第37話 お墓参り

 最近、千里のことをおろそかかにしていると感じているのは、私だけでしょうか?

 実は、そんなことはありませんで、この度、私と千里はめでたく入籍をすることになりましたので、ご報告させていただきます。

 来る2日後の5月9日に、私は34歳の誕生日を迎えますので、その日に籍を入れておけば絶対に結婚記念日を忘れないだろうということで、千里と話し合って決めたのですが、本日は結婚前にご先祖様へのご挨拶ということで、千里の両親と家族4人で墓参りに行くことになりました。

 箕面へ両親を迎えに行きまして、すぐ近くのイオンでお供え用の仏花やお酒、おはぎやお菓子などを買い込みまして、先ずは箕面墓地公園に行って、千里の父方のお墓参りに向かいました。

 ゴールデンウィークが終わった後なので園内は閑散としており、私たち以外は誰も見当らず、初夏の穏やかな陽気の中、静かにお参りすることができそうです。

 お墓の前に到着し、みんなで掃除をしたあと、お父さんが蝋燭と線香に火を点けまして、お母さんが買ってきた仏花を飾り、お供え物をお墓に供えました。

 千里と私はお父さんから火の点いた線香を受け取り、線香立てに供えて二人で両手を合わせ、私は目を瞑って原田家のご先祖様にご挨拶したあと、千里と結婚することを報告しました。

 そして、大阪インペリアルホテルの創業者で、6年前に亡くなられた千里の祖父に、千里と両親を大切にしていくことを誓ったあと、

(お爺さん、インペリアルホテルの近藤が、今度はお父さんに失礼なことを仕掛けてきましたよ! 

 でも、僕がおるから安心してくださいね! お父さんも、ホテルも両方守ってみせますから、楽しみにして見守っていてくださいね!)と誓い、目を開けたときでした。

「!」

 ふと、あることが思い浮かんできたのです。

(お爺さんは、なんでホテルの名前を大阪インペリアルホテルにしたんですか?)

 考えてみると、今更ながらなぜインペリアルホテルと名付けたのか、その理由を訊ねたことがなかったことに気づきました。

「圭介は、私のご先祖様に何をお願いしたの?」と千里から訊ねられましたので、

「いや、お墓参りでお願い事なんかしたらあかんから、なんにもお願い事はしてないよ」と答えました。

「えっ! なんでお願い事したらあかんの?」

 私が答えようとした時、

「お墓参りは先祖にお願い事をするためにしてるんじゃなくて、なにかお願いしたいことがあるんやったら、頑張るから見守ってくださいねって、先祖に報告するためにするもんや」と、お父さんが代わりに答えてくれました。

「そうやで。何かお願い事をするんやったら、神社に行かなあかんねんで」と私が言うと、

「そうやったん・・・ よかったぁ・・・ 今から圭介のお父さんとお母さんのお墓参りに行って、いっぱいお願い事しようと思ってたから、先にこっちに来て正解やったわ」と千里が言いました。

「あんた、圭介君のご両親に、お願い事なんかするつもりやったん? そんな恥ずかしいことせんといてよ!」とお母さんが言うと、

「ごめんなさい」と、千里はしょんぼりとしてしまいました。

 私は千里が少し可哀想だと感じましたので、

「別に、うちの親にお願い事なんかせんでも、千里のお願い事は、俺がみんな叶えてあげるよ」と、格好良く大見得を切りました。

 すると千里は、目を爛々とさせながら腕を組んできて、

「ほんとに? でも、いっぱいあるねんで!」と言いました。

「うん、いいよ。全部叶えてあげる」

「やった~♪ さすがは私の旦那様やわ♡」

 無邪気にはしゃぐ千里にお母さんが、

「ほんまに圭介君は優しいねぇ。千里、あんまり無理ばっかり言うてたら、しまいに捨てられるで!」と、苦言を呈しました。

「圭介は、そんなことせぇへんわ!」

(また、始まった・・・)と思った時、

「さぁ、次は圭介君のご両親にご挨拶に行こうか」という原田家の家訓通りに、お父さんの一言で私たちは流清寺に向けて出発しました。

 時刻は昼の2時だったので国道171号線は混んでおらず、京都へ向けて車を走らせ、名神の茨木インターから高速に乗りました。

 流清寺へ向かう車中で、私はお父さんに、なぜお爺さんはホテルの名前を大阪インペリアルホテルにしたのかを訊ねてみました。

 すると助手席のお父さんは、昔を懐かしむかのような遠い目をして、

「それはね、今から70年前、うちの親父は10歳の時に終戦を迎えてんけど」と、過去の経緯を語り始めました。


 千里の祖父である原田康夫の叔父さん、原田義夫氏は戦前、京都の老舗の料亭で料理人として働いておりました。

 その料亭へ、東京のインペリアルホテルの代表取締役で、総支配人のA氏がたまたま商談で訪れた際、義夫氏の料理に感動して、インペリアルホテルの和食の担当責任者として働いてみないかと声をかけ、その後のA氏による説得が功を奏して、義夫氏はインペリアルホテルに赴くことになったのですが・・・

 しかし、時は戦争真っ只中で、戦況が激化するに連れて義夫氏は徴兵で太平洋のフィリピンのある島の戦線に送られ、敵の機銃によって右腕の肘から先を失い、負傷兵として日本へ帰国しました。

 帰国後、料理人としての道を絶たれた義夫氏はインペリアルホテルを退職し、まともな職に就くことができなくなったため、生まれ故郷である大阪の生家に戻り、将来は料理人を目指していた甥っ子の康夫に料亭で培った技術を伝授したそうです。

 原田家は元々、明治時代から大阪で旅館を営んでおりましたが、空襲で旅館は焼失し、旅館の跡地は更地となっていたのですが、戦後復興の波に乗りまして、再び旅館を立ち上げようとしたところ、短い期間でしたがインペリアルホテルでのホテルの業務を経験をした義夫氏の、これからは旅館よりもホテルのほうが良いという意見を酌んで、跡地にホテルを建設することになったのです。


「その時に、親父と大叔父さんがインペリアルホテルに行って、支配人に名前を使わしてもらってもいいかってお伺いを立てたんよ。

 なんせインペリアルホテルは、戦後復興の日本のシンボルみたいな存在やったから、どうしても叔父さんがインペリアルホテルって名前を付けたいと申し出たんやけど、支配人はもしも自分が叔父さんをホテルにスカウトしてなかったら、戦争で腕を失くしてなかったかもしれないっていう後ろめたさがあったから、いいですよって、二つ返事で了解してくれて、覚書まで書いてくれたんよ」

「そうやったんですか・・・ インペリアルホテルの名前に拘ってたのは、お爺さんじゃなくて、大叔父さんだったんですね」

「そうやねん。それで大叔父さんは30年近く前に亡くなってるんやけど、今から22年位前かな、大阪にインペリアルホテルが進出してくることが決まって、その時に名前を返してくれって総務部長が来たんやけども、なんか若いくせに態度が横柄で、はなっから喧嘩腰で話してきよって、それでうちの親父も職人気質で頑固やったから、名前になんかなんにも拘ってなかったんやけど、総務部長の態度にへそを曲げてしまって、最後は裁判で争うことになってしまって、こっちが勝ってしまったんよ」

 やはり、渡瀬さんが調べた結果通り、インペリアルホテルの近藤の横柄な態度が仇となり、自らの首を自分で締めてしまったということなのですが・・・

 しかしその近藤は今、おそらく坂上と東興物産と徒党を組んで、お父さんに事件を仕掛けてきていると思われますが、私がいる限り、向こうの思い通りになど絶対にさせないと、無言でお父さんに誓いました。

 どうやら後部座席の千里とお母さんは眠ってしまったようなので、起こしてしまわないように運転に集中して慎重に車を走らせ、流清寺には午後の3時半に到着しました。

 私は事前に珍念と連絡を取り合っておりましたので、竹然上人が本日は奈良まで出張麻雀で不在であることを知っており、珍念が私たちを出迎えてくれました。

「珍念、俺の嫁さんと、ご両親やで」

「ようこそおいでくださいました。私、流清寺の高橋と申します。本日は私がご案内をさせていただきますので、どうぞよろしくお願いいたします」と珍念が挨拶しましたので、

(こいつ、高橋っていう苗字やったんか)と、シンプルな苗字に驚きながらも、そんな単純な名乗りなど許すわけにはいきませんので、

「お父さん、お母さん、千里、ヒットマン珍念君です」と、彼の僧侶としての正式な名称で、みんなに紹介し直しました。

 すると千里が、小首を傾げながら、

「高橋君じゃなくて、ヒットマン珍念君?」と訊ねてきましたので、

「そう、顔はゴルゴ13のデューク東郷に似てて、体はサモハン・キンポーに似ている、香港在住の殺し屋やねん」と言うと、千里と両親はキョトンとした表情で、訳が分からないといった様子でした。

「圭介さん、高橋じゃなくて珍念で結構ですし、香港在住で構いませんから、ほんとにヒットマンだけは勘弁してください」

「じゃあ、香港在住の、ヒットマン高橋・珍念丸でどうや?」

「・・・・」

 珍念は少し間を置いたあと、

「最後の丸は、どこから出てきたのですか?」と訊ねてきましたが、そんなこと私に分かる訳がありませんし、両親の手前、これ以上珍念と遊んでいるわけには行きませんので、

「さぁ、墓参りに行きましょう」

 ということで、境内の裏手にある墓地に行きまして、父と母が眠る北村家の墓と、少し離れたところにある白川家の墓参りを開始いたしました。

 まずは白川家の墓参りをさっさと済ませたあと、父と母のお墓に行きまして掃除を始めたのですが、涙腺の弱い千里は終始涙を流しながら、丹念にお墓の掃除をしたあと、花やお供え物を供え終わり、蝋燭と線香も供えました。

 お父さんとお母さんがお参りを済ませたあと、千里と二人でしゃがみこんで手を合わせて目を瞑り、 

(母さん、心配してた嫁の家族に、俺はこんなにも大事にしてもらってるから、安心してな!)と母に報告したあと、

(親父、俺はやるで! 東興物産と親父が憧れていたインペリアルホテルとも喧嘩をすることになってしまったけど、親父も俺の立場やったら、同じようにするやろう? それと、親父を殺したのは、東興物産なんか? まぁ、これから戦っていったら何か分かると思うけど、とにかく頑張ってみるから、見守っといてな!)と報告しました。


 墓参りを終えて、珍念にさよならをしたあと、帰りに少し足を延ばして嵐山の嵯峨まで行き、湯豆腐と湯葉の会席料理を食べて帰路に就きました。

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