第20話 家族
千里の実家は箕面市の
研修を含めて20時間以上勤務していた千里は、よほど疲れていたのでしょう。
難波から梅田へ向かう途中で
千里を起こさないように、追い越し車線から走行車線へと移動して、なるべくゆっくりと車を走らせ、新大阪駅を通過し、江坂を超えると、やがて千里が高校時代にバイトをしていて、本人曰く
国道423号線の側道に車を停めて、千里を起こそうと助手席を見ますと、気持ちよさそうにぐっすりと眠っていたので、起こすのがとてもかわいそうな気持ちになりました。
千里の寝顔はとても無邪気で、そしてとても無防備に見えました。それはまるで、自分の幼い妹か、あるいは愛娘のように感じられ、出会ってすぐに感じ始めた愛情とは、また少し違った愛おしさを覚えました。
あらためて大切にしなければと、静かに眠っている千里に誓いながら、左手を伸ばして頬にそっと手を添えて、
「千里、着いたよ」と言って、千里の温かい頬を触りました。
どうやら千里は寝起きがいいみたいで、
「ごめん、眠ってたね」
と、すぐに目を覚ましました。
私は千里の頬を触り続けながら、寝起きドッキリということで、
「千里、東三国のところで
「えっ、うそ~?」
「ついでに千里山のところで、『ぶひぃ~ ぶひぃ~ んごぁ~』って、豚鼻も鳴らしてたで」
「も~う、嘘ばっかり!」と言って、千里は辺りを見回し、
「あっ、もう家のすぐそばやんか」と言って、半身を起しました。
千里が半身を起したついでに、顔を近づけてキスをしました。
これから先も、私は何度も際限なく千里にキスをいたしますので、読みたくない、もしくは飽きた、という方はその部分だけを飛ばして、後は必ずお読みくださいませ。よろしくお願いいたします。
「千里の家は、こっからどう行ったらいいの?」
「そこの初めの信号を右折して、2本目の筋を左に曲がって2軒目のお家」
「了解」と言って、車をスタートさせて、すぐに到着しました。
千里の自宅は、日本風建築の木造瓦葺の2階建てで、白い外壁にグレーのオーソドックスな瓦屋根で、車庫は2台分のスペースがありまして、おそらくお父さんの車と思いますが、10年くらい前の白いクラウンが停まっておりまして、その隣に車を停めました。
千里が先に車から降りまして、私は後部座席に置いていたお母さんへのお土産を手にして車から降りて、千里と一緒に玄関のドアを開けて家の中に入りますと、
「ただいま~」と、千里が声を掛けました。
すると、玄関を入ってすぐ右側にあるドアが開き、
「おかえり~」と、千里のお母さんが笑顔で出迎えてくれて、続いてお父さんが廊下の奥のドアを開けて現れ、
「おかえり、圭介君、よう来たね」と言って、出迎えてくれました。
「おはようございます」と一礼して、両親に挨拶したあと、
「はじめまして。北村圭介です。よろしくお願いいたします」と、私はお母さんにもう一度一礼しました。
「はじめまして。千里の母です。こちらこそ、よろしくお願いいたします」
私とお母さんは互いに目と目が合いまして、
(うわっ・・・ ほんまに森高と似てる・・・)と思った後、不謹慎にも(お母さん、かわいい)と思ってしまい、思わず千里に、
「千里の言ってたとおり、お母さん、森高千里に似てる」と、初めて交わす会話として、いかがなものか、ということを口走ってしまいました。
「そうやろう。ママ、圭介が似てるやって、よかったね」
「千里! あんたそんなこと言うて、もう恥ずかしいやんか!」
と言って、お母さんは顔を真っ赤にしました。
「まぁ、とりあえず圭介君、中に入って」
と、お父さんに促され、私たちはリビングに移動しました。
ダイニングを兼ねたリビングには対面式の4人掛けのソファーが置かれていて、先ずはお父さんが腰掛け、次に私がお父さんの対面に座り、千里が私の隣に座ると、お母さんが私に、
「私も圭介君って呼ばしてもらってもいいかな?」と訊ねてきましたので、
「はい、大丈夫です」と答えました。
「じゃあ、圭介君はお茶とコーヒーの、どっちがいい?」と言って、お母さんが奥のダイニングに向かおうとしましたので、
「お茶で結構です。それと、お母さん」といって立ち上がり、
「これ、昨日京都に行ってまして、お口に合うか分かりませんけど」と言って、手に持っていたお土産を手渡しました。
「いやぁ、ありがとう。そんな気を使わなくてもいいのに」と言って、お母さんはお茶の用意をするためにダイニングのほうへ向かいました。
しばらくして、お母さんがトレーに湯飲みと急須を載せて戻ってきて、それぞれに熱いお茶を入れてくれましたので、私が一口飲んだときに、
「ママ、お風呂沸いてる?」と、千里が訊ねました。
「あっ、ごめん。沸かすの忘れてたから、お茶を飲んだらシャワーしてきなさい」
「も~う、ゆっくり湯船に浸かりたかったのに・・・ お茶はもういらん。圭介にあげる」と言って、私の前に湯飲みを置いたあと、千里は立ち上がり、
「圭介、悪いけどシャワー浴びてくるね」と言って歩き出し、リビングのドアの前で立ち止まり、両親に向かって、
「ママもパパも、圭介は一睡もしてないし、疲れてるから、私がシャワーしてる間に、いろいろ話したらあかんで!」と言って、ドアを開けて出て行きました。
「圭介君、昨夜は一睡もしてないんか?」とお父さんに訊ねられましたので、私は少し気が引けましたが、
「はい、昨日は千里が朝までだったんで、ホテルの業務を教えてもらってました」と、半分だけ嘘をつきました。
「じゃあ、圭介君、朝ごはん何か食べて、お昼までちょっと眠ったほうがいいね」とお母さんが言ってくれましたが、
「いえ、大丈夫です。それで、今からお父さんとお母さんに、大切なお話があるんでけど、よろしいですか?」と言いました。
お母さんはお父さんと顔を見合わせ、それから私に向かって、少し不安げな表情で、
「どうぞ、圭介君、何でも言ってよ」と言ってくれました。
おそらくお母さんは、娘にプロポーズをした男が、今から何を話すのだろうと不安なのでしょう。
私はお母さんの不安を払拭しなければなりません。なので私は、千里がシャワーをしている間に、自分から両親にできるだけ簡潔に、自分の話しをしようと初めから決めておりましたので、
「お父さん、お母さん、あらためてちゃんとしたご挨拶をさせていただきたいんですけど、よろしいですか?」とお伺いを立てました。
すると両親はまた、互いに顔を見合わせ、
「はい、圭介君、どうぞ」
と、今度はお父さんが許してくれましたので、私は話し始めることにしました。
「本当は、千里のいる前で話すべきなんですけど、どうしてもその前に、お父さんとお母さんに謝りたいと思いまして、千里にいきなりプロポーズをしてしまって、本当に申し訳ございませんでした。
千里は僕と付き合ってくれることになりましたけど、本当に僕のことを何も分からないのに受け入れてくれましたので、僕はどんなことがあっても千里を大切にしていきたいと思っています。
それで、僕は今からお父さんとお母さんに、自分のことを理解してもらうために話をしますので、聞いてください。
僕の自宅は大阪市西区の北堀江のマンションで、父と母が遺してくれたで遺産で購入したんで、ローンとかはありません。
僕の今の資産は、会社の運営資金以外に個人の貯金は1000万円以上あります。そして僕の収入なんですけど、会社を立ち上げたばっかりなんで、なんとも言えないんですけど、固定収入として父が遺してくれた収益物件に、店子として弁護士事務所が入っていて、家賃が月に60万円ほど入ってきます。
そして、母が私に遺してくれた土地が京都にあるんですけど、その土地には寺が建っていまして、母の先祖が土地を提供して寺を建てたんですけど、そういった経緯があって、今僕はその寺の宗教法人の役員になっていて、そこから役員の報酬として月に20万円ほど入ってきます。
ですから、本業以外で収入が月に約80万円ほどありますので、千里と結婚しても経済的に苦労をかけることはないと思います。
そして、僕の両親は父が2年前に、母が6年前に亡くなったんですけど、父はむかし、10代の頃に僧侶になるために母の実家の寺に修行に行ったんですけど、そこで私の母に一目惚れして、あっさり僧侶になることを諦めて、ふたりで駆け落ちして一緒になりまして、僕が生まれました。
それで、僕は父から教えられたことで、今でも守っていることがあります。それは、僕は今まで何人かの女性とお付き合いしてきましたけど、僕は一回も浮気をしたことがありません。父が、浮気をするのはモテない男がするもんやから、お前は絶対に浮気なんかするなと、子供の時から叩きこまれました。
父は母が亡くなった後、金もそこそこの地位もあったのに、母のことだけを思い続けて死んでいきましたから、そんな父を僕は尊敬しています。
ですから僕は、千里と結婚しても絶対に浮気なんかしません。
そして、母が亡くなる前に僕に言ったことは、父と母が一緒になったときの経緯が駆け落ちだったんで、父は母の実家からとことん嫌われてきました。だから、僕が結婚するときはお嫁さんの実家に、絶対に嫌われることがないように気をつけなさいと言われました。
それが母の遺言です。
ですから僕は、これからは焦らずに時間を掛けて、自分のことを千里に理解してもらえるように努力します。それで、結婚は千里がOKしてくれるまで僕は頑張りますから、千里がOKしてくれたときにあらためて、お父さんとお母さんに御挨拶させていただきたいと思っていますので、これからよろしくお願いいたします」
千里の両親は、私の話を最後までちゃんと聞いてくれました。
上手く伝わったのか、どうかは分かりませんでしたが、お母さんは目に涙を浮かべて、
「圭介君、こちらこそ、どうぞよろしくお願いいたします。こんなにちゃんとした立派な挨拶をしてもらって、私としては心から千里をお任せできるなって、本当に安心しました」と言ってくれました。
「お母さん、ありがとうございます」
「いえいえ、こちらこそ本当にありがとうございますやわ。それと、圭介君は千里が、何も分からないのに付き合ってくれたって、罪の意識を感じてるみたいやけど、千里は私とお父さんが結婚を決めた時のことを知ってるから、圭介君が思ってるほど、あの子は気にしたり、驚いたりなんかしてないと思うよ」とお母さんが言ったとき、終始無言であったお父さんが、
「お母さん、またその話をするつもりなんか?」
と、まるでお母さんを窘めるかのような言い方をしました。
「いいやないの! ほんまのことやねんから。あのね、圭介君、実はお父さんも私に、いきなりプロポーズしてきたんよ」
奥ゆかしいイメージのお父さんからは、想像できなかったので、
「お父さん、そうなんですか?」
と、驚きながら訊ねてしまいました。
「まぁ・・・ ほんまのことやねんけど・・・」
「あのね、圭介君、私とお父さんは高校の時の同級生やねんけど、卒業して何年か経って、みんなで集まるようになって、私が21歳の時にいきなりお父さんから付き合って下さいって告白されて、私はタイプじゃなかったし、ただの友達やって思ってたから断ったんよ。でも、それからもお父さんは諦めんと3回も申し込んできて、私は全部断ったの。そしたら、お父さんが5回目に、いきなり結婚して下さいって言ってきたんよ」
私はお父さんの顔を見て、
「そうやったんですか」と言いました。
お父さんはバツが悪そうな表情で、
「まぁ、どうせまた付き合ってくれって言うても、断られるやろうと思って、どっちみち断られるんやったら、結婚申し込んだろうと思って、半分やけくそでプロポーズしたんですわ」と言いました。
「私もびっくりしてんけど、この人、本気なんやと思って、それから付き合うようになったから、圭介君もお父さんも、あんまり変わりがないねって、昨日の夜に千里と電話で話してたんよ」
と、お母さんが言ったとき、リビングの扉が開き、
「もう、気になるから速攻で上がってきたわ! 圭介、パパとママからイジメられへんかった?」
と、バスタオルで濡れた髪を拭きながら、パジャマ姿の千里が、私の隣に座りました。
風呂上りの千里は、とてもいい匂いがしました。
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