第21話 原田家

 すっぴんの千里を見たのは初めてでしたが、もともとノーメイクに近いナチュラルメイクだったので、(あんまり変わらんな)というのと、(やっぱり、すっぴんも可愛いな)というのが正直な印象でした。

「千里、あんた髪の毛をちゃんと乾かしてから来なさいよ」

 と、お母さんが注意をすると、

「だって、パパとママが圭介に変なこと言ってないか、気になってたんやもん」

 と、千里は変な言い訳をしました。

「別に、変な話なんかしてないわよ。圭介君から、正式にちゃんと挨拶してもらっただけやのに」

「そうなん?」と、千里が訊ねてきましたので、

「うん」と答えました。

「なんで、私のいない間に、そんな大事なことを勝手にすんのよ?」

「・・・・・」

 確かに千里の言う通りであったので、何も言えませんでした。

 すると、お母さんが私の代わりに、

「もう、せっかく圭介君の挨拶に感動してたのに、あんたのせいで一気にぶち壊しやわ! 圭介君には圭介君の考えがあんねんから、なんでもかんでも、あんたの思い通りになると思ったら大間違いやで!」と、私の気持ちを代弁してくれました。

「なによ、その言い方! それに、なに自分だけ勝手に感動してんのよ?」 

「あんたこそなによ? それが親に向かって言う言葉なん?」

「・・・・・・」

 千里とお母さんのやり取りは、まるで小学生の仲の悪い姉妹のようだと思いました。

「おまえら、圭介君の前でええかげんにせぇよ! 恥ずかしくないんか!」と、お父さんが二人を叱りつけると、 

「圭介君、ごめんなさいね。千里は久しぶりに帰ってきたから、もう甘え放題の我が侭し放題になってしまって、ほんまに親子喧嘩ばっかりで恥ずかしいわ」と、お母さんが言いました。

「いえ、お母さんは本当に若く見えますから、千里と親子喧嘩というよりも、姉妹喧嘩みたいですね」と、私は点数稼ぎというつもりではなく、本心から言ったのですが、

「いや、もう圭介君! そんなこと言われたら、本気にしてしまうやんか」と、お母さんが言いました。

 すると今度は千里が、

「圭介! ホンマにそんなこと言うたら、ママが調子に乗るから、言うたらあかん!」と言うと、

「なにが調子に乗るやの! あんた、ママにヤキモチ焼いてんのと違うん?」とお母さんが言い返し、

「もう、ほんまにええ加減にしてくれ!」と、お父さんが一喝し、

「・・・・・」

 私は千里とお母さんには、不用意に迂闊な発言は慎むべしという、『原田家の家訓』を教えていただきました。

 お母さんはお父さんから気合を入れられて、少しションボリしておりましたが、とつぜん何かを思い出した時のような表情で、

「そうや、圭介君もシャワー浴びてきたらどう? それと、スーツを着てたらゆっくりできないから、お父さんの新品の浴衣があるから、それに着替えたら?」と言いました。

 私は初めて訪れた家で?という妙なこっぱずかしさから、シャワーを浴びる気などサラサラなかったのですが、

「えっ、いいんですか?」

 と、なぜか浴びる気満々といった、本心とはまったく逆のことをつい口走ってしまいました。

「圭介の浴衣姿が見たいから、シャワーしておいでよ!」

 と千里からも勧められましたので、

「じゃあ、すみません。シャワーをお借りします」と言って、ほんとうにシャワーを浴びることになってしまいました。

 千里に連行されて、お風呂場の脱衣場に行きますと、

「圭介、私ってワガママ?」と、いきなり千里が訊ねてきました。

(この人、自覚してないんや・・・ 自覚せぇよ!)と思いながら、

「いや、女の人は、みんな我が侭やからなぁ」と、何気なく社会通念上の一般論を言ったのですが・・・

「ちょっと! それ、誰と比べてんのよ!」と、なぜか千里はいきなり怒り始めてしまいました。

(いまいち、沸点がよう分からんなぁ)と思いながら、

「・・・・・・」

 答えに窮して押し黙っていると、

「圭介が付き合ってた女の人って、みんなワガママやったん?」

 と、嫉妬深い女子必殺の、『過去狩り・ほじくり返し』が始まりました。

「いや、俺は一般論として言ったつもりなんやけど・・・」

「私が訊いてるのは一般論じゃなくて、圭介のことや!」

「・・・・・・」

(あぁ~、もうウザい!)と思い、私は黙々と服を脱ぎ始め、

「ちょっと、すぐ出るから待って!」

 と、千里を脱衣場から追い出しました。

 とりあえずスッポンポンになり、風呂場のドアを開けてシャワーを浴び始めてしばらくすると、

「圭介、スーツはハンガーに掛けて、私のお部屋に持っていくよ。それと、パパの新品の浴衣は、ここに置いておくからね」と、ドア越しに千里が声を掛けてきましたので、私はチンポコに泡を塗りたくったあと、このまま勢いよくドアを開けて、究極のクールビズスタイルを披露してやろうかと思いましたが、悲鳴を上げられても困りますので、

「うん、ありがとう」と言いました。

「じゃあ、シャワーが終わったら、私はリビングにいるからね」

「うん、わかった」 

 私はチンポコの泡を洗い流し、続いて頭を洗いながら、先ほどの千里とお母さんとのやり取りと、私の過去の女性問題を口にしはじめた千里のことを考えました。

 もしかすると千里は、私の想像を遥かに超える我が侭で、ヤキモチ焼きな娘なのかもしれません。

 しかし、個人差はあるとして、私は全ての女性は良い意味での我が侭で、嫉妬深い生き物だと思っておりますので、千里のちょっと度を越した我が侭と嫉妬など、残さずに全部きれいに食べてやろうと決めて、シャワーを終えて風呂場を出ました。

 先ほど脱ぎっぱなしにしていた私の服が、パンツ以外はきれいさっぱり無くなっていて、パンツもきれいにたたまれておりましたので、千里がやってくれたのだろうと、すこし嬉しく思いました。

 パンツをはいた後、千里が用意してくれた、無地の紺色のお父さんの浴衣を羽織り、脱衣場を出て千里が待つリビングに行きました。

 千里はダイニングの方にいたのですが、私の方へ歩いてきて、

「やっぱり、パパの浴衣は圭介には小さすぎたね」と言いました。

「ちょっと、手足が短い感じかな」

「うん、でも圭介ってスタイル良いから、なに着ても似合うね」

 と、仲良くイチャイチャしていると、

「千里、あんたの部屋に布団敷いといたから、圭介君と一緒にちょっと仮眠しときなさいよ。私とお父さんは、今からちょっと出てくるから」と、玄関のほうからお母さんに声を掛けられましたので、千里と一緒に玄関へ行きますと、お父さんとお母さんは既に靴をはいていて、ドアの前に立っておりました。

 お母さんは私の顔を見るなり、

「いやぁ、やっぱりその浴衣、圭介君には小さかったねぇ。でも、男前やからなに着ても様になるし、かっこいいわ!」と言ってくれました。

「もうっ!ママはそんなこと言わなくていいねん!ママにそんなこと言われたら、なんか腹立つ!」

 と、またもや千里が喧嘩を吹っかけていきましたが、

「ところで圭介君は、お魚は好き?」と、お母さんは千里を完無視して私に訊ねてきましたので、

「はい、大好きです」と答えました。

「よかった! じゃあ、私とお父さんで、今からお昼の買い物に行ってくるから、ゆっくりしといてね」

「いや、お母さん、僕は全然疲れてませんし、買い物やったら僕が行ってきますよ」

「ありがとう。ほんまにそんな気を使わんときよ。私ら今から庄内までお魚を取りに行ってくるから、ちょっと時間掛かると思うわ」

「えっ! 庄内って、豊中の庄内まで行くんですか?」

「そう、私とお父さんの同級生が、庄内の市場でお魚屋さんをしてて、今日は千里の婚約者が挨拶に来るって話したら、お祝いやっていろいろ用意してくれてるんよ。それで、挨拶を兼ねて取りに行って来るから、圭介君は気にせんと、ゆっくりしときよ」

「なんか、すみません。わざわざ僕のために」

「いいえ、うちの大事なお婿さんになる人やのに、圭介君はゆっくり休んどいて。じゃあ千里、行って来るね」

 と言って、両親は出かけて行きました。

 私たちは再びリビングに戻り、

「圭介、なにか朝ごはん食べる?」と千里が訊ねてきましたが、私は朝食を摂るという習慣が無かったので、

「いや、別になんにもいらんよ」と言いました。

「じゃあ、私も何もいらんから、私のお部屋に行く?」

「・・・・・・」

 私はしばらく間を置いた後、

「うん」と言いました。

「じゃあ、行こう♡」

 と言って、千里は私の左手を握ってきましたので、私たちは仲良く手をつないで階段を上がり、一番手前にあったドアを千里が開けて、二人で中に入りました。

 すると、私たちの目に飛び込んできたのは、

「!・・・」

 一組の布団に枕が二つ、尚且つ枕元にティッシュが置かれているということは・・・

 おそらくお母さんは、『どうぞ、千里をお召し上がり下さいませ』という意思を明確に表明したということではないでしょうか・・・

「お布団、ひとつやね・・・」

 と千里が言ったあと、

「・・・・・・・」

 私たちは互いに無言で、微動だにせず立ちつくしておりました。

 私は正直、(どうしよう・・・)と思いました。

 今から千里を抱こうか、それとも添い寝して・・・・ 

 いや、おそらく私は、添い寝で我慢できる自信が全く無かったので、千里に拒まれたら大人しく我慢しようと決めて、

「千里、おいで」

 と言って、千里を抱きしめたあと、今の今まで全くこれっぽちも思いつかなかったのですが、なぜかいきなり千里を『お姫様抱っこ』してしまいました。

「きゃっ!」

 と、千里は小さな悲鳴を上げましたが、すぐに私の首にしがみついてきましたので、私は千里を抱っこしたまま布団の前に行き、ゆっくりと千里を布団の上に寝かせました。

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