第38話 祝宴

『人間は判断力の欠如によって結婚し、忍耐力の欠如によって離婚し、記憶力の欠如によって再婚する』


 アルマン・サラクルーの名言なのですが、自分が結婚するまでは、(なるほどなぁ)と、どこか他人事のような気持ちで、(うまいこと言うたもんやなぁ)と思っておりましたが、いざ自分が結婚するとなると、この名言を第三者的に捉えることができず、自分たちのケースを当て嵌めて、照らし合わせてしまうというのが人情というものです。

 私と千里の場合、どちらも一目惚れであったので、お互いのことをよく知らないうちに、私がイケイケドンドンと勢いだけで結婚まで押し切ってしまったため、判断力の欠如と言うよりも、それ以前に判断力の皆無と言うべきか、お互いに自分の直感を信じて結婚を決意したので、この名言には当て嵌まらないような気がします。

 しかし、今や世の中の三組に一組の夫婦が離婚する時代、お互いの忍耐力が欠如しないようにと願いつつ、さきほど千里と二人で区役所に婚姻届を提出してきました。

 これで私たちは晴れて夫婦となったのですが、披露宴は仕事が落ち着く予定の9月以降に行うことにして、本日は私の誕生日ということもあり、家族4人で心斎橋のステーキハウスに行って、結婚と誕生日のお祝いを兼ねた食事会をすることになっております。

 西区の区役所を出た後、その足でウェディングリングを買うために、心斎橋の大丸百貨店内にあるブルガリに行きまして、千里が以前に予約していた、プラチナのシンプルなデザインのリングを受け取りに行きました。

 ちなみに、千里への永遠の愛を誓うエンゲージリングのほうなのですが、私は母の遺言に従って、母の形見である宝飾品を嫁となった千里にそっくりそのまま贈ったのですが、その中に父が母に結婚20年目?(実際は離婚18年目)にして初めて贈ったダイヤのリングがありまして、千里はそのリングをエンゲージリングにすると言いました。

「別に、新しいのを買ってもいいねんで?」

「ううん、この指輪でいい! 指のサイズもお母さんとぴったりやし、なによりも、圭介のお父さんとお母さんの想い出が詰まった、この指輪でいいの!」

 ということになりましたので、買うのはウェディングリングだけとなってしまったのです。

 買ったばかりの指輪を二人で嵌めてみますと、私は普段からアクセサリーなど身に付けたことがなかったので、少しだけ違和感と照れ臭さを覚えたのですが、

「なんか、不思議なことやねんけど、自分が結婚指輪を嵌めてる喜びよりも、圭介が嵌めてくれてることのほうが、何倍も嬉しい!」

 と言って、千里はとても喜んでくれました。

 ブルガリを出た後、今度はアルマーニに行きまして、千里は誕生日のプレゼントとして、落ち着いた色合いのネクタイと夏に向けた半袖のシャツを買ってくれました。

「ありがとう。大切に使うわな」

「いいえ、こちらこそ、指輪をありがとうね♡」

 買い物を終えて自宅に戻り、妻となった千里に、

「なぁ、今日はお父さんとお母さんが泊まりにくるから、今からエッチしよう!」と、初めての共同作業を申し入れました。

「えっ! 今から?」

「うん! 千里が人妻になったって思ったら、我慢できひんねん」

「人妻って、私は圭介の、ちょっと、きゃっ!」

 押し問答してる間ももどかしくて、千里をお姫様抱っこして寝室に行き、ベッドに寝かせて襲い掛かりました。

 考えてみると、私は素人の人妻とエッチをするのが初めてだったので、『初めての素人妻』という、まるでAVのタイトルのような、なんともエロい響きにテンションが上がってしまいました。

 千里の服を脱がせながら、よく考えてみると先ほど入籍したばかりなので当たり前なのですが、

(ということは、千里も人妻になって初めてのエッチかぁ)と思っただけで、輪をかけて興奮してしまい、いつもと違った攻めにチャレンジすることにしました。

 千里はいつまでたっても初々しさと羞恥心が残っており、それがまたなんとも可愛らしくて堪らないのですが、

「奥さん、こんな恰好で舐められるのは初めてですか?」

「もうっ、うるさい変態! なんで自分の嫁に、こんなことするんよ?! あっ、あかん! いややって!」

「奥さん、さっきからあかんとか、いやって言うてるわりには、カラダのほうはナイスな、あっ、痛っ! ごめんなさい・・・」

 といったような感じで、千里が怒り出すぎりぎりまで、ありとあらゆる卑猥な言葉で羞恥心を煽りながら攻め続け、入籍を済ませた後は『中田氏OK♡』という、予てからの約束どおり、最後は深刻な少子化の対策として、千里の中で思いの丈を遂げました。

 とても気持ちが良かったです。

 いつものように布団の中で抱き合って、イチャイチャしながら余韻に浸っていると、

「もし、赤ちゃんができたら、圭介は男の子と女の子の、どっちがいい?」と千里が訊ねてきました。

「女の子!」

「私は男の子が欲しいねんけど、初めに育てるのは女の子の方が免疫力が高くて、体が丈夫で育てやすいって言うから、やっぱり私も女の子でいいかなぁ。それで、子供は何人欲しい?」

「やっぱり、少子化のことを考えたら、3人は欲しいな」

「うん、一姫二太郎で、3人目はどっちでもいいね」 

 といったような日本の社会問題について真面目に語った後、千里は表情を曇らせて、

「なぁ、明日は大丈夫かな?」と訊ねてきました。

「なにが?」

「明日は沢木さんの家で、入籍祝いと圭介の誕生日パーティーをしてもらうやんか・・・ それで、私とマリの友だちが5人来るし、進君とピロシ君の友だちは7人も来るって言うてるから、何か事件が起こらなければいいねんけど・・・」

 千里の言うとおり、明日のパーティーは同棲を始めたばかりの紳とマリが主催してくれるのですが、メンバーから想像して、何か起こることは必至で、放送事故は火を見るよりも明らかです。

「たしか、進とピロシは大学の時に演劇部やって、その時の友だちが来るって言ってたよな?」

「うん・・・ だから、絶対に何か変なことすると思えへん?」

「そんなん、するに決まってるやん! 進とピロシは、なにかやらかすために、そんだけの人数で来るねんから」

「やっぱり、そう思う?」

「超激アツの鉄板ですよ!」

「もぅ、どうしよう・・・ 私、友達になんて言ったらいいん?・・・ 旦那の会社って、変態ばっかりやって思われてしまうやんか・・・」

「・・・・」

(まぁ、そう思うやろうなぁ)

「もし、進君たちが変なこと始めたら、圭介が止めてよ!」

(絶対むり!)と思いましたが、

「うん、分かった」と、気のない返事をしました。


 夕方になって両親と心斎橋で合流し、4人でまた大丸百貨店に行きまして、私は両親から誕生日のプレゼントとしてビジネスシューズを買って頂きました。 

 その後、みんなでウィンドウショッピングをしながら時刻が6時を過ぎましたので、予約していたステーキハウスで食事をして、食後の軽い運動で歩いて自宅まで戻り、翌日は朝からそれぞれ用事がありましたので、寝酒で軽くビールを飲んで就寝しました。


 翌日、両親は私がプレゼントした城崎温泉へ旅行に行くために、朝から大阪駅へ向かいまして、私と千里は朝食を摂って少しだけゆっくりとした後、紳が仕事で不在なので一人で準備をしているマリのお手伝いのために、11階の紳の自宅へ行きました。

「おはようございます。圭介さん、ご結婚とお誕生日、おめでとうございます」

「ありがとうございます」

「千里、おはよう。それと、結婚おめでとう! でも、主人公やのに手伝ってもらって、ほんまにごめんな」

「おはよう、そんなこと気にしなくてもいいよ。今日は鶏の水炊きするんやろう?」

「うん、そう」

「じゃあ、仕込みは簡単やから、とりあえず家の中を案内してよ」

 ということで、千里はマリの案内で自宅見学をしている間、私はリビングでタバコを吸って待つことにしました。

 紳の自宅も基本的には上と同じ造りなので、男の私は何の興味もないのですが、千里は何をそんなに一生懸命に見学しているのか、二人が戻ってきたのは一時間も後でした。

「おまたせ、圭介、買出しに行こうよ」

 ということで近所のスーパーへ行きまして、大量の食材を購入して紳の自宅に戻ったあと、千里とマリが料理の仕込みを始めましたので、私は自分の家から折りたたみ式のテーブルと座布団、カセットコンロや土鍋などを紳の家に運び込み、宴会の準備を進めました。

 途中で昼食を挟み、千里とマリが料理の下ごしらえを終えましたので、3人でビールを飲みながらみんなの到着を待つことにしたのですが、千里は買ったばかりのリングをマリに見せた後、わざわざ自宅に宝石類を取りに行き、持ってきてマリに見せ始めました。

 やはり女性は宝石と貴金属類には目がないようで、二人はまるで子供のようにはしゃぎながら、心から楽しそうにしていました。

 時刻が5時を過ぎた頃、千里とマリの大学の時の友だち5人が到着しまして、自己紹介を兼ねて挨拶したあと、千里と私はお祝いの言葉と花束とプレゼントを受け取り、私はお礼を述べた後、彼女たちにちゃんとした披露宴は秋に行うと報告しました。

 友人5人はいかにも立命館出身といった、知的な感じの女性ばかりで、その内の2人は既に結婚していて、年齢相応の落ち着いた雰囲気の女性であったのですが、千里がまた宝石類を見せたことによって、まるで蜂の巣をつついたような騒ぎになってしまい、そのままの流れで千里はみんなを連れて、上の階の自宅の見学に行ってしまいました。

 一人取り残された私は、ビールをちびちびと飲みながら待っていると、6時前に紳が戻ってきて、続いて進とピロシが仲間たちを連れて到着しました。

 進が連れてきた7人というのは、チビ、デブ、メガネ、ノッポ、悪人顔、といった、それぞれ個性的な若者たちで、どこか垢抜けしていないところが好感を持てるといったメンバーでした。

 やがて女性陣が戻ってきて、全員で挨拶と自己紹介を行ったあと、千里と私は男性陣のみんなからのお祝いとして、ペアのパジャマをいただきました。

 紳の乾杯で食事会が始まり、二つの鍋を囲んで様々な話をしながら酒を飲み、場が盛り上がってきたところで、

「アニキ、そろそろお芝居を始めてもいい?」と進が口火を切りましたので、

「いいけど、あんまり無茶なことはするなよ!」と、糠に釘と分かっていましたが、一応念のために釘を刺しました。

 すると、7人が立ち上がって、それぞれの荷物を持っていったんリビングから出て行ってしまいました。

「みんな、なにしてんの?」と、ピロシに訊ねますと、

「みんな着替えに行ってるんです」と答えました。

「着替えって、えらい本格的なお芝居をするつもりなんやなぁ。それで、どんなことするの?」

「はい、時代劇をやらせていただきます」

「時代劇?」と私が言った時、

「それじゃあ、準備が整うまでの間、私とピロシで愛の社交ダンスを踊りますので、ご覧下さ~い♡」

 ということで、前回と同じように進とピロシが『スコーン』を披露した後、そのまま続いて『アクメくん』を披露し終わったとき、衣装を着替えた7人がリビングの扉を開けて戻ってきました。

「はい、では準備が整ったようなので、みなさま、大変お待たせいたしました。

 只今から、『』をご覧ください」とピロシが言ったあと、進と一緒にバッグを持ってリビングから出て行きました。

って、の芝居をするんかぁ)

 と、なにやら嫌な予感をひしひしと感じながらも、芝居を鑑賞することにしました。

 やがて芝居が始まり、どうやら物語の内容は、先の副将軍が全国を旅しながら、悪を懲らしめるという、皆様お馴染みの勧善懲悪な物語のようで、おそらく黄門役が進、助さんがピロシで、7人はそれぞれ格さんと町娘、町人と悪代官、悪い庄屋とその手下2名に扮し、衣装も本格的とは言えませんが、そこそこ趣向を凝らしたもので、さすがは元演劇部なだけあって、芝居の中身も板についた演技と言いましょうか、素人には真似できない中々の演技力でございました。

 やがて物語りは進み、悪い庄屋に騙された町娘が、悪代官に差し出されて手篭めにされる時、

「お代官様! 私には操を立てねばならぬ人がおります! どうかご勘弁を!」

「よいよい、わしはそっちには興味がないのじゃ! そちの純潔を守ってやる代わりに、こっちはどうじゃ?」

「それってお代官様、『は・じ・め・て・の~ アナル♪』ということでございますか?!」

「さよう、なので、『ほのぼのレイプ~♪』といこうではないか!」

 と、サラ金のアコムとレイクのCMソングの替え歌をぶっこんできた以外は、至って真面目に演じ続けておりました。

 しかし、着替えを終えて黄門役の進が登場してからは、ストーリーがまったく頭に入ってこなくなってしまいました。

 進は正面から見た限りでは分からなかったのですが、振り向いた瞬間でした。

「!」

 彼の衣装が、中国の農村部で見られる子供用のズボンのように、お尻の部分が丸い形でパックリと開いたOバックの履物で、もちろん進はノーパンであったために、とにかくケツペロ&裏キンポロ(お尻丸出しの金玉の裏側ぽろり)が気になって、ストーリーなど全く頭に入ってこないまま物語はクライマックスへと向かい、

「静まれ~! 静まれ、静まれ~い!

 この菊の紋所が目に入らぬか~!」とピロシが言った時、

「!」

 進が突然、お尻をこちらに向けて四つんばいになりました。

「きゃーっ!(女性陣の悲鳴)」

「こちらにおわすお方をどなたと心得る! 畏れ多くも先の菊将軍、見て!肛門様にあらせられるぞ!」 

「アニキ~! 千里姉~! 見て!肛~門♡ ご結婚おめでとう~♡」

「・・・・・・」


 その後の表記は筆舌に尽くしがたいほどのお下劣という理由で、自主規制として控えさせていただきます。


 しかし・・・・ この時に彼らの今後の活躍を予見できた者は、彼ら自身を含めて一人もおりませんでした。

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