第3章 家族
第16話 滋賀のお母さん
おそらくマリも気付いたようで、目を皿のようにして大きく見開き、半開きになった口を手で押さえておりました。
「マリ、あと頼む!」
「頼むって・・・ 何をどうしたらいいんですか?」
「とりあえず千里に電話して、できるだけ早く手伝いに行けるように打ち合わせをしてくれ」
「わかりました。すぐに電話します」
「うん、頼むわ。それで、俺は今から用事で出かけて、今日はもう戻って来ないから、後は千里に会いに行くなり、適当にしてくれ」
「はい、わかりました」
「じゃあ、行って来るわ」と言って、きびすを返してドアへ向かって歩き始めてすぐに、
「圭介さん、私はどうしたらいいんですか?」
と、進が声をかけてきましたので、私は振り返らずに、
「私は俺の代わりに、世界平和を祈っといてくれ」
と言って、取るものもとりあえず事務所を飛び出し、愛車のプリウスに乗って京都へ向かいました。
阪神高速の高津の入り口から環状線に合流し、名神高速へ乗り継ぐために空港線へ向かいながら、
「あのくそじじい~、ゆるさん!」
と、独り言をつぶやきました。
勿論、竹然上人のことです。
私は今から竹然上人に、進のことを問い詰めに向かっているわけですが、なぜ進がゲイに目覚めてしまったのかを空港線を走りながら考えてみました。
あくまで仮定の私の想像ですが、おそらく進は研修中に寺のゲイの小坊主か、ゴリゴリマッチョの
昔から寺にはゲイが多く生息しており、女人禁制の日本仏教と男色は切っても切り離せないほど、ひとつの文化として深く根付いており、真意は定かではありませんが、誰もが名前を聞けば知っている、有名どころのほとんどの僧侶にゲイ疑惑が持ち上がるなど、細かな例を含めて枚挙に暇がないほど、寺とゲイの関係は深い繋がりがあるといえるでしょう。
もし仮に、私の想像通りであった場合、竹然上人に対して監督責任を問わなければなりませんが、竹然上人は自分の寺で、そのようなことが行われて気が付かないほど、間抜けでも不注意な人物でもありませんし、仮に寺の中にゲイがいたとしても、寺の歴史よりも古い隣家の出身である私の関係者の進に手を出すとは考えにくいと思われるのですが・・・
しかし、私は昔から寺の関係者たちから毛嫌いされておりまして、その理由は私が竹然上人のことを、これっぽっちも尊敬していないというのが主な理由なのですが、幾ら私のことが嫌いだからといっても、進を手篭めにするなどとは、やはり余りにも考えが飛躍しすぎているでしょう。
ということは、進に元々潜在的にゲイの素地があり、修行によって目覚めてしまったということなのでしょうか・・・
だとすると、進がプロレスの大ファンであるということも、得心がいくというもので、屈強な裸の男たちの闘いに、異常な興奮を覚える輩は、世間の人達の想像以上に多く存在しており、実際に私の友人の中にも2名のゲイがおりますので、進がゲイであったとしても、特別に不思議なことではないのかもしれません。
とにかく、竹然上人に会えば真相が明らかになることでしょう。
阪神高速の豊中インターチェンジで名神高速に乗り継ぎまして、京都へ向かいながら、今度は進の両親、特に母親の顔を思い出し、
「どうしよう・・・・」
と、気が滅入りました。
進の父親は、滋賀県を中心とした全国に7か所、海外に6ヶ所の自動車や鉄道関連の部品、その他の精密機器などを製造する大規模な工場を構え、国内外の子会社や関連企業を合わせると、従業員数は優に5000人を超える準大手企業の3代目で、私は進の父親よりもどちらかといえば母親から絶大な信頼を得ておりまして、私自身も『滋賀のお母さん』と呼んで、公私共に非常にお世話になっている、特別な存在であるのです。
進を預かることになった経緯も、実はお母さんからの要望でありました。
今から約半年ほど前、進の母から呼び出しがありまして、滋賀県大津市の自宅へ訪ねた時の話です。
「圭介、うちのお父さんから聞いたけど、あんたやっと仕事する気になったらしいな?」
「うん、いつまでもプー太郎はできひんから」
「ちょうど良かった! あんたにうちの進を預けようと思ってねんけど、預かってくれるか?」
「預けるって、どういう意味で?」
「もちろん、あんたが新しく作る会社に就職させてほしいねん」
「・・・・・・」
進は幼い頃から少し変わっていて、他人とのコミュニケーションがうまくとれないという、一種の自閉症のようなきらいがあり、家族はそのことで悩んでいるということを私は知っておりました。
私が盆や正月の挨拶で滋賀に訪れた際、進と何度か顔を合わせたことはあったのですが、彼から話しかけられたことは一度もなく、私が話しかけてもほとんど受け応えをせず、会話が成立することもありませんでした。
しかし、進は高校進学の頃からその症状は緩和され、地元の滋賀の高校を卒業後、鳥取か島根の名前を聞いたことが無い、比較的新しい大学に進学したということは聞いておりましたので、私は進の家族の心労が和らいだと思っておりました。
そういった事情で、私は進を預かる自信が無かったので、この時はお母さんの申し出を断ったのですが・・・
後日、また呼び出しがありまして、
「あんた、前の会社を整理したとき、みんなに退職金としてお金をばら撒いて、ほとんど残ってないらしいやんか」
「確かにそうやけど、別に飯食うていくくらいは残ってるし、俺がやろうとしてる仕事は、金なんか掛かれへんから大丈夫やで」
「あのな、圭介、よう聞きや。あんた自分の器量で何でもできるって思ってるかしらんけど、絶対にお金が必要な時が来るから、私にお金を出させて」
「でも、その代わりに進を預かってくれやろう?」
「そうやねん・・・ 預かってくれる?」
「いや、無理やって! だいたい俺が今まで何回話しかけても、まともに返事が返ってきたことも無いのに、預かっても上手くいかへんよ」
「あのな、進は大学に行って、私ら親元を離れてから大分ましになってんねん。だから、あともうちょっとやねん。私もお父さんも、今まで色んな人を見てきたけど、進を任せられるのは圭介しかおれへんって思ってるねん。それにな、何よりも進に圭介兄ちゃんと一緒に仕事したいかって訊いたら、あの子が圭介兄ちゃんとやったら、一緒にやりたいって言うたから、だからほんまに頼むわ」
「えっ? 進が俺と一緒に仕事したいって言うたん?」
「そうやねん。だから私らも、あの子がそう言うたからびっくりしてんけど・・・ だからな、もうほんまに圭介しか頼る人がおれへんから、進を預かって!」
私はしばらく考えたあと、
「分かった。進は預かってみるけど、その代わりお金はいらんで」と言いました。
「ちょっと待って! それやったら話がおかしいやんか!」
「おかしくないよ。進が自分の意思で俺と一緒に仕事がしたいっていうたから預かるけど、一緒にやってみて俺があかんって思ったら、進には悪いけど辞めてもらうし、もしお母さんからお金を出してもらったら、俺は進をずっと預からなあかんことになるから、俺はそれが嫌やねん」
「あんた、ええかげんにしいや! 私がそんなせこいこと言うと思ってんのんか? 進が使い物になれへんかったら放りだすのは当然や。私があんたにお金を出すことと、進があかんかったらっていうことは別の話や! あんたも憶えてるやろう? あんたが中学生の時に、うちの会社が乗っ取りかけられて、あんたのお父さんに全部面倒見てもらって、うちが助かってんから。あんたにいくらお金を出したかって、その時の恩を返したなんか思えへんし、あんたのお父さんのこととは別に、私はあんたが好きやし、あんたを応援したいだけやねん。だから、悪いけどお金は受け取ってもらうで!」
私はこれ以上、お母さんを説得することは不可能だと思いましたので、一旦は条件をすべて受け入れて引き下がりました。
そして後日、実際にお金を受け取りに行った際、やはり後々のことを考えて、ややこしくなるのが嫌だったので、出資は断ることに決めて、
「もし、進を面接してみて、俺があかんと思ったら、その時点で進と一緒に、このお金を返しにくるで」と、最後の抵抗を試みたところ、
「それでええよ! とにかく圭介、進をよろしくお願いします。それと、お父さんのことはもう忘れて、あんたはあんたのやり方で、一生懸命にがんばりや!」
と、以上のような経緯で、後日に進を面接したのですが、その時の彼の突拍子もないベアハッグで、私は敢え無く秒刹でギブアップし、それからは逆に私の方が進に興味を持ってしまい、今日に至っているわけなのです。
進は私と波長が合ったのでしょう。そしてマリとも。進は勤め始めて1週間で私とマリに打ち解け、幼い頃と同一人物であったことが信じられないほど、明るく元気で何の問題も無く日々を過ごしておりました。
そうして私は、お母さんから出資してもらったお金をそのまま受け取ることになり、進も居心地良く勤め始めたのですが、予定していた事業が予定よりも大幅な遅れが生じたため、この期間を利用して、進に社会経験をさせるつもりで、竹然上人に預けたのですが・・・
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