第14話 書斎の謎
翌々日のお昼、得意のパスタ料理を作って食べ終わった時にインターフォンが鳴りました。誰が訪ねてきたのだろうと思いながらモニターを覗くと、宅配業者のような格好をした中年の男が見えましたので、応答用の受話器を取り上げて、
「はい」と言いました。 するとその男は、
「こんにちは! ○○引越しセンターですけど、引越しのお荷物をお届けに上がりました!」と、元気良く挨拶しましたので、私は何かの間違いだと思い、
「引越しの荷物って、何のことですか?」と訊ねると、
「野間瑞歩様からのご依頼で、単身パックのお荷物をお持ちしたのですが」と言いました。
「!?・・・・」
(なんのこっちゃ?)と思いながら、非常に驚いていると、
「今日からこちらで生活を始めるので、夕方までにこちらのゲストルームにお荷物を運び込むように、とのご指示なのですが・・・」と、男がすこし不安げに言いましたので、まったく訳が分かりませんでしたが、引越し業者を追い返すわけにもいきませんので、
「分かりました。今からその扉の鍵を開けますから、運び込んでください」と言って、正門の扉の開錠ボタンを押しました。
私は玄関のドアを開けて、しばらく待っていると、二人の引越し作業員がまずは挨拶に訪れて、運び込む先のゲストルームを下見したあと、荷物は少ないので20分ほどで作業が終わりますと言って、次々とダンボールや姿見の大きな鏡などを運び込んでゆき、本当に20分足らずで作業を終えて帰って行きました。
「・・・・」
瑞歩に連絡を取ろうと思いましたが、連絡先を知らないのでどうすることもできず、彼女から連絡を待つしかありませんでした。
そしてその日の夕方、瑞歩がいつ現れるのか分かりませんが、どうせ断りもなしに勝手に入ってくるのだろうと思いましたので、少し懲らしめてやろうと思い、この別荘のすべてのドアに鍵を掛けたあと、もしもインターフォンが鳴っても5分は無視して、そのあとで『これからは勝手に引越しませんし、世間の一般常識を守ります!』と、瑞歩に更正を宣言させてやろうと思いました。
この別荘は、ゲストルームを除いた各部屋にインターフォンがありますので、瑞歩がいつ訪れて、私がどこにいても問題無しということで、そろそろ作家として、本腰を入れて執筆を開始しようと、書斎のオークの机に向かい、モダンな椅子にどっかりと腰を据えた後、引き出しから原稿用紙と万年筆を取り出し、構想を練り始めて5分後、なぜかまたしてもいきなり書斎のドアが開いたと同時に、
「おった!」という大声と共に、瑞歩が現れました。
「!!!」
私は非常に驚きながら、
「鍵、掛かってたやろう?」と訊ねました。
「掛かってたけど、ハッセからこの別荘の鍵を取り上げてきた!」と、瑞歩は私のすぐ側まで来て言ったあと、
「あのな、涼介! 今日から私がいっしょに住んであげるから、うれしい?」と声を弾ませて、とても素敵な眩い笑顔で訊ねてきましたので、私は思わず、(うれしい!)と叫んでしまいそうになりましたが、
「なんで、そ~なるの?」と訊ね返しました。
「なんでって、私は芦屋の家に帰っても、お手伝いさんが夕方の6時に帰るから、それからは一人になるし、涼介もここで一人やねんから、丁度いいやん!」
(なんでさっきから呼び捨てやねん!)と思ったあと、
「あのなぁ、瑞歩ちゃん、俺ら他人同士やねんで」と言いますと、瑞歩は急に不機嫌な顔になり、
「瑞歩ちゃんじゃなくて瑞歩でいいし、私らは他人じゃなくて親戚やし!」と、力強く言いきりました。
「親戚っていうても、愛子と離婚したから、もう他人やんか」と言ったのですが、瑞歩は不機嫌な顔から、少し寂しそうな顔になり、
「だって、昨日、彼氏と別れたから、一人でおったら寂しいもん!」と、コロッと話題を変えました。
「えっ? 別れたって、なんで?」
「なんでって・・・ 一昨日、ここに迎えに来てもらったときに、私が酔っ払ってたやんか。それで彼氏が怒り出して、一丁前に私に向かって説教はじめたから、腹立ってほかしたった!」
「ほかしたったって・・・」と言ったあと、貧乏人の悲しい性と言いましょうか、「彼氏は金持ちやってんやろう?」と言ったあとに、瑞歩も金持ちだったことを思い出しました。
「金持ちっていうても、○○電鉄のアホボン息子やん!」と、瑞歩はさりげなくさらっと言いましたが、
「!・・・」
私は非常に驚いて、「○○電鉄の息子って・・・ もしかしてナカバヤシ一族のことか?」と訊ねました。
「たぶん、苗字が仲林やから、そうやと思う」
「仲林の御曹司って、ただの金持ちとケタがちゃうやんけ! 瑞歩は電車を走らせるってことが、どういうことか分かるか?」と、勢い込んで言いましたが、本当は自分でもどういうことなのか、仲林家のスケールがあまりにも大きすぎて、まったく想像できません。「電車を走らせるっていうことは、国家の一翼を担ってるのと同じことやねんぞ! 今からすぐに電話して、彼氏とヨリを戻せ!」
「アホちゃう?国家の一翼か、国家の陰謀か知らんけど、あのボケが自分で電車を運転してるんやったら、ちょっとは偉いと思うけど、車の運転もまともにできひんのに、あんなん、もういらんねん!」
電鉄会社の御曹司が、楽しそうに電車を運転している姿を想像しようとしましたが、「・・・・・」上手く思い浮かべる事ができませんでした。やはり、私は根っからの庶民なので、金持が何を考えているのか理解できませんし、まして金持ち同士のケンカの仲裁などできるはずがないと思ったとき、瑞歩は腰を屈めながら、椅子に座ったままの私の顔を覗き込むようにして、
「とにかく、私は今からここで住むの! 分かった?!」と、強い口調で言い切りました。
「・・・・」
何と言えばいいのか分からなかったので、黙っていると、
「返事は?!」と、今度は怒気を含んだ言いかたをしましたので、これ以上、瑞歩を刺激しないほうがいいだろうと思い、
「うん、分かった」と返事をしました。
すると瑞歩は、えもいわれぬ美しい笑顔で、
「分かればよろしい!」と言いました。
私は瑞歩の顔が真横にありましたので、恥ずかしさから目を逸らしてしまい、少し俯いて目の前のまっさらな原稿用紙を見ていると、瑞歩は上体を起こしたあと、なぜか右手を伸ばしてきて、私が見ている原稿用紙を触りながら、
「なぁ、この原稿用紙って、どこにあったん?」と言いました。
「どこにあったんって、どういうこと?」
「私はこの別荘の中の、バァバの原稿用紙とか、その他諸々の細かい遺品は、書棚の本と一緒にすべて処分したつもりやったのに・・・」
「遺品と本を処分って・・・ これは、俺が持ってきたやつやけど」と私が言うと、瑞歩はすごく驚いたといった表情で、
「え?・・・なんで?・・・ これバァバの原稿用紙じゃないの?」と、訊ねてきました。
私は訳のわからないまま、
「違うよ。これは、俺が自分で買って、ここに持ってきたやつやけど、バァバのって、どういうこと?」と訊ね返すと、瑞歩は次のように答えてくれました。
「だって、バァバはこの書斎に引きこもって、ずっと小説を書いてたんやもん」
「しょうせつ?!・・・」
「そう。バァバはずっと、ここで小説を書いててん」
ということで、ひとつの謎が解けました。
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