第19話 天下の千里VS千里の千里

 流清寺を出たあと、大阪へ帰る途中、川端通りのコンビニに立ち寄りまして、缶コーヒー(ルーツアロマブラック)を買って車の中で飲みながら、竹然上人と話した内容を思い返しておりました。

(巨大な敵? 獅子身中の虫? 飼い犬? 芸術家の進? 手に負えない千里)

 素直に納得のいくのは手に負えない千里だけで、あとはまったく意味が分かりませんでした・・・

(親父も相手にしたことが無いほどの巨大な敵って・・・ もしかしたら、国家の陰謀か?)といったクソ馬鹿げた発想が生まれてくるほど、私はまだ追い詰められてはおりませんので、ここはひとつ、(紳に相談しよう)ということに決めて、今のところはまだ手に負えそうな千里に電話をしました。

「千里、今日は朝まで仕事なんやろう?」

「うん、朝の6時までやで」

「いま京都やねんけど、今からそっちに会いに行っていい?」

「・・・・・」

 千里は少し間をおいたあと、

「ありがとう。でも今、社員の人に仕事教えてもらってて、10時まで一緒やから遅くなるし、明日のお昼に会えるから、無理しなくていいよ」と、遠慮がちに言いました。

「いやや! 千里の顔が見たいから11時に会いに行くわ」

「も~う・・・じゃあ、仕事の邪魔をせぇへんねやったら、いいよ」

(そんなもん、行った時点で邪魔するに決まってるやろう!)と思いながら、

「うん、絶対に邪魔せぇへん」と嘘を言ったあと、「それにな、俺もホテルの業務を覚えておいた方が、千里の役に立つやろう?」と、これは本当です。

「うん、ありがとう」

「じゃあ、夜食とかオヤツとか、なにかお土産はいらん?」

「うぅん、なんにもいらんから、気をつけて来てね」

 千里と電話を切ったあと、自分でお土産と言って、

「あっ、お母さんのお土産買わな!」

 といことで再び大阪に向かって走り出し、途中で平安神宮の東にあります大安だいやすの本店に寄って、千里のお母さんへのお土産として、『ちいさなだいやす』というお漬物の詰め合わせを購入しまして、元来た道を辿りながら名神高速に乗り、時刻が午後の7時前と、まだ大分時間がありましたので、吹田すいたサービスエリアで休憩をとることにしました。

 トイレでションベンをした後、もちろん手を洗ってレストランに入り、新発売のドライバー応援メニューと書かれた『豚焼肉丼と竹輪の天ぷらうどん』というのが目に止まり、それを注文して食べながら、紳に話すべき内容を整理しました。

(どこまで話しよう・・・)

 業務のことではなく千里のことです。

 このまま竹然上人の言った通りの流れで行きますと、私は紳を引き入れなければ、とてもじゃありませんが戦える相手ではなさそうですし、そうなると紳に千里の話をしておかなければ、後々面倒なことになりそうです。

 自分が千里にしたことを他人に話すことによって、あらためて自らの行為を振りかえり、(紳、信用するかな?)と思いましたが、あれこれと考えても仕方がありませんので、食事を済ませてレストランを出て、車の中で紳に電話を掛けました。

「紳、あのな、いま京都のじっちゃんと話してきてんけど、」

 と、竹然上人と話した内容をかなり詳しく説明しました。

 話を聞き終わった紳は、少し嬉しそうな声調子で、

「なんか、初めからおかしいなと思ってたんですよ。圭介さんのところに、そんな単純な話なんか来る訳がないって・・・ とりあえず、竹然上人がそう仰ったんやったら、僕が行かないと駄目でしょう。今抱えてる案件を引き継ぎして、それからすぐにホテルに入ります」と言いました。

「お前がホテルに入って、何をするの?」

「あのね、圭介さん、ほんまにそんな相手が出てくるんやったら、僕としても絶対に逃したくないし、圭介さんの復帰第一戦というよりも、これはもう立派な初陣じゃないですか。その初陣に相応しい巨大な敵が現れて、軍師が参陣しないのはあり得ないし、圭介さんは相手が誰であれ、絶対に負けたら駄目なんですよ」

 私は心の中で、(紳、ありがとう)と感謝の気持ちでお腹がいっぱいでしたが、

「じゃあ、お前も一緒に、ホテルの後片付けを手伝ってくれる?」と、追加注文をしました。

「そんなん、当たり前じゃないですか!」

「でも、時給なしやで?」

「昼飯と晩飯で手を打ちますよ」

「よし、決まり! お前の時給なんか、高うて払われへんからな」

「そんな、勘弁して下さいよ。圭介さんから給料なんか貰えませんよ。それで、そのホテルの父娘おやこには、どこまで話をするつもりなんですか?」

「どこまでって・・・」 

「いや、圭介さんと付き合いが深かったら本当のことを話しますけど、ただの知り合い程度やったら、様子を見ながら話していったほうがいいでしょう? 大体、その父娘って、圭介さんとはどういう関係なんですか?」

「・・・・・」

 私は少し迷いましたが、

「義理のお父さんと、その娘さん」と言いました。

「え?・・・義理のお父さんと、その娘さんって・・・ それって、どういう意味なんですか?」

「・・・・・」

 こうなってしまうと、話さざるを得ませんし、どうせ話すのであれば、紳には洗いざらい全てを話すことにました。

 話を聞き終わった紳は、

「え~っ! 圭介さん、ほんまにプロポーズしたんですか?」

 と、非常に驚いておりました。

「した・・・ やっぱり、おかしいと思う?」

「いや、圭介さんやからおかしいとは思わないですけど、おもしろすぎるじゃないですか!」

(こいつ、他人事やと思って、楽しむつもりやな?)ということで、これ以上笑い話のネタになっても仕方がありませんので、紳との電話をさっさと切りました。

 再び車をスタートさせて、千里に会いに行く準備を進めるために、いったん自宅に戻ることにしました。

 阪神高速を走りながら、千里とお父さんにどこまで話すべきかを考えました。

 まさか、竹然上人との話をそのまま話すことはできませんし、私自身が何も分かっていない段階で、あれこれと何かを話すべきではないという結論で、千里とお父さんには状況を見て、段階的に話すことに決めて、いまから千里と会った時の情景をシミュレーションすることにしました。

 私はいまから千里と会って、少し前にテレビで見た、今流行りの『女子をメロメロにする4つの攻略法』とやらを実践してみようと思っているのです。

 先ずは『壁ドン』、それから『アゴクイッ』、それから『爪先立ち』にして最後に『レロレロチュー』と、めくるめく波状攻撃で千里をメロメロにやっつけてやることにしたのです。

 果たして成功するのかどうかは分かりませんが・・・・

 しかし、よく考えてみると、私はすでに千里とキスをしておりますので、

(それって、やる意味なくね?)と、関東のナウいヤング風に疑問に思ったあと、

(成功したとしても、その効果は半分以下じゃね?)ということに気づいてしまいました。

 やはり、どう考えてもファーストキスでやらなければ、あまり意味はないと思われますが、とりあえずやってみる価値はあるだろうということで、実行することにしました。

 そんなバカなことを考えているうちに自宅に到着しまして、シャワーを浴びてさっぱりしたあと、どうせこのまま朝まで千里と一緒にいて、箕面の自宅に向かうことになりますので、スーツを着ることにしました。

 全ての準備を終えて、時刻が10時15分となりましたので、自宅を出てホテルに向かい、10時40分に到着しました。

 約束の11時には少し早かったのですが、早く千里に会いたかったのでホテルに入っていくと、千里はカウンターの中で座っていたのですが、私の顔を見て一瞬で輝くような笑顔になり、立ち上がって私の方へ歩いてきました。

 私は周囲に誰もいないことを確かめた後、真剣な表情で千里に近づき、彼女の左腕をつかんで壁際に連れて行きました。

 千里を壁際に立たせたあと、私は左腕を動かして、千里の右の頬の横の壁に向かって、勢いよく『壁ドン』をしたのですが、

「ペチッ」という、水槽で小魚が跳ねたようなショボイ音しかしませんでした。

 しかし、そんなことでめげている場合ではございません。

 右手を千里の顎に持っていき、親指と人差し指で軽くつまんで、『クイッ』と持ち上げ、『壁ぺチッ』した左手を千里の腰にまわして少し持ち上げて『爪先立ち』にさせたあと、今朝のフレンチキスではなく、今度は本格的な『レロレロチュー』を開始して、舌を絡ませ、押し入れたり、千里の舌を吸いこんだりして、(も~うメロメロやろう!)ということで、私自身も十分に堪能して唇を離した瞬間、

「痛っ!」

 と、なぜか千里は、私の左腕をかなり強めに抓ってきました。

「なに? どうしたん?」と言って、千里の顔を見ますと、

「!!!」

 驚いたことに、千里は涙を浮かべながら、次のように語りました。

「圭介って、女の子にいっつもこんなことしてきたんやって思ったら・・・ 急に腹が立ってきて・・・」

(なんじゃいこれ! おいっ、テレビ局! 恋愛アドバイザーのおばはん! ホンマでっか~?!)と、強烈に思いながら、

「いや、違うよ! 俺もこんなことしたのは、ほんまに初めてで・・・・ 実はな、この前テレビで、」と、必死に謝りながら説明しました。

 千里は黙って、私の言い訳を聞いておりましたが、ようやく私の誠意が通じたのか、

「もういい、わかった・・・」 

 と言ってくれましたので、ホッと胸をなでおろした直後、

「でも、いままで、いろんな女の子といっぱいキスしてきたんやろう?」と、言われてしまいました。

「・・・・・・」

 答えようがなかったので、黙りこんでいると、

「でも、これからは私以外とキスしたらあかんねんで!」

 と言って、千里がキスを求めてきましたので、うまく仲直りすることができて、ほんとうに良かったです。

 ということで、『女子をメロメロにする4つの攻略法』は、『女子の怒りの炎をメラメラにする着火法』である可能性がありますので、使用の際は十分ご注意を、という話でした。

 その後、すっかり仲直りした私たちは、時の経つのも忘れて、実に様々な話をしました。

 私は進の話をし、千里はマリとの打ち合わせの内容などを話しながら、途中で何度も抱き合ってキスをしました。

 ちなみに千里は、私たちの関係をマリに話していません。

 出会ったばかりで、もう?ということと、マリと一緒に私の悪口を言った手前、恥ずかしすぎて話すことができないということで、折を見て私から話すことになったのですが、私もマリに話すのは恥ずかし過ぎますので、結局二人で話し合った結果、自然に気付くまで内緒にすることにしました。

 そして、話題は明日会うことになっている千里のお母さんの話になりました。

「へ~、千里のお母さんって、そんなに森高千里と似てるの?」と言いながら、竹然上人が千里よりもお母さんの方が好みだと言っていたことを思い出しました。

「若い頃はしょっちゅう言われてたみたいで、それで調子に乗って、私に千里って名前をつけてん」

「そう言われてみたら、千里も似てるなぁ」

「うん、今でもたまに、中年のおっさんたちに言われるし、自分でも似てると思う」

(お前も調子に乗っとるやないか)と思いましたが、たとえ口が裂けても言えません。

「私、高校の時に千里中央せんりちゅうおうの駅ビルのカフェでバイトしててんけど、千里せんりの森高千里って、噂になったことがあるねんで!」

(おぅおぅ、これまた大きく出たのぅ!)

「その時は少し日焼けしてたし、メイクも今と違って、森高を意識してたから、ファンクラブみたいなもんも出来ててんで!」

 千里は本当に、本物の森高から目力を抜き、肌を真っ白にして、シャープな感じを和らげて、優しい感じにした美人なのです。

「圭介は、どっちが可愛いと思う?」

(よう、芸能人相手に、そんなこと訊けんのぅ!)と思いましたが、

「そんなん、もちろん千里(森高)の方が可愛いいに決まってるやん」と言って、(名前が一緒やったら、なにかと都合がいいな)ということに気が付きました。

「ほんまに、そう思ってる?」

「うん。ほんまに千里(森高)の方が可愛いと思ってるよ」と言って、これ以上嘘をつくのが嫌だったので、またキスをしました。

 千里はキスのあと、今度はターゲットを森高から、

「だから私、江口洋介みたいな人と出会えるんかなぁって思っててんけど・・・」と、江口に切り替えてきました。

「でも、現実は北村圭介って、背格好は似てるけど顔は全然違うし、名前も最期の介しか合ってないし」

(名前が一致せなあかん理由って、なに?)と思いながらも、

「でも、最期の介が一緒って、奇跡じゃない?」

 と訊ねてみました。すると千里は、

「なにが奇跡やの!」と言って、にっこりとほほ笑みながら、

「私らって、あの二人に何か勝ってるとこって無いかなぁ?」と、訳の分からないことを言い始めました。

(ないないないないないないないない)

「なんか、圭介とやったら、何かは勝てそうな気がするねんけど・・・ 圭介はどう思う?」

(むりむりむりむりむりむりむりむり、相手は天下の森高と江口やぞ! 勝てるわけないやろう!)と思ったあと、

(恋の魔法って、ほんまに恐ろしいな)と痛感しましたが、付き合い始めたばかりのバカップルとして、

「そうやなぁ・・・ 俺らがあの二人に勝ってるとこは、若さかな」

 と言いました。

「若さ?・・・」

 と言ったあと、どうも千里は納得していないようで、性懲りもなく抜け抜けと、

「ほかには?」と訊ねてきました。

(あるか~ぃ!)と思いましたが・・・ しばらく考えたあと、

「そうやなぁ・・・ それ以外やったら、俺らはいつでも二人で、食い逃げできるっていうことかな」と、苦し紛れに言いました。

「食い逃げって・・・ 私、マリみたいに足が速くないよ」

「いや、そういう意味じゃなくて、あの二人に比べたら、俺らは失うものが無いっていう意味で、もしも俺らが食い逃げして捕まっても、周りの人達が笑うだけで済むやろうけど、あの二人はそうはいかんやろう? 世間がひっくり返るし、失うものがあまりにも多いやんか。だから、時と場合によっては、失うものが無いっていう人間は、すごい強さを発揮するから、俺らは食い逃げ以外でも何かひとつくらい勝てるように、これから二人で頑張っていこうな」

「うん、がんばる」


 そうこうしている間に、結局朝まで来客も、宿泊予約の電話も、宿泊客からのコールすらもなく千里の就業時間が終わり、出勤してきたアルバイトの40代の主婦と交代して、私たちは箕面の実家に向かいました。

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