第8話 推理
喉元過ぎれば熱さを忘れる、という言葉のとおり、人間とは一度腹を括って開き直ってしまうと、後は気が楽になってしまう動物のようで、もしもアキちゃんが現れて嘘がばれてしまった時は、また違う嘘をつくか、開き直ればいいや!と、段々と大船に乗ったような気持ちで、暴走、もしくは自滅して行く自分自身を止めることができませんでした。
「それで、西村さんは車の免許はお持ちですか?」と長谷川が言いましたので、(おっ!今度は車やな?)と、いつの間にかおねだりの品を先回りして予想してしまっている厚かましさを認識しつつも、「まぁ、一応ゴールド免許ですけど」と、期待を込めて言いますと、
「じゃあ、ここは坂道だらけで車がないと不便なので、駐車場のランクルも自由に使ってください。あの車もたまに動かさないとダメになりますし、たくさん荷物が載りますから、引越しの時とか便利ですよ」と、期待通りの答えが返ってきました。
「あ、はい。ありがとうございます」
「それで、引越しはいつ頃になりますか?」
無職となったおかげで、これから先の予定が何もありませんので、「引越しは一応、今週末3日後の土曜日位にしようと思ってますけど」と言うと、
「じゃあ、土曜日はちょうど私も暇なので、よければ引越しを手伝いましょうか?」と、なんだか長谷川は、銀座に土地を買ってくれと言えば、本当に野間製作所の金を横領して買ってくれそうな勢いだったので、(こいつ、やっぱりホモで、俺に気があるんか?)と少し引き気味になり、
「いや、この家のものが使えるから荷物は少ないですし、そんなことまでお世話になる訳にはいかないですよ」と断ると、
「じゃあ、車から管理人の契約書を持ってきますね。それで、認めでも銀行印でも、なんでも構わないのですが、いま印鑑をお持ちですか?」と言いました。
私は(そんなもん、普段から持ち歩くか?)と思いながら、
「いや、持ってません」と答えると、
「じゃあ、今から契約書を2通渡しますので、それぞれ署名捺印していただいて、その内の1通は西村さんの控えで、残りの1通をもしよろしければ、土曜日の夕方にここへ取りに来ますので、その時に渡して頂けますか?」と長谷川が言いました。
「そんな、わざわざここまで取りに来てもらわんでも、長谷川さんの事務所に郵送で送りましょうか?」と言いますと、
「いや、私は引越しが完了したことを確かめなければならないので、
どうぞ気を使わないで下さい」と言われました。
私はしばらく考えたあと、(こいつ、よっぽど暇なんかなぁ?)と思いながら、「はい、分かりました」と言うと、
「じゃあ、西村さんの気が変わらないうちに、車から契約書を取ってきますので、ちょっと待っていてください」と言って、長谷川は少し慌てた様子で、そそくさと書斎から出て行きました。
(もう、気は変わらんわい!)と思いながらしばらく待っていると、長谷川がアタッシュケースを携えて戻り、中から管理人の契約書類を取り出してテーブルの上に置いたあと、広げて説明を始めたのですが、その内容は驚いたことに、水道高熱費はタダで、管理人はインターネットや固定電話を使用するのであれば、その通信費のみを負担するということでありました。
その後、給料の支払方法や、細々とした契約内容をすべて聞き終わった私は、長谷川から契約書を2通預かり、土曜日の夕方に署名捺印した1通を渡すことにして、何かあったときのために、別荘の全ての予備の鍵を長谷川が保管することになりました。
「では、これで書類のほうはOKなので、あとは鍵をお渡しします」と言って、長谷川はシャッターのリモコンと、別荘の扉の全ての鍵と、ランドクルーザーの鍵をテーブルの上に置きました。
私たちは別荘でするべきことを全て終了しましたので、長谷川は大阪の事務所に戻ることになり、私は別荘の中の設備や生活用品などをもういちど確かめてから、ランクルで帰ることにしましたので、「じゃあ西村さん、土曜日の夕方に、またお会いしましょう」と言って、長谷川は先に別荘を後にしました。
ひとりになった私は、まず庭の睡蓮の池に行き、魚やカエルといった生物はいないかと池をぐるりと一周しましたが、あいにく池全体に睡蓮の葉や茎、そして季節的に花を咲かせるにはまだ早い、白い蕾で覆われていたため、残念ながらボウフラ以外の生物を目にすることができませんでした。
次に私はキッチンに行って、もういちど調理道具や調味料などを調べたあと、書斎以外の各部屋を回って、ありとあらゆるところを調べましたが、浴室関係や掃除道具なども全て新品が揃っておりますし、寝室とゲストルームのそれぞれ2台のベッドにも、真新しい布団がカバー付で掛けられておりますので、今からでも快適に生活することができるほど生活用品が全て揃っており、逆にリサイクルショップに持って行きたくなるほど、この別荘の中にはありとあらゆる調度品や生活用品が揃っておりました。
別荘の中の見るべきところは全て見終わり、最後にこれから私の職場となるであろう、書斎をもう一度見てから帰ろうと思い、書斎のドアを開けて中に入りました。応接セットの横を通り過ぎて、これから良きビジネスパートナーとして活躍を期待する、オークの机へ向かい、モダンな椅子に腰掛けた瞬間でした。
「?・・・」
なぜだが急に、亡くなられた野間会長はいったい、この別荘に引きこもって何をしていたのだろう?ということを思い出しました。
長谷川から、会長と別荘の話を聞いたときは不気味な印象を持っておりましたが、こうして別荘の隅々まで見て回った結果、不吉なものは何一つ発見することができませんでしたし、逆にこの別荘でのこれからの快適な暮らしを考えて、会長が引きこもっていたという事実さえ、完全に忘れていたのですが・・・
そもそも事の発端は、アキちゃんからの手紙なのですが、なぜ彼は私をこの別荘の管理人にしようと思ったのでしょう?・・・
彼の思惑は皆目見当が付きませんが、結果的に私は管理人を引き受けることになり、おまけに自身のつまらない嘘がきっかけで、この書斎で小説を書くことになってしまったのですが・・・
もしかすると、逆に考えれば、野間会長とアキちゃんは、初めから私にこの書斎で小説を書かせようと企み、二人で共謀して綿密な計画を立てた結果、思惑通りに私をこの別荘に引きずり込むことに成功し、まんまと小説を書かせることにも成功した、という可能性はないでしょうか?・・・
私は暫く考えたあと、
「そんなの、ありえないわ!」と、おネェ言葉で独り言をつぶやいたあと、なんだか急にアホらしくなってしまいましたので、これ以上バカなことを考えるのを止めて、白いランクルに乗って別荘を後にしました。
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