二章

 朝、意識いしきが夢の中の二次元にじげんワールドから帰還きかんした真也の体は複数ふくすうやわらかいかたまり圧迫あっぱくされていた。

 もしかして、もしかするとこれはあれなのか? 

 ラノベでよくある寝起ねおきドッキリのイベントなのか?

 軽くしたんでみたがしっかり痛い。

 夢じゃないんだ。

 二次元ワールドからはしっかり帰還している。

 そういえば昨日の夜、僕は美少女なお嬢様方じょうさまがたとむさ苦しいお坊っちゃまがたが適当に寝転ねころがっている巨大ベットで夢の世界へ飛んだのだった。

 四日前にこの寮に来てから一昨日おとといまで、三日間は部屋で寝ていたのだが、毎日さそわれるので(いかがわしい意味は皆無かいむ)、ついにれて昨日からこの部屋で寝ることにしたわけだ。

 さて、経緯けいいはともかくどうする僕。

 僕は少しの間、目を閉じたまま行動の指針ししんを決めるべく、思考をフル回転させる。

 考えろ、僕。なにがベストだ?

 ここは寝ぼけた風をよそおってさわりに行くべきか?

 うん。まず間違いなく、死ぬな。

 じゃあ、このまま寝たふりで今の感触を楽しむか……。

 まぁ、それがベストな落としどころかな…………。

 ……? まて何か変だ。 

 この感触は中学時代に孤児院こじいんで感じたことがあったような…………たしかあれは……模擬戦もぎせんやってた時だな。

 なぜ模擬戦のことが今のパラダイスとつながるんだろう?

 ん〜〜?

 ビビリで理論ばっかの未踏みとうにいさんに僕が実践じっせんを教えてやるよ、とか言って訓練してた時、兄さんはいつもいつもその才能をありったけつぎ込んだ最高の障壁魔法しょうへきまほうをつくっ……………………

 「それだー!!!」

 大声を出して、ね起きた僕の体には、軟性障壁魔法なんせいしょうへきまほう特有の心地よさが今も残っていた。

 いやそりゃあ思うでしょ! 

 男女で一つのベット寝て、起きた時に体にこんなソフトなものがくっついていたら期待するじゃん!

「お、おはよう。真也しんや、朝からハッスルしてるわね……」

「その言い方! 悪意こもってんだろ優果ゆうか! してたよ! してましたとも、障壁しょうへきにだけどなチクショー!」

「もぅ、エッチなんだからぁ!」

「やめて、やめて心が死んじゃう! まじで!」 

 真剣しんけん魔術構築まじゅつこうちくかなめである精神強度ソウルストレンジス大幅おおはばに低下していく気がする。

 魔術まじゅつ出来できはその日、その時の気持ちに左右されるから厄介やっかいだ。

「「レッツ、ハッスル!」」

「…………」

 今日は府高ふこうの入学式なのだが、若干の引きこもり願望がんぼうのある僕としてはもうサボりたい気分だった。

 朝から心がけずられるし。

「ふあぁぁぁあ。真也、今何時?」

「六時ぎですね」

 びをして、みなとを起こしつつ僕に聞いてくる寝癖が酷い友希ともきさん。

 湊は起きた直後に友希さんに抱きついている。

 仲のいいご兄妹きょうだいでいらっしゃる。

ひかる颯太そうたは?」

「あの二人は朝早いの」

「輝は朝は研究してるし、颯太はトレーニングしてる」

 優果とアリサさんの言うことには、あの二人は努力家らしい。

 三日間は朝起きてから、朝ごはんの声がかかるまでずっと部屋から出なかったから知らなかった。

 明日からどっちかとご一緒いっしょさせてもらおうかな。

 昨日は緊張してなかなかねむれなかったせいで生活習慣が乱れてしまった。

 生活習慣の乱れは孤児院にいたころ最もきつくおこられたことの一つなので今も気をつけている。

 魔術まじゅつ魔法まほうも体調によってその効果が多少たしょうではあるが変化するので、魔導士まどうし魔術士まじゅつし魔法士まほうしにとって遅寝遅起おそねおそおきは、魔導まどうの発動時にミスをまねくという大きすぎるリスクをはらんでいるのだ。

 ここにいる天才ども……おっと、天才な方々と才能あふれる僕はその例外に当たるレベルの技量を持っているのかもしれないが…………。

優姫ゆうひ先輩は?」

「あれ? いつもは一番遅く起きてくるんだけど……」

「あ……まさか……」

 何か心当たりがあるかのように優果がうめく。

 表情からしても相当やばそうだ。

「優果? どうしたの」

「リサ姉、やばいよ。たぶん朝ごは」

『みんなーー、ご飯できたわよー!』

「「「げっ」」」

「……。やっぱり……姉さんはこれだから……」


 みんながなぜあんなに嫌そうな顔をしたのかは食堂に着く前に発覚した。

 階段を降りて、角を曲がり食堂に面する廊下ろうかに出た瞬間にくさにおいが僕たちの鼻をおそったからだ。

 食堂の中での惨劇さんげきはだいたい想像がついたけど逃げるわけにもいかない。

 準備はいいですか? のつもりで後ろをり返ると僕以外のみんなが廊下の角の向こう側からこちらをのぞいている。

 優果がゴーサインを出しているようだ。

 本来ならば慌てて角の向こうまで退避たいひするのが僕だが、女の子が作ってくれた料理は最後まで食べるべきかもしれない、と思い直し、ドアに向かう。

 僕の理想の主人公とはそういうキャラだからな。

 決意を固めてドアを引く僕。

「優姫先輩! 朝ごはんいただきに来ましたー……あ?」

 やばい、室内の匂いはさらにひどい。

 毒ガス室かよぉぉお! 

「真也くん! あががれ!」

 なぜだろう美しくメイドドレスを着込きこんだ優姫さんが僕と二人きりの空間で食卓しょくたくに手料理を並べてくださっているのだけれど……正直、笑顔が怖い。

「はっ、はっ、はいぃ! 席に着きます。ごめんなさい」 

「フフッ。どうして謝るんです? 真也さんなにも悪いことしていないでしょう?」

ごめんなさい。かんべんしてください。この素晴らしいご飯を僕ごときが食べてしまうことに謝罪をしたんです。僕にはそれは食べられません。それよりご飯とても美味しそうですね。ごめんなさい。朝からこんなご飯をいただけるなんて幸せの限りです。マジでこれ食べるの? 無理じゃね?この世に生まれてきてよかったレベルの。よだれが出てきてしまいますよ ゴクリ」

 しまったぁぁぁ、恐怖でつい建前たてまえを言ってしまったぁぁぁあ。

 もう引き返せないよこれ…………。

「あのこれはなんでしょう?」

 茶碗ちゃわんのような皿に盛られた黒い小さなつぶつぶの塊を指差して僕はたずねる。

「ご飯よ! 少しこうばしくなっているけど」

「…………。……これは?」

 味噌汁椀みそしるわんの底にあるカチカチの塊たちは?

味噌汁みそしるよ! 少し水分が少なくなってしまったけど」

「…………。いただきます」

「召し上がれ!」


 数十分後、優果たちによって僕の命は救われた。

 

 その一時間後、部屋で休憩していた僕のところへ、例によってバステトさんが迎えに来た。

 食堂の換気がまだ不十分なので、今日の朝飯はテラスですることにしたらしい。

 テラスは二階から繋がっていてかなり広い。

 特寮に来た次の日に優果と輝に特寮の中を案内してもらったので、場所は覚えている。

 この三時間もかかった特寮の案内でもいろいろあったのだが、面倒く……それはまた別の話。

 


 すでに特寮の住民全員がテラスに集まっている。

「姉さん! ご飯は私に任せてって何回言ったらわかるの?」

「だって、だって妖精さん可哀想かわいそうですよ! いっつも優果のためにこき使われて、なのにお礼の一つもないなんて! だからわたしが料理を……」

 煌牙之宮こうがのみや姉妹しまいゲンカが勃発ぼっぱつしていた。

 僕のとなりでバステトさんが「ふぐぅ……優姫ゆうひさま! 不詳私ふしょうわたくし、一生あなたについて行きます!」とか言ってるけど無視しておく。

「姉さん、人はあれを料理とは言わない…………」

 優果はなかなか容赦ようしゃないなぁ、手加減てかげんしろよ。

「確かにあれは料理というより炭だな」

 友希さんも容赦ねえ! ひどいなあの人。

「あ、真也くん! ごめんね」

「いえいえ、気にしてないですよ。すんだことは仕方がないですし」

「あぅ。申し訳ない」

 優姫さんその表情反則ですよ! ゆるす以外の選択肢せんたくしがなくなるよ!

 まぁ、もともとおこるつもりもなかったけど……料理の腕がアレなだけでけっして悪気はなかったんだしね。

「真也が許すならまぁ……」

「優果にしてはめずらしくあっさりしてるな……」

「(まだ出会って四日目なのに……いや、まぁ今回は真夜を見捨みすてた私たちにも問題があるというか……)」

 優果が漏らしたつぶやきは小声でもバッチリ聞こえていたけどここは難聴なんちょう主人公をえんじておこう。

 主人公とはそういうものだからな! 

 ……でも、金髪残念ヒロインってこういう主人公の難聴にその場しのぎで許されて、最後に一番苦しんでるような……まあいっか。

「朝ごはんにしようぜ! 真夜、優姫ゆうひ、優果。みんな待ってるし、今日もオレたち二年は普通に登校なんだからそろそろ時間やばいぞ、優姫」

 友希さん、あんた良い笑顔でまとめてるど、隣で笑ってる輝と颯太と違って僕を見捨てた優果と共犯だからな! 

 翔朧かけるは反省してるっぽいからいいけども……。

「じゃあ食べようか!」

「「「「「「「「「「「「いただきます」」」」」」」」」」」」



『先日、人工島セントラルで行われた連合代表会議れんごうだいひょうかいぎで、地球協和連合ちきゅうきょうわれんごう日本皇国にほんこうこくに対し経済封鎖けいざいふうさを行うことを正式に発表しました。U.S.C.Aアメリカ大統領のジョゼフ・マクリーン氏は日本への支援は一切行わない方針を打ち出しました。現在、日本皇国は地球において完全に孤立したと言えるでしょう。今後のことやこの出来事の背景について天神大学あまがみだいがく教授きょうじゅけん学生がくせい天神可憐あまがみかれんさんにお話をうかがいました』

 朝日の差す、ほんの少し肌寒はだざむいテラスのテーブルの上でラジオが放ったニュースはなかなかに衝撃的しょうげきてきだった。

「まじかよ! 貿易封鎖? これはやばいんじゃないか? 太陽系連盟本部たいようけいれんめいほんぶ、火星からの定期便の食料は増量されるだろうけど……」

「友希先輩の言う通り、星間貿易せいかんぼうえき星内貿易せいないぼうえきに比べてコストがバカ高いからな……。下手すると連盟内の貿易コスト軽減けいげんがくを超えるな」

「輝? 本当なの?」

「は、はい」

 うん、なかなかじゃなくて、物凄ものすごく衝撃的だった。

『はい。そうですね、今回のことはおそらく国連こくれんとASAに大英連だいえいれんが押し切られたのだと思います。国連内部も多少もめたのではないでしょうか、南ア民協なんアみんきょうは日本とは比較的ひかくてきに仲がいいですからね…………』

「姉さんだ……」

「え? ほんとだ! 『天神あまがみ』、だよ」

「おいおい、未踏みとうさんといい、天神孤児院あまがみこじいんの出身者の天才率高すぎないか?」

「あはは、たまたまだよ……」

 輝ったらたまたまに決まってるのに、なんかかんぐるような目でこっちを見てくるなよ。

 確かに孤児院はしつけとかきびししかったけど、そんなガチで勉強させられたわけでもない。

 たまたま僕たちの世代に天才が集まっていただけだろう……僕も含めてね!

「それに比べると真也さんはモブ感ハンパないですね! カッコわら! とても異能科総合いのうかそうごうクラスとは思えませんよ」

「あ、礼称れあ先輩よくぞ言ってくれました! それ私も思ってたんです!」

「ほっとけ! どうせ僕は主人公にあこがれるただのモブだよ!」

終湖つきこちゃん。失礼だってば!」

「うっさい、響介きょうすけ!」

終湖つきこやめろ。うるさい」

「わかりました。お兄ちゃん!」

 この二人は特寮に住む中学生で府中の生徒だ。

 入寮歓迎会にゅうりょうかんげいかいの時は先に寝ていたので翌朝紹介しょうかいされた。

 一人目は音無終湖おとなしつきこちゃん。

 名の通り、魔術まじゅつの名門、裏三家うらさんけが一角の音無家の娘である。

 変な名前だと思って由来ゆらいを聞いたのだが教えてもらえなかった。

 翔朧かけるのことが大好きらしい。

 お兄ちゃんと呼んでしたっているくらいだし……。

 新中学三年生でそのまま来年は府高に進学するらしいが見た目はかなりロr……幼い。

 二人目は天草響介あまくさきょうすけくん。

 終湖つきこと同じ府中の新三年生だ。

 ちなみに天草は煌牙之宮こうがのみやの分家である。

 彼の年の離れた兄が煌牙之宮の長女、つまり優果と優姫ゆうひの姉に婿入むこいりしたらしい。

 二人ともいい子である。

 間違えた。一人はいい子だがもう一人は憎たらしい……。

 あとなにげに礼称れあにディスられた……。

 この子、悪口言ってる自覚ない上に、彼女の性格上、言い返しにくいからたち悪いんだよな…………。

「そういえばおれが前に大学に頼まれたかぶのプログラムも天神可憐さんの依頼いらいだったな」

ひかるさん、すごいですよね! そんなものを何でもないように作ってしまうなんて!」

「そ、そうか? 礼称れあめられると照れるなぁ……。まあ小さい時から色々勝手に研究させてもらってたからなぁ」

「輝は自己中じこちゅうなだけでしょ」

「優果、っかかっていかなくてもいいでしょ」

「リサ姉! 本当のことじゃん! 礼称が勘違かんちがいするのは見過ごせないから……」

「へぇ、礼称に輝を取られたくないと」

「誰がっっ」

 結局けっきょくアリサさんも突っかかってんじゃないですか……。

 この言い争い止めたいのか、あおりたいのかわかんねえよ!

 礼称は輝が好きなのかね……輝はまんざらでもなさそうだけど。

「アリサ、さすがにそれはないから! おれはア……いやなんでもない」

「ちょっと、輝! それは私に失礼じゃないの?」

「先に失礼なことを言ったのは優果よ……」

「姉さんはだまってて!」

「あぅ」

「優姫先輩……優果言い過ぎだろ!」

「優果も輝も落ち着いたら? 二人とも顔真っ赤だよ…………あと、真夜、怒るところほかにもあるでしょ……」

「なっ、ばっ、ちがうし!」

「い、いやおれは別にアリサがどうとかではなくてだな……」

「優姫先輩を守るのが今の正義だろ!」

 颯太のピュアピュア発言に二人はいっそう赤くなって俯いてしまった。

 恐るべき無自覚クリティカル攻撃だな……。

 僕は負けないがな!

「いったん落ち着け! あと、二年はそろそろ出発しようぜ。中三もな」

「「「「「はーい」」」」」

 おぉ、友希さん強いな……ちょっと見直したかも。

「じゃあ、ごちそうさまでした」

「「「「「「「「「「「ごちそうさまでした」」」」」」」」」」」

 二年生の友希さんと優姫先輩、中学三年の終湖つきこ響介きょうすけ、そして当たり前のように友希さんにくっついて登校するらしいみなとがいなくなって僕たちの会話はしぼんで…………いかなかった。

 不毛な論争はそのあと僕たちが府高へ最初の登校をするまで続いた……。



 ガタンゴトンと電車にゆられはしないが、モノレールである天レールの通常列車に乗った僕たちは八人用の個室で談義だんぎしていた。

 部屋にいるのは僕、天神真也あまがみしんやひかる颯太そうた翔朧かける優果ゆうか礼称れあ、アリサの七人だ。

 会話はほとんど窓から見える景色の説明についやされている。

 僕たちは家を出たあと、まず車で東街道駅ひがしかいどうえきまで移動し、そこからあまレールに乗って海道駅かいどうえきへ。

 その後、電車を天神中央駅あまがみちゅうおうえき通称つうしょうセントラルターミナル行きの通常列車に乗り変えて今にいたる。

「あれが海道町の全貌ぜんぼうだよ、礼称れあちゃん。」

「へぇ……上から見ると湾に面していたんですねぇ……」

「そうそう、あれは海神湾うみがみわんって言って中央に小さな島があるでしょ」

「うん」

「あそこに海菜うみな様がまつられた神殿しんでんがあって、あの島全体が海神神社うみがみじんじゃになってるの」

「優果ちゃん、海菜様って?」

「最初の摂政の娘の一人で天神島の二人の創始者そうししゃの一人よ」

「すごい人だということはなんとなくわかりました……」

「ちなみにもう一人の創始者は氏神空うじがみそらさんでおれの家、氏神家うじがみけを開いた人だな。空さんは島の反対側の天神山あまがみやまの山頂にある天神神社あまがみじんじゃ神殿しんでんまつられている」

ひかるさんのご先祖様せんぞさまですかー……バリバリパソコンとか使ってそうですね」

かさねてちなみに、このお二人は今でも生きている」

「ええっ? どういうことですか?」

「それ、天神島では常識なんだけど意外なことに公表されてるわけじゃないから島の外の人はあんまり知らないんだよなー」

ひかるの言う通りで、島の人の間では常識だから覚えておいたほうがいい。颯太もな。……じゃあ話すけど、お二方は自然化しぜんかされているんだ。しかも、99.9999パーセントも」

 自然化しぜんか、それは魔法まほうによって引き起こされる現象である。

 文字通もじどおり体が自然の現象や物と同化どうかすることだ。

 固有魔法こゆうまほうとの関連性かんれんせいうたがわれているがくわしい原因はわかっていない。

 また、自然化は魔法士特有まほうしとくゆうの現象で魔術まじゅつしか使えない場合に発症はっしょうすることはない。

「でも、真也くん。それは死んでいるのとほぼ同じことなのでは?」

「ああ、だが実際、天ノ原海菜あまのはらうみなさんと氏神空うじがみそらさんは……」

「生きている」

「そうだ。颯太。このお二方は生きている。意識を保ったまま体の九割九分以上自然化したというとんでもない人たちなんだ!」

「けど、真夜。体の九十九パーセントが水とかになって意識を保つなんて可能なの?」

「できちゃってるんだからしょうがない、としか言いようがないな」

 魔法士まほうしの中でも魔術まじゅつに対する適正をあわ魔導士まどうしに多く起こる意識を保った自然化。

 魔法士の多くは自然化するとそのまま体がその自然となって世界の一部になってしまうだけだ。

 しかしまれに自然化しても精神せいしん消滅しょうめつせず、体の半分水だけどしゃべれるし考えれちゃうよ、みたいな人が出てくることがある。

 お二方はその究極きゅうきょくだろう。なにせ……

「体のほぼ百パーセントが水や空気になっても精神を止めているのだからな。大したものだよ。世界中を探してもそうそういないだろうな」

「真也……なんでそんな上からなの……輝でさえも敬意を払ってるのに……」

「おい颯太! でさえもっ、てなんだよ! でさえも、って」

「あれ? 上からだった?」

「はい。それはもう、『こいつら僕の弟子なんだよ。ほめめてやってくれ』って感じでした」

「そこまで!?」

 僕どこまで俺様おれさまなんだ……一人称いちにんしょう変えるべきかも…………。

「と、とにかくそういう人があの島にまつられてるんだよ……」

「「(ごまかしたな……)」」

「なんだって? 聞こえなかったんだが」

 難聴なんちょうのフリにはには無理がある距離だったが二人は見逃してくれたようだった。

 こういうところはぜひアリサさんと優果にも見習ってもらいたいところだ…………。

「じゃあ、話を戻すけど、海道町はあの湾に沿うように半円の形をしているの。そして、特寮はその西の外れにあるわけです」

「ビーチは神殿とかあるけど一般開放されてるから夏にみんなで遊びに行こうな!」

「「ぜひ!」」

「いいな!」

「優果ちゃん、優果ちゃん。ひかるったら女の子と夏に海へ行く約束なんか取り付けてるわよ」

「ほんとだよ、リサ姉! ひかるったら不潔ふけつですね」

「まてまて、礼称れあだけじゃなく真也も颯太も誘ってるだろうが! 翔朧は例年通り来るだろうし……」

ひかる、悪いけど、言い訳にしか聞こえないぞ」

「真也まで……」

『まもなく、天神中央駅。デパート「ユグドラシル」、魔導図書館まどうとしょかん地区府ちくふ天大てんだい行きエアバス発着場をご利用の方は次の駅が最寄駅もよりえきです。また、この電車は次までです。…………』

「もうすぐか! セントラルターミナルはデカいからな、礼称とかは初めに特寮に来たときしか見てないだろ。そんときは緊張してて感動うすかったんじゃないか?」

「はい。ひかるさんのいう通りです」

「改めて見るとすごいぞ。さすがに中学三年間ほぼ毎日見てた、おれと優果とアリサはきてるだろうけどさ」



 セントラルターミナル。

 世界樹せかいじゅの二階にある巨大な天神あまがみモノレールの中央駅。

 天神島あまがみじまのすべての路線の終着駅であり始発駅であるこの駅は当然、ものすごくでかい。

 半径一キロもの広さの構内こうないいくつものレールがならんでいるて、その周りにはコンビニなどの店や簡易休憩場かんいきゅうけいじょうなどが線路の間に点在てんざいしている。

 その天井てんじょうは二キロも上方にあり、そこからは無数の青白い光の粉がりてくる。

 そのスケールは圧倒的あっとうてきで、まるで夢の世界の駅である。

「うわぁ……。……優果ちゃんすごい。すごいよ! わたし、前来たときはなにも見えてなかったんだね! このボゥっとした雪みたいな光るものはなんなの?」

「それは世界樹の破片だな世界樹は日々成長しているけど、それを食い止めるようにちていってるんだ。ここの天井や壁はちょうどその最先端で、世界樹がくさって光りながら落ちてきているわけ! 綺麗だろう! 腐っているといっても、この破片は空気に溶けるから気にしなくても大丈夫だぞ」

「真也さん物知りなんですね」

「あー、孤児院でずっと兄さんに雑談ざつだん聞かされてたからなぁ」

「それはおれでも知ってるぞ」

「さすが、ひかるさんです」

「あ、あぁ……でも、なんていうか久しぶりなせいでおれまで圧倒されてるよ……」

「……今だけはひかるに同意見ね…………」

「やっぱスゲェよな!」

「「「「「はー…………」」」」」

 天井へと伸びるエレベータは緑色に発光し、木のみきの壁にはばまれて外の光が入らない構内こうないを照らし、雰囲気ふんいきをさらに神秘的しんぴてきにしている。

「おーい、ひかる、優果、礼称れあ、真夜、颯太! そろそろいかないと……」

「帰りに好きなだけ見ればいいから今は行こう。乗りおくれたら次はギリギリになる。予約も取れてないから早く行かないとすわれないぞ。」

「「「「「はーい」」」」」

 ほうけたように、あー、実際にほうけて立ちくしていた僕らは、感動がうすそうなアリサさんと翔朧かけるに言われて歩き始める。

 ちなみに世界樹の中でも腐食ふしょくが起こっているのは二階の天神中央駅と一階というか根の下の皇城こうじょうの上だけで、他の階はこんな風に発光する粉がっていたりはしない。

天大府高てんだいふこう駅行きは何番線なの?」

「そういえばおれも知らずに歩いてたよ」

「颯太も、礼称れあも覚えておいた方がいいわね。海道駅から天神中央駅に入る路線は十八番線、天大府高行きの路線は四十六番線よ」

「十八番、四十八番か了解!」

「颯太、本当にわかってんのか? おまえこういうの苦手っぽいけど……」

「あはは……まあね。そのうち覚えるかなって」

礼称れあは覚えた?」

「うん。わたし昔から物覚いいの」

「セルフの昇降板しょうこうばんけっこう減ってるな。ほとんどガイド付きのしか残ってないじゃん」

「この時間帯は新入生がいっせいに登校するから、十八番線の昇降板を使うのは半数くらい学生生活区である海道町の生徒でしょ。学年の半数が異能科いのうか府高ふこうじゃみんな自力で昇降術式しょうこうじゅつしきとか重力魔法じゅうりょくまほうとか使えるからセルフばっかり減るのも無理はないんじゃない? ねぇ真也」

「ああ、優果の言うとおりだろうな」

 半径二キロと聞くと乗り換えで一苦労、と思うかもしれないが実際はそこまで面倒くさくもない。

 各ホームにある昇降板にのって開けている上方の空間を飛び、任意のホームへ移動できるからだ。

 ガイダンスの言葉に従って専用に備えられた、魔術士まじゅつしなら術式じゅつしきを、魔法士まほうしならADアシスタントデバイスによって昇降板を飛ばす。

 もちろん、異能使いのうつかいでなくては昇降板は利用できない、ということはない。

 たまたま、居合わせた異能使いに同乗させてもらうのもいいし、ガイドさんのついている昇降板で移動することもできる。

 僕たちにとってはガイドさんは必要ないのだが、駅員の中ではけっこう重要な役割である。ここセントラルターミナルにおいては、だが。

「僕が動かすよ。輝、みんな乗ってる?」

「ああ、よろしく」

重力魔法じゅうりょくまほう、起動! 四十八番線へ」

『移動開始します。慣性軽減魔法かんせいけいげんまほう併用へいようでスピードを上げられますが如何いかがいたしますか?』

「ああ、慣性軽減魔法、起動!」

『では、移動を開始します』

 ガイダンスの声とともに音もなく昇降板は空中へ昇り、あっという間に天井とフロアの床の中間までやってきた。

 昇降板はその全てがプログラムで管理されていて、同じ高さに同時に一機以上の昇降板が上らないようになっている。

 高さが二キロもあるのはこのためなのだ。

「うわぁ、早いです! 高いです!」

礼称れあ、はしゃぎすぎよ」

「あぅ……すみません」

「フハハハハ! 人がゴミのようだ!」

「真也、バカなの」

『バカなのです』

「んなっ……おまえいつから僕の端末に戻ってたんだよ」

『ヘッヘーン! 端末? まぁいいや、難波愛七なんばまな、参上なのです!』

「聞けよ……。……まあいいけどさ」

「ちょっと、真也! 四十八番ホーム過ぎてるんですけど!」

「優果……なに言ってんだよ。ガイダンスにコントロールされてるんだから行き過ぎるわけないだろ……」

「いえ、真也さん。本当に通り過ぎています……」

「はぁ? 礼称れあまでそんなこと言って、そんなわけが……わけがって、オイィどうなってんだ!?」

「ね、ねぇ真也、今ブレフォンのスピーカー機能オンにしてるの?」

「はぁ? 駅の中でそんなことするわけ無いだろ! 優果、僕のことなんだと思ってんだよっ。そもそもブレフォンの電源は今切って……あれ? オイ、愛七まな……お前ぇ今どこから喋ってんだ?」

『昇降板のスピーカーですけど?』

「このボケェ、何が、ですけど、だ! ガイダンスは?」

『知らないですよ! そんなの私が割り込みかけた時点で止まったんじゃ』

「オイオイオイ」

「真也! 前!」

 慌てて前を向くと他の人の乗った昇降板が前からせまってきていた。

 乗っているガイドさんが慌てて軌道きどう変更させる。

「「静止魔法せいしまほう、展開!」」

「なっ! バカ私に任せなさいよ」

「今のはおれの方が早かったろうが!」

 優果と輝の魔法が同時に昇降板に作用しようとして相克そうこくを起こし消滅する。

 魔法は同座標どうざひょうに同時に作用すると基本的には干渉強度かんしょうきょうどの強い方の魔法が優先されてその効力を発揮はっきする。

 しかし、魔法士の干渉強度が同等の時、二つの魔法は互いに打ち消し合い、消滅するのだ。

 結果、この場において現状は何ら変わらなかった。

「やべぇ、今度は落ちてるぞ!」

魔法相克現象まほうそうこくげんしょうか……もともとこの座標にかけられていた真夜の魔法まで消えかかっているな。驚いたな、二人の魔法干渉強度より真也のそれが上回ってる。おかげで自由落下はまぬかれたな」

翔朧かける、落ち着いて言ってる場合か! 落ちるぞオイ!」

「何えらそうに言ってんのよ。もとはと言えばひかるが私の邪魔したせいじゃない!」

「バカ、喧嘩けんかしてる場合か! 別に落ちても死なねーけど、ぶつかったらやべーぞ」

「って、下、下!」

「真也止めろ!」

「つったって翔朧かける! そこのバカ二人」

「真也こっちは任せ」

「止まって!」

「静止しろ!」

「今度は礼称れあと優果かよぉぉお! しかも魔術かい! せっかく僕が輝と優果との魔法相克を気にして魔術に切り替えたのにぃ〜!」

 優果と礼称れあと僕の魔術が交錯こうさくし、効果が乱れる。

 下の昇降板への激突はけられたものの今度は斜め下に加速する。

 翔朧かけるは優果と輝の魔法を消すつもりだったようだが魔術はノーマーク。

 最悪だ。

「落ちるぅぅぅうう」

「「「あぁぁぁぁぁああ」」」

「「「キャァァァァア」」」

  バババッッッ、っという音と共に落下傘パラシュートが開き僕らの乗った昇降板はゆっくりと降下していった。

 僕たちの乗る昇降板を迂回うかいしていく昇降板に乗った人たちがブレフォンのシャッターを押しているのがわかる。

 マジで最悪だ……。


「……また君か…………。何か私にうらみでもあるのかね?」

「いえ……そのですね…………」

「なにか?」

「申しわけありませんでしたっ」

 はい。四日前と同じです。

 軍の尋問室じんもんしつではないが駅の職員しょくいん休憩きゅうけいルームで先日と同じ軍人さんと向かい合っていた。

 てか、なんでまた僕一人なの!?

「よろしい。まったくよろしくないが……なら言い訳は?」

「はい。それがですね、またしてもこのポンコツAIが」

「了解した。ぶっつぶしておく……いや、更生こうせいしておく。もう、行っていいぞ。入学式が始まるだろう」

「あ、ありがとうございます」

 ふぃー……今回は早かったな。

 入学式のおかげか……いや、今回の明らかにことは愛七まなのせいだからな。

「フッ……。何事にも犠牲ぎせいは必要なのだ、なんつって」

「鬼ね」

「鬼だな」

 一時的に尋問室じんもんしつしていた部屋を出ると、意外に優しい同寮生どうりょうせいたちが僕を待っていた。

「さぁ、遅刻ちこくしないように急ごうぜ! さすがにやばいんじゃねえか? ってもう遅刻ギリじゃねえか! 急ごうぜ!」

『しんy……さm……。たすけt………………ブッ』

 僕のブレフォンから聞き覚えのある音声が流れたような気がしたが、僕は無言で音量をゼロにし、電源を切った。

 僕の行いは少なくともここにいる誰にもとがめられはしなかった。

 うん。みんな、たいがいクズだな………………。



 皇立天神大学附属高等学校こうりつあまがみだいがくふぞくこうとうがっこう

 通称、天大府高てんだいふこうと呼ばれるその学校は、天神大学建設計画あまがみだいがくけんせつけいかくの成功によって異能使いのうつかいの育成の必要性が確認され、作り出された異能使いのための高等学校であった。

 しかし現在の天大府高てんだいふこうは数十年前にできた普通科を有する、異能科いのうかと普通科の両方が存在する学校なのである。

 


 入学式に出るのは僕、天神真也あまがみしんやにとって人生で初めての経験である。

 もちろん、小中学校には通っていたし、不登校児ふとうこうじだったわけでもないのだけれど……。

 小学校の入学式に出れなかったのは、記憶喪失きおくそうしつで発見されたのが六歳の春のことだったので病院を退院して孤児院こじいんに移り終えた五月まで学校には通っていなかったため。

 中学校の入学式に出れなかったのは、前日、ショッピング中に風邪かぜで倒れ、病院に運ばれたため。

 僕が今いるのは新入生、三千人のひしめくきらびやかな講堂こうどうの客席ではなく、その舞台裏ぶたいうらにある打ち合わせ部屋である。

 なぜかというと、三千人の新入生の首席、次席、次次席になった生徒は入学式で答辞とうじを行うことになっていて、僕がその首席であるからである。

 三人が一人ずつ答辞を行うというのも変な話だが、天神大学あまがみだいがく付属学校機関ふぞくがっこうきかんではそれが普通でなのだ。

 この前、戦闘機との戦いに巻き込まれた時、愛七の言っていた「当代最強の魔導士まどうし」とはこういうことだ。

 異能科と普通科の入学試験にゅうがくしけんは全く異なっているし理系、文系、魔法系まほうけい魔術系まじゅつけい、魔導系でもかなり試験方法が異なるので、最優秀さいゆうしゅうの成績を修めた者が誰かは一概いちがいに言えないのだが、この三人は全員魔導系まどうけい、つまり異能科総合学部いのうかそうごうがくぶのトップスリーが選ばれる。

 そして、僕が反例ではあるのだけれど、異能いのうは血筋に依存いぞんすることの証明のように次席は柊湊ひいらぎみなと、次次席は煌牙之宮優果こうがのみやゆうかである。

 さすが異能科総合学部というべきか、僕たち三人も僅差きんさでのトップ入りだったらしく首席に選ばれたのはうれしかった。

 が、みなとは家の人にトップになれと言われていたらしく落ち込んでいて気まずかったし、優果ゆうかには丸一日スネられた。

真也しんや! ちゃんと覚えてる?」

「大丈夫だよ、優果。バッチリ覚えた」

「真也はもしかして超有名人なのでしょうか? お母様もお祖母様も真夜に負けた私を責めるどころか逆に仕方がないとまで言われたんですが…………不気味ぶきみすぎます……」

「ぶき……いや、有名人ではないと思う。少なくとも記憶喪失後は……。もしかしたら記憶喪失前は天才魔導士子役てんさいまどうしこやくとかだったのかも!」

「真夜、キ・モ・イ!」

「グサッ……」

「……真夜の心に一万の攻撃、効果は抜群ばつぐんだ……」

「優果は嬉しそうにしている…………」

「ふ、ふふふふ。……そうか、もしかしてこれはあれなのか? ひがみなのプギャァァァァァア」

 こいつらなぐりやがったよ、しかもグーで! 

 今から全校生徒の前に立つのに……。

「ああ、考えたら緊張きんちょうしてきた……心臓に悪い…………」

「なんか、アレなのよね。真也って才能の割に自信がないっていうか、いやナルシストなんだけど……なんかナルシストぶってるっていうか」

「わかります。どこか無理があるんですよね……」

「ヘタレ?」

「そう、そんな感じがします」

「はぁ? ヘタレってなんだよ、誰だって緊張するだろ」

「え? これくらいの衆目しゅうもく京阪地区けいはんちく、あ……実家にいた時は毎日だったよ…………」

「私の家では精神せいしんを落ち着かせるための鍛錬たんれんを受けますから実際の戦闘になったら平常心を保てないかもですけど……この程度ていど演説えんぜつで緊張することはさすがに…………」

「……断じて、おかしいのは、普通じゃないのはお二人であって僕じゃない!」

「……普通よね」

「……普通ですね」

「完全にアウェーだな…………」

 

『もうすぐ本番が始まります。移動してください』

「「「はーい」」」

 スピーカーからの呼び出しに、僕らは誰にも聞こえることのない返事を返して舞台へと向かった。



 「ふぅぅ……緊張した! 変じゃなかった?」

んだり、つっかえたりはしてなかったけど…………」

「内容が…………」

「何か変だった?」

「真也……ふざけて答辞の文章考えたわけじゃないよね?」

「優果、真也はどう見ても、ものすごく真面目だったよ……」

「そうだぞ、僕はこの上なく真面目にやったつもりだ!」

 入学式が終わってクラスへ移動しているバスの中で、僕は優果と湊に詰問きつもんされていた。

 府高ふこうは一学年に三千人もの生徒をかかえている上に、教師も数多くいるので施設しせつがものすごく広い。

 空から見ると円形に積み上がった階段状かいだんじょう、ピラミッド型になっていて、ピラミッドの上だけでなく、内部も色んな施設がめ込まれている。

 この形状は天神大学あまがみだいがく真似まねているらしい。

 しかし最下層の円の直径が五キロ程もあるため、移動は半分ほどバスで行う。

 現在、僕たち異能科総合いのうかそうごうクラスの四十二人が乗っているバスは、最下層にあった入学式の行われた講堂を出て、円の上層にあるホームルームを目指しているのだ。

 クラスメイトたちは皇族の名に恐れているのか五人がけの一番後ろの席を僕たち三人にゆずってこちらを遠目に伺い見ているだけだ。

 僕は孤児院の出だけど…………。

「で、あの内容なの?」

「あの、とはなんだよ! あれでも必死に考えて……」

「『学園生活には適度な楽しみが必要であるから読書タイムを設けるべき』?」

「『図書室には勉強に必要な本だけでなくが必要不可欠』?」 

「うん!」

「「………………」」

 二人が僕の顔を見つめて、「コイツ、マジで言ってんの?」みたいな顔をしているけど、きっと気のせいだろう。

 僕は大真面目だしな。

「『日本のオタクが育んできた文化は二十二世紀半ばとなった現在でも、日本の有する大切な文化で、私はそれを広めるためにこの学生生活をささげたいと思います』?」

「『かつては誰もがあこがれる能力であった魔法まほう魔術まじゅつ。今やこれらは技能となって私たちの生活に浸透しんとうしています。しかし、いやだからこそ、私たちは少年少女のあこがれの存在となれるよう、その姿を小説やアニメーションなどを通して理解する必要があるのです』?」

「だよ!」

「これは重症じゅうしょうだね、湊……」

「優果……今度は全面的に賛成するよ…………」

「何が!?」

 …………この時の僕は、今後一年の間、学校でオタク系の渾名あだなささかれることになるとは思ってもいなかった……。



「入学おめでとう! そして真也しんや、サンクへようこそ!」

「ありがとうございます、友希ともきさん」

「ありがとうございます、友希先輩」

「ありがとう、兄さん。兄さんが先輩っぽいなんて……」

みなと! オレは正真正銘しょうしんしょうめい、セ・ン・パ・イだ!」

 府高ふこうの新入生はクラスのホームルームにが終わって、『学科コース』見学時間に入っていた。

 『学科コース』とは、天神大学あまがみだいがくの府高と府中ふちゅう特有の部活のようなもので、実際やることは少しレベルの高い部活動そのものだ。

 運動系から研究系まで多種多様なコースがあり、府中から続けて同じ学科に入る人も多いらしい。

 僕は府中生じゃなかったから知らないけれど……。

 優果ゆうかみなとは府中の頃からこの学科に入っているらしい。

 僕たちが今来ている学科は特別能力者育成科スペシャル・アビリティ・ナーチャー・コア、通称SANCサンクという学科である。

 サンクは完全推薦すいせん制で、教師もしくは同学科どうコース生三人以上の推薦すいせんがないと加入できない。

 理由は単純たんじゅん、数ある学科の中でも、サンクのレベルは以上に高いからだ。

 活動内容はスポーツから戦闘訓練せんとうくんれんまで、ゲームから研究まで、ようするになんでもありらしい。

みなと優果ゆうかは中学でもやってたから分かるだろうし部室は空いてるところを、空いてるものを自由に使っていいから好きなこと初めていいよ。中学から持ちしてる研究とかあるかもだしね……」

「了解! 兄さんとなりの席、空いてる?」

「オレのデスクの右は優姫ゆうひが使ってるが、左なら自由に使ってくれていいぞ」

「私はあっちの机をお借りします」

「オーケー、じゃ真也、案内するよ」

「お、お願いします」

「任せろ! と言っても特に言うことはないんだけれど……。そうだな、えー、まず、真也は何かやりたいことはあるか?」

「僕、ですか……。そうですね、魔導式まどうしきの製作とか、アレンジとかですかね……」

「そかそか、なら一緒にやろう。ちょうどオレのグループで今、研究してることだしな!」

「そうなんですか! あー、僕足引っ張るかもしれないですけどよろしくお願いします」

「よろしく! 上の研究室借りて研究してるから、とりあえずそこに移動しようか……」

「はい。案内お願いします」

「おう! あと言い忘れてたけどこの部屋は休憩室きゅうけいしつだ。休憩室といってもここでずっと研究してるやつもいるし……優果とかな。あとここで手が空いてるやつを探して自分の研究とか遊びに付き合わせてもいいし、今のオレみたいにメンバーを集めてグループで研究してもいい。もちろん休憩もしていいぞ!」

「わかりました。また遊びに来てみます」

「よし、行こうか!」

「はい」


「第四研究室はサンク専用の学科棟がっかとうの三階の四分の一ほどの大きさがある」

「大きいですね……」

魔導研究まどうけんきゅうのためにいろんな魔導資産まどうしさんを持ち込んでるからな……。優姫ゆうひのやつが参考資料とか言って世界中から集めてきてな……」

「へぇ……。貴重なものが多そうですね……」

 僕は友希ともきさんに案内され、第四研究室に移動している。

 ちなみにサンクには特寮の颯太そうた以外の全高校生メンバーが加入しているらしい。

 颯太は剣術部とのことだ。

「この魔導式まどうしき研究班って何人くらい参加してるんですか?」

「オレをふくめて真夜で六人目だな」

「少ないですね……。いや、研究内容から考えれば当然かもですね」

「ああ、オレももう少し人手が欲しいとは思うんだが使えそうなやつはみんな他のことやっててな……。班員も専属でやってくれてるのは優姫ゆうひみなとだけで、アリサとひかるけ持ちだからな……」

「まさかの全員身内ですね……」

「それだけ特寮のレベルが高いということだな」

「でも、ひかるって魔導まどうというか、魔術まじゅつが使えないですよね……」

「あいつの知識は使えるから頑張ったら使えるかも……という希望でっている。悪いとは思ってるけど……」

「本人がわかっててやってるふしがあるし大丈夫だと思いますけどね……」

「ありがとうな。オレは気弱になっちゃうのが悪いくせなんだよ」

「気弱ですか……そうは見えませんでしたけど?」

「ならいい、っと着いたぞ」

「ここが……」

「ああ、ウチの学科の第四研究室で現在は魔導式まどうしき開発班の貸切だ!」




「「「ようこそ、魔導式研究班へ!」」」

「よろしくお願いします」

「まあ、いつものメンツだけど……。改めてよろしく」

「はい。頑張ります」

「よろしく、真也うちの班に入るんだ……」

「よろしく、みなと。なんか不機嫌?」

「うん。でも気にしないで、これは真也のせいだから」

そく肯定こうていされた上に僕のせいにされて気にしないとか無理だから!」

「あー、はいはい。オタ君うるさい」

「オタ君!? なにそれ?」

「真也知らないの? 朝の答辞とうじの内容のせいでクラスの女の子が真也に渾名あだなを付けてたの」

「それが、オタ君?」

「うん。ププ、まぁ、その、ドンマイ!」

 やばい、泣きそうだ……。

 高校に入ったら夢のスクールライフが訪れると信じていたのに、初日から何か選択肢を間違えてしまったようだ…………。

 聞かなかったことにして平常心に戻ろうリセットしてセーブ地点に戻ろう……。

「それにしてもかなりの量のコレクションですね……。全て魔導資産まどうしさんなんですか?」

「うんうん、そうなの。魔導資産のギミックを魔導式に起すことで、魔導資産なしで同等の効果を得られるようにするのが私の研究なんだよ!」

 みなとが「はい逃げたー」とか言っていたけど無視して優姫ゆうひ先輩に話しを振る。

 面倒めんどうくさいのは嫌いなだけで、決して旗色はたいろが悪いから逃げたとか、その先を聞きたくないとか、そんな風に思ったわけではない。

 僕は大人だからくだらないケンカをするつもりなどないのだ。

 あと、ぶっ通しで開けているはずの研究室の向こうの壁どころか、横の壁も見えなくなっている原因の物品たちが気になるというのもある。

 と言うか、それがメインだ。

「コレ全部を優姫ゆうひ先輩が集めたんですか?」

「そうだよ!」

「スゴイっすね……」

 本当にスゴイ。

 魔導資産まどうしさんとは魔術まじゅつ魔法まほうを発動する際の媒体ばいたいとなるような物質のことで、現代に作られたものもあれば、魔導遺産まどういさんと言って過去に作られたものもある。

 有名どころでは英国王室えいこくおうしつが所持している、聖剣エクスカリバーや日本皇国にほんこうこくの天皇家の三種の神器など、また簡単なものでは魔法まほう発動の必須ひっすアイテムと言ってもいいADアシスタンスデバイスもその一つである。

 そして、魔導資産まどうしさんはものすごく高価なものである。

 これだけの量を集めるにはかなりのがくが必要なはずだが、そこはまぁ、御三家ごさんけ随一ずいいち財力ざいりょくほこ煌牙之宮こうがのみやの力だろう。

 部屋をめる物を割合で表すなら、優姫ゆうひ先輩の魔導資産まどうしさん : 実験用器具 : 机など、が8 : 1 : 1 って感じだ。

「この部屋にある魔導遺産まどういさんのほとんどは、一昨年に私たちが見つけた遺跡いせきの中から発掘はっくつされたんだよ」

優姫ゆうひ先輩、遺跡を発掘したんですか?」

「一昨年の夏休みにノリで天神島あまがみの少し東にある島に探検たんけんに行ったら、うっかり遺跡を見つけちゃった……みたいな…………」

友希ともきさん……マジですか…………」

 別に煌牙之宮こうがのみやの財力関係なかった……。

 魔導遺産まどういさんは発掘時に発掘者と遺産の間に何らかの魔的パスが通ってしまうことが多いため、日本皇国法では魔導遺産規定法まどういさんきていほうにおいて発掘者の遺産いさんの管理が許可されているのだ。

 あくまで所有権は国にあるのだが、目録もくろくがあるわけでもないと思うので、実質個人の管理に任されていると言える。

「あぁ。今度また研究資料を取りに行く予定だから、真也も一緒に行こうぜ」

「あ、はい。ぜひお願いします!」

「んじゃ、今日の活動を始めるか……」

「はい!」

「「もう始めてたけどね……」」



友希ともきさん、僕、今日はすでに自作してる魔導式まどうしきの改良をしたいんですが……見てもらえませんか?」

「それならみなとの方が得意だな。魔導式改良に関して湊以上の人に会ったことはないぞ!」

「それほどでもないわ、兄さん。兄さんこそ魔導式開発については右に出る者なんていないでしょう」

 なんなんだ? この兄妹きょうだいイチャイチャしすぎだろ……。

 たがいにれたようにはにかみながら、互いをめ合ってるんですけど!

「魔導式の開発を兄が、改良を妹が完璧かんぺきにできるなんて……まさにお似合にあいの兄妹ですね!」

「照れるなぁ……まぁ、オレとみなとは普通の兄妹より深いきずなで結ばれているからな!」

「に、兄さん! なに言ってるの! ししし、真也! 勘違かんちがいしないで! そういう意味は全くないからね! でも、兄さんと私が中のいい兄妹なのは本当よ」

 …………惚気のろけてんじゃねぇよ。

 見てて腹たってくるというか、消化不良を起こしてなんか胸がムカムカする感じがするっていうか……本当なんなのこの兄妹!

「……じゃなかった。そういうことは一ミクロンたりとも考えてませんよ。それとも、みなとにはそんな風に誤解されるような心当たりでもあるの?」

「なななな、なに言ってるの真也! そんなわけがないでしょう! 私と兄さんは健全な関係です」

 そんな顔真っ赤にして顔の前に腕を突っ張ってブンブンしてるようでは全く信用できないんだけど…………。

 なんとなくツッコンで聞いてしまってるけど、大丈夫だよね?

 このままいってもとんでもない秘密を暴露ばくろされたりしないよね!?

「プラトニックなお付き合いをしていると?」

「そうで……違いますっ! そもそも付き合ってません!」

「りょーかい! 了解! わかったから落ち着いてみなと、プンプンしててもいいことないよ」

「っ……誰のせいで…………。落ち着くのよ湊! これも真也のわななの…………」

 罠って……。

 どう見ても自分で墓穴ぼけつ掘ってるだけじゃん…………。

「わ、私たちのことはいいから! さっさと見せなさいよ真也の魔導式。どうせろくなもんじゃないでしょうけどね!」

 あからさまに話をそらされたけど、僕もこれ以上、変な情報を聞かされる前に話を変えたかったのでありがたく乗っからせてもらうことにする。

 今更いまさらだけど、魔導式まどうしきとは、魔術まじゅつ魔法まほうをいかに組み合わせて魔導まどうという一つのモノを生み出すか、という魔導の設計図であり、一つ一つの魔術、魔法を工程こうていにに分けて発動順に並べる。

 それが、魔導式である。

「まぁ、自信作ってわけでもないんだけれど、これです。『疾風迅雷しっぷうじんらい』。名前の通り、加速するための魔導式です」

「ふむふむ。工程は二つ。また雷ねぇ……雷魔法といい真夜は雷に何か思い入れでもあるの?」

「いや、固有魔法が雷魔法だからこそ、雷のイメージが普通の人よりもしっかりしてると思うんだよね……」

「なるほどね。固有魔法で感覚的に慣れてるから、気象イメージなんていう強大な精神塊せいしんかいを取り出せるわけか……。まぁ、精神強度せいしんきょうどの高さに物を言わせた力技ちからわざね……。……とにかく第一工程は、精神世界せいしんせかいより雷にまつわる精神塊せいしんかいから、人々の雷のスピードに関する部分を抜き出し身にまとうことで擬似的ぎじてきに雷並みの速度を得る加速魔術なのね」

「うん」

「魔術だけでもデタラメな技ね……。でも、第二工程のこれは……少し無駄むだがあるかな…………」

「うーん、どこらへん?」

「第一工程で自身を擬似的に雷として、その速度でも体がつぶれたりしないようになってるはずだから、体の形状保護用けいじょうほごよう固定魔法こていまほうを使う必要はないと思う」

「でも、固定魔法こていまほうのメインの使い道は……」

思考速度しこうそくどと情報の固定ね。自信がとんでもなく加速することによって発生する恐怖やためらいをなくすために平常時と同じ思考速度を固定魔法こていまほうによって維持いじして、思考の停滞ていたいや停止を無くす。さらには、必要のない情報を固定することによって、加速中に必要のない情報の侵入をはばみ、思考速度の向上、つまりは加速に見合う思考速度を得る。……でしょう?」

「うん。わかってるなら言うまでもないだろ? 体がくずれるのをふせぐ以外にも固定魔法こていまほうの理由があるし、単純に工程を二つにすることで、発動スピードを上げるために固定魔法こていまほうしばってるだし……」

「うん。だからこそ、だよ。真夜は第二工程を組んだ時にこう考えたでしょ? 体を固定しないといけないから、固定魔法こていまほうだ! なら他のことも固定魔法こていまほうしばっておこう、って」

「あっ、そういうことか! 前提ぜんていとして固定魔法こていまほうしばる必要がなくなったから、他のことをもっと効率の良い魔法で行えば良い!」

「よろしい! 満点まんてんです! さすがは首席殿しゅせきどのですね!」

「グッ……。嫌味いやみにしか聞こえないんだけど…………」

「あはは、そんなことないよ。あ、残りの二つを一工程にまとめられる魔法は固定魔法こていまほう以外だと……ううん、やっぱりもっと変えたほうが良いね」

「前半が棒読みなのは置いておくとして、どういうこと?」

「情報の固定と思考速度の固定だと、この魔導、結局加速中に本人ができることはほとんどないから剣を構えて超速で串刺し、みたいな使い道がないでしょう……ま、十分強いんだけど…………」

「意外と物騒ぶっそうだなぁ……。まぁ行動の選択肢が増えるのはありがたいけどさ…………」

「うーんと、そうねぇ……。例えば加速魔法かそくまほうを体全体に展開して、体内の時間をできるだけ雷の速度に近づけることで思考速度も固定どころかアップする、余裕よゆうができるから余分よぶんな情報のカットも必要ない、というのとかどうかな? これなら加速中に剣を振ったり、別の異能を展開したりできるんじゃない?」

「うーん……。体全体の加速って体に相当な負担がかかるんじゃないの?」

「あー、確かに……。ごめん、今のはなしで……。最近、魔導式によってユーザーにかかる負担とか無視してばっかりだったから、真也は普通の人だもんね……」

みなと……どんだけやばい魔導開発してるの? ユーザーがボロボロになる前提って怖すぎるわ!」

「ごめんごめん! 忘れて……。じゃあ、思考速度のみの加速が妥当だとうなところかな……。めっちゃ頭は疲れるだろうけど…………。これでも固定よりは加速中にできることが増えるはずだしね」

「了解! ありがとうな、みなと

「どういたしまして。今度また何かおごってね!」

「ハイハイ……」




 「真也しんや答辞とうじすごく面白かったよ! 明日からは人気者だね!」

「グサッ」

「ほんと、女子から大人気なんじゃないかしら、オホホ」

優果ゆうかちゃん、その無駄むだにお嬢様っぽい笑い方ムカムカするね」

礼称れあちゃん、これはわざとよ。こういうのを世間では嫌味、と言うの」

「そ、それくらいは知ってます!」

「痛っ……何するのよ、颯太そうた!」

四方院家しほういんけ家訓かくん、その五十七、なんかムカッとしたらぶっ飛ばせ! を実行したんだ」

「……颯太!? 何それ?」

「真也まだ知らなかったの? 四方院しほういんの意味不明な家訓の話」

「知らないよ! なんかムカッとしたらぶっ飛ばせ!? 意味不明なんですけど!」

「四方院の現当主様が若い頃に作ったらしい……。百項くらいあるらしいけど……。颯太はそれを全部覚えて忠実に守ってるのよ」

「マジですか……」

 入学式が終わって学科コースにも無事加入した僕は優果ゆうか颯太そうた礼称れあと一緒に下校している。

 今は徒歩で天神島あまがみじまの中心である天神市あまがみしの南区で寄り道している。

 世界樹せかいじゅを囲んで東西南北の四つの区に分かれている天神市あまがみしは北区の教員居住区きょういんきょじゅうく以外に住宅はなく、周囲は公共施設や商店が数多く並んでいる。

 南区はその中でも最も、学生が遊ぶに向いている場所で、ゲーセンや買い食いできるファーストフード店、勉強のできるカフェなどが多く立ち並ぶ。

 今日は府中ふちゅうの入学式でもあるからか、まだ午後三時にもかかわらず天大付属てんだいふぞく特有の男子は黒地に金の模様、女子はこん色に黒の模様の学生服をまとった中高生の姿が多い。

 ひかるとアリサさんはまだ学校でSANCサンクの研究をしていて、六時くらいまで居残るらしい。

 翔朧かけるSANCサンクでまだ体の検査、正確には魔導無効化体質まどうむこうかたいしつの実験をしている。

 友希ともきさんとみなと優姫ゆうひ先輩はどこか寄るところがあるらしく先に帰った。

 結果、第四研究室に取り残された僕は優果ゆうか礼称れあ颯太そうたと合流して帰途きとについているというわけだ。

 教科書を受け取ったためカバンがものすごく重い。

 魔導士まどうしなら、空も飛べるし重力軽減くらい余裕よゆうだと思うかもしれないが、そうしないのにはわけがある。

 まず、科学技術による飛行はもちろん、魔術まじゅつ魔法まほうによる飛行も正当な理由や正式な許可がないかぎり実行できないのだ。

 引っ越し中に戦闘機におそわれた時は仕方がなかったので、もちろん問題はないが、カバンが重いから、歩くのがめんどくさいから、といった理由では飛行できない。

 また、重力軽減魔法じゅうりょくけいげんまほうは単純に高度すぎて使えない。

 魔術まじゅつ、定義が曖昧あいまいな一部の魔法まほう外部演算補助がいぶえんざんほじょがなくても使えるのだが、基本的に精密演算せいみつえんざんが必要な魔法まほうは人間の脳内でできる計算のみではとても成り立たない。

 僕や同年代の六大財閥子女にとっての難波愛七なんばまなのような、外部からの演算補助を受けることによって初めて精密魔法せいみつまほうは発動できるのだ。

 軍のサーバの演算容量を僕のわがままで使わせてもらうわけにもいかないし、戦闘機の一件から国境は厳重警戒態勢げんじゅうけいかいたいせいなのでなおさら今は自重すべきだろう。

 そもそも、今朝の件で愛七まなは皇国軍のサーバに監禁かんきんされていて通信できないし……。

真也しんやがこの前巻き込まれた戦闘機との戦闘って、結局のところなんだったの?」

颯太そうたくんは家の方から連絡とか来なかったの? わたしは家から真夜くんが特寮に来る前に連絡があったけど……。ねぇ、優果ゆうかちゃん」

「うん。うちも真也が特寮に来る前から知ってたよ。姉から電話があって……一応、安否確認で。まさか、今日来る入寮生が巻き込まれてるなんて思ってもいなかったけれどね……」

「二人は知ってるみたいだし、もしかしたら僕より深い事情も知ってるかもしれないけど……、僕が聞いたのは、中華皇帝国ちゅうかこうていこくの戦闘機による襲撃で、日本の人は誰も死傷していないということくらいだ」

 実際、御三家ごさんけ裏三家うらさんけには僕より多くの情報が開示かいじされているだろう。

 その子息が親から聞かされているかは家によって差があるようだけれど……。

「死傷者がいなかったのは真夜のおかげかもね……。それと、うーん……中華皇帝国、か…………」

「優果、気にしてる?」

「颯太もストレートね……」

「ごめん。でも大切な友達が一人で抱え込んで特攻したりしないか心配だし……」

「……。……ありがと。でも、無茶はしないし大丈夫だよ」

「ならいいよ。おれのほうこそ変なこと聞いてごめん」

「気にしてないよ! さ、帰ろう!」

「何のこと?」

「しし真也くん! 今のは流す流れでしょ!」

「え? ごめん気になって……。何がボケてばかりの優果を猪突猛進ちょとつもうしんにするんだろうって……」

「真也くん、空気読もうよ……」

「礼称だけには言われたくなかったな…………」

「いいよ、礼称ちゃん。真也には感謝してるし……。真也、私の両親はね、中華皇帝国に殺されたの」

「………………そういうことか」

「うん。そういうこと……まぁ気にしないで、もし私が暴走したら止めてね」

「ああ、約束するよ。悪かった」

「うん」

「じゃあ帰るか」

「まって、なんかあんまり今の話的に言いにくいんだけど……」

「礼称?」

「向こうに見える赤い看板かんばんのお店の近くから微量びりょうだけど術式じゅつしきあとが見えた気がする……」

「それがなんで言いにくいのよ」

「う、うん。それがですね……中華系の術式じゅつしきなんだよね……」

 魔術による現実の改変にはしばらく残滓ざんしが残る。

 礼称れあはそれを見つけたのだろう。

それにしても、その魔術の系統までわかるのは礼称れあの能力の高さゆえだろうが……。

「戦闘機の襲撃の時に墜落したパイロットが逃げ込んだとかかな?」

「礼称ちゃん! どっち?」

「あそこのお店のとなりです」

「スーパーチキンか……。礼称、あれはそういう名前のファーストフードのチェーン店だよ」

「そうなんですね! そのすーぱー……チキン? の隣です」

「って優果は?」

「もう、スパチキの前まで行ってるよ」

「礼称は術式解析じゅつしきかいせきって出来る?」

「はい。どのような魔術かはぱっと見でわかります! あとじっくり見れば、使った人の精神の特徴とくちょうとかもわかりますよ!」

「よし、行こう」





「中国の仙術せんじゅつの一種の絶気ぜっきを元に作られた自身の痕跡こんせきを消す魔術ですね。本当は精神の行方も消してしまう最高峰さいこうほう認識阻害術式にんしきそがいじゅつしきなんですけど行使している魔術士まじゅつしのレベルが低いようで助かりました」

 術式解析じゅつしきかいせきをしながら礼称れあが僕たちに簡単なレクチャーをしてくれる。

 ファーストフード店の前に座って駄弁だべっている学生に見られるのはしゃくだけど、誰もこんなところで術式解析じゅつしきかいせきしている学生がいるとは思わないだろう……。

 術式解析はそもそも、高校生があつかえるレベルの技術ではないし、普通は大掛おおがかかりな準備がいる。

 しかし、礼称れあは準備なしで正確に術式を読み解いている。

 日本皇国にほんこうこくほこる魔術の名門、裏三家うらさんけ神宮寺じんぐうじ伊達だてではないようだ。

「へー、で相手は中華帝国ちゅうかていこくの人間で間違いないわけね?」

優果ゆうか一概いちがいには言えないよ。確かに現代魔術げんだいまじゅつは自身の国の魔術が最も操りやすいから自国の魔術を最初に習得することが基本だけど、偽装用ぎそうようにサブで他国の術式を使うこともあるんだし」

「真夜は考えすぎなんじゃないの?」

「優果、もし本当にこれが中華軍のものなら深入りは危険だ!」

「優果ちゃん。いったん引き上げようよ」

「わかった、わかりましたよ。私が止めてって言ったんだしやめておくけど、家族には報告するし、忘れるわけじゃないからね」

「ありがとう。正直、人の気持ちも知らないくせにでしゃばらないで! とか言われると思ったよ」

「それは心の中で思ってる」

「おぅ、聞かなきゃよかった……。そういうのは心の中にしまっといてくれよ」

罵倒ばとうされてすっきりしたんじゃないの?」

「まぁ、何も言われないと罪悪感が残ったかも……本当、ありがとう」

「ドMね」

「真夜くん…………」

 あれ? どうしてこうなった?

 優果は冗談って分かってるけど、礼称がガチで引いてるように見えるのは気のせいか? 気のせいということにしよう。

「そうでもしないと心折れるわ!」

「え? 真夜くん、もう今日の学校の女子の評判ひょうばんで心は折れてると思ってました……」

「やめてやめて! せっかく忘れてたのに!」

「オタ君……」

「グフッ」

「あれ? 颯太そうたは?」

「あっ……あんなところに!」

 颯太は路地裏ろじうらの暗い隙間すきまを物を飛び越えてどんどんはなれて行っていた。

「何やってんだあいつ?」

「私なんとなくわかるんですけど……」

「「?」」

「とにかく、連れ戻さないと!」



 ……こんなところで魔法を使う羽目になるとは…………。

 先行する颯太そうたは身のこなしがもはや人間ではなく、走っても追いつけないことは十秒で理解させられたので、跳躍魔法ちょうやくまほうで颯太の前に飛んでなんとかつかまえた。

 こんなことで魔法を使う羽目になるとは……。

 優果ゆうか礼称れあも僕に任せて動かないし……。

 演算補助なしの魔法を行使したため頭に負荷ふかがかかりすぎて頭痛がする。

 颯太は「四方院家家訓、その三十一、怪しい物はとりあえずつぶしておけ」とか言っていたけど無視しておく。

「優果、礼称、とりあえず特寮のみんなに連絡しておこうと思うけど、いいよな?」

「うん? どうして聞くの? もちろんだよ」

「私も問題ないよ」

「優果への確認の意味が大きかったけど、いいなら問題なし! 輝に連絡たのめるかか? 友希さんへは僕が連絡しておくから」

「私が連絡しとく」

「よろしく、優果」




「もしもし、友希ともきさんですか?」

『ああ、その声は真夜しんやか、どうした?』 

「その声は、って電話登録してるんですし名前表示されてるでしょう?」

『細かいことはどうでもいいだろ……要件は?』

「要件がなければ連絡してはダメですか?」

『彼女か! 気持ち悪いわ! そういうのはみなとで間に合ってる』

「いや……その返しはおかしいです…………」

『?』

「あれ? ガチ?」

『嘘をつく理由はないだろう?』

「…………要件なんですけど、今日の帰りに天神市あまがみしの南区を優果ゆうか礼称れあ颯太そうたとブラブラしてたらスパチキの隣で魔術痕まじゅつこんを発見しまして……」

『はぁ、それが? 誰かが浮かれて魔術使ったんじゃないのか?』

「いえ、それが……礼称に術式解析じゅつしきかいせきしてもらった結果、中華の術式だったんです」

『なるほど、浮かれて、ということはなさそうだな。いたずらにしては手が混みすぎているし、この前の中華帝国の襲撃しゅうげきの生き残りかな……。最悪、あの時の混乱に乗じて潜入せんにゅうした工作員かもしれない。中華の仕業に見せかけた他国の、とも考えられるけど、それは考えても無駄だな。』

「やっぱり、ひいらぎの方からは連絡がいってましたか……。工作員、その考えはありませんでした」

『あ、ああ、あくまでもしかしたらだぞ。とりあえずオレの方で調べておくから気にするな』

「はい? 危険なことはしないですよね?」

『もちろん』

「大丈夫ですよね? 一人じゃ危ないからしばらく付いて行きましょうか?」

『お前はオレの母さんか! 彼女なのか母なのか後輩なのかはっきりしろや!』

母性ぼせいあふれる後輩系ヒロインですか? いいですよねぇ……。理解者がいたなんて嬉しいです! あの手のヒロインは家に居候いそうろうしてきて朝、優しく起こしてくれたり、ご飯を作ってくれたり、制服のえりを直してくれたり、いってらっしゃいのチューをしてくれたり、登校中に何気なく忘れ物を確認してくれたり、宿題を手伝ってくれたり……」

『----通話は終了しました。----通話は終了しました。------------』

「…………あれ? 世話がやける甘えんぼう妹キャラ派だったのかなぁ?」

「真夜、友希先輩となに話してんの……………………」

「好みのヒロインの話をしてた。あ、あとさっきの話もついでに」

「「「…………ついで?」」」

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