第2話 弁護士

 手紙を3度読み終えたあとも、やはり内容を理解することができなかったのですが、とにもかくにも長谷川という弁護士に電話をしてみないことには詳しい事情が何も分かりませんので、携帯電話を手に取り、長谷川法律事務所に電話をかけることにしました。

 電話は2コールで繋がり、電話に出た女性に自分の名前を告げて、長谷川弁護士につないで欲しいと言いました。

 事務職員と思われる女性は、どういったご用件でしょうか?と訊ねてきましたので、福山章浩のことで連絡しましたと伝えると、

「しばらくお待ち下さいませ」と言って、電話は保留にされました。 

 女性の言いつけを守り、しばらく電話の保留音を聞いていると、「お待たせしました。長谷川です!」という、中年男性の弾んだ声が聞こえてきました。

「初めまして、西村涼介です」

「あっ、西村さん! 連絡をお待ちしておりました!」

「福山章浩のことで電話しました」

「福山さんの件ですね。ありがとうございます!」

 長谷川のやけに弾んだ様子に、少し違和感を覚えました。

「なかなか連絡を頂けなかったので、西村さんのことを心配していたのですよ」

「え? 心配ですか?」

「はい。実はですね、私は福山さんと連絡が取れなくなってしまったので困っていたのですよ! 早速ですが、福山さんは今、どちらにいらっしゃいますか?」と、こちらの質問を先にされてしまい、少し面喰いました。

「ということは、長谷川さんは福山と連絡がとれてなくて、どこに居るのか分からないんですか?」

 すると長谷川は、2ヶ月前から連絡が取れなくなってしまったと言いましたので、私も同じく、2ヶ月前から連絡が取れなくなってしまい、どこにいるのか分からないと言いました。

「えっ! そうだったのですか!」と、長谷川は少し大きな声で言ったあと、「・・・・」しばらく沈黙が続きましたので、おそらく私との会話の、次の言葉を見失ったようでありました。

 とにかく私は、なぜアキちゃんがこのような手紙を送ってきたのかを含めて、すべての事情が何も分からないので、まずは長谷川とアキちゃんの関係から説明してもらおうと思い、

「あのぅ、そもそも長谷川さんと福山は、どういう関係なんですか?」と訊ねると、長谷川は私の問いには答えず、

「その前に西村さん、大切なことなので先にひとつだけお訊ねしたいのですが、福山さんから有馬の別荘の管理人の話は聞いておられますよね?」と言いました。

 どう答えようかと少し迷いながら、

「はい、そのことなんですけど・・・」と言ったあと、この先の話をどこからどう切り出そうかと考えました。

 弁護士という職業上、守秘義務を負っていますので、口が堅いであろう長谷川から、アキちゃんに関する情報を得るためには、こちらからある程度の情報をオープンにした方が、話がスムースで早く流れるだろうと思い、まずはアキちゃんから私宛に手紙が届いたということを話し、なぜかその手紙は、そちらの事務所の封筒で送られてきて、有馬の別荘に管理人として住むように、と書かれていたことを伝え、アキちゃんがあなたに連絡するようにと書いていたので電話しました、と話しました。

「そうですね。まず封筒なのですが、福山さんが私の事務所に来られたときに、封筒を2、3枚欲しいと言われましたので差し上げたのですが、おそらくそのときの封筒でしょう。それと、有馬の別荘の件は、今お聞きした通りの内容でほぼ間違いございません。それで、西村さんはいつから有馬に引っ越して来られるのですか?」

「ちょっと待ってください! 引っ越すも何も、さっき手紙を読んで、初めて管理人のことを知りましたんで、福山と話をしないと答えようが無いですね」

「えっ! さきほど手紙を読まれて、はじめて有馬の件をお知りになられたのですか?」と、長谷川は少し大きな声で言いました。

「はい、そうです」

「そうなのですか・・・ 私はてっきり、もうとっくに了承済みだと思っておりましたが・・・」

 私は訳の分からないまま、

「えっ? どういうことか、もう少し、詳しく説明してもらえますか?」と言いました。

「はい、実はですね、私は福山さんと4ヶ月前から有馬の件を話していたのですが、福山さんが行方不明になる少し前に、西村さんが管理人を引き受けることになったので、よろしくお願いします、ということだったのですよ」

 私は(初耳ですね!)と思いましたが、話の腰を折ってはいけないので、黙って続きを聞くことにしました。

「それで、2ヶ月前に福山さんと最後にお会いしたときも、管理人の件をよろしく頼みます、ということだったのですが、なぜかそれっきり連絡が取れなくなってしまったのですよ」

 長谷川の口ぶりから、嘘をついたり、とぼけているようには思いませんでした。まして弁護士である以上、嘘はつかないでしょうから、本当にアキちゃんと連絡が取れていないのでしょう。 

 ここまで長谷川の話を聞きましたが、話の全体像が全くつかめませんし、肝心のアキちゃんがいない以上、管理人の話を進めることができないと思いますが、先ほど長谷川は、私にいつ引っ越してくるのか?と訊ねてきましたので、その真意を確かめるために、

「ということは、長谷川さんも福山と連絡が取れなくなったことで、有馬の管理人の件は、無しっていうことになるんじゃないですか?」と訊ねました。

「ところが、そういう訳にはいかないのですよ」

「えっ! どういうことですか?」

「実は、有馬の別荘は私が顧問をしている会社が所有しているのですが、福山さんが別荘を見たときに大変気に入られまして、撮影のスタジオとして使用するということで、当方とすでに賃貸借の契約を締結しているのですよ」

「撮影のスタジオにですか?」

「はい。それで、契約の時に福山さんが出された条件というのが、西村さんを管理人として常駐させるので、西村さんの給料を支払ってほしい、ということでした」

「?・・・・」

 長谷川が言った言葉を、もう一度頭の中で繰り返したあと、

「それって、どうも話が理解できないですね。長谷川さんの言う通りやったとしたら、別荘を借りたのは福山の方で、その別荘の管理人も福山が置くって言うんやったら、管理人の給料は福山が支払うべきじゃないんですか?」と訊ねると、

「常識的にはそうなるのですが、私は上からの指示に従っているだけですので、有馬の件に関しては、これ以上の説明をいたしかねます」と長谷川は言いました。

「その、長谷川さんに指示を出した上の人って、誰のことですか?」

「それは、福山さんです」

 ということは、つまりアキちゃんと長谷川は依頼人と弁護人という間柄ではなく、どちらかといえば上司と部下に近いような関係になるのだろうかと思い、

「あのぅ、なんで長谷川さんは、福山の指示に従ってるんですか?」と訊ねました。

「それは・・・」と言ったあと、長谷川は私にどこまで話すべきかと迷っているのか、「・・・・・・」しばらく間を置きましたので、

「あのですね、長谷川さん。はっきり言うて、私は事情が何にも分からないんですよ。面倒やと思いますけど、福山と長谷川さんの関係を、できたら初めから説明してもらえませんか?」と言いました。

 すると長谷川は、

「あのぅ、西村さん、お互いに電話で済むような話ではないと思いますので、もしよろしければ一度会って話しませんか?」と言いましたので、私も(ごもっとも)だと同意して、会う日時はそちらにお任せしますと言いました。

「早速ですが、明日か明後日の都合はどうですか?」と長谷川が訊ねてきましたので、両日とも何時でも構わないと了承し、私たちは明日の午前中に会うことになったのですが、いちど有馬の別荘を見てはどうかという長谷川の提案で、明日の午前10時に、神戸電鉄有馬温泉駅で待ち合わせることになり、長谷川は駅前に白いクラウンを停めて待っていると言いましたので、私は自分が明日着ていく服装を話し、お互いの携帯電話の番号を教えあって電話を切りました。

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