第37話 双子

 美智子は産婦人科での定期健診で、産科医から驚くべきことを告げられました。産科医は自身の豊富な経験から、おそらくお腹の中の子供は双子かもしれない、ということでした。

 美智子は非常に驚きながらも、愛する男の子供を同時に二人も授かったという喜びと、果たして若い自分がいきなり2児の母親になれるのかという不安が入り混じった、とても複雑で不思議な気持ちを抱えたまま、そのことを秀夫に報告しました。

「双子?」

「そう・・・・ でも、双子と決まったわけじゃなくて、もう少し成長しないと、まだ分からないって」

 報告を聞いた秀夫は、美智子以上に驚くと共に、彼にとって双子という言葉が、特別な響きとなって耳に届いたのか、それとも双子という言葉の方が、彼に何かを訴えかけたのか、とにかく彼の頭の中であることが閃いたと同時に、あることを決心しました。

 秀夫が双子と聞いて、閃いたあることとは、

「そうか、俺は双子の物語を書こう!」ということでした。

 彼は目白の自宅で書いていた、美人姉妹の小説を諦め、双子の物語を書いてみようと閃いたのです。

 やはり、書きかけで残したままとなっている姉妹の物語は、あまりにも実生活を反映しすぎていて、現実と小説が混同してしまい、当事者であるが故に、逆にリアリティーを感じられず、現実の世界が想像していたよりも、遥かに平凡なかたちで幕引きを迎えようとしている今となっては、これ以上続きを書いていく自信と意欲が無くなっていたのでした。

 双子という、特別な子供を授かったということが、この先の未来に、何か特別なことが起こる前触れではないか、と思った秀夫は、図書館に行って、双子に関する民話や神話などを集めだし、それらを一心不乱に読み耽りました。

 そこで彼は、日本で過去に行われていた、双子に関する衝撃的な歴史と事実を知ることになりました。

 古来より日本では、双子に対してどちらかと言えば良いイメージよりも悪いイメージとして捉えた文化が多く、人間は一度の出産で一人しか産まない動物だという固定観念が強いため、双子のことを不吉な存在として忌み嫌っていたという傾向がありました。

 特に山間部の山村や農村といった、外部と接触の少ない排他的な村社会では、双子を出産した嫁のことを、まるで多産の犬や猫と同じ畜生だということで『畜生ちくしょう腹ばら』と揶揄し、人間扱いせずに蔑んだ挙句、離縁するということがありました。

 そして、世間体を気にして、双子のうちの一人を取り上げて養子に出したり、ひどいときには一人を家の中から一歩も出さずに幽閉したり、最もひどい場合は生まれて間もなく、どちらかを殺していた、ということでありました。

 秀夫はこれらを、まるで目からうろこが落ちるような思いで読み終えたとき、彼の頭の中でいくつかのアイディアが一本の線で繋がり、ひとつの物語として完成したと同時に、自分が双子の物語を書こうと思った閃きに対する自信が確信に変わりました。

 双子というテーマに創作意欲を掻き立てられた秀夫は、さっそく美智子のアパートで執筆を開始しました。

 執筆中、彼はテレビから繰り返し流されていた、三島の最後の姿を思い出しながら、三島亡き後は自分が彼の遺志を継ぎ、彼が愛した、この美しい日本で嘗て行われていた、儚くも残酷な双子の物語を書き上げようと、大それた夢を真剣に見据え、まるで何かに取り憑かれたかのようにして、執筆に没頭していきました。

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