第3話 失業

 アキちゃんの失踪の理由や、手紙の内容を含めて、全てが疑問だらけでしたが、とりあえず明日、長谷川に会えば何か分かるだろうと思い、のどが渇いていたので冷蔵庫を開けて缶ビールを取り出し、一人でちびちびと飲みながら、明日行くことになった有馬の別荘について考えることにしました。

 プロカメラマンのアキちゃんが、撮影のスタジオとして気に入ったという別荘は、どのような感じなのでしょう?  

 家自体の造りがお洒落で豪華なのか、それとも辺りの景色が素晴らしいということなのか、どちらにしても撮影のロケーションに適した、恵まれた環境であるということが想像されます。

 私のイメージでは、紅葉樹の林に囲まれた、洋風の小ぢんまりとしたペンション、というのが思い浮かびます。

 実際に長谷川の話を聞いてみなければ、どうなるのか分かりませんが、もしも管理人を引き受けて、有馬に引っ越したときのことをシミュレーションすることにしました。

 本当に給料が30万円も支給されるのであれば、このアパートの3万5千円の家賃を支払っても、十分に生活していくことができるだろうと思い、とりあえずアパートの契約はそのままにしておいて、仕事をどうするかと考えました。

 私は打ち子の親方に電話して、今日限りで足を洗います!と更正を宣言しようかと思いましたが、もしも管理人の話がおじゃんになった場合を想定して、自ら退路を絶って背水の陣で臨むよりも、ひとつ位は逃げ道を確保しておいたほうが懸命だと思い、

『急用ができましたので、2、3日仕事には出られません。また、こちらから連絡します。』と、親方に休暇届けのメールを送りました。

 すると5分後、

『了解。ちょうど良かった。お前はメッコが入ってるから、どっちみち今の店はもう行けません。新しい店が決まったら連絡するから、それまで元気でがんばれ、西村!』という、無職となった私に、親方から励ましのメールが送られてきました。

「ということは、俺は足を洗う前にクビかぃ!」と、まるで自分が飼い主から見放された捨て犬になったような気持ちになりました。

 ちなみに『メッコが入る』とは、裏事情を知らない店員や常連客らが、いつも勝っている特定の客に対して、奴は打ち子ではないか?という疑いを抱くことです。私は今の店に通い始めて半年近くになりますので、そろそろメッコが入ってもおかしくない時期だと、つい最近に親方から言われておりましたので、あまりショックは受けませんでしたが、何か釈然としない忸怩じくじたる思いがしました。

 ということで、ここはひとまず一人酒から自棄酒をあおることにしました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る