序章 天神真也と彼の夢

 黒に一部、白銀が混ざった髪の少年が雨の降る街を走っている。

 空は暗く、夜の街には全く明かりが灯っていなかった。

 それどころか人影の一つすらない。

 見た目の年齢の割に少年の走るスピードは速い、いや速すぎる。

 加速魔法でも使っているのだろうか?

 もし、仮にそうだとしたら相当な腕だ。

 自動車と並走できるくらいには加速している。

 少年の顔は必死だった。

 その息は荒い。

 今にも倒れそうだ。

 しかし少年は止まらない。

 暗い夜道を走り続ける。

 ときおり大声で誰かの名前を叫んでいる。

 少年は街を走って走って……それでも彼の探し人はみつからないようだった。

 時間の経過と共に少年の顔はどんどん絶望に染まっていく。

 泣きそうになって、でも泣く暇もないようで、見るに堪えない顔だった。

 ふいに力が抜けたかのように少年が転倒する。

 黒く濁った水たまりに突っ込む。

 身体に害を及ぼすモノから身を守る術式でも行使していたのだろうか、少年の体に傷はない。

 しかし、術式の改変定義が彼の行動を妨げ無いレベルに設定されているからだろう、少年のまとっていた豪奢ごうしゃな服は黒く汚れ、少年の髪は白い部分がわからなくなって、顔もあちこちが汚れていた。

 こういう概念的な事象の改変は「魔術」得意分野である。

 少年はすぐに立ち上がって、また走り出す。

 また加速していく。

 街並みはどんどん変化していく。

 そして、ふいに街が途切れた。

 目の前には高い壁と大きな門が見える。

 二人の警備兵らしき人たちが慌てて飛び出してくる。

 矢のように駆ける少年を止めるために……。

 飛び出してきて、手に持った盾を地面に突き立てる。

 警備兵が術式を唱えた。

 その瞬間、「魔術」が世界を改変し、盾の前に前面からの攻撃を受け止める力が発生する。

 しかし、その力はこの場において何の意味もなさなかった。

 なぜなら少年と盾が衝突する直前に盾に向かってつき出された少年の拳が、拳に宿る力が、盾に宿る魔術を吹き飛ばしたからだ。

 二人の警備兵が盾もろとも吹き飛ばされて後ろに転がる。

 少年はそのまま門に突っ込んだ。

 さすがの少年も巨大な門には跳ね返される。

 しかし、少年は突撃をやめない。

 何度でも、繰り返す。

 四度目の特攻をおなうべく「魔法」を発動した少年を、体勢を立て直した警備兵が取り押さえた。

 少年はそれでも誰かの名前を叫び続ける。

 警備兵は一人が少年を抑えて、もう一人が少年の顔を拭き始めた。

 顔が綺麗になると今度は髪を拭く。

 そして少年の黒髪に映える白銀の髪がその輝きを取り戻した時、二人の警備兵の顔は真っ青になっていた。

 慌てて、すぐに一歩下がり少年に敬礼する。

 少年が警備兵に吐き捨てるように一言命令すると、一人が慌てて走って壁の中に姿を消した。

 数秒後、少年の激突にもめげなかった門が開き始める。

 少年は門が開ききるのを待たずに壁の外へと走り出した。

 後には、我を失ったように立ち尽くす二人の警備兵が残された。



 景色が一変する。



 壁の外は夜の闇に明かりがたくさん灯っていた。

 ビルが立ち並び夜の街を上から照らしている。

 少年はその中へ駈け込んでビルの間を縫うように駆け抜ける。

 通行人は少年のスピードに驚きはするものの特に咎める声は上がらない

 ここは天神島あまがみじまだ。

 この時代の日本皇国にほんこうこくの中でも最も『異能いのう』に満ちた場所。

 その企業本社ビルが立ち並ぶ西の街を少年は島の外周部へ向かって走り続けている。

 次第にビルの影はまばらになり、代わりに工場が増えていく。

 西外周区にしがいしゅうく、工場街だ。

 それでも少年は止まらない。

 叫ぶことをやめない。



 再び場面が一変した。



 工場区のほとんど外側に無数に並ぶ倉庫群があった。

 すぐそこにある海から潮の香りが届いてくる。

 無数にならぶコンテナの一つに明かりが灯っている。

 広いコンテナ の中には複数の男たちに囲まれていのりが倒れていた。

 男たちは祈の肩を掴んで何度も揺らしている。

 互いに怒鳴りあって責任を押し付けあいながら。

 祈の脇腹から血が流れている。

 真っ赤な血は彼女の服を濡らし、コンクリートの床を紅に染めていた。

 やめろ、やめろ、やめろ!

 いやだ、祈は死んだりしない。僕が必ず助けるんだから……。

 祈に何してる。

 離れろ。

 触れるな。

 男の一人が苛立ってか、祈を蹴りつける。

 今出ても無駄だ、あの男たちに勝てはしない。

 でも……、 

 でも…………、

 でも……………………。

 僕は耐え切れなくなって物陰から飛び出した。

「い、祈から、は、離れろ」

 男たちが一斉にこちらを向いた。

 彼らの顔には焦りと怒りが浮かんでいる。

 目は血走っていて視線だけで僕の心は負けてしまいそうだ。

 数人が銃を僕に向ける。

「僕の……おれの大切な人から離れろ」

 おれが祈を救う。

 邪魔をするな。

 そう念じた瞬間に僕の「魔法」より、「魔術」より迅速に、おれから放たれた何かが男たちを吹き飛ばした。

 男たちはもれなくコンテナの壁に叩きつけられて昏倒する。

 目が、頭が焼けるように痛む。

「ああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああ!」


いのりを救う。…………民よ、我に知恵を貸せ!

 天使よ、我に知恵を渡せ……」 


 必ず助ける。彼女を救う。


「この精神こころは罪でできている」

 

 絶対に死なせはしない!


「限り無き記憶と 限り無き想いを内包し」

「望む全てを創りだす」

 

 また一緒に家に帰るんだ!


「万人に救いを 万物に救いを 救済こそが我が務め」

 

 彼女をたす……けて………………!



「ゆえに 我は望む 我に力を 彼女に救いを」


もっとだ、もっと知恵を絞りだせ!


「世界を此の手で救い出せ!」

 

 おれの全てを持っていけ…………必ず助けに行くと誓ったんだ!


「い…………の……り…………。よか……た。目が覚め…………………」


 意識が暗転した。

 

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