一章

 天神島あまがみじま日本皇国にほんこうこくが有する太平洋の中央よりやや西よりにある直径五十キロメートルほどの円形をした島である。 

 島内には世界的に有名な学術機関である皇立天神大学こうりつあまがみだいがくのキャンパスや多数の企業本社が連立していて、まさに関東地区かんとうちくの東京、京阪地区けいはんちくの京阪にならぶ日本の大都市である。

 そしてこの島といくつかの小さな島を合わせた天神群島あまがみぐんとうは日本皇国の国家元首、つまり天皇家や摂政を世襲する天ノ原家が住む皇都こうと天神地区あまがみちくでもある。

 そんな天神島の東の端、清流町せいりゅうちょうの上空を一台の列車が走っていた。

 もちろん浮いているわけだはなく高架にぶら下がったモノレールである。

 そのモノレールの個室で今一人の青年が目を覚ました。



 ビルが倒壊したかのような轟音が車内に響き渡る。

 天神モノレール、通称天レールあまレールの車両の内部はさらに幾つかの個室に区切られている。

 こういった個室分割車両は現代の電車では珍しくもない。

 旧日本で使われていたオープンな車両も無くなってはいないが、現在では確実にその数を減らしている。

 そんな個室のシートで眠っていた青年は、列車を揺さぶった異常なほどの振動で目を覚ました。

 どうやら彼はモノレールの低速線特有の乗り心地の良さと、窓から入る昼過ぎの心地よい日差しのせいで夢を見ていたようだった。

 彼の顔に焦りはないが、動揺は見られる。

 彼は車両の窓から外を見下ろした。

 窓の外にはやや茜色に染まり始めた空とオレンジに染まる水路とその間に建つ住宅街が見える。

 水路がオレンジ色に染まって、町全体が美しく夕日にライトアップされている。

「クソッ! よりによって逆かよ! 本土側に回り込まれてるとかシャレになんねえぞ……障害を排除せよ!」

 青年は毒づきながらもシステムによってロックされているドアをこじ開ける。

 おそらくは緊急時のパニックによる通路の混雑を避けるための措置であろうロックは青年には何の意味もなかった。

 ドアを押した右手が纏った力がドアを無理やり破壊し、外に向かって押し出したからだ。

 右手のひらを正面に突き出したまま青年は前へ進む。

 通路を横断して向かいのドアも突き破る。

 そして青年が眠っていた個室と反対の個室に侵入し、窓際に駆け寄った。

 幸い、というべきか、その個室に乗客はいなかった。

 先ほどの窓に対し列車の反対側に位置する窓の外に目をこらすと、島の中央にそびえ立つ巨大な木『世界樹せかいじゅ』を背景に十数機もの日本国のものでない戦闘機が飛んでいた。

 いわゆるエースコンバット的なことは行われていない。

 一方的な攻撃、一方的な爆撃だった。

 眼下の都市からは煙が立ち上っており、場所によっては炎も視認できる。

 黒い爆弾が周囲の機体よりやや大きい機体、恐らくは敵国の爆撃機、の腹から吐き出されては街へと落下していく。

「クソが!」

 青年は再び毒ずく。

 状況そのものを呪って……。

 再び、列車が大きく振動した。

 先ほどより音は小さいが、着実にダメージが溜まっていっていることは想像に難くない。

 ここからは見えない場所から別の戦闘機によって攻撃されているのだろう。

 列車のスピードが一段と上がった。

 止まって的になるよりはマシだと思ったのだろうか……進行方向でレールが破壊されてしまえば最悪猛スピードで市街地に落下することになるのだが……。

 天レールはモノレールの構造上、ほとんどの場所でレールが空中に露出しており、格好の的になっているのかもしれない。

 レールを両側から支える支柱以外にレール本体を守っているものは存在しない。

 青年が再び術式を唱えようとした時、前方の上空で戦闘機が二機同時に爆発した。

 炎と爆煙が見えない壁に沿うように空間を平面上を広がっていく。

 また一機、戦闘機が撃墜された。

「障壁魔法!? この距離であの規模ってマジかよ!」

 青年もうかうかしてられなくなってきたようで、依然力が作用したままの右手を窓ガラスへと向けた。

 しかし、その手は窓ガラスに当たる手前で硬直し、少しも前に進まない。

「(僕が行く意味があるのか?)」

 心底恐ろしい、と青年は思う。

 目の前はもう戦場だ。

 外に出れば引き返すことはできない。

 機銃が複数こちら、いや少し右を向いて火を噴く。

 モノレールの屋根に穴を開け、右上で展開された防壁魔法が途切れたのがわかった。

 直後、爆発が列車を叩いた。

「ッッッッ!」

 列車の揺れが青年を前へと押し倒す。

 そして、彼の精神の動揺によって威力の制御が甘くなった彼の右手の「魔術」が列車の壁を吹き飛ばす。

 彼の体は一瞬にして列車の外へ放り出されて、風に揉まれながら落下した。

 下は水路か、住宅か。どちらにせよこの高さじゃ助からない。

 彼が普通の人間ならば、だが…………。

愛七まなっ、さっきまでいた列車の中に戻る」

『了解。真也しんや様。二秒間で体を減速し、その後列車に向かって移動させます』

 彼の叫び声に機械音が答える。


 [情報粒子じょうほうりゅうし魔法師しんやより抽出エクストラクト]

 [対応形状をADアシスタント・デバイスより読み込みリードイン]

 [移動魔法いどうまほう基本形テンプレ変数げんじょう代入インプット]

 [情報粒子形状じょうほうりゅうしけいじょう変形トランス]

 [情報世界じょうほうせかいへの投影を開始   完了]


 魔法が発動し、現実を塗り替えていく。

『衝撃に備えてください。二、一、停止』

「グヌッ」

 力士に壁に押し付けられたかのような圧力が青年、真也の体を容赦なく圧迫した。

 速度変換魔法そくどへんかんまほう、通称移動魔法いどうまほうによる急な減速のせいだ。

「魔法」は魔術同様に現実を書き換える技術だ。

 現在も彼はかなりの速さで空を飛んでいるわけだが髪がはためくことも服があおられることもない。

 なぜなら魔法は、服を含めた「真也」という存在を移動させる魔法を行使しているため、服も髪も体と同じく常に前に進んでいる。

 つまり魔法によって空気抵抗より高い優先度を一時的に付与されているので髪や服がバタバタしないのである。

 そして真也の体は走り去る列車に向かって再び加速する。

「このまま下に降りたいんですけど……」

『ダメです! 乗客を見捨てるおつもりですか?』

「そういうわけじゃないけど……」

 真也はまだ学生である。

 当然戦う義務はない。

 しかし、状況を打破できる可能性はおそらくは彼ぐらいだろう。

 そうそう都合よく同じ列車に戦闘機の編隊と単体で渡り合える人間が乗っているとは思えない。

『列車に向かって加速開始。敵機に捕捉されました』

「撃墜に割くキャパシティはない。距離が遠すぎる。体の周囲に三重の甲殻魔法を頼む」

『了解。甲殻生成完了。列車に張り付くまで残り十秒です』

 彼が先ほどまで乗っていたモノレールは最後尾の車両が吹き飛んでいる。

 おそらく第一射でやられたのだろう。

 二射は先頭車両、つまり運転士を狙っていいたようだ、が外れたのだろう、前が若干焦げているものの大した損害はない。

 そして三射はさっきまで僕のいた車両の横の車両の屋根を吹き飛ばしていた。

 おそらくは防壁魔法の術者がやられたのだろう。

 屋根に人影はない…………。

 真也の体に重めの衝撃が走った。

 左から飛んできたミサイルが彼の体、いや正確には彼の体の周りに展開された甲殻魔法にぶつかったのだ。

 三重の甲殻、半透明の球場の防護障壁、は一ミリも曲がっていない。

 しかし真也は恐れた。

 恐れてしまった。

 たとえ、破られなかったとしても自分のすぐ近くに自分を狙ったミサイルが飛んできたことに。

『列車に乗り込むまで残り十秒です。十、九、八、っっっ甲殻の消滅を確認。再展開します。原因を特定中。結果が出次第報こ…………原因はご主人様の恐怖心による魔法強度の低下です。このヘタレが……』

「…………」

 魔法は恐怖や動揺といった感情に左右されやすい技術ではない。

 感情による影響が如実に現れるのは魔術である。

 それがわかっているからこそ真也もこの場面で魔法を使っているのだろうが、魔法も完全に心と切り離せるわけではない。

 恐怖によって、動揺によって思考を止めてしまえば魔法は停止する。

 発動地点までの演算や発動魔法の選択補助は人工知能に任せていても結局、魔法とは人によって発動されるものなのであるからだ。

 甲殻魔法の消滅がさらに真也にプレッシャーをかける。

 理性が現実を把握していくに連れて恐怖が体を支配していく。

『列車への加速度ゼロに、いえマイナスになりました。ご主人様! しっかりしてください!』

 ついに甲殻魔法だけでなく移動魔法までもが停止した。

 いや、甲殻魔法は再開されていた。

 必要以上に……。

『真也様! 甲殻は三枚で十分あの戦闘機の主武装を防いでいます。十枚も展開する必要はありません! このままでは足場のないまま狙い撃たれますよ!』

 人工知能である愛七の声にも彼は耳を貸さない。

「無理、ムリ、むり、無理だよ。なんだこれバカじゃなきゃできねえよ。危機管理能力が残ってるうちに逃げよう、愛七。人間一人で戦闘機に立ち向かうなんて無茶だったんだ」

『いつの時代の話ですか! いいですか! ご主人様の技量を持ってすればこの程度の旧式戦闘機ぐらいスクラップにできます! ご主人様はただの人間じゃないでしょう。当代最強クラスの魔導士が情けないですよ!』

「いやいやいやいやいや、よく演算して考えてみろよ。どう計算し考えたって勝率ゼロだろ」

『私の言うとうりにして、ご主人様がビビらなければ百パーですっ!』

「おま……CPUバグってんじゃねぇの?」

『テメェこそビビってんじゃねぇよ! ヘタレ野郎が』

「二回も言いやがったなこの野郎! ブッ飛ばす!」

 流れるように喧嘩に移行する二人。

 戦場の真っ只中とは思えない空気が漂っている。

『野郎ではなくレディです。ブッ飛ばすなら先に戦闘機をどうぞ』

「テメェ後で覚えとけよ」

『もし勝ったらそのときに』

「もし? ……オイ…………勝率百パーじゃねえのかよ」

『て・へ・ぺ・ろ』

「おまっ、なんでここで音声抑揚かんじょうひょうげん機能切ったし!?」

『標的とのぉ距離演算にぃ手間取りましてぇ…………てかぶっちゃけさっきの話は敵が一機の時の話なんで!』

「………………(まじか、このAIやろう。二度と信用しないでおこう)」

『あ、そういえばもう列車に着いてますよ』

 真也の命令なしに勝手に魔法を発動するという無茶を愛七は当たり前のように実行していた。

 わざと真也を会話でリラックスさせて魔法を発動できる状態まで持って行ったのだろう。

 真也はそれがわかっているのでキレることもできずモヤモヤしている。

「よし、僕を中心に列車全体をカバーする甲殻を生成してくれ。一重でいい」

『了解です。ハァァァァァァァ……やっとやる気になりましたか……完了!』

 照れ隠しか必要以上に強く言い切る真也に、愛七も必要以上のため息を吐く。

「一言多いわ! あと、雷魔法かみなりまほうをやる」

『正気ですか? 成功したことないですよね? できるんでしょうね?』

「もちろん。ラノベの主人公は逆境でこそ成長するからな」

『いや、そんなドヤァ、みたいな雰囲気出せるセリフじゃないですよ、それ。いい加減、そういう系のエンターテイメント(笑)から離れて、厨二病治して真人間になったらどうです? 正直なところ画像ファイルが私の皇国軍用ハイパーコンピュータレベルのメモリをもってしても無視できない規模になりつつあるんですけど…………』

「(笑)じゃねぇよ! あと厨二病は治そうとして治せるもんじゃない」

 愛七の嘲りにもめげない真也。

 オタクはこの程度では簡単にはめげない。

 崩壊以降、オタクの数は減少していることもあり、前世紀より彼らのような人種への風当たりは強いのだ。

 そのため彼らは普段から世間の白い目によって鍛えられているのである。

 愛七も半分以上諦めているようでクールに言い放つ。

『自覚あったんですね……じゃあもし発動に失敗したらこの画像は全消去で! 成功したら……そうですね、次回から私の姿がVRで見れるようにオプションをつけてあげましょう』

「ちょっまっ」

『じゃあ始めます。普段の電撃魔法でんげきまほうとは違って発電環境を作るのではなく、純粋にいろんなものを雷に改変するんですから要求される干渉度は桁違いですよ』

「ああ、わかってる。その代わり僕の固有魔法だからな。情報粒子形状変形プロセスにかかる負担がない分ましさ! 始めよう!」


 [情報粒子を魔法師しんやより抽出エクストラクト]

 [情報粒子変形プロセスを無視スキップ]

 [情報世界への投影を開始   「完了」]


『全発動プロセス完了! 成功です! 絶縁魔法、開始 完了。雷魔法、発動可能です。やっちゃいましょう! ん? あれは……』

いかづちよ 敵を薙ぎ払え!」

 真横に振り抜かれた真也の指の数メートル先から雷光が閃き、敵影を薙いだ。

 そして彼への攻撃も同時に止まった。

 空に敵機の姿はほとんどなくなっている。

 いつの間にか日本国の戦闘機も空を飛んでいた。

 今の一撃で日本軍の機影が大多数になっている。勝敗は決した。

『あのぅ……』

「なんだ? 約束は約束だぞ」

 一仕事終えて疲れたのかお腹をさすりながら床に崩れ落ちるようにして座り込む真也。

 忘れずに賭けの報酬を要求している。

『そのことではなくですね……』

「おぉ、お前の姿、もう映ってるじゃん。ちっちゃいけど可愛いな…………で、なぜ目をそらす?」

 約束通り、コンタクト型VRスクリーンにちっちゃな愛七まなが映し出された。

 真也の期待を裏切らないプリティさだったようで、彼は満足げに頷いている。

 そんなミニチュア美少女愛七は、照れ笑いのような笑みを浮かべて、目をそらし人差し指と人差し指をツンツンしている。

「(まさか告白か? 土壇場で新魔法をものにした僕に惚れちゃったのか?)」

『あ、あの。大変言いづらいのですが…………さっき雷魔法で撃墜した戦闘機の中にステルス状態の日本側の戦闘機が二機混じってました…………』

「……………………………………は?」

 戦闘中並みの悪寒が真也を襲った。



「本当によくやってくれたな! 本当もう涙が出てくるよ」

 青年、天神真也あまがみしんやは見事、外国の戦闘機せんとうき撃墜げきついしたあと日本皇国軍に連行されて軍の本部まで連れてこられていた。

 世界樹、六階の日本皇国軍総司令部にほんこうこくぐんそうしれいぶの尋問室で彼は愛七にウイルスプログラムを送ることを心に誓った。

 もちろん軍に手荒な真似はされたわけではないが……。

 世界樹せかいじゅ。ここはもともと彼が最初にあまレールで向かっていた場所、というか通過地点である。

 世界樹はその幹の直径が十三キロもある巨木(という言葉でくくっていいのだろうか……)で、内部はくり抜かれて十階の巨大なフロアに別れたビルのようになっている。

 ワンフロアの高さは五百メートルだが、フロアとフロアの間は更にその四倍の二キロほどもあるのだ。

 一応フロアとフロアをつなぐ階段があるらしいが想像しただけで恐ろしい。

 そんな化け物みたいな木なのである。

 もちろん普通の木ではないが……。

 フロアの移動は魔法を利用したエレベーターで行う。

 科学技術のみでは移動に時間がかかりすぎるらだ。

 

 真也は本気で半泣きの軍のお偉いさん(と言っても皇国軍は完全叩き上げ制なので統帥権によって軍のトップに立つ天皇家以外はずっと軍に貢献してきた人であって、士官学校とかのいけ好かないエリートとかはいないが)に二時間ぐらい説教された。というか四分の三は泣き言だった……。

 なんでも、破壊してしまった戦闘機が最新鋭のステルス機能を備えた実験機だようで修繕費(正確には作り直しであるが……)がバカにならないそうだ。

実験機なだけあってパイロットの保護装置が過剰なまでに施されており、パイロットが無事だったのが不幸中の幸いだった。


 ともあれ、真也は彼の後見人でもある摂政殿下のお口添くちぞえもあって無事ぶじ説教だけで解放された真也はようやく本来の生活に戻ってきた。

 ここから外の様子は一キロ以上あるみきの壁に阻まれて見えないが、おそらく真っ暗だろう。

 愛七まなは皇国軍のスーパーコンピュータであるYUIゆいの中にいるナンバーセブンのコードを与えられた人工知能である。

 そのため彼女は逃亡は許されていない。

 今頃彼の何倍も絞られているであろうパートナー? に向かって彼は黙祷を捧げた(ウイルスを送る予定は無くさなかったが)。





 天神島は土地ごとに特色というか、そこにある施設の種類が明確に分かれている。

 そして、そんな町の一つ、島の北西部にある学生の生活区、海道町かいどうちょう

 ここには本土はもちろん世界各地からに学びに来た学生はここで暮らしている。(といっても日本は地球各国と折り合いが悪いのでほとんどが太陽系連盟たいようけいれんめい圏の宇宙都市国家スペース・ポリス出身だが)

 その西の端、緩やかな丘が連続している町の外れを道を、真也は大きな荷物を、浮かせた絨毯じゅうたんに載せて引っ張りながら歩いていた。

念のため言っておくとこの絨毯は浮いている。

 魔術絨毯まじゅつじゅうたんは現在でははっきり言ってものすごく骨董品なのだが、彼の使っている絨毯はさすが、宅配屋さんから借りた物だけあって、かなりの高級品だったらしく、問題なく使えているようだ。

 今の服はエリート大学である天神大学あまがみだいがくの付属高校の制服だ。

 今日の戦闘で着ていた服がボロボロになってしまい、大なスーツケースを外で開けて着替えの服を取り出すのが面倒くさかったので、説教の後に三階のデパートで受け取った高校の制服をそのまま着てきたのだ。

 今日は三月三十日、明後日から新年度である。

 彼は今年度から府高に入学するのだ。

 彼は街の明かりに背を向けて街の中心から遠ざかっていった・・・・・・。

 

 数十分後、真也は町の外れの丘の上にある超がつきそうな豪邸ごうていの前に来ていた。

 敷地内に建物がいくつか見え、そのどれもが美しさと機能性の両方を備えているように見える。

 今の位置からではその全貌を望めないほどの大きさで、貴族の屋敷とでもいうべき風格があった。

 門の表札があるべき所には「皇立天神大学付属高等学校・中学校特別寮こうりつあまがみだいがくふぞくこうとうがっこう・ちゅうがっこうとくべつりょう」と書いてある。

 因みに、天神大学付属高校通、通称、天大府高てんだいふこうの特別寮とは府高の学生の中でも特別上流階級の人間、もしくは特別な事情を持つ生徒しか入寮を許されないという特別な寮なのだ。

 つまり貴族の屋敷、というのもあながち間違いではないのである。

 どうりで警備も、門から察せられる上等さも、その大きさも、全てが規格外なわけである。

 小さめの、と言っても丘一つが丸ごと一つ寮の敷地になっているわけであるし。 

 真也は場違い感を感じながらも、寮の門のインターホンをぐっと押した。

 しかし待てど暮らせど応答がない。

 一分後、再びインターホンを押そうとしたところで、

煌牙之宮こうがのみやで・・・・・・じゃなかった、特寮です。どちら様でしょう?」

 と、レンズの向こうから女性の声で応答があった。

「すみません、えと、あ、天神真也あまがみしんやと言います。今日からここでお世話になることになっている・・・・・・」

 今さっき、さらっと言い間違えたカメラレンズの向こうの人の名字であろう「煌牙之宮」とは、京阪地区を中心に活動している「魔法」の大家で、御三家ごさんけと呼ばれる日本の三大財閥の家筋の一つである。

 魔法の力がすごく強い金持ちの一家だと思ってもらっていい。

「あぁ、天神真也さんですね。お話は聞いてます。えっと……孤児院から寮に引っ越す時の手続きを地区府ちくふがミスしたとかで入る寮がなくなったんでしたっけ? 地区長と仲良しの陛下が特例で、部屋が無駄に余りまくっている特寮とくりょうに入れてやれって話になった…………」

 この寮生には、すでに話は通っているようだった。

 真也は無駄な説明を省けてほっとした。

「・・・・・・そうなんです。……ご迷惑おかけします」

「いえいえ、気にしないでください。真也さんが悪いわけでわないんですから。今、門を開けますんで玄関までお迎えにあがらせます」

「はい。・・・・・・わざわざありがとうございます」

「いえいえ、では」

 これ以上、気を遣わせるのも悪いと思い、真也は素直に彼女の言葉に従った。

 こうして真也は、ようやく新生活への一歩を踏み出せたのだった。




 真也は寮に着いた後、煌牙之宮こうがのみやさん、ではなく彼女の代理を名乗るイヌのぬいぐるみに先導されて特寮の中を歩いていた。

 彼の部屋は本館っぽい建物の三階だった。

 さすが特寮なだけあって、部屋は広い。

 二室あれば孤児院の家族全員が暮らせそうだ、と真也は思った。

 彼の持ち物は、引越し業者に頼まず自分で持ち運んでいたことからもわかるようにとても少ない。

 真也は孤児院時代(とは言っても今日の昼まで孤児院時代だったわけが)には拾われた身なので欲しいものを買ったことがあまりないのだ。

 生活に必要なもの以外で持ってきたものといえば、ライトノベル、漫画、少量のフィギア……。

 いや、まぁ彼にとってはこれらの品は生活必需品なのであるが……。

 しかし、荷物が少ないのは事実で、無駄にスペースの余った部屋はものすごく寂しい感じになってしまっている。

 当然荷解にほどきにもあまり時間がかからなかった。

「イヌのぬいぐるみがしゃべったのは精霊使役術式せいれいしえきじゅつしきかなぁ…………」

 などとぼやきつつ新居での時間を彼なりに満喫しつつ今日一日の、いや半日の出来事を思い返していた。

 


 太陽がちょうど真上に上がった頃、僕はいつもより少し早く昼食を終え、家族と先生に見送られて、十年間にわたってお世話になった天神孤児院あまがみこじいんを出た。

「いってらっしゃい。真也。またいつでも遊びにおいで」

「はい、先生。長い間お世話になりました。いってきます!」

「しん兄、またねー」

「いってらっしゃい」

「彼女できたら教えろよー」

「あぁ? ……じゃ、いってくるよ。みんな、今までありがとう」

 今日、僕は長い間お世話になった家を出て、一人暮らしを始める。

 僕が育ったこの孤児院からそう遠くないところにある寮に住むのでめったに会えなくなるわけじゃない。

 でも、今まで一緒に過ごすことが当たり前だった家族と普通に過ごすことができないのは辛い。

 けど、これから始まる一人暮らしは楽しみだし、高校生活も楽しみだ。

 そんな悲しさと期待がまぜまぜになった僕は新居に向けて最初の一歩を

『ピリリリリリ。ご主人様。着信です。ピリリリリリ』

 踏み出そうとしたら脳内に電子音が響き渡った。現代ではかなり普及している、ブレフォンこと脳内電話ブレインフォンの着信呼び出しである。

 あと、「真也様」というのは僕の趣味ではなく、僕のブレフォンに直結している皇族専用人工知能エー・アイ難波愛七なんばまなの仕様だ。

 僕は皇族ではないけど昔、皇族がらみの事件に巻き込まれて大怪我を負い、記憶を失ってから、天皇家の方々にいろいろと補助をうけている。

「もしもし、天神真也あまがみしんやですが」

「もしもし。天神地区府あまがみちくふ特別学生支援係です」

 僕が応答した瞬間に視界の隅に通話中の文字が点滅する。これはブレフォンやの機能だ。

 ブレフォンやブレインパーソナルコンピュータは脳に直接干渉して映像を見ていることにしたり、音を聞いていることにしたりすることができる。VR技術の応用である。

 視覚リンクを補助する専用の眼鏡グラスかコンタクトの着用を必要とするがかなり便利である。

 インプットだけでなくもちろんアウトプットもできるので思考するだけでも会話はできるのだが物凄く集中する必要があるので、声に出すのが普通である。

 操作も思考のみでできるのだが最低でも口パクぐらいはしないと無駄にしんどい。

「あ、お世話になっております」

「申し訳ありませんっ…………非常に申し上げにくいのですが、本日、転居予定の真夜さんの寮なんですが、こちらの手違いでブッキングしてしまいまして、急遽べつの寮に変更させていただくことになってしまいました。申し訳ありません……」

「え? あ、はい。……いえいえ、自分は大丈夫です。まだ家出たばっかりですし……」

「申し訳ありません。変更先の寮の住所を送らせていただきますのでご確認ください。その寮には話がついていますので……。では、失礼しますっ」

「あ、はい。ありがとうございます?」

 電話が切れると同時に位置情報が送られてきた。

 いつまでも孤児院の前でウロウロしてても気恥ずかしいので、先生に入寮先が変わったことを伝えて、少し歩いてから地図アプリで変更された新居の位置を確かめる。

「なぁ、愛七まな、学生生活区から少し離れてるけどこの寮なんかでかくないか? 」

『真也様、ここは特寮ですね……』

「え? まじで? 特寮って、あの特寮?」

『はい。再び地区府がミスで位置情報を間違えていない限り……ですが』

「マジかよ……。リアクションに困るな…………」



 そして最寄りの南青龍駅から天神モノレール、通称「天レールあまレール」に乗って、まず、島の中央、世界樹の一階にあるセントラルターミナルへ向けて出発したところまではまだ良かった。

 急遽、寮が変わったとはいえ目的地は一キロ程度しかずれていないからな。

 問題はこの後だった。

 時間に余裕があったので低速列車に乗ったらセントラルターミナルまでの一時間半の間に爆睡してしまう。

 そして眼が覚めると僕の乗っている電車が戦闘機に攻撃されていた。

 色々あって、なんとか撃退したもののうっかり味方の戦闘機も撃墜してしまい、皇国軍総司令部で怒られて二時間が経過。

 説教タイムの前に軍と警察にそれぞれ二時間も事情聴取されて、解放されたのは午後六時だった。

 その後、世界樹の四階の地区府ちくふに立ち寄り、住所の変更をする。

 もともと、七階の魔導図書館まどうとしょかんに立ち寄って、入学前の課題である「魔導理論まどうりろん魔法理論まほうりろんの共通点と相違点」という定番テーマのレポートをする予定だったのだが六時に閉館してしまって、入れずレポートは未完成のまま。

 最後に、二階の天神デパート樹内店きないてんで軽く日用品を買って、服屋さんで府高の制服を受け取り、それに着替える。

 そして再び天レールに乗車し、西海道駅で下車、徒歩で引越しの荷物を引いて特寮まで移動して来て今に至るというわけだ。

 結局、特寮に着いた時には八時を過ぎていた。

 雷魔法を習得したこと以外はまさに、最悪の半日だ。



そして、このあと真也は不幸にも戦闘機に襲われるのである。


 

「喉が乾いたし、お腹も空いたし、トイレも行きたいんですけど〜!」

 天神真也はあまりに長い間放置プレイを食らっていた。

 いつもよりはやい一日の回想を終えてから三時間、時刻は十時になろうとしている。

 彼は一日の回想を日課としているのだ。

 嫌がらせかな、と思っていたちょうどその時、ドアがノックされた。

 返事をしつつドアを開けると、そこにはさっき部屋まで真也を案内したイヌのぬいぐるみがいた。

「さきほどは、名も名乗らずに失礼しました。わたしはバステトというものです。優果ゆうか様に仕える忠実な神様です」

 真也にとってイヌのぬいぐるみにに自己紹介された経験は人生で初めてだったが、何度か似たような体験をしたことはある。

 そう、これは……、

「念のために聞くけど、精霊魔法せいれいまほうで使役されてるんだよね?」

「はい。優果様は心を操ることができるので我々も逆らえないんですよ」

ビンゴだった。そして、

「なるほど」

と真也は頷く。

 精霊魔法とは、通称で正式には「精霊使役術せいれいしえきじゅつ」という魔術の一つだ。

 精霊せいれいとは精神世界せいしんせかいに在る心だけの存在みたいなもので術によってそれを操るのが精霊使役術である。

 イヌのぬいぐるみも神を名乗っているものの実際には人間の精神によって構成される精神世界に神を信じる人たちの心によって生まれた精霊なのである。

 もちろん精霊魔法の基礎知識は真也にも備わっていたが彼の中にある疑問が浮かび上がった。

「あの……質問なんですけど…………神霊しんれいクラスのバステトさんをパシリに使うって相当すごいですよね?」

 まがい物とはいえ一応、神への人々の信仰心が集まって精霊となったのが神霊なのでその信仰の量や質も莫大なはずである。

 ちなみにバステトとはエジプト神話の猫神だ。

 あと精神世界には時間の概念がないため過去の人々の信仰も現代の人々の信仰も集まっている。

 以上の理由から現代ではそれほど信仰されていないエジプト神話の神霊でもその召喚と使役には尋常じゃない技術と対価がかかるはずなのである。

 そんな神霊を自在に使い、その上、様付けさせてる時点でその主人はかなりヤバいレベルの魔術師と言えるだろう…………。

「パシr・・・・・・・・・・・・優果様の固有魔術こゆうまじゅつがこの方面に特化しているので・・・・・・」

 バステトさんはなにやらワナワナ震えていた。

 それから、「固有魔術」とは「魔術」の中でも限られた人にしか使えない属人的なスキルのことだ。

 複数持っている人も世の中にはいるだろう。

 当然、持っていない人もいる。

 似たような言葉で真也の雷魔法のように「固有魔法こゆうまほう」と言うものがあるが、それはまた別の技術である。

 これは一人に必ず一つだけある。

 午前中までの彼のように誰もが使えるとは限らないが……。

「あ、なるほど。心を操るんだっけ? それなら考えられなくもないかな」

 本当はそんな簡単な話ではないが、簡単に考えると人の精神、つまり心で形成されている精神世界の中の精霊は、当然人の心からなるモノである。

 そのため心を操る優果には逆らえない。

 優果の使役する精霊は、対価を払われてすらいないのだろう。

 なぜなら、通常は召喚されている間ずっと召喚師から精神力を対価として吸い上げている精霊だが、優果の能力はその原則すら超えているであろうからだ。

 心を操る能力、と言うと簡単に聞こえるかもしれないが、現代の「魔術」と呼ばれる技術は、その発動プロセスの大半が精神世界の内部で行われる。

 心を支配する能力というのは他人の発動する魔術に自在に介入することができる能力と言っても過言ではないはず、考えれば考えるほどチートな能力である…………。

 日本はまだSLに比較的近いため精神世界に頼らない「魔法」技術を使用する人が多いが、世界的に見ればSLからの距離に関係なく開花する「魔術」の方が遥かに普及しているのだ。

 優果のこの能力は「魔道まどう」つまり、魔術と魔法を使う者の大半の天敵と成り得てしまうである。

 最強の能力だが「煌牙之宮こうがのみや」なら十分に有りうる。

 御三家ごさんけは魔法に特化した一族であり、中には魔術の素養が高い人も珍しくないらしい。

 そしてご主人様のとんでもない固有魔術をうかっり漏らしてしまったバステトさんイヌのぬいぐるみはキョロキョロ周りを見て挙動不審におちいっていた。

 たぶん使役している優果には筒抜だろうが…………。

「てか、バステトさんなのにイヌのぬいぐるみなんだね……」

「今さらですね…………。あ……あと、今さらで思い出したんですが真夜さん……」

「うん?」

「あなたをを歓迎ぱーt……ゲフン、ゲフン、夕食に誘いに来たんでした……」

「本当に今更ですね…………」

 バステトと真也が話し始めてもう十数分たっていた。

 咳払いして誤魔化した部分についての追求はやめておいてあげることにして、真也は(この口の軽いイヌ型ネコには絶対に秘密を話さないことを心に決めて)食堂に向かって歩き出した。




 食堂では今まさに歓迎パーティーの準備が終わろうとしていた。

 たくさんの料理がテーブルに並び、こうして見ている間にも精霊さんが新たな料理を運んでくる。

 軽くだが壁には飾り付けがされていた。

 十数人の人が縦長のテーブルを両側から挟むように座って楽しそうに騒いでいる。

 どうやら彼らは真也への自己紹介の練習の最中のようだった。

 高身長でガタイのいい黒髪の男子と、少し色素の抜けた黒髪と茶髪の間の色をした髪のすらっとした女子がちょうど他のメンバーに自己紹介の練習をしている。

「ようこそ、特寮へ。天神真也くん!  歓迎するよ。オレはひいらぎ友希ともき。まぁ……そうだな、友希さんとかで呼んでくれ!  あと、こっちが妹のみなとだ」

「初めまして。妹の湊です。真夜さんとは同級生なのでどうか呼び捨てにして下さいね。あ、わたしもさんづけでした。すみません。兄ともどもどうぞよろしく……し、真也……」

「(ハイ、後ろにいますスミマセン)」

 二人以外のメンバーの半分は真也の立っている方に向かって座っているので彼に気づいるはずだが、全員ニヤニヤしているだけで誰も何も言わない。

 明らかに面白がっている反応だった。

「(僕から話しかけるしかない……のか?)」

 依然真也への自己紹介練習は続いている。

 さすがに聞き続けるのも辛くなってきたので

「はい。…………こちらこそよろしくお願いします。えっと、友希さん。湊・・・・・・」

「うおっっぅ…………びっくりしたー……後ろにいたのかよ……」

 慌てて振り向いて恨みがましそうな目で僕と後ろのメンバーをにらむ友希。

 身長が高いので少し威圧感があるが、黒いツンツンした髪は頼れる部活の先輩を思わせる。

 優しそうなお兄さんといった雰囲気だ。

 あくまで雰囲気以外、主に外観は威圧感があるが。

「……っ・・・・・・はい。よろしく……です」

 湊はすこし、ほおを赤らめ顔をそらしている。

 ダークブラウンのロングヘアがきれいで、真也は思わず見とれてしまう。

 彼女は、だった。

 ワイルドなお兄さんと並ぶことで、お互いにそれぞれの魅力を引き立てあっているのでより輝いで見える。

 ちなみに「ひいらぎ」とは十年前くらいまで日本の四大財閥の一角だった家だ。

 国家反逆罪こっかはんぎゃくざいで柊家が取り潰されて、残った三家が御三家になった、と言える。

 つまり他の御三家の人たちと同じで

 今さらだが御三家「煌牙之宮こうがのみや」「氏神うじがみ」「四方院しほういん」、ひいては裏三家である「音無おとなし」「神宮寺じんぐうじ」「ひいらぎ」は世界崩壊後の八十年で天皇家と婚姻を結んだか、派生して分家となったというような正真正銘、天皇家の親族なのである。

 御三家は魔法の大家、裏三家は魔術の大家で、柊は十年前までこの両方を兼ねていたのだ。

 因みにここ、

 真也は先に相手から自己紹介されてタイミングを失ってしまっていたが、やはりここは自分から挨拶するべきだと思い直した。

 やっぱり記憶の話はしておくべきかな、と思いつつ真也は自己紹介を始める。

「こんばんは、みなさん。

 僕は天神真也あまがみしんやです。

 天神地区あまがみちく地区孤児院ちくこじいんで十年前からお世話になっていました。

 名字の天神は孤児院から来ています。

 というのも、僕は十年前に状態で発見されたんです。

 自分の体験にまつわる記憶をすべて失っていて皇太子陛下の護衛に保護されて真也の名前を授かりました。

 その後、孤児院に入って、高校進学を機に独立するはずが、偶然が重なってここ、特寮でお世話になることになりました。

 これから、どうぞよろしくお願いします」

 真也が顔を上げると、ほとんどの人が笑顔で拍手していた。

 すかさず金髪の美人さんが真也に話しかける。

「こちらこそよろしく! 私が煌牙之宮優果こうがのみやゆうかです。

 優果とお呼びください! そこのイヌネコの主人もやってます。

 あと、この屋敷のメイドさんとか執事さんはみんな私が精霊魔法せいれいまほうで動かしているぬいぐるみが担当しています。

 あと、真也さんのお世話がかりというか、ここに慣れるまでのアドバイザーというかを務めます! わからないことがあったら遠慮なく聞いてくださいね! 

 真也さんと同学年ですけど府中ふちゅうに通っていたので特寮ここでは先輩です! 

 それと、もうばれちゃってるっぽいから告白すると私は、心を操る固有魔術が使えます」

 金髪碧眼きんぱつへきがんの美少女さんがお世話がかりだと!? と思うかもしれないが真也としては煌牙之宮家の人がお世話がかりとか気まずいだけである・・・・・・。

 それにしてもかわいいと美人の中間の、整った顔に、そこそこなスタイル。

 全体的に真也の好みどストライクな人だった。

 髪の色以外は……。

「(これで金髪ロングじゃなくて黒髪ロングなら完璧だったのに・・・・・・この差は激しいな……。マジでもったいない……)」

 真也がそんなどうでもいいことを考えていると、ふいに食堂に備えられていたスピーカーから騒音が流れ出した。

『ピガ、ガギギオ、ジジジジジジジジ−−−−』

「これは?」

「わからん……」

「さぁ…………」

 友希や優果は全く心当たりがなかったようで首を傾げている。

 真也はてっきりサプライズかと思っていたのだが……。

 ガタッと音を立てて白衣を着たまま食卓についていた真也と同じくらいの背の男子が血相を変えて立ち上がる。

 彼は慌てて部屋から飛び出して行って、約三十秒後にパソコンを抱えて戻って来た。

「やばい、やばい、やばい」

ひかる?」

「相当な腕のやつにここのサーバがハッキングされかけてる……」

「さっきの音? 」

「たぶんあれもそいつの仕業だと思う。真夜君は心当たりない?」

 優果の言葉足らずの問いに、白衣の人、輝はしっかり答える。

 そして、ついでに真也にも訪ねてきた。

 真也にハッキングされる心当たりはなかったが。

「なんだこの物量? ん? なんか見たことあるような…………」

「輝の知り合いの攻撃じゃないの?」

「違う…………はず……」

 確約できないのかよ!

「可能性あるんかい!」

 優果もたまらずつっこむ。

 輝の額に若干冷や汗が浮かんでいた。

「いや、でもこれは…………ん? これって皇国軍軍事サーバじゃね? 前バイトでプログラム追加に行った時に見たのと一緒だ……。どうりで見覚えがあると思った…………」

「皇国軍? なんで軍が特寮うちにサイバー攻撃仕掛けてくんのよ?」

「知らねえよ! けどこれ拒む必要あんのかな? 軍関係なら特に問題ないんじゃ…………」

「でも…………ん? 真也?」

 今度は真也が冷や汗ダラダラだった。

 皇国軍、軍事サーバ、サイバー攻撃の動機、今も彼の部屋で電源オフ状態のブレフォン。

 真也には心当たりしかない……。

「……すみません。……えと、輝さん。たぶん通して大丈夫です。僕の知り合いだと思います」

「あ、そう?」

「はい」

「じゃ……」

 輝が幾つかのタブを閉じた直後、食堂にとある人工知能の口撃が撒き散らされた。

『真也コラ! テメエ一人だけ逃げてんじゃねえよ! 愛七まな一人であの後三時間ずっと説教されてたんだから! 返事しろぉ! このsjだlhがvhfvhdslvえlygfydgfbdslはgcy………………』

「ごめん。完全に忘れてたわ」

 相当お怒りのようだった。

 そして、特寮のみなさんはドン引きしていた。

 いきなり大音量で怒鳴り散らされたのだから無理もないが……。

 結局、輝に服飾プログラムを組ませることでようやく和解にこぎつけた。

『初めまして! じゃない方ばかりですがよろしく! 真也様の忠実なメイド、難波愛七なんばまなです。さっきこの寮のシステムも掌握しましたので何かあればお申し付けくださーい!』

「お、おう」

「よろしく……」

 愛七は元気たっぷりだがみんなの反応はすこぶる微妙だった。

 優果は微妙な空気を吹き飛ばすべく話を進める。

「はい、じゃあ次! 礼称れあちゃんよろしく! っとその前に、先に晩御飯をいただきましょう……。せっかくのお料理が冷めてしまうしね。自己紹介はデザートを食べながらしようか」




 全員の食事が終わると、キッチンからアイスとケーキが出てきた。

 先ほど優果が言っていたデザートなのだろう。

 謎の組み合わせではあるが……。

「じゃあ、改めまして真也さんに自己紹介をしていきましょう。礼称ちゃんからね! よろしく!」

 かなり美味しいアイスだと真也は思った。

 優果は話を進める。

「は、はい・・・・・・え、えと、じ、神宮寺礼称じんぐうじれあです・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・」

 長い黒髪の少女は名前を名乗ってそのまま黙ってしまった。

 真也はどうしていいかわからず沈黙する。

「れ、礼称ちゃん! 続き続き!」

「は、はい。えと・・・・・・その、わたしも真夜さんと同じで今年から府高ふこうに通います! 

 きのう東北からここに来たばっかりで・・・・・・ごめいわくをおかけすると思いますがよろしくお願いしますっ!」

 優果に促されて礼称はまともな自己紹介を終えた。

 ものすごく照れ屋なのか、と真也は思った。

「(神宮寺家では優れた素質のある子供を十五歳まで家から出さず訓練する習慣があるっていう噂を聞いたことがあるけど本当なのかもしれないな…………)」

 真也は神宮寺家にまつわる有名な噂を思い出した。

 礼称には小動物系の見た目(背は高いほうだが……)やオドオドした性格とは正反対の化け物レベルの「魔術」の才能がある。

「じゃ、じゃあ次! ひかる!」

 優果が気を取り直すように次の人を指名する。

 ここにきて真也は優果が司会的な立ち場だということに気づいた。

氏神うじがみ ひかるだ。そのままひかると呼んでくれ。

 優果と一緒でオレは府中の時からここに住んでいる。

 基本、自室で研究とかをしている。

 湊と一緒に友希先輩の薬とかも作ってる。

 それから、なにか欲しいものがあれば相談にのる。以上だ」

 輝は真也と同じくらいかやや低いぐらいの身長で、髪は軽く天然パーマのかかった黒髪。

 着ている白衣もバッチリ似合っているクールなガリ勉風の見た目だ。

 真也は自己紹介で突っ込んで聞きたいことがいくつかあったが、クールな雰囲気に聞くのをためらった

 優果が笑いながら真也に話しかける。

 その声は彼だけに話すにしては少し大きい。

「輝って、自己中だし、態度でかいし、面倒くさがりだけど、根はいいやつだから……誤解しないであげてね」

 そして大げさに目元を拭うフリをしている。

 ご丁寧にハンカチまで取り出して…………。

 ここまでオーバーにリアクションされると、孤児院では朴念仁で有名だった真也にも優果の意図が読めてくる。

「おい、そういうのはおれがいないところで話すべきだろうが……この腹黒お嬢が」

 優果は耳に手を当てて聞こえないポーズ。

 輝は確実にイライラしている。

 そしてハッとしたように俯いていた顔を上げてキョロキョロ周りを見た。

「ん? おいおれのアイスしらねえ?」

 いつの間にか輝のスイーツが彼の皿から消滅していた。

「さ……さぁ? じゃ……じゃあ、次颯太で!」

 真也も探してみるが見つからなかった。

 代わりに犯人を見つけたが……。

 真也の隣に目を逸らして冷や汗をかきながら口笛を吹く優果がいた。

 優果が誤魔化しているのは誰の目にも明らかで、輝の堪忍袋の緒が切れたのも誰の目にも明らかだった。



 優果と輝が休戦協定を結んだところで、再び自己紹介が再開された。

「よろしく、真夜! おれは四方院颯太しほういんそうた! 

 呼び方は颯太でいいよ。

 戦闘に使える魔法なら基本的に何でも得意。

 あとは、そうだなぁ…………何人かのトレーナーをしてる。

 もし体鍛えたくなったら言ってな! 終わりっ!

 ……あ、そだ、試しに腕触ってみる?」

「……じゃ、じゃあ」

 なにが「試しに」なのか真也にはさっぱりわからなかったが、ことわるのもなんなので、真也はさわらせてもらうことにした。

「うわぁ……すごいですね! 僕にもコーチつけてもらえますか?」

「もちろん!」

 颯太は色白で不健康そうなほどの肌だが、筋肉はしなやかにしかし、しっかりと付いている。

 背は真也より少し高いくらい。

 話し方が少し幼いのが残念だが、顔はかなりのイケメンである。

 四方院家は魔法と武道の併用をメインに研究している家なので、颯太に稽古をつけてもらえるのはかなりラッキーだと真也は思った。

「ではよろしくお願いします」

「うん、さっそく今夜から見てあげるよ!」

 きょ、今日からですか…………と、思わなくもなかったが、真也も筋肉はほしいのでさっそくトレーニングをお願いすることにした。

 皇族である彼らと過ごすことでなにかトラブルに巻き込まれるかもしれないし、鍛えておいて損はないと真也は思ったのだ。

 颯太は弟子? ができたことに喜んでいる。

 頼られて喜ぶタイプなのだろう。

 颯太は、こういうところもがなんか幼い感じがする、と真也は思った。

「次は……そだなぁ、じゃ、リサねぇで」

「ん、了解。真夜君、よろしく。

 私は君月きみづきアリサ、輝の護衛とサポートを務めています。

 君月うちは氏神の分家で、輝の護衛は子供の頃から務めています。

 魔法は、気体制御魔法きたいせいぎょまほうが得意ですね。

 あ、それから真夜君の一つ年上です。

 ……なにか質問とかありますか?」

 アリサはいかにも仕事ができそうなクールな女性だ。

 セミロングの黒髪も下縁眼鏡も知性的でかっこいい。

 真也は自分と同学年の優果に姉と呼ばれるからには先輩なのだろうが、何歳かわからず戸惑う。

 かといっていくら若いとはいえ面と向かって女性に年齢を尋ねることもできず当たり障りない質問を必死に考える。

「あ……はい。えーと、先輩のことなんて呼んだらいいです?」

「あ……あぁ、忘れてた……。ごめん。

 ……みんなにはお姉ちゃんって呼ばれているし、君もそう呼んでくれたらいいよ。

 あと、護衛の仕事の関係上で輝と同じ学年で通してるの。

 つまり、お姉ちゃんではあっても、先輩ではないからね……一応」

 複雑だなぁ、とか、護衛って大変なんだなぁ、と真也は思った。

 しばらく迷っていたが呼び方を決める。

「わかりました。うーんと、お姉様! あ……こう呼ばせてもらいます。なんでかしっくりくるんで……」

 この場でその呼び方が当然だと思っているのは真也だけだったが、結局誰も突っ込まなかった。

 初対面の女性をいきなりお姉さまと呼ぶのは異常だ。

 しかし、真也は磨き上げられたオタク感性でまったく違和感を感じていなかったし、周りの人間も初対面であることに引っかかりを感じたものの、良家の子女であるがために「お姉さま」という呼称については疑問を感じなかったのだ。

「んじゃ、次は姉さんね!」

 司会という役割の使命感からか、いち早く沈黙から抜け出した優果が次の人を指名する。

「はい。初めまして、真夜。

 私は煌牙之宮優姫ゆうひ、優果の一つ上の姉です。

 呼び方は、そうですね…………お任せします。

 魔法はどちらかというと理論面が得意です。

 不出来な妹ですが、優果と仲良くしてやってください」

「あ、はい……わかりました、優姫さん」

 優姫さんは、優果とは全く逆の、お嬢様感があふれだす綺麗な人だった。

 軽くウェーブの掛かった黒髪も、絶妙な体のラインも、立ち振る舞いも、言動も、とにかく気品にあふれている。

 まったくもってどこかのエセっぽい某金髪ロング女子とは別の世界の人のようだ、と真也は思った。

 考えていることが顔に出ていたのか、優果が半眼で真也を睨んだ。

 そして優果は最後の一人を指名する。

「…………次、ラスト、翔朧かける……」

 優果は声まで不機嫌だった。

 ラストなのに盛り下がり感が半端ない。

 真也はかなり焦ったが指名された男子はまったく気にした風もなく自己紹介を始めた。

朝倉翔朧あさくらかけるだ。よろしく。生まれは2064年だが、同級生だ。……翔朧かけると呼んでくれ。」

「え? 翔朧かけるさん、それってどういう?」

 特寮に入れるのは基本的には超良家の子女だけである。

 だが稀に、特異な経歴を持つ者も入寮を許可されることがある。

 そして翔朧かけるは後者だった。

「俺は、世界で唯一の位相震いそうしんからの帰還者なんだよ」

翔朧かける二年前、天神島の海岸に打ち上げられて発見されたの。そして、意識を取り戻した彼の証言と、捜査によって…………」

「……位相震の行方不明者だとわかった…………。」

「そうそう、そんなわけで、こっちの世界じゃ今年で九十七歳になる」

 翔朧かけると優果の説明で真也はなんとなく事情が飲み込めてきた。

 しかし、サラッと暴露されてしまったが、これはとんでもない話なのだ。

 位相震というのは『崩壊』時に世界各地で何人かの人が不自然に行方不明になった現象のことである。

 その原因は不明である。(そもそも『崩壊』当時はそこに気をかける余裕は、どの国にもなかった)

 現在では、隕石落着の衝撃で過度のエネルギーが瞬間的に発生したためにそれが位相の壁を圧迫し世界の幾つかの場所にスポットが出来て、運悪くそのスポットにいた人が位相の壁を越えて別の位相に落ちたのではないか、という説が有力だ。

 そのういうわけでこの現象は「位相震」と呼ばれている。

 真也は翔朧に年齢や経歴について聞きたいことが山ほどあったが、それは翔朧にとって愉快な話でもないだろうと思い、これ以上は聞かないでおくことにした。

 記憶喪失というそこそこ珍しいであろう彼の経歴も翔朧の前では霞んでしまっていた。

「じゃあ、自己紹介は終わりで! 真夜、質問とかある? 」

「ありがとう、大丈夫だよ、優果」

「楽しくやれそうで安心したわ! 昨日は、明日来る人引っ込み思案でウジウジした人だったらどうしよう…………とか考えて若干気が重くなってたから…………」

 優果はくたびれた顔で、まるでその予想を体験してきたかのように言う。

 真也はその言葉の中に不自然な点を見つけた。

「明日来る人?」

「う、うん…………いや、気にしないで、大したことじゃないの。ただ、昨日は礼称ちゃんが…………」

「優果ちゃん! ヒドイよ…………」

「あ……いやその、そうじゃなくてね。えっと…………」

「気にしないで、礼称ちゃんはそうゆうところが美点なのよ。ね、みんな」

 けっこうヘコんでいる様子の礼称さんに優果は慌てている。

 そして湊のフォローも効いていた。

 ただ、最後の「みんな」、が明らかに男性陣に向けて放たれたいたので「何か僕もフォローしなきゃ」と真也は思ったのだが、残念なことに女性をフォロー経験など六歳からの(記憶喪失後の)彼には皆無だった。

 そんな真也に比べて、寮の男性陣は素で頼もしかった。

 …………何人かはダメな方向に…………。

「まったく、湊の言う通りだ! さすがはマイ・シスター!」

 完全に妹バカな発言をする友希。

「そうだぞ、礼称! お前は悪くないさ。悪いのはそこの性悪女だ。エセお嬢様とそこのヤツとに比べてお前はちゃんと奥ゆかしさを備えているんだからな! 」

 ここぞとばかりに優果を追い詰める輝。

「個性はみんな違うからいいんじゃないの?」

 素でテンプレを切り込んでくる颯太。

「優果も悪気があったわけじゃないだろうし気にするな」

 さりげなく優果へのフォローも欠かさない翔朧かける

 真也は何か言わなきゃならないような強迫観念にとらわれて慌て、結局思いついたのは話をそらすことだけだった。

「ところで、デザートのアイス美味しいですね! ケーキもなかなかでしたけど、このアイスはすごく美味しかったです」

 「我ながら情けな」と真也は思っていたが、効果は覿面だった。

 なぜならば全員が彼の言葉に反応したからだ。

「はぁ? 何言ってんの真夜、どう考えてもケーキの方が美味しいでしょう!」

「そうですよ真夜さん! 味覚大丈夫ですか?」

 おとなしかったはずの礼称と元から遠慮しない優果が二人掛かりで反論してくる。

 礼称は先ほどまでオドオドしてた人とは思えない。

 そして口論は二人にとどまらず、伝染する。

「真夜、相手にしなくていいって、アイスの方が美味いのはどうしようもない事実だろ。だよなぁ、湊」

 冷や汗をかきつつも友希が妹の湊に理解を求める。

「兄さんまで味覚が……」

「(そうそう友希さんのいう通りだ。湊さんもよくわか………あれ?)」

 しかし帰ってきたのは心のそこから哀れむような眼差しと、否定の答えだった。

「「え……?」」

 友希と真也の声がユニゾンする。

「うそだろ? ……うそだよな? 湊?」

「またまた、冗談ですよね? 湊さん?」

「いえ、ガチですけど」

 二人は動揺しながら確認を取るが、帰ってきたのは再びの否定だった。

「(あれえええぇぇぇぇぇ? あれ? おかしいの僕らなの? 嘘だよね?)」

 真也はさらにパニックに陥ったが、友希はまだ冷静だった。

 そして次のターゲットを巻き込みにかかる。

「輝? 颯太?」

「いや、おれらは普通に両方美味いと思うぞ…………」

「あんま差とかないような……」

「私もです…………」

 しかし、彼らは博愛主義者ゆうじゅうふだんだった。

 三対二で完全にアイス派の劣勢である。

 今、特寮のここにいるメンバーは十人。

 そのうち輝、颯太、優姫さんは中立で、まだ意思表示してないのがアリサと翔朧かけるだから、あと一人でもケーキ派取り込まれたらアイス派の敗北が決まる。

「「私は・俺は断然アイス派だわ・だな」」

 そして、アリサと翔朧のアイス派加入で大勢は決した。

 数こそが正義。

 多数決の原理。

 大は小を兼ねる、は違うが……ともあれ真也たちは勝利した。

「ク、クハハハハハハハハハ! われらの勝利だよ真夜くん! やはり我々が正しかったようだな!」

「やりましたね! そういえば、どこかの誰かが味覚がおかしいだの、何言ってんのだの言ってくれてましたねぇ、友希さん…………」

 しょうもないことでとことん調子にのる元祖アイス派バカふたり

「まったく、間違っていたのは自分たちだと言うのに嘆かわしい…………」

 さすがの真也も自分の嫌な奴感に気づいてはいたが、今更やめられない雰囲気にまかせて喋り続ける。

「本当ですよ。謝罪の言葉があってもおかしくないとおもいますけどねぇ」

「あぁ、そうだとも。お前たち何か言うことは? 」

 友希は真也の悪ノリと違い、素で調子に乗っているようだった。

「……めん……さい」

 優果が雰囲気に押されてフルフルしながら小声で謝罪する。

「なんだって? 聞こえないなぁ」

 そんな優果を見て友希はさらに調子にのる。

「ごちそうさまでした」

 真也は食事の終わりの挨拶で戦線離脱する。

 しかし調子に乗って仲間がいなくなっていることに気づかない友希はまだやめなかった。

「っ…………」

 優果は今にもキレそうだ。

「ご・ち・そ・う・さ・ま・で・し・た!」

 ここで湊の暗い笑顔が炸裂した。

 かなりの威圧感を持って友希の心を壊す。

 友希は目をそらして震え上がっていた。

「「「「「「「「ごちそうさまでした…………」」」」」」」」

 特寮の食堂に湊に威圧された全員の声が響く。

「ご……ごちそうさまでした」

 遅れて完全に大人しくなった友希が挨拶した。


 こうして、真也の特寮での最初の晩御飯は終わった。

 普段は自炊しているのだが、今日は真也の歓迎パーティーということで、わざわざ料理を注文していたようだ。

 自己紹介を聞くのに忙しかったが、ごはんは絶品だったので真也も楽しそうだった。


 夕食の片付けは精霊がやってくれる。

 片付けの指示を聞く間、優果のキレ気味の剣幕に精霊たちはビビリっぱなしだった。

 そしてお風呂に行くことになった。

 といっても寮内の、だが。

 ……誤解がないように、念のため言っておくが、当然男女別である。



「ふぅぅぅぅぅぅぅっ」

 肩までお湯に浸かって、優果ゆうかはようやく力を抜いた。

 ぐぐぐっと体を伸ばすと体の節々がジーンとして心地いい。

「やっぱ、ウチのお風呂は最高ね……」

「はじめ温泉を引いてきてるって聞いた時はビックリしましたよ」

「うん……私はもう感覚麻痺してるけど、初めてここに入った時は同じこと思ってたような気がする……」

 特寮の本館に隣接する形でつながっている浴場というか浴館というべきこの建物はわざわざ島の北の端にある…………といっても特寮もそこそこ北西の端にあるが…………蛇亀山へびがめやまの温泉から引いてきている。生徒居住区である海道町に四箇所ある学生完全無料の皇営銭湯のためのラインを少し分けてもらっているのだ。それでも島の南端にある日本有数の温泉地、朱雀温泉すざくおんせんには到底敵わないだろうが…………。

「それにしても今日は疲れたわ……」

「優果ちゃんずっとあば……はしゃいでたもんね…………」

「はぁ……礼称れあってそういうとこ素直に言えるのに本当に人見知りなの?」

「しょうがないじゃないですか、今年まで生まれて一度も家から出たことがなかったんですよ! ほんと神宮寺うちの方針はおかしい気がします」

 そんな特寮の温泉風呂の和風サイドには、今、特寮の高校生女子一同が仲良く入っていた。浴場はかなり広く、五人で入ってもまだまだ余裕がありそうだ。

 湯船、それも背もたれが絶妙な傾きでなおかつ反っていて足も自然に伸びるように作られた石のベットのような寝風呂に優果と礼称が入っている。天井は開けていて春の夜空が一望できた。ちなみに盗撮対策として天井には魔術がかけられている。

「二人とも湯加減はどう?」

「ん〜……いい感じだよリサねえ。いつもどうりっちゃそうなんだけどね」

「温泉がいつもになる日が来るんでしょうか?」

「礼称はまだ二日目だもんね〜……そのうち慣れると思うよ、っと失礼」

「まぁ、街道に住んでる学生の中には毎日皇営温泉に通ってる人もいるみたいだし、気にすることもないと思う」

 体を洗い終わったらしく、湯船に戻ってきたみなととアリサに肯定されてそんなものかなぁ、とも思う。そんな彼女も神宮寺の人間でかつ特寮に来るまでは言葉通り一歩も家から出たことがなかったので世間の常識には疎いのである。

「お待たせしました?」

「いやいや、体洗ってただけなのに待つもなにもないよ。お姉ちゃん」

「そ……そうね。でもでも私が最後だったですし、話の腰を折ってしまいましたし…………」

「話は終わってたし、最後なのもいつもじゃん」

「それはともかく、みなさん真也さんのことどう思います?」

 最後に戻ってきた優姫と優果が口論にしては一方的だが、を繰り広げているのもいつものことである。

 五人は頭を中心に円形に配置された寝風呂に並んで浸かっている。全員がロングヘアなため、その髪をアップにまとめており普段は見られない彼女たちのうなじが濡れた肌と相まってなんとも美しい雰囲気を演出していた。

「うーん、悪いやつじゃないと思うけどちょっとまだどこか距離があるような…………まぁ初日の礼称ちゃんほどじゃないけどさ、もうちょっと遠慮しないでいてくれたらなぁってのが本音かな」

「優果ちゃんへの遠慮とか最後の方には消えてたような……」

「私達、一応皇族分派なんだしその辺は仕方ないよ。すぐに遠慮がなくなったら、そっちのほうがすごいと思う」

 礼称とアリサのツッコミにぐぅの音もでないといった感じの優果。

「でもでも、優果のおかげでだいぶ自然体でいれたんじゃない? 真也くんも途中からだいぶ暖かい目になってきてたし!」

「先輩、生暖かいの間違いです」

「うん。そうだよね……みなと。初対面でいきなり痴話喧嘩されたら、そりゃあね…………」

「れぇーあー! 私とひかるはそんなんじゃないわよ」

「優果、そこでもっと赤面しつつ目をそらしたらいじりがいがあるのに……そんな真顔じゃ何も言えない」

「余計なお世話だよ、リサ姉」

 真也からどんどん話がそれているが誰も気づいていないようである。話を持ち出した本人である優姫ですら頭からとんでいるようだった。

 そのまま入学式や学校のことについて一通り話して、

「ところで私達なんの話してたっけ?」

「優果ちゃんボケてます? 入学式の話ですよ」

「いや、はじめにってこと。なんだっけ?」

「えーと、うーんとなにか優果をからかうような……なんでしたっけ?」

「そういえば優果ちゃんと輝くんの痴話喧嘩!」

「礼称、そのネタはもういいから。その前」

「真也について」

「「「それよ(だわ)!」」」

「さすがリサ姉! そのことなんだけどさ、おかしいと思わない?」

 優果の言葉足らずの問いにみんなハテナが顔に浮かんでいる。優姫にいたってはあごに手を当てて顔をしかめ「うーん」と唸っていた。首から上だけ考える人である。

「あ、特寮に入れたことよ。いくら地区府のミスで、地区長が理事長様に頼んでも特寮に入れるものなのかな? さっきも誰かが言ってた気がするけど私達、一応皇族の分派だよね。翔朧かけるさんみたいに経歴が他国にばれたら事件の詳細を聞くために各国に引っ張りだこにされるとか超特殊事情を持つ人ならともかく、言い方はあれだけど、あくまで記憶喪失よね? それだけで特寮に入れるものなのかな?」

 記憶喪失も確かに珍しいのだがそれだけで特寮に入る理由にはなり得ない。そもそも特寮は基本的に皇族と婚姻関係にある家である、「天ノ原」を筆頭とした数家の子女専門の寮で、翔朧かけるのような例の方が特殊なのである。

「優果、真也が特寮に来たのはあくまで地区府のミスのせい。記憶喪失という特殊事情じゃない。そこは間違えちゃダメ。でも地区府のミスで特寮に入るというのが不自然なのは……その通りだと思う」

「確かに優果ちゃんと先輩の言う通りですね。言われてみればおかしいです。地区府がミスしたのは海道町かいどうちょうの学生寮マンションですよね。たとえミスで入寮手続きができていなかったとしても地区府が少し働けば今日中には新しい部屋を取れたはず……。さすがに海道のすべての寮が満員になることはあり得ませんし、もし今日中が無理でも一晩特寮に泊めてあげれば明日からは寮に移れたんじゃないでしょうか?」

 天神大学あまがみだいがく系列の学生の生活区である海道町は莫大な数にのぼるその生徒を収容するためにそこそこ、それでも街道町の西にある企業の本社ビルが立ち並ぶ企業専用区にはかなわないものの、高いビルが並んでいる。

 いくら宇宙、太陽系連盟たいようけいれんめいの広大な圏内から学生が一人暮らししに来るとはいえ大学にも府高にも定員があるため、いくら普通の学校機関の何十倍もの学生を擁するといっても、天神大学とその府高の生徒もその人数の上限は決まっている。つまり、彼らが暮らせるように設計されている海道町ですべての寮が満員になることはあり得ないのでる。

「湊ちゃんの言う通りですね……。うーん、どういうことなんでしょう? 真也さんはあまり気にしてないようでしたけど……」

「まぁ本人のいないとこであれこれ詮索するのはやめとこうか。いい気分しないし。変なこと聞いてごめん、みんな」

「気にしてないよ、優果ちゃん」

「不思議なのは思ってたからかえってスッキリした」

「リサ姉さんとちがって私は疑問が増えてしまいました。あっ……優果を責めてるわけじゃないよ!」

 今更な優果の謝罪だったが謝られても困る他の三人は慌てて謝罪を受け流す。しかしアリサはまだこの話題から離れられないようで、

「実は私達と同じような皇族分派の出身だったりして……記憶喪失で忘れてるだけで」

「親が記憶の戻らない息子をこっそり特寮に入れて、理事長様はそれをサポートされたってことなの? アリサ……」

「あくまで、かも、だよ優姫。これならうまく説明がつくし。実は私達と同じくらいの実力者だったりして……」

「そういえば真也の魔法とか魔術とかについて何も聞いてなかったわね。まったく使えないってわけではなさそうだけど。バステトと真夜の話を盗ちょ……じゃなくて小耳に挟んだんだけど私の固有魔導の真髄とかに気づいたみたいだったし、魔法、魔術に関してけっこう詳しそうだったから……」

「優果ちゃん。盗み聞きは良くないよ」

「……ともかく。真也は魔法か魔術は使えると思う。あと聞いてみないことにはわからないけどそこそこの実力者だと思うよ」

「そういえば真也さんって何学部なんでしょう?」

「それこそ聞いてみないことにはわからないよ、優姫」

「それもそうね。まぁ仲良くやれそうな人でよかったってことで!」

「適当ね、姉さん」

 ともかく真也の話題はそこで終わり今度は流行りのファッションのことに話は移っていった…………………………。



「はぁぁぁぁぁぁぁっぁぁぁぁぁっぁぁ」

 僕こと天神真也あまがみしんやは真剣に精霊魔法せいれいまほうを行使していた。

 目的は精霊せいれいの視界を自身の視界と同調どうちょうさせ天神島あまがみじまを襲おそう悲劇の種を監視している…………のではなく、女子風呂ののぞきである。

 なぜ? と思うかもしれないが僕は『異能』に関しては天賦てんぷの才を持つ、いわゆるエリートなのである。

 そのため優果ほどぶっ壊れた操あやつり方はさすがに無理なものの正規のやり方でなら普通に、いや普通の人よりうまく精霊を使役できる。

 って、そうじゃないだろ! 

 そう、僕がこんなことをしているのには深いわけがある。決して、決して本意ではないのである。その理由というのも……少し前………………。




「ふぅぅぅう」

 体にお湯の温もりがジワジワ染み渡る。少し冷えていた体に熱が潜り込んできて、顔に熱が逃げてくるような感覚がムズムズする。

「ハックショーーン」

「おいおい、大丈夫か? 真也」

「は、はい。お湯に入ってジーンってしただけです」

「そか、ならいいけど」 

 というわけで、お風呂タイム……。

 僕は、ひかる颯太そうた翔朧かける友希ともきさんと一緒にお風呂にきていた。きていた、といっても特寮とくりょうから出たわけでもないけど……。

 特寮のお風呂は共有で、本館に隣接りんせつしているお風呂専用の建物にある。なんでも蛇亀山へびがめやまの源泉を引いているらしく、本物の温泉である。信じられないが……。

 お風呂館と名付けることにして、この建物には二つの浴場がある。男女で分かれるので当然といえば当然だが……。

 そして、その片方は洋式、もう片方は和式になっているらしい。あくまで洋風、和風ということらしいが。

 ややこしいのがこの二つの浴場を、男女で一日置きに交代で使用することだ。なぜかというと飽きにくいかららしいけど。

「友希さんはなんていうか傷が全然ないっすね」

「あ、ああなんてゆうか、治るからなぁ」

 脱衣所で服を脱いだ時から思っていたけど友希さんには傷がない。鍛えていないわけでもないし、運動をしたことがない風でもなかったが不思議と傷がない、というより友希さんの言い方からするに無くなった? ここまできれいに傷が消えるとは思えないけど…………。

 颯太は幼い頃から武術の訓練をしてるだろうから傷だらけなのはまあ納得。新しい傷が少ないのも実力がつくにつれて怪我が減ってるからだろう。

 僕も昔訓練を受けていたのか体に古傷が幾つかある。記憶を失ったあとは訓練とかはしてないけど、体に動きが染み付いてるのかこけたりすることもないし、アクシデントにあっても体が怪我けがを自動的に避ける。

「颯太はすごい量の傷だね……」

「おれは昔から指導が厳しかったからなぁ…………いっつも親父とか、じいさんとか兄さんとか、母さんとか、姉さんとかにボコられてたしなぁ……」

 四方院家は女性までバグ強いようだ……。

 輝は手にやけどのあとがある。実験のせいかな? 指紋とかもなくなってるかも。

「輝はその手、実験でなったの?」

「うん……いや、これは昔、拷問ごうもんされた時の後だ。小学生の頃に誘拐ゆうかいされてな……真也は星神教せいしんきょうって知ってるか? 」

「うん、たしか崩壊の時に世界中で広まった宗教的テロ組織のこと、だよね……」

 そう、星神教とは『崩壊』の前の年に世界中で流行し始めた宗教テロのことで隕石落下は神の裁きだとか、天罰だとか言って、当時の国連の隕石撃墜作戦いんせきげきつい妨害ぼうがいし、隕石落下後も世界中で被害を拡大させた、とされる。ユダヤ教、キリスト教、イスラムから信者が流れ最盛期には十億人を超える組織となっていた。

 後に、地球協和連合ちきゅうきょうわれんごう原初の七雄セブンス・オリジナルによってトップが倒され現在は幾つかの小さな派閥はばつとなって世界各地に潜んでいる。

 たしか、ここ日本皇国にほんこうこくにも割と大きな一派がいたはず…………。

「そうそう。そいつらに身代金目当てで誘拐されて、解放される前に拷問で手を焼かれたんだよ。完全に回復したけど痕は消えなくてな…………あ、おい、そんな顔すんなって、もうなんともないよ。こんな傷、翔朧かけるに比べればないようなもんだって」

「そうかもだけど…………いや、僕が聞いたのに、ごめんな」

「いいさ、気にすんな」

 そして、そう、翔朧かけるはひどかった。右腕の肘と肩の間が、左肩と首の間が、右足のすねが、左脇腹が、機械になっている。体の五分の一ぐらいは機械だった。

 しかもその機械がまた見たこともないような代物で、とくに取り外すこともなく、そのまま普通に温泉に入っている。

 ところで、現代の魔法は医療いりょう技術としても大いに活用されている。

 例えば骨折は魔法を活用することで一週間から一ヶ月早く完治できるようになったし、ガンなどの科学技術のみでは対抗できなかった病気についても魔法の併用へいようで完治できるようになった。

 こういう科学技術との併用や精密せいみつかつ汎用性はんようせいの高い『異能』は魔法の領域である。逆に概念的がいねんてきかつ特異な改変を得意とする魔術はあまり医療に向かない。医療に特化した魔術も存在し、それについては魔法よりも劇的げきてきな効果を望めることもあるが……。

 とにかく現代の魔法という技術をもってしてここまでの機械によるカバーが必要なほどの怪我ということになる。

「すごい傷……」

「あぁ、これは昔、ティラノサウルスに噛まれてな…………」

「……」

「…………」

「………………」

「はぁ? 初めて聞いたぞ! ってかマジかよ翔朧かける、冗談だろ? 」

「冗談とはなんだよ輝、本当だぞ。隔離世界かくりよには、恐竜とか竜人とかが普通にいたし、真白ましろも確かにあそこに居たんだ……この機械だってあの子がくれた……」

「……あの…………真白さんって?」

「あぁ……翔朧かけるが行方不明になっていた一世紀弱、翔朧かける的には二年の間、その謎の世界で出会ってお世話された、というかしてたというか…………みたいな人らしい」

「うん。輝の言ってる通りだ。フルネームは白銀真白しらがねましろといっても二年くらい一緒に過ごしていたものの言葉が通じなかったから絵とかで会話してて、この名前も俺が勝手につけただけだけど…………」

「真白さん、か……。名前が白的な言葉でかたまってるね……」 

「ああ、真白は髪が物凄く綺麗きれいな純白だったから……」

 翔朧かけるの顔は湯気とは関係なく少し赤く染まっていた。苦々しい笑顔が浮かんでいたけど……。

「…………と、とにかく、傷が今も治せないのは時間がたちすぎてたからなんだね」

「いや、この機械、真白がつけてくれたやつだけど、現代の技術をはるかに上回る高度な科学技術で作られているらしい。超ハイスペックだとか……おかげで魔法治療をすればもとの体に戻れると言われた。けど、真白の思い出の機械を外すのも嫌だし、って思ってたんだ」

「それで、思い出の品を文字通り肌身離さず持っているわけか……ロマンチックだねぇ……」

「いや、魔法治療は受けたよ。その結果わかったのは俺に魔法が効かないことだった。体が魔法による改変を一切受け付けないんだ…………」

「へぇ…………そんなことがあるんだ……ってマジで?」

「魔法を、魔術を、無効化する固有魔法だと思えばいいって言われたけど、厳密には固有魔法でもないらしい」

「それって戦闘でも『異能』の効果を打ち消せるってことだよね? けっこう使えるんじゃない?」

「いや、この力を使ってる時は自分も魔法使えないし、周りにいる味方も使いにくくなるらしいからけっこうあつかいづらい……」

「そう、あまくはないか……敵の『異能』が全部無効化されたら最強だと思ったんだけどなぁ」

 まぁ、使いづらい、くらいならハイレベルの魔法士まほうし魔術士まじゅつしなら使えるかもしれないし試してみたいかも……。

「そういえば、さっき部屋に戻って寝間着とりにいった時、家から連絡が来てたんだけどさ。真也、今日ここに来るまでにやばいことに巻き込まれたんだろ?」

「え!? やばいことってなんだよ? 真也、事件に巻き込まれたの?」

「なんでそんなうれしそうなんだよ、颯太……。そうなんですよ、友希さん。家の人けっこう耳が早いですね。軍はしばらく情報を流さないって言ってたのに……。いや御三家ごさんけやその辺は例外か…………」

「だな、詳しくは知らないけど、乗ってたあまレールが戦闘機に攻撃されたとか……」

「え? よく生きてたね。無傷むきずだし…………」

「颯太、そんなにおどかなくても……あと過去形にすんな…………。まぁ、異能を使える兵士が乗ってなかったみたいだったし戦闘機自体の性能もけっこうイマイチだったんだ。異能使いの兵士はもしかしたら僕より先に交戦してた人が落とした機体に乗ってたのかも……。」

「いや、普通に戦闘機と戦えるだけ凄いと思うぞ」

「確かに輝の言う通りだ。それはもう、魔法士、魔術師として一人前と言えるレベルの技だな」

「友希さん、輝も、ありがとう。でも、高性能なAIも付いてましたしね。実戦は初めてだったんでビビって最初は何もできなかったけど愛七まなに喝入れられてなんとか…………」

「あぁ、さっきのハッカーか」

 輝の声がだいぶ険悪だ。

 あんだけ無茶苦茶して、寮のサーバに攻撃しかけられて、その修復はすべて輝の仕事になって、その上服のモデルを作らされるってなったらなぁ……。

「はい。普段はあんなやつじゃないんで、あんま嫌わないでやってください」

「え? ああ、いや違うんだ。さっき愛七さん? が侵入してきた時にさ、おれが完璧だって思って作った保護プログラムが紙みたいに引きちぎられてさ……その、相手はAIだぞって思うかもしれないけど…………嫉妬してたんだ」

「そういことか。それなら気にするなよ、あいつを組み立てたのは結菜ゆいな殿下だからな」

「だとしても…………? は!? まじで?」

「ああ、皇国軍こうこくぐんサーバのAIだぜ。ありえないこともないだろ? 」

「愛七師匠とお呼びしよう」

「……ん?」

「おれ、結菜殿下が一番の目標の人だからさ」

 結菜殿下とは皇国の初代天皇の摂政を務めた天ノ原城一郎殿下の末っ子に当たるお方で、天神島を建設した姉の海菜うみな殿下に代わって天神島の最初の理事長になった人だ。

 魔導機械まどうきかい関連の、主にソフト方面に並外れた才能を持ち、魔法起動補助装置まほうきどうほじょそうち、アシスタント・デバイスの開発をはじめとして、皇国の現代魔導工学まどうこうがくに大きく貢献こうけんしたとされる。

 皇国軍サーバはそんな彼女によって組み上げられたのだ。

 工学関連で皇国随一の開発力を誇る氏神うじがみグループの御曹司おんぞうしが憧れるのも無理はないだろう。

「すごいよなぁ……魔術を工学に取り入れる、魔法を工学に取り入れるってだけならまだしもその両方、魔導まどうまで工学に組み入れるなんて…………想像もつかないよ……」

「確かに、そもそもとして世界的に見たとき魔術が使えても魔法は使えない人がほとんどだからな、魔法はあんまり使える人がいないし。日本皇国は魔法使える人が多いけど、反面、魔術が普及ふきゅうしてないんだよな…… 」

 日本皇国ではSLスペースリミットが付近にあることもあって、世界的に見ると異常なほど魔法が普及している。しかし、なぜか魔術士の『異能』使い全体からみた相対数は世界的に見ると少ない。魔法士が多いだけでから、というのもあるがそれにしてもそもそもの魔術士人口の割合が低いのだ。

「そうそう、なんか天神大学で去年『魔法と魔術が一人の人間に発現しにくい理由』て論文発表してた人がいたっけ、内容は難しすぎて思い出せないけど……ともかく魔法や魔術を単体で使える人、魔術士、魔法士は多くいるけど魔術と魔法を使える魔導士と呼べる人はあんまりいないよな。おれも魔術は使えるって言えるレベルじゃないし……」

「魔法と魔術を操れる魔導士まどうしは希少だけど、だからこそ苦労するんだよ、きっと……」

 御三家である煌牙之宮こうがのみや四方院しほういん、そして輝の家である氏神うじがみは魔法士として優秀であることを第一に目指した家系なので魔術が不得手なのは仕方がないと思う。

 逆に魔術を突き詰めた神宮寺じんぐうじなどの裏三家うらさんけは魔法が不得手らしいし……。

 さらに言えば魔法と魔術の両方を極めようとした家系も多かったがそのほとんどが失敗し力を弱めていったのだから魔法しか使えないと言っても悪いことではないのだ。

 そして、魔術と魔法の両方を極めることに成功したほぼ唯一の家は周囲にうとまれ、おとしめられ、反逆の汚名を着せられて失脚させられた。

「そういえば、その人、それ兄さんだわ。たぶん」

「ん? 論文発表した人か? 」

「真也って記憶なくす前の家族と普通に会ってるの? 」

「あ、いや違うよ颯太。孤児院の先輩のこと、あそこではみんな家族として暮らしてるからさ」

「あ、そうゆうことね、お兄さん、天神大学に通ってるんだ」

「うん、超頭いいからな未踏みとう兄さんは……」

「……そうだったのか、オレのこと今度紹介してくれないか? その人の話聞いてみたいんだけど」

「…………いや、やめたほうがいい。兄さんは異能クレイジーだから話し相手が見つかると倒れるまで話聞かされるぞ……僕も昔兄さんに…………いやこのことは思い出したくない」

 兄、天神未踏あまがみみとうはおそらく大学でも友達いないだろう……。

 あの性格、というか性分は一生治らないにちがいない。

「今の真也の顔見たら挑戦しようとは思えなくなったわ」

「そんなにやばい顔してた?」

「うん、ひどいな」

翔朧かけるまで!? トラウマになってんのかな?」

 深刻な傷を負わされていたようだった。

「ところで真也は今日どうやって戦闘機落としたんだ? もしよかったら教えてくれないか?」

「あ、はい」

 友希さんに質問され、みんな興味津々といったかんじだったので、僕は今日の戦闘について、説明した。

「思ってたより状況がひどいな……よくやったもんだ」

雷魔法かみなりまほうかっこいいな!」

「愛七師匠! さすがです! 真也も一撃で複数機も落とすとかすごいな」

「真也もはじめに応戦してた障壁魔法しょうへき使いもすごいな! その人は結局大丈夫だったのか?」

「軍の人が、『障壁で防いで無傷だったけど、天レールから落下しちゃって、あの人、障壁魔法しかアシスタント・デバイスに魔法を登録してない変わり者でね……障壁で空中に階段作って天レール追いかけてたけど、追いつく前に君が倒しちゃってたってわけだ』って言ってたから、ピンピンしてると思うよ」

「ならよかった」

「障壁魔法オンリー? 変な人だな……」

「変な人って、輝……。彼の固有魔法こゆうまほうでそれしか使えないとかじゃない?」

「ああ、ありそうな話だな」

「かく言う僕も固有魔法しか今回は使ってないしね」

「へぇ、真也の固有魔法は雷魔法なのか……そういえばさっきの魔導士に対する意見、やたら実感こもってたけど真夜は魔術も使えるのか?」

「あ、うん。一応ね。僕、異能科いのうか総合学部そうごうがくぶなんだ」

「うそ!? エリートクラスじゃん」

「まぁね。 うそって、輝オイ」

 そう、異能科総合学部とは天大府高における最もエリートと言われるクラスで魔導士、つまり魔法と魔術を一定の基準以上に操れるものしか入れないのだ。

「悪い、悪い。信じられなくってさ、魔術使ってみてくれない? 」

「いいけど? なにする?」

「精霊魔法だな! 視覚リンクで女湯を覗く」

「へ? ナニ言ってんの輝……」

 マジで何言ってんだコイツ……

「あ、そうだった。忘れてたけど覗きこれ、特寮の男子、新入寮者の恒例行事こうれいぎょうじだから……ただし! みなとの体を見たらコロス!」

「友希さんまで!? そして理不尽!」

「真也ならできるよ!」

「こんなに嬉しくないエールは初めてだよ颯太……」

 涙が出るわ!

 魔法や魔術を使えば覗き放題! と思うかもしれないが、世の中そんなに(青少年に)甘くない…………。

 魔術の場合は精神世界せいしんせかいに意思を集中させた時、魔法の場合は情報世界じょうほうせかいの情報が不自然に、つまり人為的じんいてきに改変された時に監視かんしセンサーがそれを捉えてしまう。 

 しかもこれを全てプログラムで検知しているからすごいものだ。

 ちなみに、今や世界中の国が導入しているこの検知センサーと対異能防犯たいいのうぼうはんプログラムを作ったのは結菜殿下らしい…………。

 そもそも、この壁の向こうにいる女性たちは全力で覗こうとしてもそれを阻止する力を持っているだろうけど…………。

 それにしてもわざわざ男風呂と女風呂の壁の壁の上を開けておくとは嫌らしいつくりだな……。

翔朧かけるぅ助け」

「……まぁ、その、なんだ、ドンマイ、頑張れ…………」

「見捨てて上がらないでぇーー」

 そして翔朧かけるが上がった風呂で僕は、松の葉で作った簡易人形かんいにんぎょうに精霊魔法を行使して女湯に飛ばし…………

 三分後、男湯に三体の男子ゆうしゃ亡骸なきがらが転がっていた…………。





 お風呂上がり。

「そう言えば僕まだベットとか持ってないんだけどこの寮に布団余ってるのとかある? 」

「…………? 」 

「おーい」

「あれ? 真也聞いてないのか? 寝室は自室とは別だぞ」

「え? そうなんですか? さすが金持ち寮っすね」 

「寝室はこの上だよ。一緒に行こう! 」

「ありがとう颯太」

「ややこしいから、覚えとけよ。まずこのドアを開けて階段を上る」

「了解です! 翔朧かける軍曹! 」

「はいはい。で、上がりきってドアを開けたらとうちゃーく! 」

 「めっちゃ、単純じゃん! 」

ドアを開けたらすぐ階段で上りきったらまたドアって変な作りだな……。

翔朧かける早くドア開けてくれよ。寝むい」

「あれ、みんなはどこで寝るんだ? 」

「この部屋に決まってるだろ」

「ん? あぁ男子で同じ寝室使うのか」

「いや、全員でだぞ」 

 念のためにいっておくがもちろん男女別である?

 おかしいな。聞き間違いか? 全員って聞こえたような……。

翔朧かける早く入ってよー! 後ろつっかえてるよ」

「悪い」

「げっ、優果」

「なによ輝、じゃなかった覗き魔A」

「ごめんなさい優果様! 学校でバラすのは勘弁してください……」

「いいわよ、もう。ふぁぁぁあ、早く寝よぉ」 

 あれ……みんな同じ部屋に入っていってるんだが……あれ!?

「今日は女子早いな、優姫ゆうひ

「いつも通りよ。今日は男の子たちが長っかたんじゃない? 」

「そういえば色々しゃべってたしなぁ……」

 ドッキリ、じゃないのか?

「真也なにやってんだ? 寝ないのか? 」

 何やってんだ、はこっちのセリフだよ! 

 え? 何なのそういう感じ? 

 嘘ですよね?

「「「「「「おやすみ」」」」」」

 みんなが倒れこんで、ドアの向こうが見える。

 部屋の中は一つの巨大なベットが九割以上を占めていた………………。

「お、おやすみなさい…………」

 僕は扉を閉めると回れ右して自分の部屋へ帰った。

 特寮の夜が更けていく………………。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る