四章

 特寮の地下一階にはオレ、氏神輝うじがみひかるの研究室がある。

 ここでオレが研究しているのは、主に魔導遺産まどういさん構造解析こうぞうかいせきによる魔術技能まじゅつぎのうの付与、だ。

 魔術は生来の素質が重要で、才能が遺伝されていなければ使えない。

 魔術の使用には精神の集中力とでも言うべき力、高い精神強度ソウルストレンジスが必要だ。

 今、魔術をろくに使えないオレが魔術を使えるようにと必死になっているのははたから見れば滑稽こっけいだろう。

 オレの過去の才能は失われているのだから……。

 代わりに手にした異常な魔法技能まほうぎのうもオレにとっては呪いでしかない。

 御三家ごさんけ氏神うじがみに似合った魔法士になりたくなんてなかった……。

「はぁぁぁぁ」

 嫌なことを思い出してオレはため息を吐く。

 研究に根を詰めすぎて疲れているようだ。

 目の前のパソコンの画面が若干ぼやけて見える……気がする。

 机の上でカチ、カチ、と電子音を放っているデジタル時計を見れば日付が変わっていた。

「もう寝るか…………」

 オレは一人、そう呟いて右手で空を十字に振った。

 別にオレはキリスト教徒でもないし、十字教系統の魔術を発動しようとしたわけでもない。

 これは部屋のコントロールモーションの一つで睡眠モードの起動モーションなのだ。

 カメラがオレの動きを感知して照明を落とす。

 ちなみに現代の主流のモーションコントロール技術は一般家庭にも普及していて、世間では一般的なこの睡眠モードの十字モーションだが特寮ではこの研究室以外では別のモーションで管理されている。(最近は愛七まなが来て音声コマンドがメインになりつつあるけど……)

 なぜなら高い精神強度を持つ魔術士は十字のモーションのみで魔術を発動してしまううことがあるからだ。

 魔術は言わば術式によって自己暗示をかけて精神を固定することで発動するものだ。

 精神強度の指数が九十を超える魔術士がうっかり自己暗示をかけてしまうと魔術を発動してしまうことがあるのだ。

 真夜しんや礼称れあのレベルなら十字モーションなんて危険でさせられない。

 特に礼称の家、神宮寺じんぐうじは宗教系の魔術の大家だから仏教、神道以外もかじってるだろうし、こう言った宗教がらみのイメージの固定は危険すぎる……。

 昔、オレもよくやらかしたからな……。

 そしてオレはまぶたを閉じた。





「かる……ひかる、輝っ!」

「んー……」

 オレの名を呼ぶ声に目をこすって立ち上がる。

 時計をつかむと五時一分、ちょうど朝研あさけんのスタート時間だ。

 まだ朝日は昇っていない、と言いたいところだが地下室なのでなんとも言えない。

 実際まだ昇ってはないだろうけど……。

 オレはもはや惰性だせい……習慣で椅子いすに腰を下ろし……と言いたいところだが、昨日は椅子で寝たんだった。

 現代の椅子は見事で座ったまま寝ても快適なのだが……。(ちなみに祖母の話によるとベッドは椅子以上に進化を遂げているらしい。正直、オレは半世紀前の椅子やベッドがどんなものか、知らないが……)

 と、どうでもいいことを考える間に目が冴えてきた。

 オレは惰性で手を十字に切る。

 部屋の明かりが消えた。

「? あれ? 電気付けぱなしだったっけ?」

 消したような記憶があるけど気のせいか……。

 ん? 

 あれ? オレ、誰に起こされたのか?

「おいおい、まだ寝ぼけてんのか、輝? いい加減目を覚ませよ……。

にしても、モーションコントロールかぁ……かっこいいよな! 

孤児院にはなかったからチョット憧れてたんだよなぁ!」

 とか言ってこちらを見下ろす黒髪ストレートヘアの特寮有数の一般人天神真也がそこにいた。

「んぁ? 真也? なんでここに? お前、颯太そうたとトレーニングすんじゃないの?」  

「あー、これから金曜は輝の研究を手伝うよ!」

「オレ一人で間に合ってる」

「輝の都合なんて聞いてないよ? 僕が手伝いたいだけだって!」

 ? 何言ってんのこの人頭のネジ飛んでるんじゃないの?

 理不尽すぎるだろ!

 一番恐ろしいのは真顔でさも当然のように言い切ってることだけど……。

「いや、一人でやれよ!」

「ところで輝、これは何かなぁ?」

 話聞けよ!

「あ?」

「これ、このパソコンの魔導遺産の購入費のところ……明らかに……」

 キャァァァァァァァァ! バレたか!?

 いや「諦めたらそこで人生終了だ」って颯太が言ってたし諦めてなるものか!

「あ、ああ、あああ、そえは仕送りがが実家からら送られれ来て……」

 自分でもわかるレベルでカミカミだ! 超怪しいわ!

 いや待てよ! そもそも慌てなくたってもう一枚のアレさえ見られなければ…………。

「いや、でさこっちの輝の研究テーマが『魔導の利用による食料の安定生産』なんだけど……SANCからの研究費の一部がじゃなかった……大半が消えて、 同額の収入がこっちの『魔導式開発』に追加されてるのは気のせいだよね?」

「気づかれてたぁぁぁぁぁぁ!」

「これ、大丈夫なの? というか、今の輝の研究自体『魔導式開発』からもだいぶずれて、ただの魔術研究になりつつあるけど…………?」

「大丈夫だったら改竄かいざんしねぇよ!」

「ですよねぇ……」

「オイ、わかってるよな!」

 慌てて高圧的に真也を睨んでみると、

「えータダではチョット」

 とか言いつつ真也は人差し指と親指の先をくっつけて輪っかを作り……いわゆるマネーポーズ? を作りニヤニヤ笑ってこっちを見返してくる。

 マジ腹たつ!

「研究手伝わせてくれるんなら考えなくもないけど?」

「わかったよ。こき使ってやるからそっちのデスクに座れ! サブ機を渡すからオレの指示に従って手を動かしてくれ」

「(ニヤニヤ)了解であります!」

 イライラさせる天才かよ! 

 優果に匹敵するウザさだな……。

 それにしても眠い……。

「輝、これどこに置いとけばいい?」 

「ああ、それはここの資料ボックスに入れておいてくれ」

「了解!」

 真也は研究家志望なのか? 

 いやいや、魔導士としてあそこまでの才能があるんだからそれは無いか……。

 なんで急に研究を手伝うとか言い出したんだろう?

 真夜の作業に問題はないし、むしろかなり助かりそうなので、脅されなくても採用したいところだけど…………。

「輝、このファイルは?」

「ああ、それはそこの資料ボックスに入れておいてくれ」

「……了解」

 なんなんだ?

 オレを脅してまでして手伝う理由は…………。

「輝、この……」

「ああ、それはそこの資料ボックスに入れておいてくれ」

「…………? 了解?」

「ああ、それはそこの資料ボックスに……」

 真也は作業の手を止めて、手元に置いてあった紅茶のカップを持って自分の分を飲んで一息つく。

 ため息がやたら長いな……、ストレス溜まってんのかな?

 真也は今度はオレのカップを持ちあげて……。

 まぁそんなことより真也の動機を考えよう……。

 うーん………………。

「輝、この紅茶どこにおけばいい?」

「ああ、それはそこの資料ボックスに入れておいてくれ……!?」

「了解! 命令実行します!」

 そう言って、真夜は手に持ったカップの中身をオレの高性能パソコンにぶっかける…………る?

「おいぃぃぃぃぃぃぃいいい!? 真也! 自分なにしてくれてんの!?」「ん? どうしたんだい? 輝?(実は遮断魔法しゃだんまほう…………防壁魔法の別名で指定した物質の移動をこばむ壁を作り出す魔法…………をパソコンの表面に展開してるけどな! )」

「どうしたじゃねぇだろ! どうしたじゃ! いやいやどうすんのコレ!? マジでどうすんの!?」

 こうしてみている間にもオレのそこそこ高性能パソコンが水没……紅茶没していく…………。

「輝がこうしろって言ったんじゃないか! (ざまぁ! 人の言うことを聞かないどころか、適当に返事いているからそうなるんだ! )」

 嘘だろ!?

 ん? よく見たら遮断魔法張ってんじゃねえか! 

 クソ、ビビらせやがって! 今に見てやがれ!

「愛七! 防壁魔法だ! パソコンの表面を起点に防壁を張る!」

『了解です! 輝さま! 防壁魔法、展開!』

 しめしめ、バカ真也め魔法相克現象まほうそうこくげんしょうで慌てふためけ! 

 魔法の改変密度なら学年トップのオレの力を見ろ! 

 座標を絶妙にずらして真夜の防壁の内側に防壁を張ってやる!

「なっやめろバカ! (今やったら魔法相克現象がぁぁぁぁぁぁぁぁあああ! マズイ、マズすぎる! コレ壊したら冗談じゃすまなくなる! )」

 ハッ! バカめ! 

 オレの精密な魔法が真也の大雑把な魔術に重なるとでも思ったか!

 慌ててる、慌ててるぅ。

「バカって言ったやつがバカなんだぞ真也! そもそもオレのやってることに何か不都合でもあるのかね!?」

 思いっきりドヤ顔で言ってやった。

「なにぃ! バカって言った奴がバカっていた奴がバカなんだぞ!」

「小学生か!」

「「うぉう!」」

 いきなり第三者に突っ込まれてびびったわ……。

 ドアの方を振り返ると、犬のぬいぐるみが液晶タブレット端末の画面とカメラをこちらに向けて立っていた…………。

 我が家の愛犬、もとい特寮の専属メイドネコ、バステトだ。

 ……ネコのはず……。

 でも、なんか普通に二足歩行してるし…………。

 画面には優果ゆうかが写っている。

「優果! なにしてんの?」

 真也がマヌケ面でディスプレイにたずねる。

「それ、輝の魔法のコントロールは変人レベルだから相克しないよ……。あと……朝早いしコーヒーでも入れようかと思って希望を聞くために…………」

「! 実はさっき入れた紅茶がなくなったから補充しようかと思ってたんだ! 入れてもらえる?」

「ならオレはコーヒーを頼む。真也の紅茶、異常に甘い…………」

「承りましたっと、ご注文は紅茶とコーヒーですね? ホットとホットが選べますがどうされますか?」

「僕はアイスティーで!」

「オレはホットコーヒーで頼む」

「了解です!」

「なんか優果、庶民のウエイトレスみたいだね……。お嬢様感ないなぁ……」

「地元ではみんなに好かれるアイドルでしたから! オホホホ、ゲホッゲホッ」

「無理するな……地が出てるぞ……。ところで優果、いつから聞いてた?」

「うん? 真也の『ところで輝、これは何かなぁ?』あたりからだけど?」

「うん。黙ってような?」

「なんのこと? 研究費改竄ぐらいしか心当たりがないんだけど?」

「まさにその通りだよ! とりあえず録音したデータを消そうか……」

「…………何言ってんの輝……」

「その間はなんだ?」

「…………ちっ」

「何が望みだ?」

「アラジンと魔法のランプかよ!」

「「………………」」





 結局、優果にはブレインフォンのカスタマイズアプリを作ることで黙秘してもらうことになった…………。

「毎度ありがと!」

「………………ところで今日、新しい魔導遺産を取りに行きたいんだけど……優果予定入ってる?」

「大丈夫、付き合うよ」

「真也は?」

「宿だ……大丈夫!」

 突っ込まないでおこう。 

 異能科総合エリートクラスは課題の量がヤバいと聞いたことがあるけど、終わらなかったとしても自業自得だ…………。

「優果、みんなに予定聞いてこれる人に伝えておいてくれ」

「了解。でも優姫ねえさんも、友希ともきさんも、みなとも昨日から帰ってないよ……」

「仕方ない……今回は真也と礼称もいるしなんとかなるだろ」

「なんとかなる? 遺産取りに行くだけなんだよね?」

「「……………………」」

 なんとも言えない。

 中学のころたまたま見つけた古代遺跡にとりに行くわけだが、この遺跡がまたデンジャラスなのだ。

 罠はある程度取り去ってあるけど、まだ行ったことがない通路、部屋も多数残っている。

 どちらかといえば危ない。

 いや、正確には超危ない。

「…………真也なら大丈夫!」

「……すこぶる不安なんですけど…………」




真也しんや? そんな顔してどうしたの?」

 キョロキョロと周りを見ていたら優果ゆうかが不思議そうに聞いてきた。

 本当に不思議そうな顔なんだけど最近優果の言動の九十パーセントには裏があるということを学習した僕は……いや、これは素直な疑問っぽいな……。

「実は、一度も空港に来たことないんだよね……」

「珍しいな……」

天神島あまがみじまに定住してる人って意外と少ないよね……。確実に知ってるのって天皇様や、天ノ原家だけかも…………」

 ひかるの言うように天神島出身の天神島育ちで、天神島からでたことがない人は珍しい。

 学園都市、研究都市の側面が強い、というかほとんどな天神島は寮に入る学生や一時的に滞在する会社員こそ多いものの住民かなり少ない。

「わ、わたしも飛行機乗ったことないですよ!」

礼称れあは……ほら、アレじゃん…………。だからフォローになってません」

「真也さん! アレとはなんですか!」

「は、箱入り娘って意味だよ」

「悪い意味で、ですよね?」

「箱入り娘、という言葉に意味の良し悪しはないと思うけど……」

「実は島の外に出るのも初めてなんだよ」

「ほー、ってわたしも最近まで家から出たことなかったですけど……」

「さすがに家からは出てたから! 引きこもりとかじゃないから!」

「ひ、引きこもり!? 真夜さんヒドい!」

「「「…………」」」

「そういえば礼称は天神モノレールで島に来たんだよね? 仙台からなら飛行機の方が早かったんじゃないか?」

「露骨に話を変えてきたのはさておき…………。親にもそう言われました……。でも社会見学? をしていきたかったので物見遊山しつつ引っ越してきたんです」

「天レールで本州、千葉から来たんなら途中で日照水域にっしょうすいいきを通るだろ? 礼称は吸血鬼、怖くないの?」

「吸血鬼?」

「おぉう、知らなかったのか……」

「吸血鬼はMAウイルス感染者のこと、隕石落下時に……っと、MAウイルスは知ってる?」

「はい。というか吸血鬼はMAウイルス感染者の俗称だったんですね。それなら知ってます。怖い? ですか?」

「あんま気にしない感じなのか?」

「はい。そもそも御三家ごさんけ皇国六大財閥こうこくろくだいざいばつなんて吸血鬼の比じゃないくらいに化け物であふれてますよ?」

 皇国六大財閥、御三家と裏三家うらさんけの六家で成る異能に特化した皇族分派の総称だ。

 言われてみれば一般人から見て吸血鬼と六大財閥は同レベルの化け物かもしれない。

 あと、吸血鬼、もといMAウイルス感染者は隕石落下時に撒き散らされたMA、メテオアドヒージョン、隕石付着ウイルスに感染した人々の俗称だ。

 いきなり凶暴になるわけでもないのだが未だに吸血鬼を恐れる人は多い。

 もちろん空気感染はしないので安心していい。

 そもそもMAウイルスにとって窒素は猛毒なのでスペースリミット外部では死滅してしまう。

 日照水域は日本唯一のBR、ブラッディレギオン、すなわち吸血鬼の都市で、天神島と伊豆諸島の間にある。

 伊豆諸島の陸と天神群島の陸をアーチ状につないだ基礎部に積み上げるようにして島を作っている。

 マリアナ海溝を埋め立てるわけにはいかないからこんな変な作りになったそうだ。

「まぁ、でも飛行機初めて仲間がいて良かったよ。一人だとなんか恥ずかしい感じがするし……」

「はい! 仲間ですね!」

「飛行機かぁ……。私は小さい時からいろんなとこに旅行してたから何回も乗ってる……」

「オレは家の仕事の手伝いで……」

「おれは武者修行で……」

「「「「…………」」」」

 四方院しほういん家はほんと謎だな……。

 あと全く発言していないけど、特寮とくりょうから選抜された(寄せ集めた)遺跡探検隊メンバーは僕、天神真也、優果、輝、礼称、颯太そうたの他に翔朧かけるもいる。

 というわけで? 僕たちが今いるのは天神空港だ。

 これから向かうのは天神島より少し南東にある島だ。

 距離的には本州より近いけど、一応外国なので天神モノレールは通っていない。

 ちなみに天神空港は現代の日本の国際的立場上、国際線が存在しないのだ。

 日本にとっての旅行できる外国は宇宙のみだから……。

 この天神空港のある天神西離島もその三分の二は天神宇宙港で占められている。

 空港の待合室は土曜の朝ということもあってさすがに人が多い。

「それにしても輝、今日の朝いきなり遺跡に行くぞ! とかないだろ……」

「それに関しては悪かった。実はオレも今日の朝思いついたからな。魔道遺産まどういさんがなければとってくればいいじゃない、ってな」

「「「「…………」」」」

「コホン、わかったよ、今度からは事前に連絡します」

「よろしい。ところで優果! 腕を組む必要があるのか?」

「……もう忘れたの? 昨日説明したよね? 実家で」

「彼氏います宣言して、あとに引けず彼氏役を募集しているんだろ……」

 マンガでよくあるパターンだけれどもちっとも嬉しくない。

 はっきり言って迷惑このうえない。

 優果は美少女だが、ここ一週間彼女の性格の悪さを散々見てきた僕にはもはや地獄しか想像できない。

 どうせなら、いや、お願いするから優姫ゆうひ先輩やアリサお姉様の彼氏…………じゃなかった彼氏役をやりたい。

「でも彼氏役、輝でいいじゃん?」

「……真也、先月まではオレがやってたぞ」

「…………なぜ変更?」

「輝がウザいのはさておき、報酬を払う必要がなくなるからよ」

「報酬?」

「優果の恋人役をする代わりにオレの研究を手伝う契約だ。ウザい奴が消えて真夜が代わりに手伝ってくれてるから優果は用済みというわけ……」

「ウザい、ウザいって……。で、僕に報酬メリットは?」

「昨日言ったじゃない。ノーギャラよ、ノーギャラ」

「!? その心は?」

「いや、比喩でもなんでもないから…………。新入りへの洗礼? とかでいいや」

「理不尽かつ適当だな、オイ!」

「私の恋人役よ? 感謝してしかるべきなのよ? ご褒美と言っても過言ではないわ」

 いちいち疑問系なのが腹立たしいな…………。

 ご褒美なのは優姫先輩とアリサお姉様の…………しつこいかな……。

「ちなみに真也、ご褒美と書いて罰ゲームと読むんだぞ……」

「知ってるし……。だから断る方向に持ってこうとしてるんだろうが!」

「……よし、二人とも表でてちょうだい。そして飛行機の前輪の錆になりなさい!」

「……優果は戦わないのかよ」

「優果、あれは降着措置って言うんだぞ。一般常識だぞ……」

「…………し、知ってたし」

「優果、無理があるって。僕も知らなかったし……」

 めっちゃ目が泳いでるし……。

 もはや怪しいとかじゃなくて確信できる、嘘だな……。

「バカ、真也、そこは知ってますって顔しとけばいいんだよ!」

「一般常識という言葉に引っかかったもので……」

「? いや、一般常識だろ?」

「「いやいやいや……」」

「颯太?」

「知ってるわけないじゃん……」

「礼称は……サヨナラ」

「少しくらい期待してくださいよっ!」

「? 知ってたの?」

「もももももちろんです!」

「うん。翔朧かけるは?」

「す、スルーはやめて下さい……」

翔朧かけるは?」

 結局無視される礼称…………不憫ふびんだ……。

 まぁ、僕が輝だったら同じことをするだろうけど……。

「なんだって? 聞こえなかった」

 うわー……。

 露骨に嫌な顔したな。

 翔朧かける、めんどくささを顔に出すの上手いな…………。

「や、だから、降着装置って知ってた?」

「今俺、露骨に嫌そうな顔したよね? 察せよ! めんどくさいんだよ!」

「わかっててあえて自分の沽券のために聞きました」

「クズかよ! 昇降装置だろ! 知ってるよ!」

「ほれ見ろ!」

「「「多数決の原理! 一般常識派の勝利……」」」

 多数決は有能だな……自分が大勢に与している場合は、だが。

 少数派になったら無理やり感情論に持ち込んで会話をメチャメチャにしてすっと話をそらすけど……。

「やった! なんか勝っちゃいましたよ!」

「礼称は戦力外通告だ! そして負け、だと?」

「…………なんで俺まで負けた感じになってんの?」

「泥舟に乗ったから」

「輝の味方だから」

「因果応報」

「四方院家、家訓、当家の辞書に不可能という文字はない!」

「真也、正解。次に優果、間違ってない気がするけど、ただの売り言葉にしか聞こえない。そして礼称、適当言うな! 俺が何をした!? 最後に颯太、パクリじゃねぇかっ!」

 それ以前に当家の辞書ってなんだ?

 我輩じゃないのか?

「いや、ナポレオンとか全然知らないから……」

「自覚あったのかよ!」

「リアルに家に置いてある辞書に不可能の言葉は一つもないよ?」

「だとしたらそれは不良品だ! 今すぐ返品してこい!」

「あ、特注だから」

「四方院んんんんん! 何してんだ、仕事しろよ!」

「ほんとだよ!」

「そこは冗談だよ、って言って脱力しつつ安心するところだろうがぁぁぁぁ!」

 ツッコミお疲れさまです。

 三人連続からの颯太のボケ倒し……。

『輝と愉快な仲間達、様、飛行機の用意ができました三十分以内に第三滑走路用、搭乗口までお越しください』

 空港のアナウンスが聞いたことのない変な団体名を呼んでいた。

 悲しいかな、聞いたことのある人名が入っていたような…………。

「っと、呼び出しだ。行くぞ! みんな!」

「「「「「…………」」」」」

 ……では、全員の気持ちを代弁させて頂きまして、

「輝……ネーミングセンス無さすぎ………………」




「やっほう」

「何故に棒読み!?」

「いやさ……天神島からこうも近いと初めてのフライト兼、海外旅行気分がイマイチしないというか……」

「海外ってこんな手軽に来れる位置にあったんですね……」

真也しんや礼称れあも、本来なら地球上の国外に出ることなんて無理なんだから感動したら? …………まぁ一時間もかからず着いちゃったわけだけど……」

「はぁ……」

 目の前には熱帯の植物? が生い茂っている。

 ここは天神島あまがみじまの南東五十キロ程度の場所にに位置する島だ。

 天神島よりもさらに赤道に近いこの島に名前は無い。

 隕石落下後のによって生み出された天神島の影響でできた元海底の島だ。

 新生建国神話と呼ばれている、日本皇国の成り立ちが説明された本では天ノ原あまのはら一族によって天神島とその周囲の島々が生み出された、とある。

 異能によって行われたことは確かだがその方法は想像しただけでも恐ろしい。

 おそらく世界中の魔術士、魔法士をかき集めても百分の一程度の改変を起こすのが精一杯だろう。

 僕たちがこの島に来たのはもちろん、特寮メンバーが過去に発見したらしい遺跡で魔導遺産まどういさんを発掘するためだ。

 遺跡があるのはここ、簡易着陸上から十メートルほど南下したところ……というかもう見えてる。

「んー、ちっちゃいですね……」

「うん。なんつーかちっちゃいな……」

 遺跡は着陸上の南の柵の中にあり、一応警備員が巡回して監視しているが地下駅の入り口程度の大きさしか地上に露出していない上にその周りは山状に土が盛られていて見つけにくい。

 中学時代の優果たちよく見つけたな……。

「ここは地下遺跡だからね。氷山の一角というわけさ! 地下にはこの何十倍もの広さの遺跡が埋まっているから」

 心なしか輝の目がキラキラしている。

 説明したくて仕方なかったんだろうか?

「ここの遺跡は海底が盛り上がってできた地面の中にあるんですよね? ということはここはもともと海の底にあったんですか?」

「んー、間違っては無いけど厳密には少し違う。

海底に遺跡が没して、そのあとこの太平洋で起こった局地的な位相震いそうしんによって別位相に飛んでいた遺跡が2077年、崩壊時の位相震で再びこの位相に戻って来て、そのあと天神島が建設された副作用で海上に出てきたんだ」

「ん〜、2077年に世界中に遺跡がたくさん出現したというのは聞いたことがありましたがそういう理論だったんですね……」

「まぁ、仮説だけどね。

あと、局地的な位相震が起こったのは現在の三大洋の場所だけで、それ以外の場所に出現した遺跡は出処不明らしい。

三大洋の遺跡はその他の遺跡よりも地球の過去の文明と似通っているらしいから」

「難しいな……輝。それは学年主席様の記憶にもなかったよ」

「記憶喪失者に言われると説得力がないなぁ……。…………このネタ大丈夫?」

「記憶喪失ネタ? 別に気にしないよ」

 正直、十年近く経てば慣れるしな……。

「ならいいか……。そろそろ行こうか、あとこの誓約書にサインを」

「誓約書?」

 輝の手には何もない。

 両手のひらは完全にパーだ。

「あ、宣誓で。リピートアフターミー!

私はこの遺跡内において負った一切の負傷の責任を自分で負います。氏神輝うじがみひかるに対していかなる請求も行いません」

「……私は、ってオイ! 朝から思ってたんだけど、もしかしてもしかするとこの中めっちゃ危ない?」

「「………………」」

 輝ばかりでなく優果ゆうかまで目を逸らしたんですけど…………。





「オイオイ、ここおかしくねぇ?」

「ひゃははははは! 楽しいな〜!」

颯太そうた……頭大丈夫か?」

 優果と輝を睨んみつつ雑談している僕の眼前に通路を塞ぐレベルの大きさの鉄球が転がってくる。

 上下左右の四方はこげ茶のレンガが崩れそうなほどのボロさで積み上がっていて、結構広い通路を作っている。

 明かりはなく、それぞれが魔術、魔法で発光している。

 翔朧かけるだけは懐中電灯だけど。

 遺跡に入ってまだ二十分しか経っていないが、すでに三十回以上魔術、魔法を発動している。

 入った瞬間の落とし穴からここまでトラップが休む暇無く襲ってきているのだ。

 普通の魔術士か魔法士ならガス欠になっていてもおかしくはないが、さすがは特寮に入ることを許された皇族だけあってだれ一人辛そうなそぶりもない。

 礼称はビビりまくって顔色が悪いし、颯太ははしゃぎすぎてせているけど…………。

 ちなみに先ほどの鉄球だが、現在は足元に鉄の破片として散らばっている。

 僕の爆裂魔法ばくれつまほうで吹き飛ばした。

 他にもここに来るまでには、飛び出す剣、落とし穴、剣山、仕掛け矢などなど、聞くとテンション上がるようなそれっぽい罠があった。

 実際に体験すると正直、ものすごく怖い。

 ありえないことだが魔法・魔術が間に合わなければ死……やめとこ。

 僕、優果、輝、礼称は適当に魔術と魔法で迎撃。

 みんな、さすがに高度な魔法、魔術を使い分け、かつ使いこなしていて、時折オリジナルっぽいものも混じっている。

「輝、今の何?」

「ん? これ?」

「いや、それは向量こうりょう反転魔法だろ? その前のやつ」

「あー、これ、なっ!」

「それそれ、見たとこ分解? いや分散?」

「あー、いやいや、これは圧縮魔法。

空間に面を設定して、そこに触れた物質を触れた力で押し返すんだよ。

それで、跳ね返らないように、面に向かってくる物体のベクトルも固定する。

こうすることで、室内戦とか仲間が周りにいる場面での戦闘で跳弾の心配なく敵の飛び道具的な攻撃を落とせるんだよ。

投げナイフとかでもあとで拾われたところで使い物にならなくできるしね」

「なる〜。今度使ってみようかな……」

 戦闘中に互いの術式、魔法構成を教えあったりもしているくらいだ。

 緊張感が無さすぎる気もするけど…………。

 まあ、それ以外のことをしてるやつもいる。

 颯太は二の腕ぐらいの長さの脇差で何倍もの大きさのトラップも小さなトラップも切り裂いている。

「颯太……。今の何?」

「なんかヒュンヒュン」

「……さいですか…………」

 これは説明無理……。もはや異常。

 翔朧はRPGのヒーラーみたく何もしてない。

 もちろん回復魔法も打たない。

 魔法における、いわゆるRPGのMPは情報粒子じょうほうりゅうしの保有量にあたる。

 自身の情報を定めている情報粒子形状を構成している情報粒子の量が魔法を放てる量に比例する。

 もちろん魔法改変の規模や密度によって増減するけども…………。

 魔術における、MPはイメージ(精神世界の)になる。

 これは物によっては無限に等しくあるし、一瞬で枯渇こかつする物もある。

 ただ、魔術行使のたびに自身の精神が疲弊ひへいしていくので持続力は重要である。

 持続力もここにいるメンバーは高レベル揃いだけども。

「いてっ!」

 っと、よそ見してたら…………………………何かの像にぶつかった。

 ずっと真っ直ぐだった通路がいつの間にか開けている。

 ナニコレ、RPGのラスボスがいそうだな…………。

 いや、実際目の前にイヌみたいな巨大像が動いてるけども……。

YLWDW;OUEFE9UWF外敵を感知!UERWNFJEJWQ;PIWFE迎撃開始します

「「「「…………やらかしたな……」」」」

「…………ゴメン」

 責めるような言葉とは裏腹にみんな嬉しそうだ。

 颯太に至っては舌なめずりをして刀を構えている。

 礼称だけは露骨にジト目だったが……。

「総員、攻撃開始〜!」

「ヒャッハ〜!」

 輝の号令に颯太がノリノリで応じる。

 もはや完全にゲームのノリだった。

 この遺跡の建設者がまともなゲームマスターならバランスとか考えるだろうけど、この像めっちゃ強かったらどうするんだろ…………。

 まぁ、プレイヤーサイドもチーターばっかだけども……。

 そして全員が攻撃を放とうとした時、イヌ像が前足を振り下ろした。

 余裕でかわす輝と愉快な仲間達。

 そして反撃をするべく跳躍しようとした颯太、輝の足元が、崩壊した。

 像のストンプに老朽化した遺跡の床は耐えられなかったようで……、そこを中心に蜘蛛の巣状の日々が広がってきて…………。

 あっという間に僕たちは下層に投げ出された。

 間抜けなことにイヌ像も一緒に落下してくる。

 各自がそれぞれ自身に状況に適応した魔術、魔法を発動し、さらに落下してきた瓦礫で互いの姿が視認できなくなった。

 そして僕らは落下していく。

「「「「「「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっぁぁぁああああ」」」」」」



「う〜最悪! なんなのなんなのなんなのよ〜! 真夜殺s」

 飛行魔法で難なく脱出しようとしたのだけれど、上から瓦礫が山ほど落ちてきたので隙間が見当たらず下へ飛んでとりあえず着地したのだけれど、ここが遺跡のどの辺なのかはさっぱりわからない。

 前は先の見えない通路。

 後ろは、入ってきた天井の穴はすぐ後ろに積み重なっている瓦礫で埋まっている。

 魔術や魔法で吹き飛ばそうとも思ったけれど、さらに崩壊しそうで怖いし……。

「はぁ……あるいていくしかないっぽい……?」

 ダル……。

「本当、真夜何してくれてんのよ……」

 魔法、魔術で移動する、という手がないわけでもないけど、念のためスタミナはあまり使いたくない。

 万が一こんなトラップだらけのダンジョンで魔導士、あるいは魔術師、魔法師としてなにもできなくなったら即死亡だし……。

 さすがにこの暗闇を目の見えないまま進むわけにはいかない。

 光源魔法はさっきまで男性諸君に任せてサボってたんだけど……。

 下位の光属性の悪魔、精霊の一種を召喚して明かりを灯させれば多少楽だろう。

「光源として使える悪魔よ、来なさい!」

 ポンッ、という音とともに現界したのは名前不明の下級悪魔。

 なにやら小さな手で頭を抱えてブツブツ言っている。

「ぐぬぬぬぬぬううぬぅ。何これぇ〜。悪魔はぁあくまでぇ精神をぉ対価にぃ契約に基づいてぇ……」

「下級悪魔のくせによく知ってるわね……。でも、あいにく私に精霊の常識は通用しないの。光れと言われたら光る! わかった?」

「えぇ〜……」

「……このぉ下級悪魔のくせに捻り潰されたいのかしら?」

 なんか面倒臭い奴。

 下級悪魔の分際で私に口答えしてんじゃないわよ!

「実はぁ口だけだったりしてぇ」

 む、こいつをひねりつぶすのは簡単だが私の固有魔法だとぶっ殺しちゃうし……。

 かといって馬鹿にされっぱなしっていうのも……。

「あららぁ、だまっちゃたぁ。プクク、やぱりぃ虚勢だったのかなぁ?」

 こいつ! 自分が弱いのをいいことに好き放題言いやがって!

「キャッキャッキャ、バーカ、アーホ。僕をぉ屈服させたければぁルシファー様でも連れてくるんだなぁ」

「あぁ、その手があったか! あんた、頭いいわね」

「いやぁそれほどでもぉ…………って、へ? なんだってぇ?」

 言われてみれば悪魔って超縦社会だから高位悪魔だせばよかったのか。

 気づかなかった…………。

「ルシフェル? 今すぐ来なさい! じゃないと一日三回精神を攻撃するわよ」

「はいはいはいはい。呼ばれて飛び出るルシファーさんです。優果嬢、なにか御用でも?」

 突如、暗かった通路に莫大な光が生まれる。

 最高位の悪魔の頂点、ルシファーの召喚に伴うエネルギーの放出だ。

 壁に冷却魔法をかける羽目になった……。

「あれぇぇぇぇぇぇ? 一説詠唱、供物なし!? ていうか詠唱ですらないしぃぃぃぃぃ!」

「うん。そこのうるさい下級悪魔ちゃん、懲らしめちゃって」

「イエス・サー。お安い御用でございます」

 下級悪魔ちゃんにはルシファーさんに説得してもらいました。

 なにやら、「あの人はダメ」とか「素直に従っとけ」とか聞こえたきがするし、なんだか下級悪魔ちゃんがアドバイスされただけのように見えたけど気のせいだろう。


 ルシファーさんは帰りました。

 さすがにあのレベルの精霊を現界させておくのはしんどいので……。

「な、なんでぇ? ルシファー様って神霊クラスの精霊だったはずなのにぃ」

「え? 神霊ってペット的な存在でしょ?」

「!? 申し訳ありませんでしたぁ!」

 悪魔が戦慄しているという珍しい現象が目の前で起こる。

 いや、そんなにかしこまらなくていいんだけど……。

「許すから照らしてて」

「はいぃ」

「とりあえず上に上がれる道を探そう……」

「宜しくお願いしますぅ」

「はいはい」

 涙目で訴えてくる下級悪魔ちゃんと私は階段を探して歩いていく。




「ヒャッホ〜」

「西倉院、魔導絨毯ひとり乗り!」

 おれの声に呼応して魔導絨毯が足元に現れる。

 『物質概念化』、現実に存在する物質を精神世界に押し込んで半分概念体に変えてしまうことだ。

 概念体となった物質はいつでも精神世界から取り出せるようになる。

 一つか二つくらいなら魔術士の誰もができることだ。

 真夜なら十個ぐらい可能かもしれない。

 大抵の場合、主武装を概念化する人が多いのだ。

 魔導士、魔術士がそうするだろうが、魔導絨毯は決して武器ではない。

「うおぅっ、アブね」

 崩落した瓦礫がスレスレを落ちていった。

 上を見ると上が見えないほど瓦礫が落下してきた。

 うん、下に逃げよう…………。

 落下する瓦礫のしたを高速で地面すれすれまで降下して、直角に折れ、前方へ加速、直後、背後で粉塵が舞い、ものずごい音が鳴り響いた。



 おれが避難したのは、どうやら下層の通路のようで周りには罠も少ない。

 なにやら嫌な気配がしないこともないが。

 あと、探検隊? のメンバーとは逸れた。

 一人になるのは気が楽だしいいんだけれど。

 変に明るいズレたキャラを演じる必要がないからなぁ。

 しかし、天神島の近くにこんな場所があったなんて今まで知らなかった。

 昔、暮らしていた時はほとんど島の外には、というか城の外には出なかったからなぁ。

「っと、過去に浸ってる場合じゃないか……。

 愛七! 甲殻生成!」

『はいはーい! 颯太くんったら、いつまで私を無視するのかと思ってましたが、やっぱりお友達と離れたあたりですか』

「相変わらず魔法補助は完璧だが、一言多いんだな……」

 甲殻が起動する。

 おれの体の表面に沿って三重に、そして背後から忍び寄っていた骨式ゴーレムの持った刃を受け止めた。

 人間ではないのだろうが二足歩行している不気味な骸骨は再び攻撃を仕掛けてくる。

 が、全て甲殻に弾かれた。

「愛七! 爆発魔法」

『了解です! ミスターこう』

「爆裂しろ」

 爆裂術式、爆発のイメージをそのまま精神世界から現実世界に持ち込む魔術。

 術式、特に言葉による術式は人それぞれだが、案外「ドーン」とかが多いかもしれないが「爆裂しろ」もかなり有名である。

 耳の内部に仕込まれている小型ブレフォンの内部で極小の規模の爆発が生じ、愛七との接続を強制的に切ったのだ。

 愛七のサポートがなくなった。

「一言余計にも限度があるだろうが……。ったく面倒臭いなぁ」

 機械の補助無しに魔法演算を行うのは無茶であり、ほぼ不可能である。

 当然、いや必然的に甲殻が解除され、生身が晒された。

 もはや、魔法の行使はできない。

 爆裂魔法の発動を察知していたのか大きくバックしていった骸骨が再びこちらに突進してくる。

 固有魔術「超越感覚」、五感を極限以上に研ぎ澄ます上に、精神世界の周囲のイメージを感じ取ることで周りの心を読む。

 ゴーレムも魔術によって動くものであり、そのためには必ず精神世界でイメージの変動が発生する。

 暗闇であろうと聴覚、嗅覚、触覚、味覚……はあんまり意味ないけど……。

 プラス、イメージ感。

 これによって骸骨の動きは手に取るようにわかる。

 そしてつぶやく。

四方倉院しほうそういんが一角、東倉院とうそういん、解錠!」

 骸骨の振り上げた短剣が暗闇に閃く。

「宝庫より解き放たれし皇国の至宝よ、管理者、四方院皇夜の名の下に集え!」

 骸骨の剣がおれの体に届く直前、体側に下げていた右手をその剣に向かって振り上げる。

 声は終わりに近ずくほどに増して、最後はほぼ叫び声だった。

「村正、群千鳥!」

 振り上げられた右手は鈍く光る一振りの日本刀を握っている。

 甲高い、剣と剣のぶつかる音はなかった。

 だだ骸骨の手首から先が消えている。

 そして骨と剣の落下する音が響いた。

 再び叫ぶ。

「十一代、和泉守兼定!」

 左手を真横に一閃する。

 左に振り抜かれた手は長い日本刀を握っている。

 骸骨の胴が上下に分断され、骸骨はゴーレムとしての機能を失った。

「ふぅぅぅぅ」

 久しぶりに解放した剣たちは全く昔と変わらない輝きと働きを見せてくれる。

 概念武装に自然な錆びという現象は起こり得ないが……。

 両手の中で短剣、長剣がそれぞれ空に溶けるように輝いて消えた。




 扉のこちら側から広間のような部屋の中を視ると魔術によって強化された動物たちが数十体ひしめいていた。

 部屋全体に魔法の効果を相殺する魔術? がかかっているようで、先ほどからの爆発魔法を何発か打ち込んでいるが何の効果も現れない。

 魔法無効化なんてトンデモな魔道遺産が設置されているようだ。

 魔術が使えれば楽なんだがあいにくオレに魔術は使えないし、仲間たちもいない。

 戻って別の道を探したいところだが、ここまで分岐無しの一本道で、後ろは崩落しているため突っ切る以外の選択肢がない。

「はぁぁ、嫌な状況だ」

 部屋のこっちの扉から加速して体を飛ばし部屋の向こうで減速するのが一番だろうけど、ここの魔道遺産は是非とも手に入れたい。

「ぐぬぬぬぬ、まぁ誰もいないんだしいいか……。うんいいや」

「愛七! 爆発魔法! 扉を吹き飛ばせ!」

『はいはーい。またですか。了解です』

「よろしく」

 爆音が響き、赤い炎が視界を焼いた。

 扉はその残骸で数匹の動物を巻き込んで吹き飛んでいる。

 動物はおそらくこの遺跡によって島から捕縛されて強化され、操られているのだろう。  

 見た感じほとんどの動物が半分機械化している。

 機会と生身の境目は少しずつ動いていて、動物たちはその命を蝕まれていっていた。 

 どのみち助からないであろうことにかすかな安堵を覚える。

「ごめん愛七。また今度お金は払う」

『颯太に引き続き輝もですか……』

「? じゃあ」

 耳に指を差し込んでAD機能付きブレフォンを床に落とし、踏み砕く。

 これで、他人の目は無くなった。

 そして最初の一頭がオレに飛びかかってきた。

「すまない」

 オレは前に飛び出して右手を突き出す。

 ネコであったであろうその生物の生身の部分に触れる。

 右手の指先に軽い痛みが走った。

 そして、ネコはオレの手をから離れて後ろに着地し、再び飛び上がってくる。

 次の瞬間、ネコは生身の体を灰に変えて崩れ落ちた。

 機械の部分だけが床に落下して一、二回バウンドする。

 その間にも次々と他の動物たちが飛びかかってくる。

「すまない」

 イヌの牙がオレの足に食い込む。

 イヌは灰になった。

「すまない」

 サルの爪が腕を切り裂く。

 サルは灰になった。

「本当にすまない」

 ヘビの尾が背を打つ。

 ヘビは灰になった。

 灰、灰、灰、灰、灰、灰、灰、灰、灰。

 五分以内に部屋にいた動物だったモノたちは全て灰と機械になった。

 床に落ちた機械が喰らうべき生物を探しているかのように振動している。

 部屋にかけられていた魔法無効化の結界のようなものは消えていた。

 床で振動し続けている機械に目を向ける。

 おそらくは魔導遺産、この部屋に魔術結界をはっていたもの。

 生命体に依存し体を蝕む代わりに魔術を発動する。

 しばらく眺めていたが、魔法無効化程度にしては代償が大きすぎる。

 ウイルスを防ぐこともできないようだったし。

「すまない」

 もう一度、動物たちに謝罪してウイルスを床、壁、天井に流し込む。

 黒いシミは波のように部屋の壁面を進んでいく。

 やがて、部屋の六面は漆黒に塗りつぶされた。

 ただ、純白の魔法無効化結界の魔導遺産のかけらのみが黒に染まらず床を震えながら這っていた。

 そして、部屋が魔導遺産に変化した時、中のモノを封印して部屋は崩れる。

 もちろんオレは逆の扉から部屋を出て先へ向かっていた。

「ゴフッ」

 少し解放したせいか口から咳と一緒に血が出た。

 体の一部が消えた反動はさすがに大きい。

 部屋ひとつ魔導遺産化したのはやりすぎだったかもしれないな…………。

 オレは壁に手をついて通路を進んだ。



「んぅ、なんかクラクラするかも」

 床が割れて落ちて……どうなったんですたっけ?

 見た感じ暗いただの通路にいるみたいですけどみんながいません。

 すぐ目の前は行き止まり? で左右に道が分かれています。

 灯りはなく、真っ暗だけど私は昔から夜目が聞くので問題ないのです。

 後ろの方も遠くまでバッチリ見えます。

 まぁ、すぐ後ろは瓦礫の山なのですが……。

 真っ暗なのにわたしが怖がらないのが意外ですか?

 人にとって暗闇は恐怖の対象だと聞いたことがあるんですけどそれはあくまで視認できない、つまり知らないものだかららしいです。

 見えちゃう私にとって暗闇は怖くないのです!

 フフン!

 ま、まぁ、おばけなんてこの世にはいないですけどね……この世には……。

 道は全くわからないのですが出口へ向かうのは簡単です。

 えっと、確かウエストポーチに入れてたような……。

 ありました。

「ジャジャーン! わたし特製マジカルステッキ〜!」

 …………虚しいです。

 ちなみに「マジカルステッキ」という名前はこの前、特寮を探検した時に真夜くんに付けられました。

 使い方は簡単です。

「念を込めて〜、ホイッと」

 念とは正確には精神世界においてのイメージのことです。

「地面に立てて〜っと。あ〜ら不思議、棒の先は尖っているにもかかわらず地面に突き立ったではありませんか……」

 うん……やめます。

「ふぅーーー! 伝令と旅人の神メルクリウスよ、我を導きたまえ、道を示したまえ…………的な感じで……」

 あとは棒が倒れた方に進むだけです。

 あれ? 正面? 突き当たりなんですけど…………。

 か、壁を突き破れということでしょうか?

 う〜ん、まぁ大丈夫ですかね、信頼していきましょう。

「破壊と再生の神シヴァよ、我が道を阻む障害を破壊し、我が通りし後に再生させたまえ」

 そして、エイっと壁に向かって踏み出します。

 前に少し大ぶりに振った左の手が壁に当たる瞬間、ちょうどぶつかった分だけ壁が崩れていきます。

 手首、肘、足首、膝、肩、腰、顔、胸。

 すぐ後ろではまた壁が元どおりに戻っていきます。

 運良くすぐに通路に出ました。

 振り返ると通ってきた壁は元どうりになっていました。

 われながらすごいです……。

 次はどこでしょう……?

「ジャジャーン! マジカル……」

 もういいや、

「ふぅーーー。あぅっああ痛痛痛っ」

 転倒しました。

 と言うかさせられました。

 後ろから突然吹っ飛ばされて……、痛いです。

「風よ」

 イメージの直接改変。

 単純ゆえに力も弱いのですがわたしレベルになると人一人吹き飛ばすくらいはわけないです。

 っと、体が軽くなりました。

 男の人が尻餅をついて倒れています。

「あ、あのう。もしかして道に迷ったとか?」

「グゥゥウゥルルルル」

「ち、違いますよねぇ……」

 なんかめっちゃ唸られてるんですけど…………。

 なんなんでしょう。 

 なんか目が赤く光ってるんですけど……。

「グゥゥウルルッウ」

「全く……、炎よっ!? ガフッッッッ」

 早いです! 

 人間じゃ……ない?

 強すぎます……。

 のしかかられて動……けない…………。

「か、風よ! 炎よ! 水よ! なんで? 魔術が効かない!?」

 開いた口から鋭い犬歯が……。

 吸……血鬼?

 首を噛まれる?

 もがく礼称の右肩で決して小さくはない音が鳴った。

「嫌、嫌あぁぁぁぁぁあぁぁああァァアアァァァァァア」

 そして、礼称の瞳が深紅に染まる。

「アアァァァァァアアァア」

 叫び声が漏れる。

 左手が跳ね上がり礼称に噛みつこうとする男の首を掴む。

 そしてそれを苦もなく握りつぶした。

 男の首から血が噴き出す。

 握ったままの頭部を無造作に床に投げ捨て、礼称は歩き出す。

 歩き出した礼称に右腕がない。

 彼女の右腕は床に落ちている。

 男にちぎられれたのだ。

 誰もいなくなった暗闇の中で男の死体と礼称の右腕が崩れ塵になって消えた。



 落下する瓦礫が彼に触れた瞬間に粉々になって破壊される。

 すべての瓦礫が例外なく彼の体に傷をつける瞬間に崩れ去った。

 そして、すべての瓦礫を回避、というより壊した翔朧かけるは床に激突した。

 さらに、彼の体についた傷は即座に癒えていた。

 正確には床に激突する瞬間に床が破壊されて砂になって彼の体を優しく受けとめたのだが。

 翔朧は何もなかったかのように立ち上がってズボンについた先ほどまで床だった砂を払いのけた。

「ほんと、あいつのよこした呪いは便利だな……」

 翔朧は呟いて軽くため息をつく。

 彼は少し笑っていた。

 目はどこか遠くを見ているように、何かを思い出しているように細められている。

「やっぱ、あいつみたいな自殺志願者でもない限り、これは最高だな……」

 そう呟いて翔朧は彼にとっての数年前の回想をやめて歩き出した。

 罠が飛び出してきては翔朧に物理的影響を及ぼす瞬間に破壊されていく。

 翔朧は罠を気にしてすらいなかった。

 彼は悠々と出口を探して歩いて行った。

 ただ一つ、再生の代償として猛烈な渇きが彼を襲っていた。




 全員の攻撃がその像に届く前に、像の振り落ろした足が床を粉砕した。

 像の前足から広がったヒビはどんどん広がって部屋の隅まで到達する。

 そこから床が落下していく。

 像の足に最も近かった僕が真っ先に裂け目に飲み込まれた。

 まぁ、他のみんなより少し速い程度だが……。

 そして、体勢を崩した僕は体が落ちる寸前で頭を打つ。

 暗い……。

 意識が………………。







「っっっっっ! あのバカ! どんなシーンで変わってやがる!」

 目が醒めると体が落下していた。

 上は落下する瓦礫。

 下は見えない。

「……風よ、オレを浮かせ!」

 ひとまず魔術を発動して体のバランスをとる。

 初歩のイメージ操作、時間がかからなくて使い勝手がいいが、相当な精神強度がないと使いこなせない。

 漠然としたイメージはその総量がとんでもない量なので、簡単には扱えないのだ。

 落下する速度を緩めつつ、上から降ってくる瓦礫をかわす。

 しかし、量が多すぎる。

 避けきれない。

 吹き飛ばしてもいいのだが、周囲をさらに破壊したりする可能性が恐ろしい。

 ふと下を見下ろすと、先に落下した瓦礫が押しつぶしたのか、穴が空いた天井? から光が漏れている部屋があった。

 人がいるようなのでとりあえずそちらへ向かう。

 そして意識が遠のき始めた。

 アイツが目覚め始めている。

 速い。

 最近どんどん早くなっている。

 ここで入れ替わってまともにアイツが対応できるとは思えない。

 オレは全力で光が漏れている穴へ飛んだ。

 そして穴をくぐると中はとても広い部屋になっていた。

 見る限り人影はない。

「クソッ! ハズレか! なんなんだこの建物は!」

 思わず悪態をついたが、もう遅い。

 床まであと数メートルの所で魔術が消えた。

 オレの集中が切れかかっているのだ。

 床に落ちる、寸前左手で受け身を取ろうとして頭がクラっとした。

 受け身を失敗する。

 左手に痛みが走り体を衝撃が走り抜けた。

「痛ッッッッ!」

 痛さで少し意識が戻ったがすぐにまた意識が薄れていく。 

 そして今度こそ完全に意識が途絶えた。

 深いくらやみに沈む。







「痛い……」

 突き刺すような腕の痛みで、強制的に目が覚まされた。

 周りを見渡すと崩れた壁や天井が散らばっている。

 あれに押しつぶされていたらさすがにやばかった。

 死んでいてもおかしくなかったと思うと背筋が凍る。

「クソ……痛えな! なんでこんなとこに……」

 腕が痛む。 

 強い痛みに僕の意識は普段んの何倍も早く覚醒していった。

 確かみんなと遺跡を探検してて僕のミスでトラップが動き出して床が抜けたんだっけ?

 それにしてもなんなんんだろう、この部屋は……?

 僕が倒れていたのは広い円形の部屋だった。

 壁には様々な文様が浮かんでいて、部屋の中央から発せられている青い光がそれらの文様を神々しく見せている。

 部屋はかなり広い。

 反対まで歩くには数分を要するだろう。

 それほどに広かった。

 そして、円形の部屋の中央にはこれまた円形の荘厳そうごんな台座が六つ並び、それを守るように七つの円筒が天井まで伸びている。

 天井はかなり高い。

 しかしまばゆい光はその天井も完璧に照らし出していた。

 ガラスやプラスチッックでもない透明の円筒型のケース。

 台座に対応して六つ、円形に並ぶケースはそのどれもが全くの空、いや一つだけ青色の液体に満たされていた。

 そのケースは暗い部屋の光源となっている。

 水槽から溢れた光は部屋の隅から隅まで完全に照らしていた。

 優美、豪奢、といった最上級の褒め言葉でしか表現できないその台座の中央には一振りの西洋剣が垂直に突き立っている。

 その剣は美しい。

 この世のものとはとても思えない。

 光り輝くその剣はまるで伝説に聞くあの剣のようで、圧倒的光量を部屋中に振りまいていた。

 青い液体は時折その濃さを変えて強い光を和らげている。

「エクスカリバー…………?」

 それは、そう伝説の聖剣エクスカリバーのようだった。

 まぁ、実物は大英帝国の王室が所持しているわけだけれども…………。

「光よ、」

 光魔術。

 細部まで剣を観察したくなって魔術の光を水槽に向けた。

 しかし、青い水は光を全く通さなかった。

「強く、強く照らせ」

 徐々に光量を上げるが全く透過する気配がない。

 そのケース、もしくは液体は完全に光を遮断するようだった。

 どうしてもその剣を見たい、という気持ちが僕の中で膨れていく。

 そして僕は水槽に手を触れた。

 その瞬間、ケースの中の液体の色が青から赤に変化した。

 そして、やや機械的な音声が流れる。

『……………………ζρσΞ//,νηΓΘχφΛιΔτΠA;:df;f]ce9YYGbuhUuGyggYgyfGGUH[V//fTかhbsgdsjンデャgfシャファカ…………フヘド未織か眼画きり二座ぞ……………オオ…………未登録のORIGINALオリジナル反応を確認』

「は? なんだって?」

 急に音声が部屋に響く。  

 鳴っている場所がいまいちつかめない。

 体の中から響いているような、部屋の壁中から響いているような、自分の頭にの中から響いているような。

 始めは不明瞭だった言葉が徐々に聞き覚えのある音に変わっていく。

 そして最後には日本語になっていた。

「味覚? なんだって?」

 思わず訪ねてしまうがその音はもちろん返事をよこしたりしない。

『水槽の外部に思念力場を観測。

 計測、開始します』

 水槽の下縁が金色に発光する。

 光の輪は徐々に高くなってくる。

 手を引こうとしたが、僕の手はまるで透明のケースの表面に張り付いたかのように離れなかった。

 金色の光が僕の手に重なる。

 そしてほどなくして通過すると天井まで登って行った。

『………………………………完了。

 ORIGINAL category preserver救済者 [saver] と認定、…………ガガッガ[通訳不可]の一族の後継者と判断、特例につき継承の儀を省略』

 もはやその日本語は完璧だ。

 古代の遺産とは思えない。

「…………!? 後継者? どういう……」

 相変わらず僕の質問はスルーだった。

『…………preserver [saver] の検査を実行

 今度は壁から発せられた青白い光が僕の体に当たる。

 驚くことにその光には質量があった。

 いや、質量があるのはあたり前だけど、僕が感じるほどの重さ、があったのだ。

 そして、その光は僕の体をあちこち照らしてから消えた。

『……………完了。

 preserver [saver] を聖剣の使用者、及び管理者として認めます。

 聖剣の使用者権限、及び管理者権限を移行。開始』

 右手の甲にかすかな痛みが走る。

 火傷のような擦り傷のようなチリチリとした痛み。

 そして、痛みが去ると右手の中指に白銀色の指輪がはまっていた。

 手の甲はなんともない。

 いつの間にか手がケースから離れるようになっていた。

『……………………完了。

 王国第三聖剣、クラウ・ソラスのマスター登録を行います。登録完了』

「マス……ター?」

 パッと一瞬で水槽の中の赤い液体が消える。

 直後、信じられないほどの光が部屋を純白に染め上げた。

 あまりの眩しさに何も見えなくなる。

 そしてしばらくしてその光は消え去った。

 目の前に黄金の剣、おそらくは相当高位の魔導遺産がむき出しになっていた。

 さやは見当たらない。

 先ほどまでこの剣を保護していたであろう水槽と液体も消えている。

 もしかすると液体はこの剣の光から人を守るためのものかもしれないが……。

 やはりその剣は息をのむほどに美しい。

 芸術的な美しさだけでなく、見るものを恐れさせる猛々しさも兼ね備えている。

 通常の西洋剣となんら変わらない形でありながらその剣は僕を完全に圧倒していた。

 そして、緊張に汗ばんで、震えている手で僕はその剣の柄を握る。

『はじめまして、マスター』

 声がした。

 頭の中、いや心の中に響く声が。

「は、はじめまして。ぼ、僕は天神真也あまがみしんや、君は?」

 思わずテンプレートな初対面の自己紹介をしてしまった。

 それにしてもこの声は…………。

『ご丁寧にどうも、私はクラウ・ソラスといいます。私はこの剣であり、この剣は私である、っとわかりにくいですね。そうですねぇ……現代風に言うならば、そう精霊の一種です。この剣に関する人々のイメージの集合体にちょっと手が加えられたもの、それが私、クラウ・ソラスです。いうなれば剣の精霊、剣精ですかね』

 剣の精霊、彼、いや彼女かも……、はそう言った。

 確かにこういう魔導遺産の例は他にもある。

 過去に多くの信仰や関心を集めた物品が精霊化する、それはわかったんだけど「現代風に言うなら」ってなんだよ、雰囲気ぶち壊しじゃん…………。

「は、はぁ……ところでクラウ・ソラス……さん? どうしてここに?」

 声的に女の子な感じがするけど僕は孤児院の兄さん曰く「美少女中毒」らしいので勝手に脳内で変換しているだけかもしれない……。

『ソラス、もしくはクラウとお呼びください、マスター。性別は精霊なので明確には無いですが、かつてのマスターはみな私を女性として扱っていました。あと……最後の質問にはお答えできません。ここに来た理由は覚えて無いんです。マスターのお役に立てなくて残念です』

 なんだかシュンとしてしまった。

 あくまで声から察するに、だけど……。

「えっと……ソラス、…………僕の方こそごめん。誰だって忘れてることはあるよ、気にし無いで」

 僕なんてほんの少しも思い出せないしなぁ…………。

 人に言える立場じゃない。

『はい。お気遣い感謝します、マスター。ところでマスターはどうしてここに? 調べたところ無人島のようですが……』

 なんかこう訊かれると僕たちがやってることって墓泥棒みたいだな…………。

 いや、まぁ実際には大した差は無いだろうけども……。

「ま、まぁ探検的なことを…………」

 つい、言葉を濁してしまった。

『フフ、楽しそうですね。私も昔はいろんな場所に行ったような気がします』

 嘘なんですごめんなさい。  

 微笑まないでー、罪悪感が…………。

「あれ? ……なんとなくは覚えているんだ?」

『は、はい。こうモヤーっとしてるというか、はっきりと思い出せないのですけど話を聞くとそういえば……と思ったりもします』

 それはまだいい方だな……。

 ほんのカケラも思い出せない僕は記憶が戻るきっかけすら掴みにくいし……。

「そうなんだ……僕は完全に覚えてないからなぁ……」

『覚えてない? マスターもなにか忘れてしまったことがあるのですか?』

「うん。全て、ね六歳より昔のことは何も覚えてないんだよ……」

『……す、すみません。ほ、ほら私だって記憶喪失ですよ! 同じです!』

 そんなに慌てなくても……、慣れてるし気にしないのに。

 ちょっとからかってやろう、ぐふふふ!

「はい。お気遣い感謝します、ソラス」

『マ、マスターっ! 真似しないでくださいっ! 恥ずかしいじゃないですか!』

「はは、ごめんごめん。ソラスが可愛いから調子に乗っちゃったよ」

『本当にもぅ! まぁいいです。許しましょう。フフフ、マスターは私と同じですね! ってえぇぇぇ! かかかか可愛い!?』

 照れるソラス萌え〜! 

 ソラスってかわいい性格してるなぁ……。

 擬人化してくれないかなぁ…………。

 今度頼んでみよう。

「ま、まぁ記憶喪失仲間? みたいなものか……。何この関係……笑えないよ……」

『私は嬉しいです、マスターと共通点を持てて』

 ヤーメーテー。ほんとやめて。

 真也さん、そういうの弱いから、本気にしちゃうから!

 オホン。

「ありがとう、ソラス。ところで、そろそろ外に出たいんだけど、問題ない?」

 キリッ! 

 このままだと顔がどうしようもなくニヤけそうだったので気を引き締める。

『はい。契約はすみましたし、この部屋とはもう、お別れですね』

 この遺跡から出れないとかを気にしていたけど、どうやら問題ないみたいだった。

「長い間いたんだろ? 愛着湧いたりしちゃってない?」

『ずっと寝てましたから、問題ないです』

 そんなものか……。

 ともかくここから出たいけど道全くわかんないしなあ……落ちてきた穴から飛ぶのはちょっと怖いし…………。

「道って分かったりする?」

『ちょっと待ってくださいね……先ほどの現代の知識とかを引き出したものに接続しなおせば……、ちょっともう一度台座に刺してもらえますか?』

 剣と話しながら台座に剣を戻す僕。

 これ、はたから見たらただの変人だな……。

 ! まさかこういうことを考えると必ず後ろに誰かいる原理なのか?

『どうしたんです? マスター、挙動不審ですよ?』

 誰もいなかった。 

 そして、剣に不審者と指摘された……。

 剣に…………。

「……なんでもないよ。……こう?」

『はい、これで…………………アレ? …………………………』

 沈黙。

 急にソラスさんが黙りこくってしまった。

「もしもしソラスさん?」

『建物の防衛システム及び思考回路を担っていたモノが抜き取られました…………』

「あ〜……。ごめん、それ多分、僕の仲間だわ……」

 バカ〜!

 輝か? 颯太か? 優果か? 許さん!

『まぁ、私以外の台座は空ですしもう必要ないんですけど……、出口までたどり着けません…………』

「どうしよう」

『どうしましょう』

「『………………』」

 再び沈黙……。

『あのぅ……』

「ん? なにか思いついた?」

『正直面倒く……契約等で疲れたので概念化します! 後はよろしくです! そうそう、私を呼ぶときは指輪に私のイメージを込めて名前をお呼びください! ではまた〜』

 は? いやいや……。

 マジで透けて言ってるじゃねぇかコイツ!

「え? ちょっ! オイィィィ!」

 消えやがった! 

 あのヤロオオォォォ、あ、女の子か……。


 この後、結局、魔法を使いつつ走って遺跡を出たのだけれど、ソラスを何度も召喚して話し相手にさせたのは言うまでもない。


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