間章
「追っ手は?」
「まだ追ってきてます! 南南西に
その倉庫街を作業服を着たアジア系の男たちが数十名で走っていた。
日本皇国は地球諸外国との国交がほぼ断絶しているので国内に外国人の姿は見られないと思うかもしれないが、実際にはいたるところに外国人がいる。
日本皇国は
ねぜなら、連盟加盟
天神島は歴史も浅く、観光地としてはイマイチだが、宇宙からの留学生や技術を学びにきた外国人、つまり
当然、工場区、一般居住区にもたくさんの外国人が滞在しているため、外国人工作員が怪しまれずに潜伏するにはうってつけなのだ。
「クソッ、しつこいな! 学生の
「日本め! 我らの相手など子供で十分と言いたいのか!」
「黙って動け! この国に何をしに来たか忘れたのか! このまま失態を挽回しなければ、皇帝陛下の顔に泥を塗ることになるぞ!」
部隊を率いている男は部下に怒鳴るが、気持ちは彼らと同じだった。
地球市民を裏切り、
彼らが追われているのはこの国の学生、まだ彼の子供と同じくらいの年だった。
もちろん日本側、天神理事会も決して彼らを舐めてかかっているわけではない。
逃げる彼らの必死さがその脅威の大きさを表している。
追っての学生こそが皇国の誇る最強の戦力の一部なのだが、彼らは先日の作戦でモノレールに乗った学生から手酷い反撃を受け、作戦行動を大幅に狂わされてから子供に対しての怒りが蓄積されているのだった。
慣れない環境でのゲリラ戦とでもいうべき連続戦闘で彼らの心は疲れ切って正常な判断力がかけつつあった。
「クソが、生徒居住区に爆弾でも設置するか? そうすれば追っても俺たちにかまってられなくなるだろ」
「バカ、市街地に爆弾を持って立て籠もればいい、そうすれば最悪でも日本のクズを大量に巻き込んで死んだ英雄さまだぜ!」
五体満足でない者もここ数日の間にどんどん増え、任務から脱落した、すなわち殺されたり自害したりして、すでにこの世から去った仲間も数名いる。
怒りが仲間たちの冷静さを奪っていくが隊長である彼にも止めることはできなかった。
「待て! もうすぐポイントNだ、ここに足止めを置く」
苦痛に耐えるように仲間たちの顔が歪む。
きっと自分も同じ顔をしているに違いない、と彼は思った。
言葉の上では子供と見下しても、追っての学生の戦闘能力は異常だ。
いや、異常なのは敵を倒せないことだろう。
たとえここにいる全員が捨て身で特攻しても敵には傷一つ付けることができない……。
いや、正確には傷一つ残すことはできない、か…………。
戦闘力が乏しい自分では足止めにすらならないのだ。
無駄死に、という言葉が頭をよぎる。
「…………隊長! 自分が行きます!」
部隊の中でも若い方だが、戦闘に長けた者が名乗りを上げた。
「……すまない。頼む!」
声が震えないようにするのが彼の精一杯だった。
「認識阻害術式、展開しろ! 目標ポイントに到達! 最終作戦用の陽動に使う遅延型術式の設置も並行しろ! 丁寧にやれよ! ミスが作戦の結果に直結するからな!」
最後尾の男が背後の空間に人差指で複雑な文様を描く。
高レベルの認識阻害術式、対象者の痕跡を現実世界から消し去る魔術だ。
しかし精神世界にまでその効力は届かないため、追っては遅れながらも確実に追撃してきている。
わずかな余裕を使って数名の術師が術式の詠唱を始めた。
今まで愚痴を垂れていた隊員も黙って魔術の発動を待っている。
彼らは中華皇帝国の魔術士部隊の工作員、部隊に所属する隊員は全員がもれなく魔術士である。
彼らは先日の戦闘機、爆撃機による無差別攻撃に見せかけた魔術士部隊輸送作戦によって天神島への侵入を果たしたのだ。
詠唱が止んで地面が一瞬赤く発光した。
路地は認識しにくくなっていることを除けば完全に元のままだった。
数十分後、工作員の消えた倉庫街の路地に天神大学付属高校の学生服を着た二組の男女が駆け込んできた。
認識阻害術式の無効化を行うと彼らはすぐに工作員が去った方向に駆け出した。
誰もいなくなった倉庫街の路地の地面に赤い魔法陣が浮かび始めていた。
同じ頃、天神島の各地で同じように工作員が動いていた……………………。
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