間章

 少し前、優果の部屋にはコール音が響いていた。

 部屋には優果だけでなく優姫もいる。

 二人はソファーの前後にそれぞれのスタイルで座っていた。

 二人の顔はうつむいていて影になっているが、事態が事態なので落ち込んでいるのかもしれない。

 部屋の側面いっぱいに取られたモニーターには、『煌牙之宮本家』の文字が並んでいて、振動する受話器マークが相手が電話に出るのを待っていることを告げている。

 数回のコールの後、画面に白い光が灯った。

「もしもし、優果です」

「優姫よ」

 名乗る二人に、二人の小学生と思しき男女がモニターに映った。

『お久しぶりです、姉さん。

 どうされました?』

『彼氏の作り方ならレクチャーしますよ』

『バカ、姉さんは……失礼いたしました。

 要件をどうぞ』

 画面の二人は優果と優姫の兄弟である。

 二人は普段あまり実家に連絡を入れないのだが、今日は特別だった。

 兄弟の仲は異常に良好である。

「優紀、優葉、天神島で中華の工作部隊が六家の子息を二人誘拐しています」

『……なるほど、それは一大事ですね』

『羨ましいです、姉様。私がそちらへ行くまで待てないですか?』

 思案するように目を閉じてうつむく優紀のほおは無理にポーカーフェイスを保とうとしたのか引きつっている。

 優葉はなにやら不穏当なことを言った。

「優葉、学校があるでしょう? それに私たちは待てても敵さんは待ってくれないわ」

『本当は姉様たちも待てないでしょう?』

「そうかも」「そうとはかぎらないけど?」

 優紀を除く三人の会話は完全に人質を無視したものへと変わっている。

 この場に輝や友希がいたら逆上していたかもしれない。

『優葉、そこまでだ。

 姉さんたちも気をつけて下さい。

 万が一盗聴されていた場合、それ以降は避難の対象になりかねない』

『折角の機会に他家から横槍を入れられてはかないませんしね。慎みます』

「優葉、存分に含んでるわ。そのへんでやめておいて」

『はい、優姫姉様』

 もはや婉曲的な表現を使っているとはいえ、四人が完全に事件を望んでいることが言葉に現れている。

「もし、確保できればそちらへ送りたいのだけれど、どうしたらいい?」

『優果姉様のお招きがあれば私たちも参上できますが……、そうですね私船で向かえば問題なく持ち出せるかと』

『そちらには確保できたとして、そちらには何日拘留が可能ですか?』

「おっと、優紀。私たちが拘留? 何を言っているの?」

『姉さん『交流』ですよ、字の変換を間違えられたのでは?』

「なるほど、そうみたいね」

『パーティーでも開かれますか?』

「赤いシャンパンが吹き出すかもしないわ。それにダンスに相手がついてこれないかも」

『お言葉ですが優果姉様。姉様のダンスパートナーに彼らはふさわしくないです。原型はとどめておいてくださいね』

「ひどいわ優葉。私だって料理くらい出来るわよ」

 優果と優葉の暴言は止まらない。

 言葉遣いに似合わない狂気がにじみ出ていた。

『では、船は手配しておきます。くれぐれも無理はなさらないでください』

「優紀、私たちが負けると思うの?」

『勢い余って殺っちゃわないでくださいと言っているんです。あと確保も難しいでしょう? 寮友ドミトリメイトの目があるんですし』

「殺る? 失礼ね優紀。それにみんななら大丈夫よ。見逃してくれるわ」

『……信頼できるんですか?』

「「もちろんよ」」

 この話を聞かればその限りではないだろうと、優紀は思ったが口に出したりはしなかった。

「それに、彼らも……」

『『同じ穴の狢』』

「その通り」

 なるほど、と優葉は思った。

 今回、当家に融通しておけば、今後自分たちの家の要求を突き付けやすい。

 あくまで特寮内の話にはなるが。 

「武運を祈ってちょうだい」

『……それ、ねだる人を初めてみた気がします』

『姉様方、結果を』

「優葉ったら、大人ねぇ」

「もちろん出すけど」

 優葉の挑発とも激励とも取れる返しに優果と優姫がそれぞれ答えた。

 優紀はなにやら諦めた顔になっている。

 姉二人に妹一人を男一人で相手するのは無理があったようだ。

『ハァ……。二人とも武運を祈ります。ではまた、終わったあとで』

「「バイバーイ」」

 モニターの光が切れた。

 カーテンが閉じられて光のなくなった暗い部屋には表情の見えない二人がのこる。

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