第40話 遺書

 二人が自殺して、亡くなったことを初めに知ったのは、野間家で秀夫の到着を待ち続けていた石本加代でした。

 加代は24日に、婚約解消の報告に帰郷する秀夫と久美子のことが気になり、朝から気分が落ち着かず、何も手につかないといった状態で、時計ばかりを気にして、ひたすら時が過ぎるのを眺めておりました。

 加代の考えでは、おそらく二人が久美子の実家に到着するのは、早くても夕方頃になり、話を終えて秀夫が野間家に帰ってくるのは、夜以降になるだろうと思っておりました。

 しかし、待てど暮らせど秀夫は現れず、連絡もありませんでした。加代は今回の帰郷の理由を、一切知らないことになっておりますので、誰にも不安な気持ちを打ち明けることもできず、一睡もできないまま、翌日の朝を迎えました。

 そして25日の昼、秀夫から加代に宛てた遺書を携えた郵便配達員が、白鳥町の野間家に到着しました。

 加代は秀夫からの速達と聞いて、なんとも言えない不吉な予感と、妙な胸騒ぎがしました。とにかく自室に行って、秀夫からの速達を読み始めてすぐに、加代は遺書の内容をよく確かめる間も無く、軽いめまいと同時に吐き気を催し、遠ざかろうとする意識を辛うじて繋ぎとめ、急いで自宅から少し離れた、野間製作所の本社ビルに居た野間陽子の元へ向かいました。

 そして、陽子とともに別荘に急行し、加代は無惨に変わり果てた二人の姿を、目の当たりにした瞬間に気を失い、そのまま病院へと運び込まれました。


 一方、そのころ美智子は、25日の夜には帰ってくると言っていた秀夫が、26日になっても連絡ひとつ無く、帰ってこないことを心配して、不安を募らせておりました。

 おそらく秀夫は、久美子の両親に話したあと、その足で実家に寄って、自分の家族にも話し、そこで足留めを食らい、帰りが遅くなっているのだろうと思っているときに、郵便配達員が運命の知らせと、秀夫が書いた運命の小説を携えてやってきたのでした。

 美智子は秀夫からの速達が、まさか久美子と秀夫の遺書、そして彼が書いた小説だとは思わずに、まずは久美子が書いた文章から読み始めました。


『秀夫へ。あなたが書いた小説を読みましたが、同じ双子の物語を書くのであれば、姉妹の双子ではなく、男女の双子の物語を書いてみてはどうでしょうか。

 嘗て、この日本の一部の地域で近代まで行われていた歴史的事実として、男女の双子は心中自殺した者たちの生まれ変わりと考える文化があり、来世で生まれ変わって、夫婦となることを誓い合って自殺した二人だと考え、生まれてきた双子のうちの、片方を養子に出して許婚とし、後に成人してから、赤の他人同士として結婚させていたそうです。

 秀夫、あなたは憶えているのか、或いは幼い頃に大阪へ引っ越したので、もしかすると知らないかもしれませんが、私たちが生まれた、この白鳥町の海には、双子島という二つの小さな島と、丸亀島という、別名・男島と女島という、満潮時には二つの島で、干潮になれば陸続きになって、ひとつになる島があります。

 私たちの故郷である、この目の前の海に、双子という名の島と、男と女という名の、ひとつにつながった、ふたつの島があるのです。

 双子と男と女。単なる偶然でしょうが、奇遇だと思いませんか?

 最後に秀夫、あなたが男女の双子にまつわる史実を参考に、いい小説を書き上げることを願っています。 さようなら、久美子』


 当初、久美子が書いたこの文章を読んだ美智子は、秀夫に対する小説の助言と、別れの手紙だと思っていたのですが・・・

 次に美智子は、秀夫が書いた文章を読み始めたのですが、

『美智子、勝手なことをして 赦してください。俺は久美子を死なせてしまった責任を取って、後を追います。』から始まり、次のようなことが書かれておりました。 

 自分たちは白鳥町の別荘にいて、そこで人生を終えますので、自分が死んだ後、もしも美智子と子供のことが明るみになると、これから先に、どのような辛い目に遭うのか分からないので、決して自分との関係と、子供のことは誰にも話さないでほしい。

 もしもこれらの遺書の存在や、自分たちが別荘で死んでいることを美智子が知っているとなれば、話がややこしくなるばかりか、全てが白日の下にさらされてしまうので、美智子は何も知らないことにしてほしい。

 当面暮らしていけるだけのお金は、金庫の中に入っているので、それを生活費として使い、自分の遺産を直接美智子に渡すことはできないので、いったん加代の手元に入るように、別の遺書で自分の家族に指示しているので、すべてが落ち着いてから加代の元を訪ね、遺産を受け取ってほしい。そして、もしもこの先、子供のことや、何か困ったことがあれば、遠慮せずに加代を訪ねていきなさい。といった内容でした。

 そして、遺書の最後の締めくくりとして、次のようなことが書かれておりました。


『美智子、やっぱり俺には久美子が必要やったし、俺らはこの世で一緒になることはできなかったけど、生まれ変わったら久美子を幸せにしたいと思います。

 美智子、もしも生まれてくる子供が、男の子と女の子の双子やったら、その子供たちは俺と久美子の生まれ変わりやと思って、大切に育ててほしい。よろしくお願いします。 秀夫』


 美智子は秀夫の遺書を読み終えたとき、これは何かの間違いか、冗談だと思っておりました。

 しかし、秀夫の遺書の内容が、あまりにも微に入り細にわたっておりましたので、『これは、もしかすると・・・・』と思った瞬間、彼女は気が動転して、悲しむよりも先に、驚きの感情が勝り、そのあとに激しく動揺しました。

 秀夫が遺書に書いたように、二人の死に美智子が深く関わっているということが判明すれば、彼女は周りから責められ、辛い思いをすることは明白で、何よりも二人を死に追いやった張本人とまでは言えないまでも、間違いなく二人が死に至った原因の当事者であり、まして自分が秀夫の子供を身ごもっているということが知られた時のことを考えると、頭が混乱して居ても立ってもいられなくなり、美智子はほとんど無意識のうちに、普段持ち歩いているバッグの中から、一枚の名詞を取り出しました。

 かつて夜の街で知り合った、芸能プロダクションの社長をしている、神崎かんざき良雄よしおという43歳の男の名詞でした。

 二人の出会いは、美智子が秀夫と関係を持つ前、六本木で夜遊びしていたころに、彼女の美貌を見初めた神崎が、女優にならないかとスカウトしたのがきっかけでした。

 芸能界にまったく興味が無かった美智子は、神崎の誘いを無視しながらも、ただ単に暇つぶしとして、一度だけ彼と関係を持ったことがありました。

 今の美智子にとって神崎は、東京という人で溢れた大都会の中で、思い浮かぶ唯一の存在であると同時に、女優になる気になるか、何か困ったことがあれば、遠慮せずにいつでも連絡してくれと言ってくれた、唯一の知り合いであったのです。

 美智子は藁にもすがるような気持ちで受話器を取り、神崎の事務所に電話をかけました。

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