第27話 取調べ
千里が荷物の整理をしている間、私はお風呂をきれいに掃除して、湯船にお湯を張り、いつでも入れるようにして風呂場を出ました。
千里は壁に大きな姿見の鏡が取り付けられた西向きの部屋を自室にすることに決めて、私が部屋を覗いた時にはもうすっかり荷物の整理を終えていて、パジャマに着替えておりました。
「もう、整理終わった?」
「うん、終わったよ」
「じゃあ、お風呂の準備ができてるから、一緒に入ろうか」
「うん」
ということで、千里が何の抵抗も見せなかったので少し残念に思いましたが、二人でお風呂に入りまして洗いっこしたあと、おそらく千里の実家の倍近くある湯船に二人でゆったりと浸かりながら、千里は私の両親の話をしてきました。
「圭介のお母さんって、写真で見ただけやけど、すっごく綺麗な女性やってんね」
「まぁ、綺麗って言うか、見た目も性格も、ほんまに女性らしい人やったなぁ」
「うん、それは写真からでもすっごく分かるわ。めっちゃ優しいお母さんやったんじゃない?」
「うん、そうやなぁ、優しい母さんやったなぁ」
「それで、お父さんもすっごく精悍な感じの男前やし、圭介はお父さんに似てるんやね」
「そうやなぁ、どっちかって言うたら、親父に似てるんかなぁ」
「うん、お父さんに似てる。でも、ほんまに圭介のお父さんとお母さんに会って、ちゃんとご挨拶したかったなぁ・・・」
私はまた、千里が泣き始めるのではないかと心配して、
「千里、もう泣いたらあかんよ」と、釘を刺しました。
「うん、もう泣かへんから、キスして♡」
私は千里にキスをしながら、可愛いトーマスが厳ついゴードンに成長してしまいましたので、どうしようかと悩みましたが、やはり布団の上のほうが体位的に色々と都合がいいので、必死に我慢することにしました。
そして話題は、これからの新生活についての、様々なお話に移りました。
「これから千里が部屋の中を確認していって、家具とか家電はおそらくほとんど揃ってると思うけど、千里が見て足りないものがあったら買ったらいいし、気に入らないのがあったら、買い換えることにしようか」
「うん、でも別に私は家具とかにこだわりがあるわけじゃないし、わざわざ新しいのを買わなくてもいいよ」
「じゃあ、何か欲しいものは無い?」
「うん・・・ 今のところはまだ、全部のお部屋を見てないから、また気が付いたときに言うね」
「うん、わかった。とにかくここはもう千里のお家やねんから、自分の好きなようにしたらいいからな」
「うん、ありがとう」
お風呂を上がったあと、二人でキッチンに行って喉の渇きを潤し、千里はまだ見ていない部屋を見たいと言いましたので、私は自室にしている北側の部屋に行って、机の引き出しから封筒に入った現金と預金通帳を取り出したあと、リビングに行ってソファーに腰掛けて、明日の打ち合わせのことを考えることにしました。
明日の朝9時に、マリと進がホテルに来ることになっておりますので、千里と3人でこれからのシフトなどを打ち合わせしている間に、私はお父さんから元支配人について、詳しく話を聞くつもりなのですが、その話し合いに紳を同席させたほうがいいのではないかと考えました。
私はもう、一年以上も現役から退いておりましたので、勘所というのが鈍っている可能性がありますし、紳はどのような細かい事象も見逃さない鋭さを持っておりますので、私としては心強い限りなのですが、さきほど自宅に戻ってきて車を停めた時に、隣に紳の車が停まっていなかったので、おそらく南か新地辺りで夜遊びでもしているのでしょう。
紳はこの真下の11階に一人で住んでおりまして、女人禁制としていた私の自宅と大きく違って、彼の自宅は不特定多数の女性が出入りする、『愛の館』と私は呼んでおります。
紳はクラブやラウンジに飲みに行って、気に入った女性を口説いては自宅に連れ込むといった、弁護士としてあるまじき行為を繰り返しておりまして、32歳のイケメン弁護士が独身貴族を謳歌するに相応しい、『愛の館』となっているのです。
おそらくこの時間も、一生懸命に目の前の女性を口説いていることでしょう。
私はしばらく考えたあと、ご近所さんで尚且つ顧問弁護士ということで、深夜ですが千里に紳を紹介しておいたほうがいいだろうという判断で、千里が了解すれば紳を今から呼ぶことにして、タバコに火をつけて千里が戻ってくるのを待っていると、2本目のタバコを吸い終わった時に千里がリビングに戻ってきました。
「全部見てきた?」
「うん、圭介のお部屋以外は、全部見てきたよ」と言って、千里は私の隣に座りました。
「それで、どうやった? いるものとか見つかった?」
「ううん、別にいるものとかは特に無かったけど・・・ 正直な感想を言っていい?」
「いいよ」
「お掃除が大変そう・・・」
確かに、この広さだと掃除をするのは大変なので、
「心配せんでも、俺は綺麗好きやから汚したりしないし、掃除は好きやから、ちゃんと手伝うよ」と言って、千里を安心させました。
「うん、ありがとう」
私はテーブルの上に置いていた封筒と通帳を手に取り、
「千里、とりあえず当面の生活費はこの封筒に入ってるから、それを使ってくれたらいいし、それとこの通帳に俺の全財産が入ってるから、これからは千里が全部管理してほしいねん」と言って、千里に手渡しました。
千里は現金の入った封筒の中身を覗いて、
「これって、いくら入ってるの?」と訊ねてきました。
「俺も正確には分からないけど、たぶん・・・ 100万ちょっとやと思う」
「じゃあ、ここから食費とかを出していったらいいねんね?」
「うん、それで、それが無くなったら、その通帳から下ろしてくれたらいいから」
「うん、ありがとう。大切に使うからね」と言ったあと、次に千里はビニールの通帳入れから通帳とキャッシュカードを取り出し、通帳を開いて中身を確認して、
「えっ!・・・ 圭介の貯金って、たしか一千万くらいって言ってなかったっけ?」と、驚いた表情をしました。
「一千万以上って言うたよ」
「ちょっと・・・一千万じゃなくて、六千万もあるやんか・・・」
「うん。全部、親父と母さんが遺してくれたお金やで」
「・・・・・」
千里はしばらく無言のまま、私を真剣な表情で見つめながら、
「圭介って、何者なん?」と訊ねてきました。
「何者って言われても・・・ どういうこと?」
「なんで、こんなにお金を持ってるとか、広いお家に住んでるとか、先に言ってくれなかったの?」
私は少し考えた後、
「千里は、もしも俺が金を持ってなくて、狭い家に住んでたとしても、俺と結婚してくれるんやろう?」と訊ねてみました。
「それは、そうやけど・・・ 別に私は、圭介がお金を持ってるからとかで好きになった訳じゃないから、圭介にお金が無くても結婚するつもりなんやけど・・・ でも、後からこんなことを知らされたら、なにか圭介に騙されてたっていうか・・・ 試されてたような気分になってしまって・・・」
(そういう考え方もあんのかぁ)と思いましたが、えらく誤解を招いているようなので、
「いや、ちょっと待って! 俺は千里を騙したことなんかないし、試したことなんかもないよ!」と、勢い込んで言いました。
「それは分かってるねんけど・・・ じゃあ、ほかに何か隠してることは無いの?」
「隠してるって、俺は千里に隠してることなんか何も無いよ」
「・・・・・・」
千里は何か私に言いたそうな表情をしておりましたが、上手く言葉にできないようでありました。
(やっぱり、いきなり色んなことを、いっぺんに見せないほうが良かったかなぁ)と思いましたが、見せてしまったものは取り消すことができませんので、話題を変えるために紳の話をすることにしました。
「千里、あのな、今から仕事の用事があって、うちの会社の顧問弁護士を家に呼んでもいい?」
「えっ! 今からって、こんな時間に?」
「うん・・・ 実はな」
と言って、私は千里に紳の詳しい説明をしたあと、明日は紳と一緒にお父さんと打ち合わせをしたいということを話しました。
「うん、呼んでもらうのはいいけど・・・ 私、化粧してないけど大丈夫かな?」と千里が言いましたので、
「大丈夫やで。千里は化粧なんかしてなくてもめちゃくちゃ可愛いし、すっぴんの方がエロいというか、そそられる感じやな」と、私は褒めてあげたつもりであったのですが、
「もうっ! なにがエロいやねん! エロいって言うな!」と、千里は怒ってしまいました。
私にとって『エロい』というのは、女性への最上級の褒め言葉のひとつと思っているのですが、どうやら千里にはまったく真意が伝わらないようなので、これからは禁句として放送を自粛することにしました。
目の前のテーブルから携帯電話を手に取り、
「じゃあ、今から呼ぶよ」と千里に言いますと、
「じゃあ私は、パジャマだけ着替えてくるね」と言って、千里が自室へ向かいましたので、私は紳に電話を掛けました。
電話はすぐにつながり、
「お疲れ様です。圭介さん、こんな夜中に、どうしたんですか?」
と、紳が電話に出ました。
「紳、いま大丈夫?」
「大丈夫ですよ。何かあったんですか?」
(けっこう早口っていうことは、だいぶ酔ってるな)ということが分かりましたので、そのまま電話を切ろうかと思いましたが、
「いま、どこ?」と、一応訊ねてみました。
「今は、梅田から運転代行で帰ってますから、もうすぐ家に着くんですけど、どうしたんですか?」
紳は酔うと、135度ほど人格が変わりまして、まるで頭のネジが2本ほどぶっ飛んだように、
「いま一人か?」と訊ねました。
「一人ですよ。圭介さん、何かあったんですか?」
ということで、紳を呼ぶことに決めて、
「あのさぁ、実は」と言って、お父さんから聞いた元支配人の話を簡単にして、明日の打ち合わせに参加してほしいということを言いました。
「明日は、午前中であれば大丈夫ですよ」
「あっ、そう、じゃあ頼むわ。それとな、お前に嫁さんを紹介しておこうと思ってな。実はもう今日から一緒に住んでるから、帰りにこっちに寄ってくれるか?」と言いました。
すると紳は、とても興奮した様子で、
「えっ!じゃあ、名前は確か千里さんでしたよね!勿論、すぐに行きますよ!あと5分くらいで着きますから、待っててくださいね!」
と、聞き取れないほどの早口で言ったあと、電話を切りました。
(あいつ、酔ってるから変なこと言わへんやろうな)と、少し不安に思いながら、タバコに火を点けたとき、
「圭介、どうなったの?」と、千里がトレーナーとジーンズに着替えて、私の目の前に来ました。
「あと、5分くらいで来るって」
「そう、じゃあ、お茶かコーヒーの用意するね」と言って、千里がキッチンに入ってしばらくして、
「ピンポーン」
と、ドアフォンのモニターに紳が映し出されましたので、千里と二人で玄関に行って、ドアを開けて紳を出迎えました。
「いらっしゃい」
と私が言うと、紳は私を無視して千里の目の前へ行き、
「初めまして、沢木です。よろしくお願いいたします」と言って、深々と頭を下げました。
「初めまして、千里です。こちらこそ、よろしくお願いいたします」と言って、千里も深々と頭を下げました。
「紳、夜中に悪かったな。とりあえず中に入ってくれ」と言って、私たちはリビングに移動して、みんなでソファーに座りました。
するといきなり紳が、
「いやぁ~、圭介さんが一目惚れしたのがよく分かりますねっ! 千里さんって、めちゃめちゃ綺麗じゃないですか!」と言いました。
すると千里は顔を真っ赤にして、
「ありがとうございます」と言いました。
「それにしても、千里さんって、ほんまに綺麗ですよね! 肌が透き通るように白くて、なんかすごく古風な感じなんですけど、匂い立つような美しさと言うか、流石に圭介さんが出会ってすぐにプロポーズしたのも、納得がいきました!」
「いいえ、ありがとうございます。沢木さんも背が高くて、彫りの深い男前ですね」
「ありがとうございます! でも、ほんまに千里さんは知的な感じでいて、それで尚且つ色っぽいというか、ふわっとした感じの美しさですよね!」
「もう、それって褒めすぎですよ~!沢木さんこそ、そんな若くて男前の弁護士さんって、世の中に沢木さんしかいないんじゃないですか?」
と、なぜか二人は私を無視して、お互いの褒めあいを開始しました。
「いやぁ、僕なんか圭介さんに比べたら、ぜんぜんですよ! やっぱり、千里さんも圭介さんのことを一目惚れっていうか、初めから良いなっていう感じだったんですか?」
「はい、なんていうか・・・ そのぅ・・・ もう恥ずかしいから、何か飲み物持ってきますね。沢木さん、なにがいいですか?」と言って、千里は立ち上がりました。
「すみません。じゃあ、お酒を飲んだ後なんで、熱いお茶をいただけないでしょうか」
「はい、わかりました」
と言って、千里はキッチンへ向かい、あらかじめ用意していたお茶のセットをトレーに載せて運んできて、ティファールのポットから急須にお湯を注ぎいれてお茶を作り、それぞれの目の前に湯飲みを置きました。
紳は熱いお茶を一口飲んだ後、
「やっぱり圭介さん! 散々モテてきた男が最後に選ぶ女性って、やっぱり千里さんみたいな女性なんですよねぇ・・・ いいなぁ~ 圭介さんがうらやましいなぁ~」と言いました。
すると千里が、身を乗り出すようにしながら、
「沢木さん、圭介って、そんなにモテてたんですか?」
と、勢いよく食らいついていきました。
「はい! 圭介さんって、昔からめちゃくちゃモテてましたよ!」
千里は私に向かって、無表情のまま、
「そうなん?」と訊ねてきました。
私は紳に対して、(われ、なんの話してけつかるねん!)と、河内弁で怒りを覚えながら、
「昔の話やで」と言いました。
「またぁ~、圭介さん、そんな謙遜すること無いじゃないですか!圭介さんは、今もめちゃくちゃモテてますよ!」
私は(もう、あかん!)と思い、「紳! お前、もう帰れ!」と、大声で言ったのですが・・・
「圭介は黙っといて! 私は沢木さんともっとお話がしたいねん!それで沢木さん、圭介って、一回も浮気をしたことがないって、本当なんですか?」
「本当ですよ! 僕は女癖がちょこっとだけ悪いんですけど、圭介さんは今まで一回も浮気なんかした事が無いから、僕は本当に尊敬してるんですよ! 圭介さんは誰かと付き合ってる時は、どんなに綺麗な女性に言い寄られても、いっさい浮気なんかしませんし、付き合ってる彼女さんのことを大事にする人なんですよ!」
「そうなんですか。じゃあ、浮気をしたことが無いっていうのは本当なんですね?」
「はい、僕は弁護士なんで、絶対に嘘はつきません!」
「じゃあ、付き合ってる彼女がいない時の圭介って、どんな感じなんですか?」
「・・・・・・」
紳は返答に困り、視線を千里から私に、目を泳がせながら移動させてきましたので、私は思いっきり紳を睨みつけてやりました。
「沢木さん、なんで急に黙り込むんですか? 圭介は付き合ってる彼女がいない時って、女の子をとっかえひっかえしてなかったんですか?」
「・・・・・・」
ここに来てようやく、紳は千里という女性を理解し始め、弁護士である自分が、素人の千里の誘導尋問に引っかかっていることに気付き、自分の不注意な供述が後々の裁判で、どのように不利な影響を及ぼしてしまうのかを、ようやく理解し始めたようで、
「なんか圭介さん・・・ 僕は圭介さんの良いところを千里さんに話してるつもりなんですけど・・・ もしかしたら、僕は自分で墓穴を掘ってるような気がするんですけど・・・気のせいですか?」
と、あろうことか弁護士のくせに、取調官である千里の目の前で、被告の私に助けを求めてきやがりました。
(なにが気のせいやねん! お前は器用にも自分の墓穴と、俺の墓穴を同時に掘っとるんじゃい!)と、大声で怒鳴りたいところですが・・・
「いいえ、沢木さんは墓穴なんか掘ってないですよ! だから、圭介の良いところを、もっといっぱい教えてもらえますか? それで、圭介って、彼女がいなかったら、女の子を、」
といった感じで、それから20分も千里の取調べが続き、紳は完全に酔いが醒めたらしく、最後は千里に向かって頭を下げながら、
「千里さん、僕は今思い出したんですけど、明日の朝までにまとめないといけない資料がありますので、今日はもうご勘弁というか・・・明日必ず僕はホテルに行きますから、続きは明日にしてもらえないでしょうか?」と言って、ようやく開放されて、そそくさと逃げるようにして帰っていきました。
飛ぶ鳥、後を濁しまくった紳が去った後、私は恐る恐る千里に向かって、
「千里、もう遅いから寝ようか」と提案したのですが、
「私、今日はソファーで寝ようかな」と千里が言い出しましたので、私は必死に説得して、ようやく寝室に辿り着きまして、ベッドに二人で入ったのですが・・・
「触るな、この変態!」から始まり、
「それ以上触ったら、ほんまにソファーに行くよ!」と経まして、
「じゃあ、パジャマの端っこをつまむことだけ許してあげる」ということで最後は落ち着き、私は千里のパジャマをつまみながら眠ることになりました。
「zzzz・・・・」
しかし翌朝、夜討ちが駄目なら朝駆けを、という戦法に乗っ取って、朝起きた瞬間に奇襲攻撃を仕掛けて、見事に性交(成功)を収めることができました。
めでたし、めでたし。
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