第61話 運命の人

 夕方、小説を読み終えて、すべての真実を知った瑞歩が初めに口にした言葉は、

「なぁ、涼介・・・ 私って、被害者なん? それとも加害者なん?」という言葉でした。

 私は大学の時に読んだ、心理学の本を思い出しました。両親から虐待された子供の心理として、不幸な現実をあたかも自分の存在が原因と考えてしまうという、まさに被害者がいつの間にか加害者となってしまったかのような錯覚に陥るという、とても悲しい子供の話であったのですが・・・

「瑞歩は加害者なんかじゃないよ」

「でも・・・ 私の存在が、ママを自殺に追い込んだようなもんやんか・・・」と言った時、瑞歩の瞳から涙が零れ、頬を伝いました。 

「パパが、カメラマンなんかになれへんかったらよかったん?・・・ 

 もし、パパが有名になってなくて、どっかで平凡に暮らしてたら、涼介は今でも、私のママと一緒に暮らしてたんじゃないの?」

「アキちゃんが悪いわけじゃない」

「そんなこと分かってるわ! じゃあ、誰が悪いん?・・・ なんでこんなことになったん?・・・ 白鳥美智子ってなにもんなん?・・・ その女が、私の本当のバァバってことやろう!」

「・・・・・」

「ママはなんで、涼介に正直に話せへんかったん?・・・

 もし、涼介がその時に、ママから正直に全部聞いてたら、涼介はママのことを赦してたやろう?・・・」

「・・・・・・・」

「パパも、ママも、バァバも、白鳥美智子も、みんな最低やわ!」

「・・・・・」

 泣きながら質問してくる瑞歩に、なにも答えることができませんでした。

 瑞歩はしばらく泣き続けた後、まるで囁くかのような小さな声で、

「涼介と出会ってからは、一回も思ったこと無かったけど・・・・』と、つぶやいた後、よりいっそう小さな声で、

「・・・・・ 死にたいよ ・・・」と言いました。


「!・・・」


 この言葉を聞いて、私は自分自身に誓った『覚悟』を、もういちど思い起こしました。


「やっぱり・・・ 死にたいよ・・・」


 私は条件反射的に、瑞歩を抱きしめようと腕を伸ばしましたが、

「触らんとって! 私って、めちゃくちゃ汚れてるやんか!」と、瑞歩は私の腕を振り払いました。

「瑞歩は汚れてないよ!」

「じゃあ、なんで昨日抱いてくれへんかったん? ほんまは涼介も、私が近親相姦の子供やから、汚れてるって思ってんねやろう?」

「・・・・・」

「涼介は、自分だけ部外者でいるつもりなん?・・・・ 涼介も、アキと愛子の娘の私を抱いて汚れてよ! 私のことを好きって言うたやんか!」

「・・・・・・・・」

 これ以上、言葉で納得させることは不可能だと思いました。

 そして私自身も、まず動物的な欲望を満たさなければ、人間的な理性や思考が回復し、機能しないのではないかと思いました。

 この先、瑞歩の心と体がどこへ向かうのかを決める、いまが一番大切な瞬間であると同時に、一番危険な状態であることを自分に言い聞かせて・・・ 

 いや、言い聞かせるのではなく、自分の欲望に対する言い訳として、私は瑞歩の手を引いて、書斎から寝室へ向かいました。

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