第31話 対策

 自宅に到着したのは夕方の5時過ぎでしたが、お父さんからまだ連絡が来ていませんので、おそらく相当ややこしい込み入った話になっているのでしょう。

 お父さんの心配をしながら寝室に行って中を覗くと、千里はまだぐっすりと眠っていたので、リビングに行ってソファーに座りながら、お父さんからの連絡を待つことにしました。

 それにしても、坂上が辞めたというのはおそらく嘘だろうと思いますが、坂上は何の目的があって、今回の事件を引き起こしたというのでしょうか・・・

 大阪インペリアルホテルが倒産して喜ぶ人物といえば、お父さんに迷惑をかけて雲隠れした島崎と田辺だと思われます。

 もし仮に、坂上と島崎、そして田辺の三人がグルで、島崎と田辺の借金を帳消しにするために、坂上が今回の事件を仕組んだ、とは考えられないでしょうか・・・

 しかし、そもそもお父さんは島崎と田辺を追い込んでいた訳でもなく、追いかけることすらしていなかったので、こんな手の込んだ仕掛けをしたとは考えられませんし、それになによりも坂上は私の勘なのですが、おそらく彼は旅行代理店の社員などではなく、金融の知識に長けたプロだと思われますので、二人の借金を云々といった、そんな一銭の得にもならない眠たい話に乗るとは考えられませんし・・・

 だとすると、どうしても大阪インペリアルホテルを欲しがっていた第三者が存在していて、何らかの理由で予定が変更となり、必要でなくなったので坂上は手を引いたということでしょうか・・・

 どちらにしても、坂上とみらい観光開発の身辺調査をしないことには埒が明かないので、渡瀬さんに電話をして、追加で調査を依頼することにしました。

 渡瀬さんの携帯電話に直接電話を掛けて、

「所長、先ほどはどうもありがとうございました。実は、」と言って、坂上とみらい観光開発のことを簡単に説明した後、追加で調べて欲しいと依頼しました。

「分かりました。明日から東京に入ろうと思っていたので、その前に圭介さんと会って詳しく内容を聞かせてもらうとして、私も一度ホテルを見ておきたいですし、その坂上の容姿を知っておきたいので、おそらくホテルの防犯カメラに映っている可能性があるでしょうから、ホテルで9時に打ち合わせでどうでしょうか?」

(さすがは渡瀬さん!)と思いながら、「はい、了解しました。それまでに坂上が防犯カメラに映っているのかは確認しておきますので、よろしくお願いいたします」と言って、電話を切りました。

 キッチンに行って冷蔵庫からアイスコーヒーを取り出して飲んだあと、再びソファーに座ってタバコを吸い終わったときに、お父さんから電話が掛かってきました。

「圭介君、えらい長いこと待たせて悪かったね」

「いえ、それで、話はどうなったんですか?」

「まぁ、簡単に言うたら、銀行から引導を渡される一歩手前っていうことやな」

(そうやろうな)と、予想通りだと思いながら、「じゃあ、お父さんは今からホテルに入るんですよね。僕も今から向かいますから、会った時に詳しく話しましょう」と言いました。

「いや、今更慌てても仕方がないし、圭介君は千里を送るつもりなんやったら、千里の出勤時間に来てくれたらいいよ」

 私は少し考えた後、紳も10時にホテルに来ますし、今の今まで銀行と神経の擦り切れるような厳しい話をしていたお父さんに、少し休んでもらうことにして、

「分かりました。それじゃあ10時に千里と一緒に行きますけど、実はうちの顧問弁護士にも話しに加わってもらうことにしたんで、一緒に連れて行ってもいいですか?」と訊ねました。

「さすがに用意周到やなぁ。それじゃあ、悪いけども一緒に話を聞いてもらうことにして、気をつけて来てくださいね」

「はい、じゃあお父さん、あとで行きますね」


 お父さんと電話を切った後、今夜も朝までホテルに缶詰となってしまいますので、もう何も考えずに少し仮眠をとっておこうとそのままソファーの上に横になっていると、いつのまにか眠ってしまったようです。


「zzzz・・・・・」


「圭介、ご飯できたよ」

 という千里の優しい声で目を覚まし、意識がはっきりしてくると、醤油の香ばしい匂いがしてきました。

「千里、おはよう」

「おはよう、早く起きて、一緒にご飯食べよう」

 寝ている間に千里が掛けてくれた毛布を畳んでソファーに置いてキッチンに行きますと、テーブルの上に炊き立てのご飯とおかずが並んでおりました。

「すごいなぁ!」 

「鶏の照り焼きとピリ辛のきんぴらゴボウ、オクラ納豆と和風サラダ、大根と玉ねぎ入りの豆腐のお味噌汁やで!」

「こんなに作るの、時間が掛かったやろう?」

「ううん、1時間とちょっとで出来る簡単な料理ばっかりやで」

「そうなん、じゃあいただきます!」と言って、先ずは味噌汁を啜り、「うまい!」と言ったあと、鶏の照り焼きときんぴらゴボウを食べましたが、どれもこれも申し分のない美味さで、千里はお母さんが言ってた通り、料理上手であったので、

「千里、すごいな! めちゃくちゃ美味いで!」と、とても幸せな気持ちになりました。

「ほんとは、もっと手の込んだ料理を作ってあげたいねんけど、時間のあるときにもっと美味しい料理をいっぱい作ってあげるからね」

「うん、ありがとう」

 料理と共に幸せを噛み締めながら、明るい話題を話そうとしましたが、これから紳と一緒にお父さんと打ち合わせをすることになっておりますので、話題を避けることは逆に不自然ということで、仕方なく事実をかいつまんで話をしました。

「じゃあ、これからホテルはどうなっていくの?」

「それは、俺と紳でなんとか上手くまとめるから、千里は心配しなくても大丈夫やで」と安心させて、明後日のパーティーの話題を持ち出し、なんとか明るく食事を終えました。

 食後の片づけを仲良く二人で終えたあと、仲の良さを保ったまま二人でお風呂に入り、仕事へ向かう準備をして9時過ぎに自宅を出ました。

 ホテルに到着すると、玄関の前に既に紳が到着しており、紳は千里に何度も謝って許しを得まして、無事に仲直りをしてからホテルに入っていきました。

 千里は更衣室に行って着替えてそのままフロントに入りますので、紳と私は事務所の扉を開いて中に入りまして、お父さんに紳を紹介しました。

「初めまして、沢木です。よろしくお願いいたします」

「初めまして、原田です。こちらこそこんな遅い時間に申し訳ないですね。よろしくお願いいたします」

 名刺交換と挨拶が済んだあと、早速本題に入りまして、お父さんが銀行と、どういった話をしたのかを語り始めました。


 まず銀行は第一希望として、大阪インペリアルホテルの半世紀に渡る長い実績を考慮して、あくまで自主再建を目指して欲しいということでした。

 要は、保証人や不動産の追加担保などの条件をクリアーすれば、改装費用を含めた事業資金の融資に応じる用意があると話した上で、追加した保証人や担保の信頼性、あるいはその価値によっては、事業として成り立つ程度に現有の債務を減免し、新たに金銭消費貸借の契約を締結し直すということです。

 続いて第二希望として、前述の自主再建が無理な場合は、ホテルの売却を前提に、債務整理を行うというもので、早い話が、みらい観光開発に代わる事業体をお父さんと銀行の双方で見つけ出し、事業ごとホテルを売却するということで、銀行としては事業倒産による競売を避け、少しでも多く、そして早く債権を回収したいということです。

 そして銀行が提示した最後の条件として、第一希望と第二希望が無理な場合は、あとはお父さんの好きなようにしてください、といった投げやりなもので、お父さんが受けた印象として、おそらく銀行は提示した二つの条件のどちらも、端からお父さんが絶対にクリアーできないものとして、話し合いが行われたそうです。


 話を聞き終わった私は、思わず紳と顔を見合わせ、あまりにも想像していた以上の好条件に驚いてしまいました。 

(これやったら、事件売買で喧嘩なんかせんでも、第一希望を叶えてやろうか)と思っていると、

「圭介さん、僕からお父さんに結論を話してもいいですか?」と紳が言いましたので、どのような話をするのか興味深々で、

「どうぞ」と返事しました。

「ではお父さん、こちらの結論として、銀行が提示した第一希望から第三希望まで、すべての条件をクリアーすることにします」

 お父さんは意味が分からないといった表情で、

「それって、どういう意味なんですか?」と言いました。

「はい、先ずは第一希望なんですけど、ホテルの改装費用は圭介さんの会社であるウォルソンが全額出しますから、銀行から借りなくてもホテルを現状復帰ができます。その上で、圭介さんがお父さんの借り入れの保証人になって、ウォルソンが大阪インペリアルホテルとコンサルタント契約に基づいて業務提携をした上で、借入金の減免の交渉をするということです。この場合、銀行が圭介さんの個人保証だけでは弱いと難色を示したら、ウォルソン所有の不動産が何箇所かありますから、どれかを追加担保に入れることでクリアーできると思います。

 そして第二希望なんですけど、もしもお父さんが事業を圭介さんに全て任せて、ハッピーリタイアを希望されるのであれば、あとはウォルソンが全てを引き継ぐか、圭介さんが大阪インペリアルホテルの代表に就任して、お父さんには退職金として箕面の自宅をきれいにしてお返ししますし、リタイアしたあとでも役員として名前を残して、生活が出来るように給料をお支払いいたします。

 そして最後の希望なんですけど、今私がお話した以外に、お父さんが何かを希望されるのであれば、それを仰っていただきたい、というのが、こちらの結論です」

 話を聞き終わったお父さんは、まるで狐につままれたような不可思議な表情で、

「圭介君・・・ ほんまにそんなことでいいの?」と言いました。

「はい、大丈夫ですよ。本当はもっと厳しい条件を突きつけられると思っていましたから、銀行と正面から喧嘩するつもりだったんですよ。やっぱり、お父さんとお爺さんが築いてきた50年の実績のおかげで、想像以上にやりやすくなりましたから、お父さんは何か希望があれば、遠慮なく何でも言ってくださいね」

「・・・・・・」

 お父さんはしばらく無言のあと、

「なんか、信じられへんくらい想像と違ってたから、頭が回らないというか・・・ もう私が何か考えるよりも、圭介君に全部任せてもいいかな?」と言いましたので、

「はい、分かりました。これから僕も考えて、お父さんに提案していきますね」と言った後、「それで、話は変わるんですけど、お父さんは坂上の写真とか持っていますか?」と訊ねてみました。

「坂上の写真って・・・ それは持ってないけど、坂上も捜し出すっていうこと?」

「はい、そうなんですけど、じゃあ、あとは監視カメラに坂上が映ってるかって確認できますか?」

「監視カメラの映像は、ホテルの入り口とフロントのやつがパソコンに自動録画されているから、それを見てみようか」

 ということで、三人でパソコンの映像を確認すると、

「こいつが坂上やわ」と、鮮明な映像が確認されました。

 私は坂上の顔を見た瞬間に、(やっぱりこいつ、金貸しか事件師やな)と確信を持ちました。

 ただのサラリーマンにしては、着ているスーツや履いている靴も高級品のそれと分かるような一級品で、きちんとした身なりをしているのですが、鋭すぎる眼光と痩せこけた頬のおかげで、まるでインテリヤクザのような怪しい雰囲気を漂わせておりました。

「坂上の捜索も渡瀬さんに依頼するんですよね?」と紳が訊ねてきましたので、

「明日の朝に、ここに来てもらうことになってる」と言いました。

「じゃあ、この映像をDVDに落としたほうがいいですね」と言って、紳が事務所にあった保存用の空のDVDディスクに坂上の映像を落とし込んでくれました。

 ということで全ての打ち合わせと作業を終えましたので、

「お父さん、なんの心配もいりませんから、後は僕と紳に全て任せてくださいね」と言って、お父さんを安心させました。

「はい、分かりました。圭介君、迷惑掛けるけど、あとはお願いしますね」

「はい、任せてください。ということで紳、明日からすぐに金融機関を廻って、事情の説明と交渉に入ってくれ」

「はい、分かりました。任せてください!」


 翌日の朝、ホテルに来てくれた渡瀬さんに全ての事情を話した上で、みらい観光開発と坂上の調査を追加で依頼しました。

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