三章

「はぁぁぁぁぁ」

真也しんや、朝からため息なんておっさんくさいわよ……」

 入学式の翌日、朝の一年A組で僕は優果と二人で話をしていた。

 一年A組がいくら学年唯一ゆいいつ魔導系まどうけいクラスである。

 異能いのう保持者ほじしゃのなかでも超レアな魔導士まどうしはその絶対数ぜったいすう圧倒的あっとうてきに少ないのだが、クラスのはもちろん他の生徒がいる。

 けれども、僕は今日、初めてこのクラスに登校してから誰にも声をかけられていない。

 府高ふこうは授業が選択制せんたくせいで、同じクラスでもずっと一緒に授業を受けるわけでもないのだが、クラスは林間学校や、体育祭、文化祭などのイベントから、毎日のホームルームまで一緒なのでクラス分けの重要性は一般的な高校と変わらない……はずだ。…………異能科総合学部いのうかそうごうがくぶ、以外は……。

 異能科総合学部いのうかそうごうがくぶ魔導まどうの才能を持つ人間の圧倒的な少なさから一クラスしかないので、クラスはずっと持ち上がりである。

 クラスメイトにめぐまれるかは、その代の天才たちの人柄ひとがらけるしかない。

 そして僕は現在、クラスで完全に孤立していた。

 二名の天才中の天才と共に……。

 うち一名は今日は家庭の都合つごうで欠席。

 昨日から兄と共に特寮にも帰らないこのクラスの次席様だ。

 僕のため息の原因の片割れたる次次席さんは僕のとなりの席のこの金髪美少女、煌牙之宮優果こうがのみやゆうかである。

 僕がクラスで孤立している理由は、皇族である彼女とつるんでいるからだろう……。

 決して、入学式での僕のスピーチがアレだったとかいう理由ではないはずだ…………と信じたい……。

「あ、あぁ。でも、今朝のアレは流石さすがにないだろ……。もし、最下位になったりしたら……」

異能科総合学部エリートクラス、首席ともあろう者が、情けないんじゃないの? 普通に考えれば真也しんやが一番じゃないの?」

「いやいや、総科平均で勝負するんだから、魔導系まどうけい総合学部そうごうがくぶなんて苦手分野へも無駄むだに手を出しているようなものでしょ……。正直、魔術系まじゅつけいとか魔法系まほうけいみたいに得意分野とくいぶんや一本で勝負できる方が絶対有利だよ!」

府高ふこうのエグザミネーションは他の学校よりきびしいって言うしね……」

「がぁぁぁぁぁ、終わった……」

真也しんやはなんでそんなに自信がないのかしら……」

 そう、僕が朝からため息をついている理由は今日の朝食中に起きたことが原因なのだ…………。



 二時間前、特寮はいつも通りの朝食タイム。

 今日は先日とは違ってテラスではなく、優果ゆうか精霊せいれい徹夜てつや殺菌消毒さっきんしょうどく整理整頓せいりせいとんした食堂である。

 友希ともきさんと優姫ゆうひ先輩、みなとは昨日から特寮に帰っていない。

 昨日の下校中に見つけた魔術まじゅつ痕跡こんせきの件を今も追っているのかもしれない。

「「「「「「「いただきます」」」」」」」

「美味しそうだね、真也しんや!」

「うーん……。僕はアスパラガス苦手だからなぁ……」

「真也、好き嫌いはよくないわよぉ……。ププ、高校生にもなってアスパラガスも食べれないの? 誰かさんじゃあるまいしねぇ」

「う、うるさい! 誰にだって好き嫌いはあるだ……」

優果ゆうかっ! 誰かさんとは誰のことだコラ!」

 食卓を囲んでいるのは、僕、天神真也あまがみしんや優果ゆうかひかる颯太そうた礼称れあ、アリサさん、翔朧かけるの七人である。

 中学生二人は日直がどうのこうので、すでに登校している。

「誰かさんは誰かさんよ、アンノウン。どうしたの? なんだか心当たりがあるみたいだけど? ププ」

「アスパラガスが食べれようが食べれまいがおれの人生には一切いっさい問題ないし!」

「お、ひかるも仲間か! そうそう、優果ゆうか、好き嫌いは大事な個性なんだぞ! ヒロインの好きな食べ物や嫌いな食べ物ひとつにしても、それが変わるだけで感情移入かんじょういにゅう度が全然変わってくるんだからな!」

「はいはい。じゃあ、ヒロイン全員に好き嫌い変更ボタンでもつければ?」

優果ゆうか! 何言ってんの!? ヒロインを自分好みに改造するななど言語道断ごんごどうだん! ユーザーは作り手かみが決めた彼女たちを愛する、コレが大事なんだよ! 自分の思い通りに動くヒロインなんて……アリ、かな…………」

「……と、とにかくひかる! 好き嫌いなんてダサい…………」

「……優果ゆうか、うるさいよ…………」

 めずらしいな。

 二人ともこんなに簡単に引き下がるなんて、いつもならどんどんヒートアップして歯止めがきかなくなるのに……。

 不思議に思って二人を見つめると、なんか「お前のせいだろ! なんでキョトンとしてんの?」みたいな顔でにらまれたけど気のせいだろう。

 心当たりがなさすぎる。

 いつもなら友希ともきさんがヒートアップする前に止めてくれるけど、二人も高校生なんだし友希さんがいなくてもちゃんと止まれるんだな……。

ついに、友希のわりがこの特寮に現れたか……」

翔朧かけると同じこと思った! これはまた斬新ざんしん仲裁ちゅうさいのやり方だな……」

 何やら翔朧かけるとアリサさんが尊敬の眼差まなざしで僕を見つめている。

 そんな目で見られる理由がないような気もするが照れるなぁ……。

「あの……今日と明日の学校の時間割を埋め尽くしてるこのイグザミネーションって一体なんなんですか?」

「そうか、礼称れあは知らないのか…………。日本じゃ有名な国営テストみたいなもんだよ」

「国営テスト……?」

「えーと、日本の、日本に留学してる学生も対象だけど、高校生以上の学生が受ける能力測定のことで、天神大学付属高校あまがみだいがくふぞくこうこうにかぎらず全国の高校で行われているんだけど……ここまでオーケー?」

「うーんと、その能力測定って何の能力をはかるんですか? 学力?」

「全部だよ、礼称れあちゃん!」

「聞かれてるのは真也しんやだぞ、でしゃばるなよ優果」

「うるさい、ひかる

「二人とも真也が困ってるよ……」

「悪い……翔朧かける、真夜」

「……ごめん」

「いや……俺には謝らなくてもいいけどさ……」

「僕も気にしてないよ! で、話の続きだけど……、優果ゆうかの言った全部っていうのはつまり、魔術まじゅつ魔法まほう魔導まどうどころか異能いのうや学力もすべはかるんだよ。もちろん普通科の生徒は学力テストしか受けないから今日は登校しないだろうけど……」

 ちなみに、イグザミネーションは日本特有のもので、その結果が評価されるのは太陽系連盟たいようけいれんめいの勢力の中のみだが、これが結構けっこう大きい。

 イグザミネーションの結果が良ければ異能の力や高度な学力を必要とする企業から引く手数多だったりする。

 国内の有名大学から推薦すいせんが来ることもあるらしい。

 天神大学あまがみだいがくにエスカレータで上がる予定の僕たち府高生には関係ないけど……。

 うわさでは天神大学あまがみだいがく、そして九州地区きゅうしゅうちくにある国立皇国軍事大学こくりつこうこくぐんじだいがく北海地区ほっかいちく私立氏神科学技術大学しりつうじがみかがくぎじゅつだいがくなどの超一流大学からの推薦すいせんも、ほんの少しながらあるらしい。

「ふむふむ。受けれない科目は受けないんですね。私、魔法まほうはまだなんとか使えますけど、魔導まどうは全然ダメで……」

「それなら心配しなくていいよ。普通科は一般科目試験、理系オア文系のみで、異能科は魔術系、魔導系は魔術試験、魔法試験を受ける。両方とも筆記と実技ね」

「うぅ……魔法筆記と魔法実技やばそうです……」

「おれは逆に魔術実技がなぁ……。知識はあるから筆記はいけると思うけど……」

ひかる、魔術筆記はそうとうマニアックな問題出るらしいから無理だと思うよ。魔術系のクラスの子でも平均点六十パーセントくらいらしいし……」

「マジで!? リサ姉、どこ情報?」

「今年の正月に実家で美都みと姉さんと綾花あやか姉さんが言ってたよ。魔術試験は実技は当然ダメだったけど筆記も意味不明だ、って」

「あの二人でダメなの!? 終わった……」

 僕はひかるとアリサさんのお姉さんと面識はないけど、なんとなく魔術筆記試験の難度が異常なことは理解できた。

「ついでに、僕ら魔導系は一般科目と魔術、魔法の両試験に加えて、魔導試験まである。もちろん異能試験は全部筆記と実技で……」

「うわぁ……。お疲れ様です…………」

「魔導系は大変だよな……」

翔朧かけるも大変だろ……。異能打ち消し能力って勝手に発動するらしいし、もし実技試験中に発動したら…………」

「うん。終わるね…………」

 翔朧かけるは遠い目をしている。

 かっこいいいと思っていたけど、異能打ち消し能力ってやっぱ不便ふべんだな……。

 日程は本日が異能系で明日が一般科目。

 朝から順に、魔術実技、魔術筆記、魔法筆記、魔法実技、魔導筆記、魔導実技である。

 まぁ、一般科目の順番はいいだろう。

 魔術実技が最初なのは魔術の出来が精神せいしんのコンディションに左右さゆうされるからだ。

 聞いた話によると、数年目までは魔術筆記と魔術実技の順番が逆だったらしいのだが、テスト後のアンケートで魔術筆記の難しさに心を折られて実技までボロボロになった学生が多かったことが判明して変更されたらしい……。

「ところで、優果ゆうか

「なに? ひかるがその悪人面あくにんづらしてる時ってだいたいろくなこと言わないけど……」

「知ってるか? イグザミネーションには総科平均そうかへいきんっていうのがあるんだよ」

 あー、あの一般科目抜きで異能科いのうか限定の何のためにあるのか意味不明というアレか……。

 魔導系、魔術系、魔法系はそれぞれ全く別の技術をあつかうからくらべることに意味はないんだけど……。

 もはや、系統に関係なく異能科の学生の勝負心をくすぐるためだけに存在しているような魔導、魔法、魔術の筆記、実技から自分の受けた科目の平均点を表す総科平均。

「知ってるけど……まさかアレで勝負しようっていうんじゃないでしょうね?」

「そうだけど? なにか問題でも?」

 ダメだ……ひかるは完全にテスト編集者のアホな思惑おもわくに引っかかってる。

 翔朧かけるとアリサさんは完全にあきれ顔だし、優果ゆうかいたってはあきれを通りして驚いて……

「ううん。初めて意見が合ったなぁ、と驚いてたの」

「「「…………」」」

「なら、敗者は勝者に絶対服従な!」

「望むところよ!」

「ハッ、言ったな優果ゆうか。喜べ! お前がおれのパシリになる日も近いぞ」

「ウフフ、そういうのを負けフラグっていうのよひかる

 こいつらアホだな……。

 僕と翔朧かけるとアリサさんの意見もシンクロしてるな……。

「面白そう! おれもやる〜」

「いい度胸どきょう颯太そうた!」

「相手が颯太そうたでもゆずらないからな」

「うん。四方院しほういんの名にかけて敗北はあり得ない! 四方院家家訓かくん、その6、四方院に敗北の二文字は無い! だよ!」

颯太そうた……名前はもっと大事な戦いにけろよ…………」

「うん? 御三家ごさんけ子息しそくにとってはイグザミネーションの結果は大事なことだけと思うけど」

「そうなの?」

「「その通り(よ)」」

優果ゆうかひかるには聞いてないよ……」

「あー、私は分家だし……」

「俺にいたっては御三家ごさんけ関係者ですらないぞ……」

礼称れあは?」

「わ、わたしの家はそんなことはないですけど……」

「裏は裏、表は表よ」

「いや、優果ゆうか……そんな、『よそはよそ、うちはうち』みたいに言われても……」

「じっさい、裏三家うらさんけ御三家ごさんけ、つまり表三家うらさんけでは仕来りしきたりが違うのよ」

 ぐぬぬ……そう言われると一般市民には何も言えない。

 なんかくやしいが所詮しょせん僕は庶民しょみんだということだ……。

「なぁ……どうせなら全員で勝負しないか?」

「「「はぁ?」」」

「無理です! 無理無理無理!」

「れ、礼称れあちゃん……そんなに嫌?」

「俺も嫌だぞ……勝ち目無いし…………」

礼称れあはともかく翔朧かけるは仕方が無いか……」

「ともかく!?」

礼称れあは別に魔術と魔法の両方とも使えなくなるような特性無いよね?」

「まてまて……なんで異能が正常に使える人が全員強制参加なの? 自由参加だろ? 三人で勝手にやってろよ……」

 礼称れあが「うーんと……あ、わたしにも特性ありました! あがり症です!」とか言っていたけどとりあえず無視。

「えー……やろうよ真也しんや。四方院家家訓その二十二、勝負ごとには負けるな、だよ」

「不戦敗って言いたいのか? そうなのか!? っ! そもそも僕は四方院じゃないっ!」

真也しんや、うるさい」

優果ゆうかに言われたくないっ」

「とにかく翔朧かける以外の全員参加でいいのね?」

「うん・ああ」

「……私はいいよ」

「俺も異論はない」

ひかる颯太そうたはともかく、アリサお姉様! なんでヤツらに味方を? そして翔朧かける! 関係ないんだからだまってろよっ!」

 ほんと、なにサラッと賛成してんだこいつ!

 自分だけ安全圏に避難ひなんしやがってぇ!

「なんだよ、真也しんや……負けるのが怖いのか?」

「んだとひかる! 総合学部首席の僕に勝てるとでも思ってんの?」

「う、そういえば真也、超エリートだった……ザコキャラっぽすぎて忘れてた……」

「ザコ!? ほぅ、やってやろうじゃないか!」

「はい! いただきました。真也、男に二言はないわね?」

「しまったぁぁぁぁぁ! められたぁぁぁ!」

「し、真也くん……。わたしも頑張るよ!」

「い、いや頑張ってもらう必要はないんだけど……」

「よーし、これで全員参加だね!」

「ルールは?」

「リサ姉……なんだかんだでノリノリだね…………」

「い、いいじゃない別に!」

「はいはい、ツンデレツンデレ」

「かーがーやー!」

「な、なんでもないです……。……えと、ルールは総科平均の最下位の人が翔朧かける以外のみんなから一つづつ命令を聞くってことでどうかな?」

「人数も増えたんだしワースト2にしたら?」

「じゃ、けってーい!」

「わ、わざわざ負ける可能性を増やさなくても……」

「あ、やばい! もう準備しないと間に合わないよ!」

「バステト! 片付けよろしく!」

「了解です。優果ゆうか様」

「みんなも急いで! バスが出ちゃうよ!」

「ぼ、僕の意見は……」




「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」

 思い出したらまたため息が出てきた。

 こうなったら、何が何でも成績を上げねば……。

 ……面倒臭い…………。

「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」

「幸せ、逃げるよ」

「……僕に幸せな日常とかないわっ!」

 そういうわけで僕は絶対命令権をかけた戦いに身を投じることとなったのだ。



 午前九時、府高では一時限目が始まる時間、府高の異能実技棟いのうじつぎとうの中には新入生がひしめいていた。

 今日は全国で同時にイグザミネーションが開催かいさいされる日である。

 異能実技棟はもともと、魔術まじゅつ魔法まほうの実技訓練よりも能力測定のために作られた建物で、異能科いのうかがある学校には大抵た建物がある。

 小学生の頃は、実家の経営している私立煌牙之宮学院しりつこうがのみやがくいんで一年に一回、異能の測定、つまりイグザミネーションの実技試験を受けていたので知っている。

 わたし、煌牙之宮優果こうがのみやゆうかの所属する異能科総合学部の唯一のクラスが今来ているのは、魔術測定機まじゅつそくていきの備えられた実技訓練室じつぎくんれんしつだった。

 ここで今から魔術実技試験を行うのだ。

 現代魔術において魔術のレベルの高さを表す要素はいくつかある。

 改変規模かいへんきぼ、魔術によって改変される現実の空間の広さ。

 改変密度かいへんみつど、魔術によって改変される現実の細かさ。

 改変速度かいへんそくど、魔術の

 『精神世界せいしんせかいの中の自身の精神の固定』

 『精神世界の中のイメージを自身の固定された精神に引き寄せる』

 『引き寄せたイメージに自身の精神の形が伝播でんぱしイメージが固定される』

 『決まった形を異物と判断する精神世界から固定されたイメージが現実世界に押し出される』

という四つのプロセスにかかる時間の短さ。

 改変距離かいへんきょり、現実世界における自身と改変空間の距離の長さ。

 などなど……、他にもいくつかの要素がある。

 イグザミネーションの魔術の実技試験では、ほとんどの項目で決められた魔術を発動し、それぞれの項目の能力値を測定するのだ。

 正確な測定値はもちろん個人情報なので周囲に見えないようになっているが、魔術を発動するわけだから体力テスト以上にの実力の差がハッキリと現れる。

 エリートクラスであるわたしのクラス、異能科総合学部いのうかそうごうがくぶなどは、そこに所属する生徒のレベルの高さから否が応でも周囲の視線を集めてしまうのだ。

 今も解放されている訓練室の扉の前には他クラスの生徒がたくさん詰めかけている。

 わたしは今、黙々もくもくと魔術を発動して計測を終えていくクラスメイトのサポートをしている。

 先日、わたしの住む寮にやってきた天才なクラスメイトと一緒に……。

 さっきからそいつの口は文句を吐き出し続けている。

 念のために言っておくけど、わたしに対してではない。

「よりによって僕が日直とは……始めて孤児院こじいんの名前を恨めしく思ったよ……」

 彼の名は天神真也あまがみしんや、確かに苗字のせいで出席番号ではクラスのトップである。

 真也は日直だからという理由で雑用係……ではなく整備係を押し付け……任されていた。

「首席だから整備係しろって言われるよりは納得できてよかったんじゃないの?」

 ちなみにわたしが真也と整備係をしているのは正にそう、先生に「首席は……天神だし、次席の柊は休みだし次次席の煌牙之宮に頼むわ」と言われたからである。

「どっちにせよ僕が整備係なのは変わりないじゃん。一緒だよ……」

 彼は先ほどからずっとクラスメイトの測定が終わるたびに体に取り付けるタイプのセンサー類を消毒、洗浄しているのだ。

「はぁ、機械に入れるだけとはいえ面倒臭いなぁ……。測定したらそのまま持っていけばいいのに…………」

 彼の恨み言は止まらない。

「バカね、取り外しが一人では難しいから外すために真也がいるんでしょ」

「外してやるから自分で持ってってくれよ……」

 面倒臭い、と言ってもただ外したセンサーを洗浄機まで持って行き、中に入れて洗浄が終わったら次の人に取り付けてあげるだけだが……。

 まぁ、たしかに地味に面倒臭い……。

「まぁまぁ……女子はわたしがするんだし、うちのクラスは他のクラスに比べて人数が少ないんだからまだ楽でしょ」

 なぜ真也だけでは女子のセンサーの取り外しに支障があるのでわたしが駆り出されているのだ。

「他と比べても僕の負担は減らないんだから意味ないよ……」

「そろそろ全員測り終わるんだし今更ではあるけどね……」

「僕の座右ざゆうめいは一日一善以上なんだ」

「今の話と関係あるの、それ……」

「僕が今こうして学校に通えるのも、まともに生活できるのも理事長様のご厚意のおかげだ。それで僕は昔聞いたんだ、『どうすればこの恩を返せますか?』ってね」

 真也はなつかしそうな表情で口を動かしつつ、手も動かして黙々と洗浄機にセンサーを放り込む。

 理事長とは天神理事会のトップのことであり、当代においては摂政を務める天ノ原家の人間でもある。

 それが真也の後見人だった。

 いや、真也の顔と雰囲気から放り込んでいるように錯覚するだけで、実際はセンサーが精密機械なので丁寧ていねいに入れているのだけれど……。

「理事長様が真夜を助けてくださったのよね……。でも、こう言っちゃうのはよくないけど天皇家と摂政には皇民の保護が義務なんだからお礼なんていちいち受け取っていられないんじゃないの?」

「うん、困ったような顔をされたのを覚えてるよ……。でもね、理事長様は答えてくれた『なら、私の仕事を手伝ってくれ。君がいいことをすればするほど私の仕事が減るからね』って苦笑しながら……。後になって考えるとあれは明らかに聞き分けのない子供をさとすだけの言葉だったのかもしれないけど、僕は今でも理事長様の言葉を守ってるよ」

 そう言う真也も苦笑気味だ。

 他にも天ノ原家に援助してもらっている孤児はたくさんいるだろうし、正直陛下もいちいちお礼を受け取ってられないだろうと思っての発言だったけれど、野暮だったかな……。

「へぇ……いい話、かな。でも、ならクラスのみんなのために整備係、頑張らないとね!」

「んー、面倒臭いのは苦手なんだよ……」

「これもまた一つの善でしょ……っと、今の子で最後だよ。どっちが先に行く?」

「僕は最後でいいよ、お先にどうぞ」

「レディーファーストっぽいこと言ってるけど実はわたしに真也が終わった後のセンサーを外させてそのまま最終の片付け押し付ける気でしょ!」

「…………ノ、ノーコメントで……」

「はぁ、取り付けよろしく」



「お疲れ様、どうだった? 優果ゆうかはワースト2免れそう?」

「うん! 最高! 過去最高だよ! まぁ一年くらい測ってなかったから上がってて当たり前だけどね」

 結果はもう最高の出来だった。

「ふーん。まぁ僕も頑張ってみるよ」

「まぁ、せいぜい頑張ることね」

 調子に乗ってやたら上からになるくらいに……。

「なんか腹たつな……」

 会話しつつ真也の頭、利き手にセンサーを取り付けていく。

 セットが終わると真夜は担任を含めた数人の教師によって透明な隔壁魔術かくへきまじゅつの張られた空間の中に入る。

 担任一人の魔術では、生徒の魔術に負けて外部に被害がおよんでしまう場合があるので数人で隔壁魔術を張るのだ。

 人数差が五人以上になると、なんの補助具も使わずに一人で相手側の魔術を塗り替えることはまずあり得ない。

 ちなみに魔術隔壁とは内部で発動された魔術の効果を外部に漏らさないための魔術である。

 さっきわたしが発動した魔術も隔壁を越えることはなかった。

 真夜がクラスメイトたちと同じように、実技訓練室の中央のセンサーの前に直立する。

「天神真也、始めなさい。まず、改変規模を見ます」

「はい」

 先生の声で試験が始まる。


「(精神に『寒さ、冷たさ』に関するイメージを固定)」

「(精神世界の『寒さ、冷たさ』に関するイメージから『微弱な』『広範囲』を抽出)」

「(必要なイメージを固定)」

「(改変開始)」


 真也を中心に冷気が広がっていく。


 感情イメージの操作による魔術、魔術の基本である。


 精神世界とは、感情を持つ高度な生命体の精神、心の集合体であると考えられている。

 まず、精神世界の中にある自身の精神を一つのイメージに固定し、いろんな人の精神の中にあるイメージの中から固定したイメージに近いものを集めてイメージの塊を作る。

 精神世界の中のイメージは似た者同士を引き付け合う性質を持っているのだ。

 しかし、他の精神からイメージを引き付けるには、自分の精神を引き付けたいイメージに強く固定する必要が有る。

 精神世界は強力な流動性を持ち、一つのイメージが固定されることを拒むので固定するには強い精神が必要になる。

 いかに強い精神を持てるか、が魔術士の一番の才能だろう。

 精神が強ければ強いほど、精神世界のより深い領域にある大きなイメージを引き付けられる。

 魔術士によって作られたイメージの塊は、イメージの固定を嫌う精神世界から現実世界へと押し出され、現実世界を改変する。

 これが魔術である。


 引き付けるイメージは感情や信仰、事象や物に対する固定概念など、様々なものがある。

 また、精神の強さを精神強度、ソウルストレンジスと言い、SSと略すこともある。

 SSによって魔術士の力量の八割は決まる。

 そして、残りの二割が現在計測している改変規模などの要素である。


 真也の精神強度は、もしかしなくても魔術士の中でもトップクラス。

 しかし、真也は才能はわたしの予想を圧倒的に突き抜けていた。

 真也の集めたイメージの深さ、すなわち現実への強制力が、教師数人分のそれを上回ったのだ。

 結果、真也の魔術が教師の隔壁魔術を超えて、訓練室の室温がいきなり十度ほど低下させる。

『急激な室温の低下を確認、念のため避難することを推奨すいしょうします』

 天井のスピーカーが異常を知らせる。

「天神くん、魔術を止めてください! みなさん、部屋の外に出る必要はありません。もうしばらく辛抱しんぼうしてください」

 寒いといっても日本の冬の気候よりは暖かいので、我慢できないレベルではない。今は、まだ……。

 先生は魔術の発動ミスだと思っているのだろうか?

 でも……今のは…………。

 

「(精神の固定を解除)」 

「(イメージの抽出を止める)」

「(精神世界から現実世界へのイメージの流出を停止させる)」


「止まら…………ない? なんで!?」

 真也の驚いた声が訓練室内に響く。

 通常、魔術は魔術士が精神の固定を解除することで自動的に終了されるのだが……真也の魔術は今、完全に彼のコントロール下を離れていた。

『室温のさらなる低下を確認。改変規模、改変密度ともに増大! 室内の人員はすぐに退避してください!』 

 室温の低下は続く。

 五度をきってまだ止まらない。

「止まれ! 止まれ! なんで止まらないんだよ!」

真也が叫ぶ。 

真也が精神に集中しているのがわかる。

 振り返ると野次馬やじうまをしていた生徒は、室内の総合学部の生徒の必死の形相と緊迫した雰囲気に気圧されてとっくに立ち去っていた。

 室内で先ほどまでテストを受けていたクラスメイトたちもそのほとんどが逃げ出している。

 数名はクラスメイトである真也を助けるためにとどまって魔法を放つが、真也の魔術のもたらす寒さは止まらない。

 先生たちは扉の方へ後退しながらも必死に熱を発生させる魔法で被害を食い止めようとしている。

 魔術で抵抗しないのは真也の改変力が強すぎて、同じ魔術ではあっという間に飲み込まれてしまうからだ。

「天神くん! 落ち着いて! 魔術を止めるんだ!」 

 先生には真也の魔術が暴走しているようにしか見えないのだろう……。

 でも、真也はとっくに精神の固定を解除している。

 つまり、魔術を止めているのである。

 そしてわたしはそれをわたしの固有魔術こゆうまじゅつ精神支配せいしんしはい副次的ふくじてき精神世界せいしんせかい知覚能力ちかくのうりょくで理解した。

「天神くん! すまない……」

「…………え?」 

「先生! 待って!」

 わたしの制止の言葉は届かない。

 間に合わない。

 先生の放った振動魔法しんどうまほうが魔術の暴走でパニックになって防御の意識が完全に飛んでいる真也を襲う。

「っっっ!」

 真也の体が激しく揺れて、真也の意識を奪う。

 真也の体は冷えきった床に倒れた。

 先生たちの間から安堵あんどのため息が漏れる。

 意識を奪うと精神の固定は不可能になるため魔術は強制的に停止する。

 魔術士の戦いは相手の意識を奪った時点で終わるのだ。

 今のような特例がない限り。


 わたしは精神支配こゆうまじゅつの力で視た。

 真也の精神の陰から真也とは別の独立した精神が活性するのを。

 その精神は宿主を襲った攻撃魔法の発動元に狙いを定める。

「っ! (術式部分改変スペル・トランスファー!)」

 早い! 早すぎる! 真也の改変速度は異常だった。

 術式そのものを消し飛ばすつもりが、先生を狙った氷結術式ひょうけつじゅつしきの改変座標を書き換えるのが精一杯だった。 

 先生たちの数メートル横の空間が凍りつく。

 先生たちの笑顔も凍りつく。

 何が起こっているのか完全に把握できていない。

 無理もないだろう、意識を失った人間が魔術を発動できるわけがないのだから。

 わたしも固有魔術がなければ何も理解できなかっただろう。

 真也のもう一つの精神の攻撃は止まない。

 そしてその改変規模は徐々に大きくなってきている。

 逸らしきれないっ……。

 先生たちの全身がまとめて凍りつく。

 だめだ。

 真也の、真夜の陰の精神の魔術の力は異常だ……。

 氷漬けの先生は長くは持たない。

 真也のもう一つの精神を支配する!

The great soul大いなる魂よ Obey me obey the皇帝の血を受け継ぐ者 emperors blood煌牙之宮優果に服従せよ

 わたしの固有魔術、精神支配が真也に届く直前、陰の精神は真也の精神に隠れて見えなくなった。

 



 氷点下を下回った世界で動いているのはわたしだけだった。

 先生は凍りつき、生徒は強い対魔性能たいませいのうを持つ扉の外に退避して扉を閉じている。

 真也しんやのもう一つの精神は隠れてしまっていた。

 魔術の改変が止まり世界は徐々に元に戻りつつある。

 この世界は継続的な改変を行わない限り魔術、魔法による改変を回復するのだ。

 遮熱防壁魔法しゃねつぼうへきまほうで体を覆っているので寒くはないが、先生方の体力が限界に近いだろう。

 真也の完全な無力化の後すぐに熱魔法ねつまほうで氷は溶かしたが、先生方の意識は戻らない。

 すぐにでも助けを呼ぶべきなのだけど、真也の事が気になる。

 二つ目の精神のこと。

 圧倒的な魔術のこと。

「真也? 真也、起きてる?」

「…………」 

 反応はない。

 念のため脈をとったけど憎らしいくらい正常だった。

 しかし、彼の表情はけわしい。

 寝息もどんどん荒だっってきている。

 よほど怖い夢でも見ているのだろうか?

「真也、魔術の暴走は……」

「真也の精神はいびつすぎるけど……」

「真也、どんな夢を……」

 返事はない。

 荒い呼吸が返ってくるだけだ。

「真也、どうしようもなくて、他に方法がなかったとはいえ、ごめんね。わたし、あなたの精神をのぞいちゃった」

 そう、精神支配の力でわたしは真也の精神を一時的に覗き見た。

 それはつまり、彼のルーツを、彼の気持ちを、彼の心を覗き見るということ。

 真也の気持ちを、真也の過去を、真也の夢を………………。

「真也は変だね……。特寮に入った時も、戦闘機に襲われた時も、なんていうか慣れてしまってる。すぐに適応してしまってる。まるでそれが当たり前みたいにリアクションが乏しい……」 

 そう、真也は普通なら超異常事態である出来事にもすぐに順応してしまう。

 慣れてしまう。

 そして、変なのはそれだけではない。

「あとね、真也の記憶なんだけど、本当に十年前から昔は何もなかった。精神にアクセスしたら普通は記憶喪失関係なしに見えるはずのに…………。それだけじゃないの、この十年間もほんのすこしずつ記憶が抜けてる箇所がいくつもある…………」 

 どうなってるの?

 真也、あなたは何?

 出自不明で、最強の魔術士。

 記憶喪失が持病のオタク。

 真也、真也? や……夜?

 いや…………まさか、ね………………。




「優果?」

 真也が目を覚ましたのはそれから数十分後だった

 先生たちは部屋から運び出されて、訓練室では駆けつけた先生たちが被害を確認している。

 真也のことは話していない。

 正確には魔術の暴走の原因について、私は事実を隠した。

 真也の事情を勝手に覗き見て、勝手に報告するのは気分が悪いから……。

「……ここは? …………優果?」  

 目を覚ました真也は不思議そうな目でわたしを見上げていた。

 保健室のベッドで念のため寝かせてもらっていたのだ。

「保健室。……覚えてる? 真也が試験中に魔術を暴走させてどうなったか」

「そうだ! イグザミネーションはどうなった? 僕、魔術を止めたはずなのに止まらなくて……それから意識が……」

「そのあとは覚えてない? 先生にしたこととか……」

「先生にしたこと……魔術が暴走したこと?」

「……なんでもないわ」

 どうやら真夜は完全にさっきのことを忘れているようだった。

 先生に意識を奪われたあとは完全に覚えていないのだろう。

「……まあいいや、それよりイグザミネーションはどうなったの?」 

「えーと、今日は全クラス中止。明日以降に日程をずらして行うことになったわ」

「…………マジですか……」

 真也は真剣に落ち込んだ様子でうなだれた。

 無理もない、イグザミネーションの日程変更なんて前代未聞の出来事である。

 それが自分一人のせいで起こったとなれば、まさに悪夢…………。

「……まぁ、仕方ないよね! あの魔術の暴走は明らかに外部からの干渉のせいでしょ!」

「まぁ……気にしないで、みんなむしろ喜んでたし…………って、仕方ない!?」

「……うーん、優果のおかげで最悪だった気分が微妙な気分になったよ……。ありがとう」

「……どういたしまして…………」

 驚いた……真也はやはり異常事態になれすぎているというか、感情が薄いというか……、どうもアッサリしすぎている。

 イグザミネーションの延期が自分のせいで起こって、心の底から「仕方ない」と思える学生は相当なクズか、それとも…………。

 いや、真也が異常なのはわかってたことだし、今更かな……。

 帰る支度を始める真也にわたしは改めて話しかける。

「あの、真也に話があるんだけど……」

 我ながらなんてストレートなんだ……。

 なぜだか、真夜は顔が少し赤くなってたけれど、気にしないでおこう。

「じ、実はわたし……」

「ゴクリ……」

「昔、家族を殺されたの……」

「……急に重いな…………どうしたんだよ」

 確かに、重い。

 でも、わたしは真也のそういうものを勝手に見たわけだから、自分のことも話しておかないと気が済まない。

 わたしの過去を、わたしの最も嫌な部分を……。

 完全な自己満足で、真也からすれば迷惑な話だとしても、話さないといけない、気がする……。

「真夜は煌牙之宮邸襲撃事件って知ってる?」

「……知らない。なんとなく名前から予想つくけど…………。有名なのか?」

 わたしの実家を襲ったテロ事件。

 死者、五十四人、その全員わたしの家族。

 正確には家政婦さんや執事が半数を占めているけど……全員、毎日顔をあわせる仲だった。

「うん、六年前のことなんだけど、テレビとかで見なかった?」

「あー、孤児院にはテレビなかったから……」

「なら、京阪事変ならどう?」

「それなら、さすがに知ってる。柊家がその内通をして関白や御三家を剥奪されたんだっけ?」

 未だ、日本国民が隣国を特別敵視する原因である「京阪事変」。

 それは六年前の八月に日本の第二首都「京阪地区」とそれを囲む関西地区が中華帝国とオーストラリアから受けた奇襲を元に始まった戦争だ。

 戦争自体は三日間という短い期間で決着がついたが、京阪地区には未だにその傷跡が残っている。

「…………煌牙之宮虐殺事件。御三家の一角である煌牙之宮の本邸を襲ったテロ。星神教徒の仕業ということになっているけど真実は中華帝国の攻撃だった」

「…………御三家の家を襲う? 正直な感想で気を悪くしないで欲しいんだけど、それは自殺行為じゃないか? 中華かオーストラリアの軍全体が来たとしても第二首都である京阪地区は陥ちないんじゃないか?」

 確かに、煌牙之宮と京阪地区が万全ならそうだろう。

 御三家は、日本皇国の第二首都はそういうレベルの力を持っている。

「うん。奴らは少人数で来た。多分五十人もいなかっただろうっていうのが調べた結果」

「……それこそ本末が転倒してないか? そんな人数で御三家の邸宅を襲って勝ち残れる戦力なんて世界にはほとんど存在しない……。中華にそんな力があるなんて聞いたこともないけど……」

「それは違うわ。煌牙之宮にそこまでの力は無い。事実、家族は、もう、この世にいない……」

「敵はどうやってそんなことをやったんだよ……」

「広域空間破砕魔導の三連続攻撃」

「広域空間破砕魔導!? 連続!? そんなことは魔術的に不可能じゃないのか? 莫大なイメージ量の計算が合わない! そもそもそれはM1条約違反じゃないのか?」 

 広域空間破砕魔導の魔術フェーズには、その改変規模に見合う莫大な量のイメージが必要だ。

 術式も多くて五個、たとえそれだけの量の術式を用意して、術式を切り替えて魔術の種類を分散しても精神世界の同系統イメージぼ枯渇が原因で五発目以上は発動できないのだけれど、裏技がないわけではない。

 ちなみに、広域空間破砕魔導は広い範囲を破壊する魔導のことである。

 M1条約というのは、そういった大規模な破壊をもたらす魔道や兵器などの使用を制限することを「太陽系連盟」・「地球協和連合」・「U.P.SS」の世界三大勢力間で定められた、世界共通の戦争条約だ。

 要するに現代の戦争のルールである。

 これを破ることは三大勢力を敵に回すことを意味するはずなのだが、世界中で禁止規定級の魔道の開発は絶えない。

 実戦投入されたことも少なくはない。

 その場合、国籍を表向き秘匿する必要が有るが、「京阪事変」のときの中華帝国はまさにそれをやってのけたのだ。

 そして、地球協和連合は中華帝国を庇い、結局条約違反の件はうやむやになっている。

「…………だから奴らは作ったんだよ、イメージを……。使用された魔導式は一つ、魔導士は二人。イメージの枯渇は補充で解決する。補充方法は………………」

「贄…………? どうゆうこと?」

「生贄、人間を数万人拷問すれば大量の苦痛イメージが精神世界に生まれる。あとは魔導士のスタミナ次第……」

「人間を拷問? 国民を?」

 真也は怒りを押し殺すように静かに尋ねる。

 わたしが迫力に一瞬飲まれてしまうくらいの怒りが真夜を包んでいた……。

「……ええ、そしてちょうど十回目の攻撃でうちの保護防壁が崩れた。あとは五十人弱の工作員が侵入してズタボロにされたわ。みんな保護防壁の連続生成で満身創痍だったから…………」

「優果は生き残ってるよな? 煌牙之宮が今も続いているのは……その……どういう…………」

「あー、兄弟姉妹は全員無事だったの。私たちは旅行に行ってたから……。帰ったた時にはもう血の海だった…………みたいな……。もちろん、わたしは幽霊じゃないよ」

「あぁ、それで、中華を恨んでるのか……」

 真也の表情は普通の人と変わらない。

 少しは期待したんだけれど……やっぱり真也も普通だった……。

 ただ、哀れみの目でわたしを、兄弟姉妹わたしたちを見ている。

「…………ねぇ、真也……もし、中華の軍と戦うことになったらさ……わたしに譲ってくれる?」

 だから、真也の返事に驚いてしまった。

「…………確約はできない。僕は、僕にも許せないことはある」

 それは、大切な友人が道を踏み外すのを見過ごせないということだろうか?

 それとも真也も中華を恨む理由があるのだろうか?

「なら、もし、その時がきたら真也はわたしの敵になるの?」

「僕が優果を本当に大切だとその時、思っていたなら僕は優果の敵になるかもしれない……」

「そう、真也は…………なんでもないわ……」

「そうか、なら帰ろう。看病ありがとう」

 会話と空気を断ち切るように真夜は立ち上がりカバンを差し出してくる。

 気まずさで、曇った顔を見られたくなくてカバンをひったくると、真也に背を向ける。

「どういたしまして。……優しく看病してくれる美人なお姉ちゃんに惚れちゃったかな?」

「…………」

「……ちょっと、ここで黙らないでよ! せめて突っ込んで!」

 別の意味で気まずさがマックスに達して赤面して振り向いた先にいたのは真也であり、真也でないモノだった。

 ソレは口を開いてこちらに向けて言葉を放とうとする。

 声が空気を震わせる前にわたしの固有魔術でソレを拘束しようとしてやはり失敗した。

「全く、うるさいな……。ん? その髪、その瞳、この力…………君は煌牙之宮の娘か?」

「陰のヤツ! 陰のくせに真也から離れなさいよ、この寄生虫!」

 そこにいたのは真也の体を使って動く謎の精神体だった。

 真夜の魔術を暴走させ、先生に攻撃を仕掛けたモノ。

 おそらくは自らの意思で現界できる高位の神霊かなにかだろう……。

「ずいぶんな言われようだな……。陰、か…………。言っておくが、寄生しているのはこいつであって俺ではないぞ、真夜しんやは俺の名だ」

 ソレは語る。

「真也を乗っ取るってこと? 交渉決裂ね」

 家族と家を事件で失ったわたしは心の拠り所と人とのつながりを持つことを恐れるようになっているとカウンセラーに診断された。

 得寮とそこに住む人たちは六年前から、家、家族以外で初めて大切な場所と、認めた大切な人たちと、数少ない場所、人たちなのだ。

 真夜ももうその一員で、失うわけにはいかない。

「はぁ……煌牙之宮の娘とやりあうつもりはないよ、国力を損なうような無駄は許されない。こいつに主導権を返すから、今日のところはそれで勘弁してくれ」

 心底、面倒臭そうにため息をつくソレは真也そっくりで苛立ちが募る。

「…………わかったわ。ならとっとと眠って!」

「あぁ、その前に一つだけ、君の名前は?」

「……煌牙之宮優果」

 ソレはわたしの名を訪ねてきた。

 どうせソレは天神真也とでも名乗るのだろう。

 一瞬無視してやろうかとも思ったけれど、それはそれで子どもっぽい気がする。

「わかった。優果、俺の仲間になれ。俺の方がこいつより君を救ってやれるぞ」

「ありがとうございませんでした。さっさと消えて!」

「はいはいっと、もう一つ聞くことがあった……」

 まだ、あるの!? と思ったけれどこれ以上無駄に引き延ばすのもだるい。

「優果、君は新人類創造計画というモノを知っているかい?」

「何? それがなんなの?」

「なんでも……知らないならいい。おやすみ」

「…………?」

 そしてソレは姿を消した。

 いや、ガチで姿を消されると真也も消えてしまうのだけれど……。

 今のことは今度、友希先輩にでも相談しておこう。

 真也の陰の精神のことと、ソレが訪ねてきた「新人類創造計画?」のことを。

  結局、再び真也が目を覚ますまで、わたしは保健室で待つことになった。

 本当、だるい……。

 陰め! 迷惑この上ないヤツね……。

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