第38話 運命の物語

 秀夫が双子の物語を書き始めてから、すでに4週間近くが経過しました。この間に秀夫は、目白に居る久美子のことを気にしながらも、双子の物語の骨格となる粗筋が決まり、とにかく大雑把ではありましたが、最後までいったん書き上げ、後はそこに肉や皮を付けていくのみにまで仕上げておりました。

 出来上がった作品を前にして秀夫は、この時に初めて美智子に、自分が書いている小説は、美しい双子の姉妹が辿る、数奇な運命の物語だと語りました。

 しかし、美智子は今まで小説を一冊も読んだことが無く、まして文学に何の興味も無かったので、双子の物語と聞いても、特に何の反応も示しませんでしたし、その物語がどんな内容なのかということを確かめようともせずに、

「じゃあ、もしも私のお腹の中の子供たちが、女の双子だったらいいのにね」と、無邪気な笑顔で秀夫に語りました。

 それに対して秀夫は、自分が書いている物語は、おそらく美智子が考えているような、笑顔で語れる内容ではないと、説明しようかと思いましたが、結局は黙ったまま、美智子にぎこちない作り笑顔で答えるしかできませんでした。

 やはり、作家を目指す自分にとって、久美子はかけがえのない存在であり、彼女と執筆していたときに感じられた高揚感や安心感、書き終えたときに得られた達成感や充実感を思い出すほどに、打てど響かず、笛吹けど踊らないといった、自分の夢に何の興味も示さない、美智子との距離感を受け容れ難く思いました。

 果たしてこの先、活字に興味を持たない美智子との生活に、何らかの共通の価値観を見出すことができるであろうか・・・

 秀夫は次から次へと湧き上がる、さまざまな不の思いを払拭するために、7割近くまで書き上げた小説を読み返しました。

 しかし、読むほどに、作品に対する手応えのようなものが不安へと変化し、自分の才能に対する、新たな疑問が浮かび上がりました。

 やはり、久美子を失ったことによって、自分は作家として成功するどころか、作家になることさえ叶わないのではないか、といったプレッシャーが重く圧し掛かってきました。

 秀夫は悩んだ末に、自分勝手な我が儘だということを十二分に承知しながらも、どうしても双子の姉妹の物語を久美子に読んでもらい、アドバイスや意見を求めることにしました。

 そうしてクリスマスイブの早朝、秀夫は東京駅で久美子と落ち合い、運命の物語と共に二人は、生まれ故郷である白鳥町に向かいました。

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