはずであったのですが、志半ばで凶弾に倒れたため、既にJR側と接点を持っていた私が県人会の理事に就任して、父の後を引き継いだという訳なのです。

 しかし、いくら亡くなった父が大物であったとはいえ、本来であれば射殺された実業家の息子が引き継げるようなプロジェクトではないのですが、前述した奈良の特殊な事情に加え、私が県人会のメンバーたちから非常に可愛がられ、亡き父の人柄や信義、人情などのおかげで信頼を得ておりましたので、

「窓口は会長の後を継いで、圭介君がやりなさい」

 という、亡き父が私に遺してくれた、最も価値のある、『人との信頼関係』という遺産を受け継ぎ、私が県人会の総意一致を得たことによって、JR側も私を無視できなくなってしまったというのが本音なのです。

 来週、私は千里を連れて、県人会の副会長(会長は空位のまま)が主催してくれる奈良市内のホテルでの食事会に参加して、ただの理事から専務理事に就任することが決まっております。

「圭介、延び延びになってたけど、ようやくまとまりそうやから、兄貴の遺志を継いでやるぞ!」


 考えてみると、私が父から受け継いだ遺産の中に、進たち親子から『あにき』と呼ばれることも含まれていたのかもしれません。

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