第2章 将を射んと欲すれば、先ず馬を射よ

第9話 不埒な月曜日

 みなさま、待ちに待った月曜日でございます。

 生まれてこのかた、これほど楽しい月曜日を迎えたのは初めてでございまして、なぜこれほど浮かれているのかと申し上げますと、ひとつは進が京都のお寺での研修を終えて、今日から現場復帰するということです。

 そして、なんといっても私の心をウキウキとさせているのは、千里との再会でございます。しかも、彼女は制服姿であるというではないですか! 

 土曜日の昼過ぎに、千里から打ち合わせの時間を知れせる電話がありまして、彼女が午前10時から業務を開始するということで、私たちは月曜日の午前9時にホテルの中で打ち合わせをすることになったのですが、

「それで・・・ ちょっと言いにくいというか・・・はずかしいんですけど・・・」と、千里は本当に言いにくそうでありました。

「なにかあったん?」

「あのね・・・ 私、月曜からホテルの制服を着ることになってるんですけど、前の支配人の趣味やったらしくて、スカートがちょっと短いというか・・・ だから圭介さん、私の好みとか趣味じゃないですから変に思わないでくださいね」

(変には思わないけど、変になっちゃいそうですね)と、良い大人としては正直に言わないほうがいいだろうという判断で、

「わかりました。とりあえず、月曜日の9時に行きます」

 と言って、電話を切った瞬間、

「そんなん言われたら、僕のトーマスが、ゴードンになっちゃうよ~!」と、以上のような不埒極まりない理由で、ワクワクドキドキしているのでございます。

 というわけで、これ以上千里のエロい制服姿が待ちきれませんので、いきなりホテルの玄関前、晴れ時々曇り、午前8時50分からスタートさせていただきます。

 ガラス製の自動ドアの前に立ち、左右にゆっくりとドアが開いてホテルの中に入った瞬間、

「いらっしゃいませ、あっ、圭介さん、おはようございます」

 制服姿の千里が、目の前のロビーに立っておりました。

(あぁ・・・ あかん! ほんまにエロエロやないかぇ!)と思いながらも、決しておくびにも出さず、あくまでもダンディーに、

「おはようございます。この前は、どうも」と、いたって冷静を装いました。

 黒いスーツに白いブラウス、首には薄いブルーのスカーフをお洒落に巻きつけておりまして、なんといっても極め付きは膝上5センチほどの、ミニの黒いタイトスカートでございます。

「圭介さん・・・ 見過ぎですよ・・・」

 という言葉で我に返り、

「ごめん、つい見とれてしまって・・・ でも、この制服は思わず見入ってしまうくらい、千里によく似合ってるよ」

 千里は瞬時に顔を赤らめ、俯いたまま必死で恥ずかしさを堪えている様子が、えもいわれぬエロさを醸し出しておりました。

「あのう、早速ですけど、父は奥の事務所に居ますので、ついてきてください」

 と言って千里が歩き出しましたので、後ろを付いて歩きながら、

(ほんまにあかん! 後姿もエロいし、ケツがやばい!)

 と、まさに『立てば芍薬 座れば牡丹 歩く姿は百合の花』といった感じで、辛抱堪らんようになってしまいました。

 私たちはロビーを奥に進み、無人のカウンターを通り過ぎて奥のドアを開き中に入りました。すると、中は畳12畳ほどの事務所となっておりまして、右側に事務デスクが3つ並んでおり、左側に6人がけの割と大きな応接セットが置かれておりまして、ソファーにスーツ姿の初老の小柄な男性が腰掛けておりました。

 細めの涼やかな目元を見て、一目で千里の父親であることが分かりました。

「お父さん、こちらが北村圭介さんです」

 と、千里が私を紹介すると、お父さんは立ち上がり、私の目を見つめながら軽く会釈をしました。

 私はスーツの内ポケットから名刺入れを取り出し、自分の名詞を抜き出しながら、

「初めまして、北村です。宜しくお願いいたします」

 と言って、名刺を差し出すと、今度はお父さんがカッターの胸ポケットから名刺を取り出し、私に差し出しながら、

「初めまして、原田です。こちらこそ宜しくお願いします」

 といって、名刺交換をしました。

「北村さん、朝早くから申し訳ないですね。まぁ、とりあえず座ってください」

 と言われましたので、ソファーに腰掛けました。

「じゃあ私、コーヒーを入れてきますけど、圭介さんは確か、ホットのブラックでよかったんですよね?」

「はい、ありがとうございます」

 千里が席を外し、事務所の奥のパーテーションで仕切られた簡易の給湯室に向かいました。

 その後、私とお父さんは、互いの名刺に目を通した後、

「・・・・・・」

 しばらく沈黙が続きました。

 やはり、仕事の内容が内容なだけに、どうしても話を切り出しにくいという思いがあり、おそらくお父さんの方も、私と同じ思いであるようです。

 早く千里に戻ってきてほしいと思いながら、何から話を進めようかと考えていると、

「この前は、千里がえらい御馳走になったそうで、ありがとうございます」と、お父さんの方から声をかけてくれました。

「!」

 私は一瞬、『えらい』を『えろい』と聞き間違えてしまい、『エロい御馳走』とは、一体どんな御馳走だろう?と真面目に考えたあと、

(おい! 俺、しっかりせぇよ!)と、気合を入れ直し、

「いえ、こちらこそ、千里さんを遅くまで引っ張ってしまって、申し訳ございません」と言いました。

「そんな、いうても千里はもう27歳ですから、こっちは何も心配なんかしていませんよ」

 千里がコーヒーを運んできまして、それぞれの前に並べた後、お父さんの隣に腰掛けました。

「インスタントで申し訳ないけど、どうぞ」

 と、お父さんが勧めてくれましたので、

「いえ、私も普段からインスタントなので。いただきます」と言って、千里の入れてくれたコーヒーを一口飲みましたが、千里がソファーに腰掛けたことによって、スカートが少しずり上がり、

(あかん・・・ 千里の太ももエロ過ぎる! これがほんまのエロい御馳走やなぁ)と、今から重苦しい話をしなければならないのに、益々不埒となっていく自分を止めることができませんでした。

「北村さんは、マリちゃんの会社の社長さんやそうで。若いのに大したもんですなぁ」

「いえ、会社は立ち上げたばっかりですし、従業員は二人しかいない小さい会社なんで」

「いやぁ、それにしても千里が言うてたとおり、背は高いし、しゅっとした男前やし、」

「もう、パパ! ええかげんに仕事の話をせんと、圭介さんも忙しいねんから!」

「いや、私は別に時間は大丈夫ですよ」と言いながら、

(さっきはお父さんって言ってたのに、普段はパパって呼ぶんか)

 と、千里の古風なイメージから、てっきりお父さんと呼んでいると思っておりましたので、少しだけ意外に感じました。

「じゃあ、早速仕事の話に入りますけど、北村さんはもう、ある程度の事情は千里から聞いて、ご存知なんでしょうか?」

「はい、千里さんから事情は聞いています」

「そしたら、私は何から話せばよろしいですか?」

「そうですねぇ・・・・・」

 やはり、仕事とはいえ、経営者に苦しい事業内容を語ってもらうということは、どのような場合であっても自らの非を認めなければならないという、屈辱と苦痛を伴うことになりますので、千里の父に辛い思いをさせるのが忍びなく、あまりにも申し訳ないと思いましたので、ホテルの現況を先に調べることにしました。

「それじゃあ、詳しくお話をさせていただく前に、先にこのホテルの館内を案内していただけますか? 千里さんから聞いている話では、4階から上が水浸しになって、現在も閉鎖されているということなので、まずはそこから見せてもらえないでしょうか?」

「わかりました。じゃあ千里に案内させますけど、それでよろしいですか?」

「えっ? 千里さんにですか?」

「はい、ほんまは私が行くべきなんですけど、従業員が少なくて私が行ってしまったら、フロントが空になってしまいますし、千里は仕事が今日からなんで、まだフロントを任せることができませんから、申し訳ないんですけど千里の案内で我慢してくれますか?」

「いえ、こちらこそ忙しい時に申し訳ございません。それじゃあ、このコーヒーを頂いた後に、千里さんと一緒に一通り館内を見て、それからまたこちらに戻ってきます」

「はい、すみませんけど、よろしくお願いいたします」

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