第11話 変化

 現実世界へと一人戻った俺は、快適な睡眠生活を送っていた。休み時間の度に起こされるようなこともなければ、居眠りをしていても口うるさく文句を言ってくる相手もいない。せいぜい、たまに教師が軽く注意してくる程度。委員長のようにこちらの身を案じているというよりは、自分の体裁を保つための形だけで、すぐにまた眠ってしまっても何も言われることはなかった。まるでさっさと夢遊病にでもなんでもなってしまえばいいんだと思われているようだった。現に影で言われていたことは知っている。それを委員長が庇ってくれていたことも含めて。

「どうしてあいつは夢遊病になったのに、こいつはならないんだ」

「こいつがあいつの代わりに夢遊病になればよかったんだ」

 毎度毎度学校にいるときはほとんど机に突っ伏して寝ているので、狸寝入りをしてみれば聞こえてくるのはそんな声ばかり。なんで自分達が選ばれなかったということに気付かないのだろうか。知人、友人、家族が夢遊病になったということは、現実の自分達より夢の中の幻想が選ばれたということなのに。本人が夢の中にいるほうが幸せだと思った結果だというのに。現実に残されたということは、委員長に……夢遊病に罹った人達に選ばれなかったということだ。自分ではその辺のことは分かりきっている。現に俺自身が現実での時間をないがしろにし、誰の注意にも耳を貸さず、少しでも幼馴夢といられる夢の中を選択していたのだから。

 委員長が夢遊病になったことで、睡眠の途中で邪魔されることもなく、夢の中にいやすくなったはずなのだが……この心にぽっかりと穴が空いたような感じはなんなのだろう? 夢にいられるようになったにも拘わらず、以前より俺の睡眠時間は減っていた。現に寝たふりなんてしているのがいい証拠だ。そんなことをしている暇があったら、眠ることに時間を費やしていたし、そもそもこんなことをして周囲の反応をうかがおうなどと思いもしなかった。

 明らかに減っている睡眠時間に自分自身困惑しつつも、委員長のいない日常は過ぎていく。最初こそ委員長がいなくなって動揺していたクラスメイト達もこれまでの慣れか、それとも必死で忘れようとしているのか、いつしか話題にすら上がらなくなった。所詮いなくなった人間の扱いなんてこんなものだろう。頑張ったにも拘わらず、いなかったことにされた委員長はなんのために声を張り上げたのだろうか。

 いつだったか、委員長が過去に幼馴夢と一緒のクラスだった人物に、なぜ彼女のことを忘れたのかと怒っていたこともあったが、それは仕方のないことだ。いなくなった人間を気にしても日常は過ぎ去っていくのだから。あれほど存在感を放っていた委員長だって、いなくなれば話題にすら上がらなくなる。だから幼馴夢が忘れられてしまったことも仕方のないことなんだ。人が人を忘れてしまうのは、幸せになるためになくてはならないこと。以前は委員長と親しげに話していた女子生徒も最初こそ泣いて落ち込んでいたが、今では周囲の人間に支えられて笑い声をあげている。委員長がいなくなったことで、他の人間との結束が強くなり以前とは違う関係を築いている。人は新たな幸せを得るためには、過去の幸せを忘れてしまうしかないんだ。過去の人間に縛られたままじゃ、幸せを得ることなんてできるわけがない。終業のチャイムがなったので、伸びをするふりをして盗み見る。そういう意味では、今あそこで笑っている委員長の友人が取った行動は正しい。いなくなった人間をいなかったものとして日常を送る。誰も彼女を責めることなんてできないだろう。今の友達に誘われるまま、駅前にケーキを食べに行こうと歩き出す委員長の以前の友人。楽しそうに笑いながら現実にいる人達と一緒に過ごす女子生徒。その姿は委員長がいなくても幸せそうだった。だからこそ俺は、現実から目を逸らすように背を向けた。


 放課後、暗くなるまであてどもなく町を彷徨ってみたが、今まで夢の中で過ごしてきた俺は、いざ現実ですることとなると何一つ出てこなかった。ゲームセンターで娯楽を体験すればいいのか、おしゃれのために買い物をすればいのか、映画を鑑賞して壮大な物語に感動すればいいのか。だが、どれもいざやろうとすると夢のことが頭に浮かんできてしまう。夢の中に行けば娯楽なんて山ほどあるし、夢の中に行けば買い物なんてする必要もない、夢の中に行けば壮大な物語なんて自分で体験できてしまう。一体この世界にいてなにが楽しいのだろう。俺にはわからなかった。ゲームセンターはお金を投入したにも拘わらず、プレイ途中で出てきてしまった。買い物は中に入って気が付いたら出口に足が向いていた。映画は上映が開始して十分もしないうちに席を後にした。ゲームセンターで買い物で映画で楽しむ人を見て、自分の幸せがここにはないのだと確信してしまった。普段は持ち歩かない携帯で時間を確認すると、なんだかんだで六時近くなっていた。電話帳に両親と委員長しか登録されていない携帯にはここしばらく誰からも連絡が入っていない。暇つぶしにもならない時間を過ごした俺はコンビニに寄ると、今日の夕食と、明日の朝用に食パンと牛乳を買って帰宅する。健康食品ならまだ家にたくさん備蓄があったが、どうしてか食べる気になれなかった。まともな食事を取ることで、少しでも時間がつぶせることを期待したが、結局半分ほど食べたところで、味気なく感じてしまい捨ててしまった。食事を終え、シャワーを済ませると、もうすることがなくなってしまった。このまま寝てしまおうかどうか迷ってしまう。珍しく夢以外で暇つぶしなんてしたものだから、慢性的睡眠不足が加速してさらに眠い。今までならなんてことない選択だったのだが、委員長が夢遊病になってしまって以降、どうしても迷いが生じてしまう。現在の環境であれば家だけではなく、学校でも委員長に邪魔されることなく、夢の中でゆっくり幼馴夢の夢を探すことができるのだが、普段何よりも優先していた眠るという選択肢がなぜか選べなかった。


 トゥルルル~トゥルルル~

 寝ようかどうか二階にある自室のベッドの上で、あぐらをかいて悩んでいたところに家の固定電話が鳴った。

「こんな時間に誰だ?」

 といっても、まだ七時前である。だが、俺としてみれば普段はすでに眠りについていてもおかしくない時間なので、七時前であってもこんな時間なのである。首をひねりながら、かけてきている相手を想像する。

 何か勧誘の電話か、もしくは両親宛の電話だろうか?

 だが、家の固定電話の番号を知っているような相手は、両親が研究所に缶詰状態であることを知っているはずなので、こちらに電話してくるようなことはまずない。放置しようかと思ったが、中々音は鳴り止まなかった。

 トゥルルル~トゥルルル~

 普段であれば気付いても、完全に居留守を決め込むのだが、今日はどうしても眠る気にはなれなかったので、携帯を片手に両親の寝室へ子機を取りに向かう。途中で切れてしまってもよかったため特に急ぐことなく、むしろゆっくりと移動してきたのだが、ドアの前まで来ても電話が止むことはなかった。普段は留守電にしてあるはずなのに、ずいぶん長くなり続けるなと思いつつ、ノブを回して中へと入る。鍵はかかっておらず、入るなと釘を刺されているわけでもない。暇さえあれば眠っている俺が掃除なんてするわけもなく、もう三ヶ月も部屋の主が帰ってきていない室内は埃っぽかった。今度、家政婦を頼まないとな。眉を潜めつつも子機の前に立ったところでようやく、この間留守電を聞いたときに再度設定し忘れていたことに気付いた。内心、切れてもよかったのに、と思いながら子機を持ち上げ耳に当てる。

「もしもし」

「こんな時間に電話に出るなんて珍しいな」

 普段からあまり人とコミュニケーションを取ることがないので、知らない人としゃべることに自信がないのだが、そんな心配はいらなかった。聞き覚えのある声、俺について知っている口ぶり、数少ない親しい間柄である父親だった。どうりで中々鳴り止まないわけだ。かけてきた当人は俺が出たことに驚いていたが、「まあ、こんなときもあるか」と呟いて話し始めた。

「携帯に電話したけど出なかったから、こっちにかけたんだ」

 手元の携帯を開いてみると、確かに少し前に着信が入っていたことを表示している。ちょうど、シャワーを浴びている時に来たようで気付かなかった。まあ、それ以外でも睡眠の邪魔をしないよう常にサイレントモードにしているため、今回のように気付かないことが多々あるのだが。どうせ連絡をくれるのは両親と、遅刻したときにせいぜい委員長がかけてくるくらい。だが、もう委員長から連絡がくることはない。持った当初はあまりにも委員長からのモーニングコールがうるさいので、取扱い説明書を半分寝ながら読んで、なんとかサイレントモードにしたものだ。そうなると、もう携帯の意味がなかった。どうせ連絡が来ないので、滅多に携帯を見ることがなくなったし、そもそも家に置きっぱなしで、持ち歩くことすらしなくなった。どうせこうなるとわかりきっていたので、両親には当初いらないと断っていたのだが、俺が外で寝てても最悪連絡が取れるようにと、半ば無理矢理もたされてしまった。以前気持ちがよかったため河原で昼寝をしたまま、深夜になっても帰ってこなかったことを気にしてのことだろう。今は電源さえ入っていれば、GPSという機能を使って持ち主の居場所がわかるらしいので、両親としては主にそちらが目的なのだろう。メールを入れたとしても、普段から携帯を見る習慣を持たない俺では、返信がいつになるかわからない。だから俺と話をしたいときは必ず携帯にかけて、ダメなら家の固定電話に連絡してくる。そこら辺のことをわかっているあたり、さすがは両親である。「着信履歴を見たってことは携帯はちゃんと身近にあるんだな」

 満足そうなあるいは安堵したような声が電話越しに聞こえる。

 そういえば、今日はたまたま持ち歩いていたが、なんでここ最近は置きっぱなしにしていた携帯を、俺は持っていたんだろうか?

 委員長から連絡がくるとでも思ったのか?

 一瞬降って湧いた疑問に首を傾げながらも、実は最近まで家に置きっぱなしで、今確認できたのは偶然だったいうことは伏せておく。

「学校には行ってるか?」

 電話をしてくると、大体決まって聞いてくる内容は同じだ。何回も聞かれると、いい加減うっとうしくもなるが、俺を心配してのことなので感謝もしている。

「ほとんど遅刻してだけど、一応」

「それならいい」

 いいのかと疑問に思う人もいるかもしれないが、俺と両親の間ではこれでいい。きっと多くは望んでいないのだろう。

「友達はできたか?」

「俺が寝てばっかなの知ってるでしょ。そんなんで、できるわけないよ」

「……そうか、生活費は振り込んどいたぞ」

「ありがとう」

 声のニュアンスから落胆していることに気づいていたが、あえて触れようとはしない。 こんな現実で友達を作るなんて無理な話だ。それがあのクラスのメンバーであるとなればなおさらだ。委員長や灰村隆のようにましなやつもいるけど、あの二人が特別なだけだ。もうあんなやつらは俺のクラスにはいない。歩みよるという手もあるのだろうが、俺は夢遊病を否定してまで、あいつらと仲良くなろうなんて思わない。これまでを振り返れば、頭の悪い俺でもみんなに疎まれていることがわかる。気付いているけど、ずっと気付いていないふりをしている。そんな中、友達ができたかと尋ねてくるなんて、いったい何を期待しているのだろうか。研究一筋で授業参観など来たことがなく、学校での俺の様子を知らないというのもあるのだろうけど。寝てばかりいるやつが、周囲からどんな扱いを受けるかなんて、少し考えればわかりそうなものだ。諦念の色がうかがえながらも、何度も聞いてくるのは、わかっていてもなにか諦めきれないからなのだろう。

「~~~~」

 急に父親の声が遠くなったかと思うと、電話の向こうで何かやりとりが交わさせる。

「母さんが変われって言ってるから変わるな」

 という言葉と共に、受話器から聞こえてくる声が女性になった。

「もしもし、信士、母さんよ。元気?」

「元気じゃなかったら電話に出れないよ」

「いつも寝ているから、元気でもほとんど電話に出ないじゃない」

 ごもっともである。主に生活面の話をする父さんに対し、母さんは体調に関して聞いてくることが多い。

「朝は起きられてる? ちゃんと食べてる? こんな時間に起きてるなんて、ちゃんと眠れてる?」

「それはこっちの台詞だよ。栄養食じゃなくてちゃんと食べてる? 睡眠取らずにまた徹夜したんじゃない?」

「それは……その~、お父さ~ん」

 逃げたな。この反応からして大方予想通りだろう。母さんは人の心配をするくせに、父さんと一緒に研究にのめりこみすぎて、自分で言ったことができてないことが多い。だが、どれだけ遅刻しようとも学校にさえ行っていれば、いくら授業中眠っていようとも、テストの点数が悪くても、特に怒ったりはしない。過去、両親との間で交わした最低でも守る約束は、学校には行くことと、携帯を持ち歩くことだ。恐らく学校に行ってさえいれば、きっと俺に同年代の友達ができるかもしれないと期待しているのだろう。携帯はいざというときに、俺の安否を確認するためだろう。だからこの二つさえ守っていれば基本、両親は何も言わないため好き勝手できる。かといって非行に走ったり、犯罪に手を染めたりはしない。子供の頃から研究ばかりで、一緒に過ごした思い出は少ないが、忙しい合間を縫って連絡して来たり、何不自由なく生活が送れるようにしてくれていたし、ごくたまにだったが、遊びに連れて行ってくれたりもした。その二人を裏切るような行為はしたくなかった。なにより、委員長と同じく数少ない俺のことを心配してくれる人達なので、内心感謝している。……委員長か。

「そうだ、あの子は元気にしてる?」

「っ!?」

 ちょうど、彼女のことを考えていたタイミングで、狙いすましたかのように尋ねてくる。しかし、これは毎回電話をしてくると、決まって母さんが質問してくる内容なので、本来であれば驚くようなことではないのだが、なぜか身構えてしまった。俺は何を焦っているんだ。別に大したことじゃない。いつも通り振る舞えばいいんだ。目を閉じて心を落ち着けると、極力冷静に返答をする。

「あの子って、委員長のことだよな?」

「そうそう、委員長ちゃん」

 自分でもわからない動揺は、どうやら電話越しの相手には伝わらなかったようだ。穏やかになった心で、俺は淡々と答える。

「委員長なら夢遊病になったよ」

「えっ」

 しばらく無言のまま時が過ぎる。恐らくショックで言葉が出てこないのだろうけど、いったい何を驚いているのだろうか。夢遊病になる人なんて、今時珍しくもなんともないのに。特に夢遊病の研究をしている両親は、それこそ数えきれないほどの夢遊病者を見てきたはずだ。今回はこれまでたまたま発症していなかった委員長が、とうとうなってしまっただけにすぎないというのに、母さんの衝撃は大きかったようだ。

「……大丈夫なの?」

「なにが?」

 委員長がいなくなったショックで、俺が夢遊病になるとでも思ったのだろうか。そんな心配なんていらないのに。両親は本来、一度かかったら二度とならない夢遊病に、俺が二回もなったと勘違いしているから、二度あることは三度あるで、また発症するのではないかと気に病んでいるのだろう。しかし、実情を知っている俺としては、二人の考えていることは杞憂にしかすぎない。

「だって、委員長ちゃんが夢遊病になったんでしょう?」

「別に……夢遊病者が出るいつものことだよ。おかげで朝起こされることもなくなったし、授業中もゆっくり眠れるようになったし、だいぶ過ごしやすくなったよ」

「~~~~」

 なぜだか、焦った様子で電話の向こうでやり取りをする両親の会話が終わるのを待つ。 しばらくすると相手が変わり、父さんが出た。

「その……大丈夫か?」

 先ほどとは打って変わり、深刻な様子だ。漠然としすぎて意味がわからない質問だが、きっと夢遊病のことだろう。両親も知っているはずなのに、なぜこうも毎回同じことを聞いてくるのだろう。目覚めたものが二度と夢遊病になれないのを発見し、発表したのは両親だというのに。唯一の例外として、俺がいると思っているのかもしれないが、実際はその例にもれず、なりたくてもなれないのだ。もちろんこれを打ち明けることは、秘密にしている他人の夢に行くことができる、ということをばらしてしまうことに等しいため、しゃべるつもりはない。

「いつもならあくび交じりに会話しているのに……本当に大丈夫か?」

 失礼な話だと思うが、実際にそうなのだから仕方ない。どうやら普段の様子と違っていることに、電話越しにも気づくあたりさすが両親である。

「こうして電話できてるんだから大丈夫だってわかるでしょ」

「まあ、それはそうなんだが……」

 いまいち納得できないようで歯切れが悪い。どうやら両親も何を話すべきか困っているようだ。別に俺に実害が出たわけではないのだから、気にしなくてもいいと思うのだが。言葉に詰まる両親に助け船をだし、話題を変えるために俺は電話の要件を尋ねる。

「それで、今日はなんで連絡してきたの?」

「あ、ああ、それが悪いけど、まだ家に帰れそうになくてな」

「そう」

 別に今更驚きもしない。両親が仕事人間なのは知っている。二人から仕事を取ったら何も残らないだろう。子供の頃からわかっていることなので、高校になった今となってはとりたてて言うことはない。昔は仕事に行くとわかる度にいつ帰ってくるのか聞いたものだが、もうそんなこともしない。すでに三ヶ月近く、二人して帰ってきていないのだ。いくらか延びたところで、大して変りはしない。

「あー、わかった。すぐに戻る」

 脈絡のない返答が受話器から発せられる。どうやら仕事場から呼び出しをくらったようだ。仕事人間というのもあるだろうが、両親はこれで結構忙しい身で、現代の奇病と呼ばれている夢遊病の研究をしているせいか、家にいるより研究所で過ごす時間のほうがはるかに多い。だから自然と家に両親がいないことに慣れてしまった。ここ最近はひときわ忙しいようで、電話ですら月一回あるかないかだ。

「仕事に戻らないといけなくなった」

「みたいだね。それじゃ、おやすみ」

「お、おやすみ」

 何かまだ言いたげな様子だが、早く仕事に戻りやすいよう、こちらから通話を切ってしまった。どうせここであれこれ言ったところで、別に何も変わりはしないのだ。なら、話をするだけ無駄だろう。

 両親との会話で、自分でもどこかおかしいと感じていた違和感がより顕著となる。いったい、委員長が夢遊病になっただけなのに、なにが変わったのだろう。俺はゆっくり眠れるようになっただけだというのに。結局、考えても仕方がないし、他にやることもないので布団の中に入る。体は疲れて、目蓋は重いにも拘わらず、眠ることができない。チクタクという時計の音と、時折車が通るエンジン音以外に聞こえてくるものがない。「案外静かなものなんだな」と今更ながらに思った。以前までは、布団に入る頃には、すでに意識が半分眠っているため、今まで周囲の音が気になることなんてなかった。しばらく横になっていたが、秒針を刻む音がどうしても気になり、電池を引っこ抜くと改めて布団にもぐりこむ。するとシーンとした静寂に包まれるが、それでも眠れなかった。今まで自分は、どのようにして寝ていたのだろう。そんな疑問を抱いてしまう。考えれば考えるほど、段々頭が冴えてくる。このままではいけないと思い、無理やりにでも目を閉じると、あの時いわれた委員長の言葉が頭の中で反芻する。「幸せな夢を見たまま死ぬことの何がいけないの!」まさにその通りだと思った。果たしてなにがいけないのだろう。なんで俺はあの時、彼女を引き留めようと思ったのだろう。

 幼馴夢の親友だったから?

 夢にいたら死んでしまうかもしれないから?

 それとも彼女のことが好きだったから?

 考えても答えが出ないが、そのどれもが違っていることだけはわかっていた。幼馴夢の親友だったとしてもいつまで待っても、戻ってこない相手と同じ場所にいけたのなら嬉しいことだろう。夢にいたら死んでしまうとしても、幸せなまま死ぬことができるのなら喜ばしいことだろう。委員長のことが好きか嫌いかでいえば、嫌いではない。両親は別として、唯一身近にいる人物の中で、俺の身を案じて注意してくれていたのが分かっていたから。だが、幼馴夢に現実で会えなくしてしまって申し訳ないと思っても、決してそれは恋愛感情ではなかった。取り留めもない考えの中、時間だけが過ぎていく。最後に携帯で時計を確認した四時頃を境に、俺の記憶はあやふやになり、いつしか夢の中へと旅立っていく。そしてやっぱり、携帯には誰からも連絡は入っていなかった。

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