第17話 流清寺(りゅうせいじ)

 名神高速を京都南で降りて国道1号線を北上し、東寺を右折して東に向かいました。

 京都市内は比較的空いていて、ほんの少し前の花見の頃と比べると車の数は半減し、大通りを行き交う人の数も普段通りとなり、いつもと変わらぬ落ち着いた古都の雰囲気を取り戻しておりました。

 鴨川を左折して、あとはひたすら北上し続け、出町柳から川端通りを高野川に沿ってさらに北上し、滋賀県との県境付近、ちょうど比叡山延暦寺から西側の山を隔てた背中合わせの辺りに、私の母の生家と、竹然上人がいる流清寺がありまして、午後の4時前に到着しました。

 流清寺は元々、私の母の里である白川家が江戸時代の中期に建立に携わった寺で、白川家の菩提寺となっているのですが、400年以上続いた白川家は、私の母が6年前に亡くなり、生まれてから一度も私を抱いてくれもせず、触れることすらただの一度もなかった祖母が3年前に亡くなったことで、跡を継ぐ者が絶えてしまい、母の生家は現在無人となっていて、流清寺に管理を任せております。

 なぜ、私が祖母から忌み嫌われていたのかというと、原因は私の父にあるのですが、簡単に言いますと祖母は私の両親の結婚を猛反対し、駆け落ち同然で一緒になったものの、私が生まれて間もなく二人は様々な事情で別れてしまい、祖母は母が私を育てることを許さなかったために、母は私を父に託しましたが、父の身勝手な理由で私は再び母に引き取られといった、たらい回しを何度か繰り返し、私は成人してから自らの意思で白川家と断絶したことによって、結果的に白川家は後継ぎを失ってしまったということなのです。

 こうした事情から、私にとって流清寺は大嫌いな祖母の思い出と直結しており、尚且つ祖母の祖先が建立に携わったというWマイナス効果によって、どうも物心ついたころから気に食わない存在として、確固たる地位を占めており、私が竹然上人を心から尊敬できない理由のひとつとなっているのです。

 いつものように、境内のよく手入れされた立派な竹林の手前で車を停めて、寺の正面玄関からではなく本堂の裏へ回り、勝手口を文字通り勝手に開けて台所の中に入りますと、

「うわっ! びっくりしたぁ・・・ 圭介さんじゃないですか」と、寺の子坊主、といっても身長は私と同じくらい、体重は倍近い巨漢の、三重県出身、AB型、夢見る17歳の、

「おぉ! ヒットマン珍念ちんねん君やないか!」

 と、久しぶりの再会を、おそらく私だけが心から喜びました。

 私は寺の関係者の中で、彼のみが唯一の親友だと思っておりまして、本名も僧名も知らないので勝手に名前をつけたのですが、とにかく私は珍念のことが大好きなのです。

「圭介さん、100歩譲って、私は珍念じゃないですけど珍念は受け入れます。でも、ヒットマンだけは止めてもらえませんか」

「なんでやねん! かっこいい名前やんか」

「それは、私が殺し屋みたいな顔をしているからなんでしょう?」

 確かに彼は、ゴルゴ13とサモハンキンポーを合わせたような、実に複雑なシルエットと顔をしております。

「ちがう! 香港在住の殺し屋や! 何回も言うてるやろう?」

「その、香港在住にこだわっているところがよく分からないのですが、私は仏門に身を置いておりますので、本当にヒットマンだけは勘弁して下さい」

 私は「は~っ」と小さく溜息をついて、

「相変わらず、抑揚のないっていうか、無感情というか、事務的というか、そのロボットみたいな喋り方は、なんとかならんのか?」と言いました。

「すみません、ほんとうに。それで、上人に会いに来られたんですよね?」

「うん、おるやろう?」

「はい・・・・ でも、今は書院です・・・」

 流清寺の書院とは、本堂とは別棟になっておりまして、全自動麻雀卓が4台設置された、竹然上人の麻雀ハウスのことです。

面子めんつは?」

「〇〇寺の〇〇和尚、〇〇神社の〇〇神主、〇〇神社の〇事務総長」

「ということは、神仏対抗戦やな?」

「・・・・」

 珍念は答えませんでした。

「それで、お前は朝からみんなの、飲み食いの用意をさせられてんのか?」

 珍念は少し疲れた様子の、遠い目をしながら、

「いえ、昨日の夕方からです」と言いました。

「昨日の夕方?・・・って、ほとんど24時間やないか! ほんまにおまえら、全員漏れなくバチが当たるぞ!」

「えっ! 私もですか?」

「当たり前やろう!」

 珍念は、本当に申し訳なさそうな真剣な表情で、

「・・・・」無言のまま押し黙ってしまいました。

 おそらく、心の中で仏様に向かって謝っているのでしょう。

「まぁ、お前が悪い訳じゃないこともないっていうか・・・じっちゃんに注意なんかできひんことは分かってるけど、信長がここの山向こうの延暦寺を焼き討ちしたんも、お前みたいなマトモな僧が、破戒僧はかいそうを庇って守り続けたからやねんぞ」

「・・・・・」

 これ以上、珍念を責めても仕方がありませんので、私は彼の将来のために、

「なぁ、珍念、今度一緒に、書院に隠しカメラを設置せぇへんか? 俺はあいつら脅して金を取るし、君はしんどい修行なんかせんでも、あいつらを脅したら、すぐに偉い坊さんになれるぞ!」と、取引を持ちかけたのですが、

「・・・・・・」

 またしても珍念は黙り込んでしまいました。

 しかし、今回は目の奥がキラッと光ったというか、明らかに目の色が変わりましたので、おそらく彼は今、良心の呵責と現実の打算との狭間をユラユラと揺れ動いているのでしょう。

「ところで珍念、ひとつ君に訊ねたい事があるねんけど、先週まで竹下進君っていう子が修行に来てたのは知ってるか?」

「はい、圭介さんのお知り合いの方ですよね。私が滞在中のお世話をさせていただきましたから、よく知っています」

(ということは、こいつが犯人か?)ということで、

「お世話をしたって・・・ ナニの方もお世話をしたっていうことか?」と、尋問を開始いたしました。

「何?とは、どういう意味ですか?」

 珍念は見た目は30歳前後なのですが、実年齢は花も恥らう17歳なので、

「お前、未成年相手に、そんな気色の悪いことを俺に言わせるつもりなんか?」と言ったあと、

「まぁええわ、質問を変えるわ。それで、夜寝る前とか、布団の中とか、もしかしたらお風呂の中かもしらんけど、君たち二人の間に色んな出来事があったやろう?」と、オブラードに包んで質問しました。

「夜寝る前って・・・ もしかして進さん、やっぱり怪我をされてたんですか?」

(ということは、やっぱりこいつが犯人か!)と少し色めき立ち、

「怪我って、お前、そんなに激しくやっつけてしまったんか!」と言いました。

「はい、すみません・・・ 寝る前にいろいろと話をしておりまして、私が中学の時に柔道をやっていたという話をしましたら、進さんがいきなりプロレスをしようっていうことなりまして、私は体格があまりにも違いますから断り続けたのですけど・・・ 進さんは、私が眠るとすぐに襲いかかってきて、私も初めは我慢していたのですけど、あまりにもしつこかったので、最期は寝技で締め落としてしまいました・・・」

(ということは・・・ 逆に進が襲い掛かってたんかい!)

「それで、進さんは大丈夫なのですか?」

「いや、大丈夫やで・・・ あいつも精神だけじゃなくて、珍念と体も鍛えることができて良かったって言うてたわ・・・」

 と言ったあと、(珍念、あらぬ嫌疑をかけてすまなんだ)と心の中で謝りました。

 ということで疑惑が晴れた珍念に、 

「とりあえず珍念、悪いけどじっちゃんを呼んできてくれへんか」

 と言いました。

「はい、わかりました。お呼びして参りますので、圭介さんは客間でお待ち下さい」

 と言って、珍念は勝手口から外へ出て書院へ向かいましたので、私は台所を通って客間に向かいました。

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