第10話 ぷろぽ~ず?
コーヒーを飲んでいる間、私たちは千里のお父さんを中心に他愛のない世間話をしておりまして、何気ない言動や立ち居振る舞いに、お父さんの人柄の良さを感じ取ることができました。
そして、おそらく私も、お父さんの目には悪い印象で映っていないということが伝わりましたので、ほっと一安心しました。
これから、どちらかの人生が終わるまでの末永いお付き合いとなりますので、やはり第一印象が大切です。
コーヒーを飲み終えて、千里が後片付けをして戻ってきまして、
「おまたせしました。じゃあ圭介さん、案内しますね」
と言って、私と千里は事務所を出ました。
「はじめは、どこから見たいですか?」
(千里のスカートの中)と、本気で思っておりましたが、
「まずは、水浸しになった4階から6階を見たいな」と、虚偽の申請をしました。
「分かりました、じゃあ行きましょう」と言って歩き出しましたが、
「?」
なぜか千里は右手にあったエレベーターを素通りして、隣の階段に向かいまして、階段の前で立ち止まり、
「圭介さん、ごめんなさい。いまエレベーターは故障しちゃってて使えないんで、階段になりますけどいいですか?」と言いました。
「いいよ。でも故障って、やっぱり漏水が原因で故障したん?」
「さぁ、元々調子が悪かったみたいで、はっきりとした原因は分からないみたいなんですよ」と言って、千里は階段を上がり始めましたので、おいてけぼりにならないように後ろを着いて行きました。
千里の真後ろを歩きながら、
(あぁ・・・あかんっ! ほんまにこのケツやばいわ! それと、千里はめちゃくちゃ良い匂いがするわ!)と思った時、千里は急に立ち止まり、クルッと振り返って、
「圭介さんっ! 私の隣を歩いてください!」
と、表情と声音に怒気が含まれておりました。
おそらく千里は、私の曇りなきいやらしい眼と、詰まりなきいかがわしい鼻を感じ取ったようで、ここで私の楽しいサービスタイムが強制終了となってしまいました・・・・
その後は風紀が乱れることもなく、私は完全にビジネスモードに切り替えて、最上階から視察を始めることにしました。
6階に到着してみると、私の想像よりもはるかに片付いておりまして、確かに廊下や各部屋の床のカーペットは剥がされて、コンクリートがむき出しとなっておりましたので、生々しい爪痕といった印象を抱きましたが、
「なんか、想像してたよりも、すっごく片付いてるなぁ」と言いました。
「そうですね。でも、ここまでくるのに、相当苦労したみたいですよ」と言った言葉の意味が、5階と4階に行ってみて、よく理解できました。
6階では見られなかった、壁のクロスの剥がれや、天井のボードの雨漏りのシミなど、何から手をつければ片付くのか分からないといった、悲惨な有様でした。
「ほとんどお父さん一人で後片付けをしてるから、あんまり捗らなくて・・・」
「えっ! これをお父さん一人で片付けてるの?」
「はい、そうなんですよ・・・」
これは早急に手を打たなければ、今度はお父さんの体が壊れるのではないかと心配になってきました。
言うまでもなく、千里は私の何倍も、そうした思いを抱えているでしょうから、私は自分ができることは何でもやろうと、千里に無言で誓いました。
4階までを見終わって、ある程度の調査は終了し、最期に気になっていたホテルの裏側に行きまして、非常階段を調べたあと、ホテルの裏側と隣接する建物との距離を目測し、全ての調査は終了しました。
表から見た限りでは分からなかったのですが、これだけ左右と裏の隣接する建物との距離が近い場合、解体作業は特殊な方法を執らなければなりませんし、前面の道路幅が約7メートルと狭すぎて、大型の重機も使用できませんので、おそらく解体作業は通常の倍近い時間と費用が掛かるでしょう。
ということは、もしもホテルを建て直した場合、敷地面積が中途半端な広さなので、この地区の建蔽率と容積率からいって、今の6割から7割くらいの規模のホテルしか建てられませんから、通常の倍近い費用を投入してホテルを経営した場合、おそらく銀行の利子を払うのがやっとといった状態になってしまうでしょう。
結論から言いますと、大阪インペリアルホテルは再建不能で、今から何をやったとしても延命治療にもならず、2時の葬式を3時に遅らせるだけで、死んでいることに変わりはなく、これ以上結論を引き延ばすと、今度はまた違う所に綻びが生じて、取り返しのつかない事態に発展する恐れがあるということです。
おそらく、お父さんが銀行からの借り入れを繰り返してきたのは、古くなった内外装をやりなおしたり、消防法の改定よって設置が義務付けられた、スプリンクラーや坊火扉、排煙設備などを設置するためであったのでしょう。
やはり、50年という歳月は、ホテルの老朽化という
最終的な結論として、やはり是が非でも、みらい観光開発に買い取ってもらう以外に、お父さんを救う手立てはありませんので、私は全力でお父さんを説得しようと決めた時、スタート地点の1階のロビーに戻ってきました。
「あのね、ここの反対側に下に降りる階段があって、地下に大宴会場がありますけど、そっちも見に行きますか?」と、千里が言いましたが、これ以上の調査は必要なかったので、
「いや、もう大丈夫。お父さんの所に戻ろう」と言って、私たちは事務所に戻ることにしました。
二人で仲良く並んで歩き、再び事務所に入る寸前に、なぜか千里は足を止めて、
「あのぅ、圭介さん・・・」
と、今まで見たことがない、どこか思いつめたような真剣な表情で話しかけてきました。
「どうしたん?」
「この前、私の歓迎会をやってもらったあとに、タクシーで送ってもらって、マリが降りたあとで私が降りようとした時に、圭介さんが私に言ったこと、あれは本当に本気なんですか?」
「?・・・」
私は相当酔っていたので、何のことだがさっぱり身に覚えがなかったのですが・・・ とりあえず流れ的に、
「本気やで」
と、訳の分からないまま、恐る恐る真顔で答えてみました。
「でも・・・ そんなん急に言われても、私、まだ圭介さんのことよく知らないし・・・ 圭介さんも私のこと、よく分からないでしょう?」
もしかすると、私は千里にプロポーズをしてしまったということでしょうか?
「さっき会ってもらって、なんとなく分かってもらったと思うんですけど、私のお父さんは別に気難しいタイプじゃないし、どっちかって言うたら話の分かるほうやと思うから・・・ だから、圭介さんも話しやすいと思いますけど・・・」
もしかしなくても、この流れは間違いなく、私は千里にプロポーズをしてしまったようです・・・
「マリも、圭介さんはちょっと変わってるけど、ほんまに優しくて良い人やって言うてたし・・・」
「・・・・」
おそらくマリも相当酔っ払っていたので、私が千里にプロポーズをしたことを知らないもようです。なぜなら、もしもマリが知っていた場合、二日前の金曜日の朝に、何らかのリアクションがあって然るべきであったからです。
「だから私、お父さんにはさりげなく、それらしいことは遠まわしで言ったんですけど・・・ ほんとうにお父さんに話をするつもりなんですか?」
千里は困ったような表情をしておりますが、決して嫌がっているようには見えなかったので、
(おい、俺・・・ どうする?)
と自問したあと、今度こそ本当の曇りなき眼で千里を見定めて、
(そんなもん、決まりじゃ! なんの迷いもないわぃ!)
と自答し、このまま流れに乗って、押し切る覚悟を決めて、
「うん。仕事の話が終わったら、正式に話をするよ」
ということで、人生において最も重大な決断を下しました。
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