第14話 トラウマ
以降、布団に入った俺は、恐怖から目が冴えて眠れないでいた。寝たら夢の中で、ドリームハンターとまた会ってしまいそうで怖かった。夢が壊れていく光景、夢遊病者が必死に抗う悲しい姿はもう二度と見たくなかった。まともに目にしたのはいつ以来だろうか。以前は夢が壊される前に逃げ出し、その前は夢の主を強引に現実へと送り出し、さらに前はドリームハンターを追い返した。考えてみれば、なすすべなく夢が壊されたのは、どうにかしたくても何もできなかったのは、幼馴夢の夢が最初で最後だった。
彼女の夢以降はドリームハンターと遭遇する度になんとかしようともがき、いずれも失敗に終わった。ドリームハンターがくる度に追い返した夢は、いくらたたき出しても何度も何度も繰り返し来られ、結局俺が現実で目覚めている間に壊されてしまった。夢遊病者を現実に送り出した夢は、二度と幸せな夢を見れないことを悲観した夢の主を新たなドリームハンターにしただけだった。抗うことを諦め、自分が辛い思いをしたくないためだけに何もせずに逃げ出した夢は、きっともう壊れてしまっただろう。だから絵画の少女のように救いたくてもどうしようもできず、ただただ壊れていく様を眺めることしかできなかった夢は、幼馴夢の時だけだった。目を閉じれば浮かぶ狂喜に満ちた顔、狂ったような笑い声が耳から離れない。俺にとってドリームハンターは、夢に終わりを運ぶ死神に等しかった。これは現実ではなく、夢のものではないのかという疑念を払うため、閉じていた目を開くという行動をベッドの上で何度も繰り返す。そして、現実だとわかる度に安堵する。まさか再びこんな思いをするハメになるとは思わなかった。これと同じような状態になったのは、幼馴夢の夢を壊された直後以来だった。幼馴夢の夢で遊んでいた時は良かったな、と思いを馳せる。
俺は物心ついた頃から、自分の夢というものを見たことがなかった。夢には毎回知らない人物、知らない場所が出てきて、勝手におかしな話を展開している。当初は夢とはそんなものだと思っていたし、本来の夢がどういうものかも知らなかった。他人の荒唐無稽な物語を見せられるものだとしか考えていなかった。自分の見ている夢が、他の人が見ているような夢と違うと気付いたのは、クラスメイトの語る夢の内容が自分が眠っているときに見たものと同じと知ったときだった。不思議ではあったが、物心ついた頃から他人の夢を見ていたので大した疑問は抱かなかった。別に自分の夢が見れないことに何の不自由も感じなかった俺は、毎晩いろんな人のところへ行き、様々な夢を見た。そんな他人の夢を行き来する日々の中で出会ったのが幼馴夢だった。夢の中で意気投合した俺と彼女は、毎晩のように遊んだ。朝になるとお互い、両親に起こされてしまったが、もう一度彼女に会いたいと願い、眠りにつくと不思議と幼馴夢のいる夢に行けた。彼女の見る夢はとても楽しく、居心地がよかったことを今でも覚えている。俺と幼馴夢とそして夢の中で紹介された彼女の親友だという委員長と学校へ通う幸せな夢。何度も遊びに行くうちに、彼女の名前や住んでいる場所、そして委員長との思い出を知った。だから、幼馴夢が夢から目覚めなくなり、とある事情で以前住んでいた場所から引っ越す際に、この町がいいと両親にお願いをし、今住んでいる家にやってきた。少しでも彼女の近くに行くため、両親にわがままを言ったのは、たぶんあれが最初で最後だった。転校した先の学校で、委員長と偶然同じクラスになったのは驚いたが。幼馴夢と夢を見ていた頃の俺は、楽しいことがずっと続くと思っていた。ずっと見続けていたかった。だが、そんな夢が終わってしまったのは、俺のせいだった。
現実で中学に上がった頃、夢にいることがなぜか多くなった幼馴夢。当時の俺は「今日は眠っている時間が長いな」くらいにしか思わなかったが、この時彼女は夢遊病になっていたのだ。原因を知らぬまま、幼馴夢に付き合って遊んでいた俺と彼女の目の前に、突然ドリームハンターが現れた。今思えば、あまりの楽しさに夢に長居しすぎてしまったことが問題だった。本来であれば、様子を見て途中で起きるようにしていたのだが、眠り続ける幼馴夢に付き合う内に、いつの間にか一週間も目覚めることなく眠り続けてしまっていた。そのため、心配した両親はドリームハンターに「もしかしたら息子が夢遊病かもしれない」と打ち明けてしまった。あることから俺を恨んでいたドリームハンターが、その話に食いつかないわけがなかった。だから、彼女の夢が壊れてしまったのは俺のせい。今までいた楽しい夢が、幸せな場所がなすすべなく崩壊していく。当時の俺にはどうすればいいかわからず、やめてくれと懇願し、泣き叫ぶことしかできなかった。だが、俺に対して恨みを抱いていたドリームハンターは高笑いするだけで、決してやめるようなことはなかった。そして、とうとう幼馴夢の過去の夢が一つ壊されてしまった。
この時になり、ようやく俺は幼馴夢が夢遊病であったことに気が付いた。夢遊病者が見ている夢には核となっているものが二つあり、それらが壊れてしまうと現実に目覚めてしまうことだけは知っていた。だって、俺がドリームハンターをそのようにして目覚めさせてしまったから。だから、それだけは守ろうと必死だった。手当り次第に夢を壊していくドリームハンターだったが、なぜか最後の一つは見つからなかったのか、それとも気まぐれにわざと残したのか、憎々しげに俺を睨み「次こそは絶対に壊してやる」という言葉を残して夢から出ていった。いなくなったことで、夢を壊され涙を流す幼馴夢と反対に、俺は「これでまだ幼馴夢と夢を見ていられる」と一安心したことを今でも覚えている。片方でもありさえすれば、いずれもう一つも修復され、再び幸せな夢を見ることができるからだ。残念なことにそれを知ったのは、以前違う夢遊病者の夢で、夢を半壊させたまま現実に戻った他のドリームハンターのおかげでもあるのだが。だから俺は悲しむ彼女を「もう大丈夫。まだ夢は見られるよ」と慰め、ドリームハンターに再び狙われることのないよう一度現実に戻り、しばらくの間幼馴夢の夢に足を運ぼうとしなかった。まあ、他の夢に行き続けていたため結局眠っている時間が長いことに変わりなかったが、それでも幼馴夢の夢に行っている時と比べれば、現実で起きている時間は伸びた。少なくとも、一週間も眠り続けるようなことは無くなった。
だが、その時の俺はもうすでに彼女が幸せな夢を見ることもできず、目覚めることもできなくなってしまっていたことを知る由もなかった。ほとぼりが冷めた頃を見計らって、幼馴夢の夢に行った時のことはずっと忘れられない。人っ子一人いない廊下、話し声も聞こえずシンと静まり返った教室の扉を前に、言いようの知れぬ不安が胸に広がった。何かがおかしいことはわかっていたが、何が起こっているのかわからなかった。ただ、中に幼馴夢がいることだけは確信できたので、思い切って扉を開いた。ドリームハンターが来る前はたくさんの人であふれかえっていた教室には、クラスメイトどころか委員長の姿さえなかった。ただ一人、幼馴夢だけがいじめの跡が残る机にポツンと座っていた。それはまさに、現在の彼女の姿そのものだった。教室に入ってきた俺を見た時の幼馴夢の表情が、目に焼き付いて離れない。
「来てくれて、よかった……」
今にも泣きそうな、それでいて安心したような悲しい笑顔。あれ以降、ドリームハンターが来ることはなかったが、幸せな夢を見ることもできず、夢からも出られなくなったことを知った。ここに来てようやく俺は、自分が彼女の夢にいたせいで、取り返しのつかないことになってしまったことを理解した。俺がいたために報復として、幼馴夢の夢を壊されてしまった。彼女は俺がいたせいで、巻き込まれただけなのに。幼馴夢と長年過ごした夢が壊されていく様は、目に焼き付いて離れない。一つ一つの思い出が詰まった夢の品々が、次々と無残な姿へと変わっていくのだ。唯一、俺が夢で後悔していること。悲惨な目に遭い、夢に閉じ込められてしまった幼馴夢をどうにかしようとしたが、結局結果は変わらなかった。どんなに望んでも、夢を見ることは叶わなかった。夢の核を壊さなくても現実に戻る方法を何度も試したが、夢の回廊にすら出ることができなかった。もうこの際、夢の核を壊そうとも考えたが、いくら探しても見つからなかった。どんなに手を尽くしてもダメだったため、あの時から幼馴夢を救い出す方法を探す長い旅が始まり、そうしてもう三年の月日が流れてしまった。そして今、委員長が夢遊病になって目覚めないまま時間が進もうとしている。様子を見に一度彼女の夢に行ったが、再度現実に戻るよう説得するとなると時間がかかるだろう。その分だけドリームハンターが来る確率も高くなる。今のところ、ドリームハンターが俺と委員長の繋がりを知らないことだけが救いだった。だから俺は再び委員長の夢へと行くことができない。彼女を説得できる言葉が見つからないままなことはもちろんだが、ようやく幸せな夢を見ている彼女をわざわざ邪魔することもない。なによりも俺が説得しようと委員長の元へ行くことで、幼馴夢のようなことになってしまわないか怖かった。明け方に差し掛かかって、ようやく睡魔が襲ってくる。だが、これまでなによりも楽しかった夢は俺に楽しい時間をもたらしてくれることはなかった。
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