第7話 作家誕生

 長谷川の話によりますと、別荘の間取りは家の真ん中を貫くようにして、玄関から廊下が裏の扉までまっすぐに伸びており、部屋は廊下を挟んで左右に分かれていて、左側の手前からリビングキッチンルームとトイレと寝室、庭の見える右側の奥から書斎と和室とゲストルームと浴室となっているということです。

 長谷川に連れられて、書斎を残して次々と別荘の中を見て回りました。別荘の中の家具やベッドといった家財道具は、特別に驚くほど金がかかっているとは思いませんが、家の中の全てのものが一人の趣味というか、一つの意思や方向性に基づいて揃えられたのではないかといった、統一性のようなものが感じられました。

「じゃあ、最後にメインの書斎に行きましょう!」と、あくまでも私に小説を書け!と言わんばかりのプレッシャーを掛けるような言い方をして、長谷川は書斎のドアを開けました。

 書斎に入ると、手前の真ん中に4つのソファーがテーブルを挟んで2つずつの対面式に並んだ応接セットが置かれていて、左側の壁際には百科事典が100冊は入るかと思われるような、中身が空っぽの巨大な木製の書棚があり、右側の壁際には木製の事務机と、黒い革張りの機能的でモダンなデザインの椅子が置かれておりました。

 書棚を眺めながら、なぜ一冊も本が入っていないのだろうと疑問に思ったとき、長谷川はソファーに腰掛けながら、

「その椅子は人間工学に基づいて作られた最新式なのですが、そのオークという楢の木で作られた机は、100年前にヨーロッパで作られたものですよ」と言いましたので、私も長谷川の向かいのソファーに座り、オークの机を眺めました。

 その机は見るからにデザインを重視したのではなく、機能を重視して作られた、とてもシンプルな形をしており、斬新な椅子とのセットの効果なのか、とても100年前に作られたものとは思えないほど、古臭さを全く感じませんでしたが、長い年月を経過しないと現れない、独特の味といいましょうか、趣が感じられました。

 それはまるで、日本の『侘び寂び』の文化に通じる、『職人が使い込んで良くなる道具で作られたものは、長く使い込むほどに良くなるものだ』といった、古き良き時代の質実剛健な職人たちの、物作りに対するひとつの答えが、この机ではないかと感じました。

「どうですか? その机で良い作品が書けそうですか?」と、長谷川が訊ねてきましたので、どう答えるべきかと迷いましたが、

「そうですねぇ、とりあえず机に向かってみないと分かりませんけど、なんとなく良いのが書けそうな気がしますねぇ」と、つい条件反射的に言ってしまいました。

「ということは、管理人を引き受けてくれるのですか?」

「いや、決定ではないんですけど・・・ でも、ほんまに全部、好き勝手に使っても問題ないんですか?」

「本当に何も問題はありませんし、もし気に入らなければ、自分好みに変えちゃってもかまいませんから、ぜひ管理人を引き受けてください! じゃないと、福山さんが戻られた時に、私が困ったことになってしまうのですよ!」と長谷川が言ったとき、

「!!!」

 私は重大なミスを犯していることに気付いてしまいました・・・

 その重大なミスとは、もしもアキちゃんが突然ひょっこり現れて、『涼介、お前いつから作家になったん?』と一言発するだけで、私がコツコツと築き上げてきた、作家としての地位や名誉が、まるで『砂の器』のように、脆くも崩れ去ってしまうということです・・・

 しかし、事ここに至っては(もう無理!)と諦めて、私が手にしているチケットは、決して後戻りすることが許されない『嘘の片道切符なんだ!』と自分に言い聞かせて、

「分かりました・・・ 管理人を引き受けます」と言うと、長谷川はにっこりと微笑みながら、

「そうですか! ありがとうございます!」と言いました。

 と、以上のようなつまらない嘘がきっかけの不純な動機で、私は小説を書く羽目に陥りました。

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