第14話 義務と責任
自慢すべきことなのか、それとも恥ずべきことなのか、どちらかよく分かりませんが、私は今まで交際してきた女性を、泣かせてしまったことがありません。
千里が初めてです。
そして、千里の涙を見て、初めて気付いたことがあります。
私たちはお互いに、本当に何も知らない者同士だということを、今初めて気付いたのです。
千里にしてみれば、私が一人で勝手に話を進めておきながら、何を今更、という話なのですが、千里は私がどこに住んでいて、どんな生活をしているのかを知りませんし、どのような環境で、どういう風に育ってきたのかも知らない訳で、そのような男に、いきなりプロポーズをされて、即諾という訳ではありませんが、おそらく千里は私との結婚を受け入れてくれたと感じています。
さきほど千里は、私のことを好きだと言ってくれましたが、おそらく深層心理では、私に興味を抱き、好きになりかけている、というのが本音であると思います。
ただ、興味を持っただけの男が天涯孤独であると知っただけで、これほど悲しんでくれて、家に招待して家族として迎え入れようとまでしてくれる千里を、私は必ず幸せにしなければなりません。
しかし・・・
普通の温かい家庭で、優しい両親に大切に育てられてきた千里を、特殊な家庭で、特殊な両親に特殊な育てられかたをされた私が、果して幸せにすることができるのでしょうか・・・
それは、私がこれから努力をして、証明していかなければならないことなのですが、私は既に、特殊な両親を亡くしていますので、私が特殊な生き方を選択しないかぎり、千里と共に普通の幸せな家庭を築いていくことができるでしょう。
悲しみの感情が静まり、ようやく涙が止まった千里に、私は軽々しく愛しているなどとは言えませんし、大切にすると声に出して誓えば誓うほど、安っぽい台詞となって千里の心に届かないような気がしました。
なので私は、声に出さずに何度も千里に謝ったあと、
「千里、そろそろ事務所に帰るわな」と言いました。
「うん」
「じゃあお父さん、明日のお昼に行きますね」
「うん、お母さんと一緒に待ってるよ」
「はい、ありがとうございます。じゃあ千里、行くわな」
「うん、外まで送る」
二人で事務所を出て、ロビーに誰もいないことを確かめて、私は千里を抱きしめました。
そして、何も知らないのにすべてを受け入れてくれた千里を、私は幸せにしなければならない義務を負い、その責任を果たしていくために、千里にキスをしました。
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