第15話 帰ってきた進君

 ホテルを出たあと、車を停めてある駐車場に向かっている途中で、マリから電話が掛かってきました。

「おはようございます、マリです」

「あ、マリさん、こんちくわ!」

「圭介さん、もう千里のお父さんと話は終わりました?」

(こんちくわ、は無視かぃ!)と思いながら、

「ちょうど今終わって、今からそっちに帰るとこ」と言いました。

「そうなんですか・・・ 良かった」

「良かったって、なんで? 何かあったん?」

「いえ、なんにもないんですけど、進君が戻ってきてるじゃないですか」

「うん、進がどうかしたん?」

「あのね、なんか、ちょっと雰囲気が変わって戻ってきてますよ」

「それはそうやろう。進を預けてたお寺は、全国でも有名な坊さんがおる寺やからなぁ」

「そうなんですか。でも、なんか、いきなり私のことを、『マリねえ』って呼んできたり、前まではずっと敬語やったのに、ちょっと砕けたっていうか、馴れ馴れしい感じになってるんですよ」

「別に、いいやんか。どうせうちの社風は、苗字を呼ばへんってなってんねんから、マリさんより親しみがあるやん」

「それは、そうなんですけど・・・」

「とりあえず、あと20分位で事務所に着くわ。それで、マリと進にやってもらいたい事があるから、帰ってから詳しく話をするわ」と言って、電話を切りました。


 進を預けていたお寺というのは、京都市内の最北部にありまして、全国に信徒を抱え、境内に立派な竹林があることでも知られた、そこそこ立派なお寺なのですが、なんといってもこの寺の住職が変わった能力の持ち主ということで、寺の名前よりも住職本人が有名になってしまったという、一風変わった名刹なのです。

 それで、その住職の持つ特殊な能力というのは、見たことも会ったこともない人たちの悩みを言い当てたり、その人達に降りかかる災いを予知したり、すでに亡くなった人たちの想いを語るといった、まるで霊能力者のような特殊な能力の持ち主ということで有名になってしまったのです。

 人によっては住職のことを畏れ、敬い、中には本物の仏の化身であるかのように崇め奉る人もいますが、昔から坊主は、悩みを打ち明けに来た人や、救いを求めに来た人たちに対して、納得のいく説法や説教を施せなかった場合、その相手に向かって、

『貴様、地獄に落ちるぞ!』とか、

『おぬし、バチが当たるぞ!』とか、

『そなたの先祖が怒っておるぞ!』とか、

『われは、来世で畜生に生まれ変わるぞ!』

 と言って逆に脅し、最期は開き直る達人なので、霊能力など無くても当てずっぽうで適当なことを並べ立てれば、あとは寺の中の非日常的な厳かな雰囲気や、坊主の派手な袈裟がけの衣装、声明しょうみょうを唱えて鍛え上げた低音でよく通る声などの効果によって、大概の人達は、無理やり納得させられてしまうものです。

(あくまで自論ですが)

 実は、住職の名を竹然ちくぜん上人しょうにんと申しまして、上人という偉いお坊さんにしかつけることができない僧位を名乗っていることから、若い頃はそれなりに厳しい修行を積み上げてきたと思われますが、かくしてその実態は、そこら辺にいるインチキ占い師と同様の、ただの嘘つきのペテン師で、尚且つギャンブル依存症のどうしようもない生臭坊主であることを、私は昔から知っておるのです。

 なぜなら、その竹然上人は、私の実家の隣のじっちゃんであるからです。

 しかし、私が竹然上人の能力をまるっきり信用していないわけではない証拠に、私は進をじっちゃんに預けたのですが、ハッタリと分かっていても、

『他人がたっとぶものは尊べ by 明智光秀』

 というように、私はじっちゃんの、危険に対する勘の鋭さと、妙に人を納得させてしまう人間力と言いましょうか、説得力だけは信じて尊んでおります。

 なんにしても、進はじっちゃんの元でしばらく過ごしたことによって、おそらく一皮も二皮も剥けて、大きく成長して戻ってきているはずなので、彼と会うのが楽しみなのです。


 ということで事務所の玄関前に移動いたしまして、私は勢いよくドアを開けて、デスクに座ってお利口さんにしている進に向かって、

「おぉ~、すすむ~! 元気やったか?!」

 と言いながら、無類のプロレスファンである彼を、アントニオ猪木のかかって来い!風に手招きしました。

「あっ! 圭介さん!」

 と言って、進が走りよってきましたので、私は彼を面接した時の『抱負』を思い出して、両手を広げて近づき、身長162センチの小柄な彼をギブアップさせるために、べアハッグで思いっきり強く抱きしめてあげました。

「あぁ~っ! アニキ~!」


「!・・・」


 私は一瞬、軽く驚きましたが、熱い抱擁を解除して、

「おぉ?・・・ アニキって・・・ お前もそういうギャグが言えるようになって帰ってきたんか! 一皮剥けて大きくなったのぅ!」と褒めてあげると、なぜか進は少し上目遣いで、

「一皮剥けて大きくって・・・ 圭介さん、いやらしいですね」

 という、訳の分からない解釈の下ネタが返ってきました。

「・・・・・・」

(こいつ、アホか!)と思いましたが、一刻も早く千里の職場環境を、安心・安全・快適にさせるために、マリと進を大阪インペリアルホテルに出向させる話を進めることにしました。

 みんなでソファーに移動して座ったあと、

「マリ、前から制服着たいって言ってたやろう?」

 と、千里とキスをしたばかりだったので、いきなり彼女の話をすることが照れくさくて、わざと遠まわしに話し始めました。

「はい。でも、前に圭介さんが選んでこいって言ってくれたから、ネットでいろいろ見てたんですけど、なんかぱっとしないのんばっかりやったから、別にもういいですよ」

「あのな、実はさっき千里と話してたことやねんけど、」と言って、千里の苦しい現状を話した後、二人に期間限定で大阪インペリアルホテルに出向してほしいと頼みました。

「えっ! じゃあ、千里と一緒に働けるんですか?」

「そう、とりあえずホテルが売れるまでの期間限定で、マリと進の二人でホテルに入って、千里のお手伝いをしてあげてほしいねん。それで、ホテルの制服はミニスカートで、めっちゃ可愛らしい感じやったで」と私が言うと、

「え~っ! うっそ~? やった~♡」

 と、なぜかマリではなく、進が歓喜の声を上げました。


「!・・・・」


 私はまた少し驚いた後、またもや進のギャグだと思っておりましたが、一応念のためにという気持ちで、

「お前が喜んでどうすんねん? お前の制服は、俺と一緒で作業着かジャージやぞ!」と進に言うと、

「え~っ! うっそ~? やっだ~☠」

 という、気色の悪い返事が返ってきました。

「・・・・・・・」


(もしかしたら・・・・ こいつ?・・・)


 私は疑惑を確かめるために、

「進、作業着のサイズ測るから、ちょっと立って後ろ向いてくれ」

 と言って、進を立たせて後ろを向かせた後、私も立ち上がり、こやつのケツに軽く蹴りを入れてみました。

「キャ~ッ!・・・・ もぅ~なにするんですか~ 圭介さん♡」


「☠・・・・・・」


 どうやら進は、一皮剥けて立派なゲイに目覚めて帰ってきたようです・・・

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