第8話 予感
寝る準備を済ませた俺は、ベッドに入ると先ほどあった教室でのことを振り返る。正直これまであんなふうに感情をあらわにする委員長を見たことがなかった。俺を庇えど、クラス全員を敵に回してまで何かを訴えるようなことはしなかった。あくまでお互いを尊重して、俺のように周りから距離を置かれている相手に対しては、周囲を責めたりするようなことはせず、あくまで自分が手を差し伸べるだけ。人によってはそれが八方美人のように映ってしまうのだろうが、自分の株を上げるためだとか、善意を行う自分に浸っているわけではない。ただ放っておけない性分なのだろう。ついついやりすぎてしまうことはあるけれども、基本的に面倒見がいいのだ。
確かに幼馴夢のことを忘れてしまっていた女子生徒は悪いと思う。だが、今に始まったことじゃない。そんなことは委員長と一緒に過ごすようになったこの二年半何度もあったことだ。たぶん、自分の親友が対象だったことで、少し感情的になってしまったのだろう。委員長のことだ。きっと明日になれば気まずそうにしながら教室に顔を出して、皆の前で今日のことを謝罪するだろう。俺とは違って周囲から疎まれているわけではないので、クラスのやつらもなんだかんだ委員長を許すだろう。それで全て元通り。今日は怒りに任せて何かを伝えたかったようだが、クラスのやつらがわからなくても委員長は決してそれを責めたりはしないはず。結局何も変わらずとも、普段の夢遊病者が出たら一時悲しんで、そして忘れてしまうクラスになるだろう。考え事にふけっていたせいかベッドに入ったにも拘わらず眠れないでいた。貴重な睡眠時間が減ってしまうからもういい加減寝よう。 もしかしたら、明日教室に入るのに一人だと気まずい委員長が、遅刻をしないようにと理由をつけて起しにくるかもしれないのだ。可能性として十分ありえると考えた俺は思考をやめ、全身の力を抜くと意識を手放す。
気付いたときには誰かの夢の中にやってきていた。ここはどんな夢だろう。来て一番に確認するのはどのような夢なのかである。ファンタジーなのか、恋愛なのか、冒険なのか、これによって夢の中でどう振る舞うかが決まってくる。だから最初は観察から始める。もし、これで知り合いがいようものなら一応身を潜める。夢でのことだから起きてしまえば大抵忘れてしまうが、夢遊病と違って夢での出来事を覚えていることがある。だから、自分の能力がばれてしまうことを考えて身を潜めて見つからないようにしたり、さっさと移動したりする。まあ、両親の話では夢遊病患者でもたまに起きた後も夢でのことを覚えているものもいるらしい。それはさておき、ここがどんな夢なのか辺りをキョロキョロと見回してみる。どうやら学校らしく、なんだか見たことのある光景に嫌な予感を覚える。「信士が遅刻せずに登校してる!?」
はきはきとしたよく通る声が、締まっているドア越しからも聞こえてくる。そんなつもりはなかったのにどうやら委員長のことを考えていたせいで、自然と彼女の夢に来てしまったようだった。便利な力ではあるのだが、意図せず来てしまうこともあるのでこういうところは苦労する。両親に聞いた話では、ドリームハンターが他人の夢に入るのは意外と大変らしい。対象者の近くで眠らないといけない上に、ほとんどのドリームハンターが二回に一回しか成功しないらしい。考えただけで相手の夢に辿り着いてしまう俺には、どうしてそんなことをしないと行けないのかわからなかった。
「あんたもやればできるんじゃない」
本来であれば知り合いの夢。ましてや現実では関わりの深い委員長の夢なのだから、さっさと移動するのが正解だ。けど、いつだったか親友である幼馴染が夢から覚めなくなってから、同じような夢を見るようになったと言っていたことを思い出し興味が湧く。扉を少し開けて中の様子を覗くと、案の定そこは俺と委員長が普段過ごしている教室だった。違うところは現実と違ってクラスの人数が多いのと、なぜか後ろにポツンと置かれているはずの俺の机が離れていないことと、その隣に誰もいない席が一つあることだ。あの本来存在しない空席のことはわからないが、人が多いように感じるのは今まで夢遊病になった人達が全員いるからだ。机が離れておいてないのはここでは俺がクラスに馴染めているのだろう。そうそう、あとなぜか俺が普通に起きている。慢性的な睡眠不足で常に目の下にあるはずのクマが存在しない上に眠そうな気配がない。夢の中で起こして満足しているのだから、委員長にとって俺はそれだけ悩みの種だったのだろう。
クラスがほぼ全員揃い、俺もきちんと起きていて委員長の表情も現実より明るい。こんな夢を見ていてよく夢遊病にならなかったものだ。素直に感心する。正直これが夢遊病者の夢だと言われたら、なんの疑いもなく信じてしまうだろう。それくらい夢にいる委員長は現実とは比較にならぬほど生き生きとしていた。もしかしたら近いうちに夢遊病になるかもしれないな。だからといって俺が何かするわけではない。行こうと思っても、夢の回廊に出れないのだから、まだ夢遊病にもなっていない彼女に対してできることなど一つもない。もし夢遊病になったとしても、ドリームハンターでない俺には何もすることはできない。ただ少しでも長く、少しでも良い幸せな夢を見れるように願うことしかできない。
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