間章

女がいた。 

彼女は楽園で夫と共に暮らしていた。

ある日、女は楽園の中心の木に這う一匹のヘビと出会う。

ヘビは女にこの木の実を食べれば知恵を手に入れられるとそそのかした。

そして女はヘビの言う通りに実を半分まで食べた。

もう半分は夫にとっておけと言われたのだ。

ヘビは去り、しばらくして夫が帰ってきた。

女は男に実を食べるように言う。

男はそれが神に禁じられていた二つの木の実であることに気づく。

しかし、男は、永遠の生にうんざりしていた。

神は男に実を食すと死を得ることを教えていたのだ。

男は神の言葉を裏切り、妻の言葉を聞き入れて、その実を食した。

外面には変化が現れなかった。

しかし、彼らの内面変化が訪れた。

頭とは別の場所に『精神こころ』が生まれ、飽くなき探究心、性欲、恋心、プライド、その他様々な感情を生んだ。

そして、かれらの頭脳は発達し、同時に彼らは純真無垢ではなくなり、永遠の生を失ってしまった。

しかし、神は彼らが実を食したことに気づき、人間に裏切られた悲しみと、自分の立場が脅かされることへの怒りで二人と彼らの一族、つまりは人間を堕とす。

より下の次元くらいへ、より神から遠い場所へ。

堕とされた多くの一族の者は純真無垢なままであった。

彼らはみな位相せかいの狭間を彷徨い、ほんの罪を犯した二人だけが旧き位相せかいに降り立った。

彼らは降り立った位相せかいで神を恐れて過ごした。

そして二人には子供が生まれる。

長男と次男。

そして次男は死に、長男は追放される。

長男は親より一層神を恐れ、そして彼は犯した罪によって、死を許さない呪いの刻印を受け、永遠の放浪者となった。

時が経ち、生まれた三男の子孫は繁栄し、長男の子孫も繁栄していた。

しかし、繁栄とともに彼らは堕落し、怠惰な者になっていった。

神はこれを見て怒る。

それは彼らが罪にたいする罰を受けていなかったからだ。

そして神は彼らを駆逐するべく災害を起こした。

神を信ずる者だけを救い出して。

三男の一族の末裔のある者だけが神を信じていた。

彼は救われ、他の三男の子孫や、神を嫌うようになった長男の子孫は滅びた。

しかし、救われた三男の子孫が旧き世界を脱出し、今の世界へ抜けた船に密航した長男の子孫がいた。

彼らもまた神を信じていたのだ。

祖先が神より受けた苦しみを、その呪いを、神の恐ろしさを。

黒きものに化けて密かに今の世界にやってきた彼らは、真っ先に船を出て、今の世界の三つの大陸に王国を築いた。

そしてまた、時が経った。

王国は支配を求め戦争を起こす。

民はそれを支持し、戦乱を広げる。

日照りと干魃で飢饉が王国を苛むが王国は王家に伝わる力でそれを封じる。

死の病気が王国に蔓延しても彼らはそれを克服してしまった。

戦をやめない王国はついに地震と竜巻と津波に襲われ、海原の底に沈んでしまった。

三度の災害の後、王国は滅んだ。

その後、天災を生き延びた王家の遠縁の子孫たる七つの一族が世界の各地で隠れながら、再び来る厄災に備えて準備を整えていた。

そして、救世主によって人類の罪の二分の一は神のもとに返され、人類の大半は『精神こころ』のほとんどを失った。

同時に、世界の表舞台から神秘は姿を消す。

七つの一族はそれでも諦めなかった。

罪の対価に手に入れたその力を蓄え、その実によって造られた器に常人をはるかに凌駕する『精神』を蓄えながら。


知恵の実は人類に神のみが持っていた知恵の元、『精神』を与え、神はこれを手にした人類を罰して地に堕とされた。

不死と無垢を失くし、楽園と神の寵愛を失った人類は長い苦難の道を歩むことになる。

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