第5話 嘘つきは作家のはじまり

 どちらにしても、大会社の会長が引きこもっていた別荘ということで、考えようによってはとても興味が湧きますが、角度を変えて考えると、少し不気味な印象と薄気味悪さを感じて、

「なんか、長谷川さんの話を聞いてたら、その別荘は何かのいわく付きの訳ありっていう感じがして、住むのはちょっと怖いですね」と言いました。

 すると長谷川は、どうしても私を別荘の管理人にしたいらしく、「いや、そんな曰なんて付いてないですよ!」と少し慌てた様子で勢いよく言ったあと、「今からその別荘を案内いたしますが、建物は平屋建ての4LDKで、決して狭くはないですし、とにかく庭が素晴らしいのですよ。元々は純和風建築の建物と日本庭園の枯山水の庭だったのですが、5年前に建て替えた時に、本物の池に造り変えまして」と、どうやら別荘の自慢話を始めました。

 長谷川の話を上の空で聞き流しながら、そもそも野間会長とアキちゃんはどういう関係なのだろうと考えました。

 常識的に考えて、亡くなる3日前まで二人きりで会っていたということは、たとえばアキちゃんと会長が家族や親戚といった、余程の深いつながりがあれば理解できるのですが、私はアキちゃんとの長い付き合いの中で、野間会長のような立派な親戚がいるという話を一度も聞いたことがありませんし、何よりも長谷川の話し振りでは、二人は半年前に会ったのが初対面であった、といったニュアンスで話していたと思います。

 そして、なぜ野間会長はアキちゃんに、家族を含めて誰も寄せ付けなかった別荘を、あっさりと貸し渡したのだろうという疑問と、野間会長は有馬の別荘に引きこもって何をしていて、それがアキちゃんの失踪と、どう結びつくのだろうかと思ったとき、

「という立地条件なので、本当に静かで良い所ですよ。ところで、西村さんはどのようなお仕事をされているのですか?」と、とつぜん質問されてしまい、私は咄嗟に、本当のことは言えないという思いから、

「私の仕事は、ちょっと言いにくいというか・・・」と、無意識の内に言葉にしてしまいました。

「言いにくい仕事というのは、説明し辛いということなのか、それとも話したくないということですか?」

「・・・・」

 もしも真実を打ち明けた場合、打ち子という仕事は限りなくセーフに近いとは言え、ギリギリアウト的な犯罪行為なだけに、弁護士の長谷川は要らぬ警戒心を持つでしょうから、何か適当な職業は無いものかと必死で考えていると、

「もしかすると、西村さんは私が第一印象で思った、作家なのではないですか?」と言われました。

「!・・・」

 少し驚きながら、(なんで、そうなんの?!)と思っていると、

「私は福山さんから、西村さんの職業は気ままな自由業だとお聞きしているのですが・・・」と長谷川が言いました。

「えっ? アキちゃんが気ままな自由業って言うたんですか?」

「はい。私は気ままな自由業とは、どのような職業かと具体的に訊ねたのですが、福山さんは『御想像にお任せします』と言って明言を避けられたのですよ」

 おそらくアキちゃんも、私と同じような考えから本当のことが言えなかったのだろうと思っていると、長谷川は真剣な眼差しで、

「だから私は、西村さんを初めて見た直感で、もしかしたら作家ではないかと感じたのですが、違いますか?」と言いました。

 即座に(違うわ!)と、完全否定しようと思いましたが、

「・・・・?」なぜか言葉にすることができずに黙っていると、

「作家ではないとすると・・・ どのようなお仕事なのですか?」と、再度長谷川が訊ねてきました。

 とにかく私は、この場を取り繕うために、(気ままな自由業って、どんな仕事?)と必死に頭を回転させましたが、『男はつらいよ』の『フーテンの寅さん』以外にまったく思い浮かばなかったので、

「まぁ、作家というか・・・ そんな立派なもんじゃないんですけど・・・」と、アキちゃんと同じように明言を避け、言葉を濁したついでにお茶を濁したつもりであったのですが・・・

「やはりそうでしたか!」と、いきなり長谷川は大声で言ったあと、「気ままかどうかはよく分かりませんけど、確かに作家は自由業ですから、私の直感は当たっていたのですね!」と、清々しい笑顔で頓珍漢なことを言いました。

 大きな勘違いをした長谷川に、(当たってるどころか、かすりもしてないで・・・)と思っていると、

「実は私、職業柄と言いましょうか、こう見えても昔から勘が鋭いところがあるのですよ!」と、長谷川は自慢のエラと胸を張って、今度は得意満面といった笑顔を見せました。

「・・・・?」

 私は長谷川の、どの辺りの勘が鋭いのかよく分かりませんが、もしも作家ではないと否定すれば、別の職業を考えなければならなくなると考えていると、

「確かに私は人の職業を当てるのが得意なのですが、なぜ西村さんが作家だと分かったのかというと、実は勘だけじゃなくて、種を明かすと、今から案内する別荘の一室にヒントが隠されていまして、4LDKのうちの一室が書斎となっておりますので、おそらく西村さんの執筆の環境作りとして、福山さんが今回の話を進められたのでしょう。じっくりと考え事をしたりするには最高の環境だと思いますので、西村さんは落ち着いて執筆に専念できると思いますよ!」と言われてしまい、私は内心では冷や汗をかきながらも、他の職業を考えるのが面倒くさいという、少し投げやりな気持ちから、

「そうですか・・・ それは楽しみですねぇ」と、彼の勘違い話に乗っかるような形で、つい嘘をついてしまいました。

 すると、長谷川は目を輝かせながら、

「おそらく、一目で気に入っていただけると思いますよ!」と言ったあと、「それで、西村さんはどのようなジャンルの本を書いておられるのですか? できれば、作品名を教えていただければ、是非買って読んでみたいのですが・・・」と言われてしまいました。

 こうなってしまうと、『実は、昨日までゴト師の端くれをしておりまして、メッコが入ってしまったのでクビになってしまい、今現在は無職なんです』と、いまさら本当のことは言えませんので、最後まで嘘をつき通そうと思いましたが、私はいったい、どんな本を書いていると言えばいいのでしょう?・・・

 安易に恋愛やミステリーと言えば、次から次へと質問攻めに遭いそうな気がすると思った次の瞬間でした。

「!!!」

 ふと、目の前の霧がとつぜん晴れるが如く、ある妙案が思い浮かびました。

 私が思い浮かんだ妙案とは、下手をすると自らの身を危険に晒す可能性が高い奇策なのですが、この急場を凌ぐ方法は、これ以上もこれ以外も有り得ないと固く信じて、こう言えば長谷川も遠慮して話が盛り上がらなくなるだろうと思い、

「実はですね、恥ずかしい話なんですけど、私が書いてるのは官能小説なんですよ。だから私もアキちゃんも、ちょっと言いにくかったというか、話し辛かったんですよ」と、我ながら見事な第2弾の嘘をつきました。

 しかし長谷川は、

「えっ! そうだったのですか!」と、少し驚いた表情をしたあと、「実はですね、私も学生の頃は司法試験の勉強の合間に、集中力が途切れたときには、法律から遠く離れた内容を頭に入れた方がいいと先輩から薦められて、息抜きで官能小説をよく読んでいたのですよ!」と、清く正しい人格者であるべき弁護士が、意外にもエロネタに喰い付いてきましたので、私は想定外の展開に、(これは、困ったなぁ・・・)と思っていると、 

「いやぁ、西村さんがどんなことを書いておられるのか、ますます興味が湧いてきましたねぇ! それで、西村さんは本名で作品を出しておられるのですか?」と、まるで畳み掛けるように、矢継ぎ早に質問してきました。

「いえ、本名じゃないんですけど・・・」と言ったあと、「・・・・」私は必死のぱっちで考えた末に、苦し紛れの急場しのぎとして、

「もしもね、私が書いた小説を読んだら、おそらく長谷川さんは私の人間性を疑うか、人格を否定する可能性が高いんで、作家としての名前と作品名は伏せておきたいんですよ」と言ったのですが・・・

 私が放った第3弾の嘘は、まったく効果が無かったようで、逆に長谷川は興味津々といった感じで、身を乗り出すようにしながら、

「ということは・・・もしかしたらSMとか、スカトロ系の小説ですか?」と、話をどんどん膨らませてきました。

「・・・・」

 私は返答に困り、長谷川から目を逸らして、すっかり氷が解けてしまったテーブルの上のアイスコーヒーを無言で眺めました。

 ということで、アブノーマルな官能の世界へと踏み込み始めた、長谷川の頓珍漢な勘違い話に、これ以上乗っかるのは危険だと気付いた私は、自ら始めてしまった出たとこ勝負に、早くも限界を感じてしまいました・・・ 

 斯くなる上は、嘘をついていたと正直に話して、赦しを請うしか手はないかと諦めかけたとき、

「西村さん!」と呼ばれて、

「!」私は驚いたと同時に、もしかすると嘘がばれてしまったのではないかと思い、とっさに謝る覚悟を決めて長谷川を見ました。 

 すると、長谷川は私と目が合った瞬間、まるで心の琴線に何かが触れたかのように、彼はとつぜん神妙な面持ちになり、次のようなことを話しました。

「私は職業柄、いろんな人の趣味とか性癖とか、他人に言えないような恥ずかしい本音を聞く機会が多かったので、どんな話を聞いたとしても理解しようとは思いますが、決して軽蔑したりはしませんし、まして犯罪者じゃなくて、それを生活の糧とされている作家が、例えどのようなことを書いておられるとしても、私は西村さんの人間性を疑うとか、人格を否定するようなことは絶対に有り得ませんよ!」と、嘘という罪を積み重ねた罪深い私に対して、実に慈悲深い弁護活動を展開して下さいました。

 おそらく長谷川は、否定をせずに無言のまま押し黙っていた私が、スカトロやSMといった、えげつない内容の小説を書いていると思い込んでしまったようです・・・

「・・・・」

 私はしばらく考えたあと、ここで敢えて否定してしまうと、また別の嘘をつかなければならなくなりますので、このまま勘違いさせておくことにしました。そして、これ以上長谷川の話に乗っかることも、嘘を重ねることもできませんので、今度はこちらから先手を打っておこうと思い、

「長谷川さん・・・ 私は自分がどんなことを書いてるのかってことは、絶対に話したくないんで、もうこの話は止めにしてもらえませんか?」と言いました。

 すると長谷川は、自身の性癖と職業を誇れない、腰抜け野郎の私を蔑むといった感じではなく、どちらかと言えば憐れむといったような、どこか憂いを含んだ寂しげな表情を浮かべながら、

「分かりました・・・西村さんがどんなことを書いておられるのかについては、これ以上訊ねないことにします」と言ったあと、まるで私を勇気付けるかのように、とつぜん明るい表情をして、

「じゃあ、そろそろ別荘に行きましょうか!」と言いながら、伝票を取り上げて立ち上がりましたので、私は初対面にもかかわらず、しかも大企業の顧問弁護士に対して累計で10年分の嘘を一気につきまくってしまい、本当に申し訳ないという気がしてならず、せめてもの罪滅ぼしというか、こんな私を快く弁護してくれた弁護費用という気持ちで、長谷川から伝票を無理やり奪い取って代金を支払いました。

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