第13話 天涯孤独
ホテルに到着後、千里との距離が急激に縮まったことによって、お父さんとの打ち合わせは実にスムースに、そして本当の義父と婿のような雰囲気で進めることができました。
「じゃあ、みらい観光開発の坂上さんには、お父さんの甥っ子っていうことにして、僕は元銀行員っていうことでいいですね?」
「うん、それでいきましょう」
「それで、マリともう一人の件は、OKということでいいですね?」
「でも、ほんまにそんなことでよろしいんですか?」
「いいですよ。僕の仕事はいろいろと事情があって、本格的に動き出すまでまだ時間が掛かりますし、このままやったら、僕もあの子らに、なんにもさせんと給料払うみたいになって、逆にあの子らが気を使いますから、むしろこっちからお願いしたいくらいなんですよ。それに、後々のことを考えたら二人にいろんな経験をさせておいたほうが、あの子らのためになりますから、ほんまにお父さんは気にしないでください。それと、4階と5階の片付けは、どうします?」
「まぁ、どうせ売ってしまうから、放っておいてもいいんやけど、長いことお世話になったから、せめてカビとかが生えへんようにだけはやっとこうと思ってるから・・・」
「じゃあ、僕が合間を見て手伝いに行きますから、お父さんは絶対に無理しないでくださいね」
「・・・・・・」
お父さんはしばらく無言のあと、
「千里、もう早よ結婚したらどうや?」
と、今度は私の隣にいる千里に言いましたので、
(お父さん、がんばれ!)
と、心の中で声援を送りました。
しかし、千里はお父さんと私を交互に見比べたあと、
「ふっ・・・」
と、血を分けた実の父親と、手を握ったこともない赤の他人の婚約者を軽く鼻であしらった挙句、
「そんなん、まだまだ先や!」
と、超上から目線で薄ら笑いを浮かべながら、お父さんと私を下眼遣いで見下してきました。
もしかすると、お父さんと私は、千里にもてあそばれているのではないでしょうか?
とりあえず、こんな我が侭な娘は置いておいて、
「お父さん、ひとつお願いがあるんですけど」と、実務を優先することにしました。
「どうぞ、なんでも言ってくださいよ」
「あのぅ、こうやってお父さんに挨拶させてもらったので、お母さんにも挨拶したいと思ってるんですけど、もしよかったら、みんなでお食事に行きませんか?」
「そんな気を使わんでも・・・ まぁ、でも、お母さんに言うてあげたら喜ぶと思うし、どうせうちのお婿さんになるんやから、あとで私から連絡しておきますわ」
「私まだ、結婚するって言ってないやん」
と千里が言うと、終始穏やかであったお父さんの表情が一変し、軽く千里を睨みつけながら、
「一人娘やから甘やかして育ててしまって・・・圭介君、ほんまにこんな我が侭な娘でええの?」と言いました。
私は間違いなく当事者でありますが、一応第三者的に判断して、
「いや・・・ あのう・・・・ たぶん、千里の方が正論で、僕とお父さんの方が、なんというか・・・ そのぅ、強引というか・・・」と、最後は言葉が見つからず、お茶を濁してしまいました。
「圭介の言う通りや」
お父さんはまた軽く千里を睨んだあと、
「まぁ、確かにそうかもしれませんなぁ・・・ でもね、賛成してるのは私だけじゃないんですよ。実はさっき二人がご飯食べに行ってる間に、お母さんから連絡があって、ある程度は話したんやけど、本人は自分が結婚するみたいに舞い上がってしまって、早よ圭介君に会いたいって言うてましたから、うちは誰も反対する人がいないからいいけど、圭介君はご両親に、千里のことは話しているの?」と、訊ねてきました。
「・・・・・」
私はどう答えようかと少し迷いましたが、まさか舅になる人に嘘をつくわけにはいきませんので、
「あのぅ、うちは母が6年前に、父は2年前に、二人とも癌で亡くなっていますし、僕も一人っ子で兄弟もいないんで、許しを得る人はいないですね」と、正直に答えました。
すると、お父さんは少し驚いた表情で、
「そうやったんですか・・・ 辛いこと訊いてしまったなぁ・・・」
と言ったあと、悲しげな表情を浮かべました。
「いえ、もうだいぶん時間が経ってますから、そんなに辛いとか、悲しいことはないですよ」
「でも、圭介君のご両親やったら、まだ若かったんじゃないの?」
「はい、母が58歳で、父が63歳でしたから、若いっていえば、若いほうですね」
と、私が答えると、お父さんは私の目を見ながら何度も小さく頷いたあと、目線を千里に向けて、
「千里、大丈夫か?」と言いました。
私はお父さんの言葉で、隣の千里を見ました。
「!・・・・」
千里は目を赤くして、薄いブルーのハンカチで流れ出る涙をぬぐっておりました。
おそらく千里は、私が身寄りのない天涯孤独だと知って、涙を流しているのでしょう・・・
「千里、ごめんな・・・ 変な話してしまって」
千里はハンカチで涙をぬぐいながら、顔を横に何度も振ったあと、
「なぁパパ、明日、圭介をお家に呼んで、みんなで一緒にご飯を食べようよ!」と言いました。
「明日?・・・ 明日は二人とも、また晩から仕事やで」
「じゃあ、お昼ご飯でいいやん。圭介は明日のお昼、時間とれる?」
私は何も予定がなかったことを、頭の中で確認して、
「俺は大丈夫やで」と言いました。
「じゃあ、明日のお昼は私とママでお料理作るから、圭介とみんなで一緒に食べようね!」
「うん、ありがとう」
私は千里を、とても愛おしく思いました。
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